5-4「可愛かったんですよォ!」
「私の一生のお願いは……『偽りの魔法でも、本当の魔法として扱いたい』ですよォ」
風が吹き抜けていった。
俯いたマヌダールの顔は、よく見えない。
「私はァ、病に伏した妻を治す為に、数々の薬草や魔法を学び試しました」
静かな声。
嫌な予感を感じる、いや……それしか考えられない語り始め。
「王都で教師をしている時知り合った人なのですゥ。
彼女はァ……薬草や道具を売る、今の私と同じ魔法雑貨屋でした」
話は続く。
教材を仕入れたり、そんな関係だったと。
関係が続くうち、彼女は毎日マヌダールを呼ぶほどの恋仲になったと。
「そして、ですよォ。
薬草を取りに行った森の中で、彼女は何かに刺されたそうなのですゥ。
病か呪いかを浴び……結局、それが原因でェ……」
一瞬の間。
見ていて辛かった。
クゥの手から降りて、マヌダールの元へ走る。
その足に、そっと抱きつく。
「マトくん……。大丈夫ですよォ。
彼女はそれが原因で亡くなりました。
いかなる処方も、いかなる魔法も効果はなく。
……そして、私は……欲を願ったのですゥ」
「おいジジイ……。待てよ、亡くなってから……なのか?
その前に治す魔法の為に願ったんじゃねェのかよ?」
「はい、クゥさん」
優しくて悲しい顔。
目元に光が溢れ流れた。
「先に願えば助けられたかもしれません。
ですがァ……踏ん切りがつかなかった。私が弱虫だったのですゥ。
亡くなってから……何日も経って。
一年後に……願ったのですゥ。
それは王立図書館で一冊の本を見つけたから。タイトルは……死者蘇生」
マーさんの欲は本にある魔法なら何でも発動できるもの。
きっと先に願っていたら、助けられて居たのだろう。
本人もそれを後悔している……そんな気がする。
声が震えている。
だから、そっと身を寄せる。
「そして、私はこの欲を得ました。
もちろん、すぐに彼女の墓へと走り……異世界の本にある禁呪を発動しました。
……そして、知る訳ですゥ」
「マーさん……」
そっとマヌダールの体をよじ登り、肩に乗る。
何かできる事なんて、これくらいしかない。
ペットセラピーなんて話は向こうの世界で沢山聞いたけど、今の自分のできる事なのだと思う。
「彼女は蘇生を望んでいませんでした。
……怒り狂って走り去った彼女は、今どうしているかも分かりません。
……やっと死ねたのに、と」
慰めの言葉も見つからない。
「……どう言うことだよ、ジジイ。
オレはほら、デリカシーがないのがウリだからな? 聞いちまうぞ」
クゥが眉を垂れ、優しくも真剣な顔で声をかけた。
デリカシーがない人は、そんな顔をしないんだよ、クゥ……。
「生き返った彼女は怒鳴りました。
釣り合わない恋仲だった……愚かしかった、許されなかった、と。
王都の男との関係など、商売の上のまやかしだったと。
家族や……幼馴染にも言われていたそうですゥ。
それでも、自分の元に来て欲しかった。優しくされたかった。
ゆえ……毒を飲み看病され死ぬ事で永遠になろうとしたらしいです。
私の言葉は結局、信用して貰えなかったのですよォ」
「そりゃ、胡散臭えからな。だが、胡散臭えから信じられるんだぜ?
生前、どんだけ辛気くせえ顔で話をしてたんだジジイ」
「……泣きながら、この毒の分析を行っている、必ず薬を作る。
立場なんて関係ない、私は貴方と暮らしたい、信じて欲しい、と毎日繰り返して……」
「そりゃダメだろ。
ヒッヒ、このままだと死んでしまいますがァ! この私なら!
助けられるかもしれませんよォ! とか騒ぐのを待ってんだよ、きっと。
……らしくねえ。
ジジイは失敗しそうな事をはぐらかすのに、胡散臭え声出してるのによ。
違和感があるな……何でそんなにらしくねぇ言葉で話した?」
「おう、俺もデリカシーねえから言うぞ。
マヌさんよ、その女……本当に『居た』のか?」
「ちょっと2人とも! それはひどいよ」
つい口を挟んでしまった。
「……マトくん、大丈夫ですよォ。
クゥさんとアードさんの言う通りです……この話だけで、よく気付きましたねェ」
「そりゃ付き合い長いからな、オレは」
「この手の話に気付かねえ商人は……必ず死ぬからな」
「どういうこと……?」
「……私からも噂を話そう。
良い霊薬を作るので有名なある魔法使いは、ある日からおかしくなった。
毎日毎日廃屋に通い、何故か空き瓶と薬草を抱えて出てくる。
日に日に痩せ細り、ある日を境に都を去った」
ガダルが静かな声で話す。
「……噂はずいぶん、広がったものですねェ」
察した。
こんな話、ここに来る前の世界で山ほど聞いた。
その話の種類は……怪談……。
「……惚れた女は死霊でした。
ある日、私の家である店に、夜遅くやってきたのです。
人拐いが出るかもしれない、慌てて店へと入れました」
急に温度が冷えた気がする。
こういう話はあまり得意じゃない。
しっぽがパンパン膨らむ。
「……家に上げ、茶を出した所で気付きました。
ああ、この娘は生きていないと。
教師という立場ゆえ、成仏させねばならぬ、と思ったのですよ」
「マヌさんよぉ、やっちゃあいけねえ事……死んだ者と関わるな、は知ってるな?」
「もちろんです、アードさん。それをやった結果がこれ、ですよォ」
「盗賊もよ、よく言われるんだ。見えねえ筈の物とは関わるなってな」
「その、ですねェ。……だって可愛かったんですよォ……」
「……おい」
「可愛かったんですよォ!」
アードが頭を抱えている。
クゥも目を逸らした。
「生徒はそうやって困り事を私の所に言いに来ないのでェ!
いっそ幽霊でもと対応してしまいしたァ!
そして、霊の彼女に付き合ったのです。
彼女が後悔して死ぬまでの日々を繰り返している事に気づき、その一つ一つで力になり。
最期の日へとたどり着き成仏させましたァ」
「……雲行きが変わったな……。おいジジイ、この話よぉ」
「……頭痛え……。どうして賢い奴はこういう訳分かんねえ事しちまうんだ」
「可愛かったのでまた会いたかったのですゥ。
一年ほど悩み。色々な書物を漁り、蘇生や死霊術を調べ試し。
けれど遺体も魂も残らぬ物を呼び起こすのは不可能。
そこで……」
「マーさん……」
「見るのだ、マヌダール殿! マト殿のくしゃくしゃ顔が答えだぞ!」
「何だこの茶番! ジジイてめえ、傷付いてた原因はよォ!」
「本当に頭痛えぞ。俺らが途中で気づいて突っ込んで正解だったな……」
「居た堪れなくなってきましたぜ……。後で甘い物でも用意してやりやしょう……」
「汝ら!? 何の話をしている!? かの賢者が死霊を助けた話では無いのか!?」
あ、ほんとにデリカシーない竜が居た……。
「欲を用い、やっと見つけた彼女の墓前で蘇生しましたァ!
そうすると彼女は開口一番こう言うのですよォ。
誰アンタ! 何処のジジイよ! 気持ち悪い! それに何処よココ!」
「……居た堪れねえ……」
クゥが目を覆って俯いた。
マーさんは話を続けた。
女は、マーさんを覚えていなかったそうだ。
死んでいた事を伝えると、全てを思い出し話してくれた。
どうも貴族と平民の仲で、彼女は男の所へ嫁ぐ事が出来なかったらしい。
悔しかったので毒を買って飲み、貴族が看病に来てくれる事を待った。
けれど、誰も来なかった。
そして死んで未練が残った。
同じ事を繰り返していた記憶はないし、霊の時の記憶もない。
「アンタなんか知らないし、好みの顔じゃない!
起こされても不幸なままよ! どうしてくれるの!? もうほっといてくれる?
と、私をビンタして走って行きましたよォ、彼女。
サラナという美しくて可愛い女性でしたァ……」
「ジジイ、恋愛経験は……」
「初恋ですよォ! 幽霊! 幽霊可愛いですねェ!
こう魔法的で悲壮感もあるが、温かみではなく冷たさが溢れ!
掛ける言葉全てに喜んでくれましたァ!」
「これは、失恋の話を聞かされたって事で良いのかマヌさんよォ。
時々見せるクソ真面目な顔は関係無かったのかよ……」
「それは欲とは関係ありませんよォ。
学生の頃、成績優秀で調子に乗っていた時に……多くの怪我人を出しました。
その時から……失敗が怖くてェ!
頼られないよう、真面目な顔をしない努力をしていただけですゥ……」
「そっちの話のが良い話だった気がするぜ……。
ったく仕方ねえな、だけど気が楽になったぜ、マヌさんよ。
一生のお願いってのは、嘆きで良いと思うんだ、俺はよ」
アードがマヌダールの肩を優しく叩く。
「マーさんのそういうとこ、好きだから大丈夫!
にしし、もっとその幽霊彼女の話聞きたいから、今度教えてね」
にま、と微笑んで手を振ったのだけど……。
「ウッ……。マトくんが、とてもおじさんっぽい顔になるので話しませんよォ」
「そうだな、やめた方が良いなコレ。くしゃくしゃより、なんていうか……」
「見た事ねえくらい悪い顔してんな……マトさんよ、可愛いお顔はこうだぞ」
アードが頬をもしゃもしゃしてくる。くすぐったくて笑ってしまった。
「えー!なにー!」
「よし、戻ったな。お前さん、その顔すんなよ? じゃ、俺も話すぜ。
ジジイ、話しやすくなった……悪ィな!」
「いえいえアードさん!
コレは真実! 幽霊にフられた話ですよォ!」




