1-6「ウソじゃねえ保証がドコに有る?」
「よ! 落とし穴、出られたんだな。
今から迎えに行こうと思ったんだけどよ。
無事みたいだな、良かったぜ」
クゥがひょい、と片手を上げて微笑む。
うーん、まぁ、確かに助けろって言ってたけど……。
「あのさぁ、コレまずいんじゃないかな……」
素早くマトはクゥの後ろに隠れ、顔だけ出して二人の奴隷商の様子を伺う。
「大将、金貨が、金貨が……」
「……お、おい、お前らコレは一体なんなんだ……」
子分が腰を抜かして崩れ落ちた。
どちらかと言うと、彼ら二人の方が何倍も驚いている気がする。
それはそうだ。
一部屋丸ごと金貨で埋まっている。
ガーディアンが飛び出してきた穴も何処か分からない。
下手すると穴の中も金貨で埋まっているかもしれない。
「あー……話すと長いんだけどよ。
オレの欲で、こうチョイチョイっと」
鼻の下を人差し指で擦りながらイタズラっぽく微笑むクゥ。
「……偽の金貨でも作る欲か……?
泥棒する必要ねえじゃねえか!
それとこれは別だ、俺のトガ、返して貰おうか」
子分は崩れ落ちたまま。
大将と呼ばれる男がこちら目掛けて歩いてくる。
「渡すわけねーだろ、何言ってんだ。なぁ、マト」
視点が一気に高くなる。
クゥに抱えられた、とすぐ分かる。
「クゥに盗まれてる方が良いかな~」
ぷらん、と両手を垂らし、ゆるい顔で答える。
「ちっ、泥棒め……!
くそ……おい、しっかりしろ! お前がしっかりしねぇと駄目なんだ」
パン!と大きな音で子分の背中を叩く大将。
「お前が来りゃいいだろ、どんだけ面倒見がいいんだよ、おっさん。
そいつ腰抜けてんぞ、暫く動けねえだろ」
呆れた声でクゥが返す。
「ったくよぉ! 駄目か……!
これだから欲は駄目なんだ、ったく!」
――欲だって……?
駄目というなら赦のデメリットかな……?
耳がぴょんと立ち上がる。
「ん、おっさん何か使ってたのかよ。
大丈夫なのか? 悪人でもよぉ、大怪我とか見たくねぇぞ」
「大丈夫じゃねえから、悔しがってんだろうが。
そのトガは俺んトコに来ねえってことだよ。
……お前さんは欲の精算、終わったのか?」
顔つきが今までと明らかに違う。
諦めた顔、困った顔。
子分のそばに歩み寄ると、横にどん、と胡座をかいて座った。
「終わってるぜ?
んと……どれだっけか……コレか」
視界に奴隷商を入れたまま探しもの。
ガサガサ、と足元付近のコインの山から何かを引き抜くクゥ。
「多分コレが折れた事が赦だ」
それはガーディアンを倒す切り札になった魔法の短剣……の残骸。
それを大将の眼の前に投げて転がす。
「これは……流石にもう直らねえな。そいつも調べてやろうじゃねえか。
持って帰らねぇなら欲の精算も要らねえ……」
欲【鑑定眼】――!
男は、右手の親指と人差し指で輪を作り、モノクルのように目に押し当てる。
水色の光が溢れ、が短剣の残骸を包んで輝く。
「はァ……!?」
ヒゲの男の瞳孔がみるみる小さくなる。
唖然とした顔……大きく口を開けたまま凍りついた。
「ど、どうしたんだ、おっさん! 大丈夫か!?」
あまりの表情にクゥも焦りの声を上げる。
「大丈夫に見えるか? お前に俺が大丈夫に見えるのか?
耳の穴かっぽじってよく聞け、ポンコツ泥棒!
コイツは――」
魔剣【切り裂く願い】
古代イルイレシアの遺物。
失われた魔術の力を持つ――『欲の代行者』の1つ。
切断の欲を使用できるようになる。
赦は剣が受け、使用者にはデメリットを与えない踏み倒しの力を持つ。
いわば伝説の武器。
価値にして――リーヴ金貨10万枚、だった。
今の名は魔剣の残骸。
並の宝よりは価値があるが……もはや、古代イルイレシア遺跡の壁と大差ない。
「……コレを折った、だと……? お前は何をしているんだ……」
男の手から短剣の残骸が滑り落ちた。
いや――短剣が自分からするり、と抜け落ちたようにすら見える。
所持を拒絶したような。
「チッ……残骸でも"赦し"ちゃぁくれねぇか……。
俺の手には入らねえんだよ、欲で鑑定したらな!
商品価値は確実に分かるが、それはもう俺のモノにならなくなる。
だから、そこのトガ――カノカワ・マトもそもそも手に入らない。
だけど放って置けるか? 眼の前に現れた小さいトガをそのままに出来るか?
国や街、そこらの村人に捕まったら何されるか分からねえ。
まずは俺の財産とするのが一番安全なんだ、転移者はよ……」
「安全? めちゃくちゃ悪人ヅラして追ってきたじゃん!
すげー怖かったんだよ!」
「うるせえな!
顔が怖いんだよ、じゃあ俺が笑顔で大丈夫かい? って近づいてこっちに来たか?」
「いかない」
「そうだな、行かないな……」
クゥが納得した顔で頷いている。
本来ついて行かない対象はクゥ、キミもだぞ……。
「だからよ、捕まえた後でしっかり話そうと。
顔も怖ぇし、何を言ってもウソっぽいって逃げられるからな。
いっそ、ああいう方が上手くいくんだ。
後でネタバラシしたらサプライズで喜んで貰えるしよォ……」
……ン?
この奴隷商のおっさん、結構ナイーブなのでは……?
「そうなのかよ、大将!?」
横でようやく元気を取り戻した子分が叫ぶ。
「お前に教えると余計なこと全部話すだろ、バカ野郎!」
こん、と子分が小突いて叱る大将。
見ていると気が抜ける。
「……ったくよぉ、じゃあ何が目的でこんなトコまで追ってきたんだ?
おっさんには捕まえらんないんだろ?」
クゥの呆れた声。
「だからこのピートを連れてんだ。
コイツは俺じゃないから赦の影響を受けない。
俺の物にはならないが、ガルドリアス商会の商品にはなる、って算段だ。
名乗り遅れたな、俺はアード・ガルドリアス、行商で奴隷商だ」
ヒゲを指で弾きながら、まさに大悪党という笑顔になる。
「鑑定されちゃったなら知ってるでしょ。
狩野川マトだよ。異世界人だけど……ここに来たら、うさぎになってた」
クゥに抱えられたまま、ちょいちょい、と前足を上げながら。
「俺はクゥ・パーダ。泥棒じゃねえ、義賊だよ」
自慢げで輝くような笑顔。クゥが親指を立てて見せる。
「クゥさんよ……それをな、人の財産盗んで配ってる泥棒って言うんだよ……」
「ってもよ、アードのおっさんだって人盗んで人売ってんだろ?」
食いつくようにクゥが返す。
どちらの言い分も確かにそうだ。
「クゥ、良いからちょっとこっち来て座れ」
頭を抱えた大将、アードが手招きする。
「……おうよ。
マトには触れんなよ?」
アードの前にクゥが胡座をかく。
抱えられていたボクは見事に膝の上だ。
「触れられねえって言ってんだろ、全くよ。
で――大事な話だ。てめぇもお金配りお兄さんしてるんなら聞け」
ふぅ、と大きく息を吐くと髭を指で弾く。
真剣な目……けれど怖くない目だった。
「――お前さんは今の王都を知っているか?
周囲の村や街は酷い有り様、孤児やはぐれ人だらけでな。
国に登録出来てねえガキや人が多いんだよ」
溜息1つ。
ぽん、と隣に座る子分の肩を叩きながら。
「こいつはピート、そんな村に居た一人だ」
「大将には世話になってますぜ……」
ぺこり、と頭を下げる。
そういう関係だったんだ、と理解する。
「王都は昔盗みに行ったくらいだが……。で、それがどういう関係があんだよ」
クゥが首を傾げる。
「……ったくしゃあねぇな……。
孤児やはぐれ人は国民に数えられてねぇってことだ。
何されても――何も言えねえ。
奴隷より悪いって言ってんだ」
クゥが真剣にアードの顔を見つめている。目つきが変わった。
「俺は酷い事してるワケじゃねえ。
全員、俺の商会の所有物という扱いにすることで守れる。
奴隷は主人が登録すれば国民にも出来るからな。
ただ……悪い顔してねぇとナメられるんだよ」
ニタァ……と口角をあげて卑しい笑いを見せる。
「あ、この笑い方は普段からッスよ。大将は悪い奴隷商人みたいな顔してるんでさ」
子分、ピートが笑いながら大将を示す。
コン、と無言で頭を殴られていた。
「……そうか。悪い、オレが早とちりした。
そういう方法もあるのか……」
子供たちを抱えるクゥには思う所があるようだ。
「……商人の言う事なんて信用しちゃいけないぜ?
ここまで、ウソじゃねえ保証がドコに有る?
ピート! トガを捕まえろ!」
クゥは動かない。笑みすら浮かべている。
ボクも大丈夫だと思った。
……このアードというおっさんの目は、しっかり見れば穏やかだったから。
「分かりやしたァ! そういう作戦だったんスね、さすが大将!」
ピートがアードに殴られて、頭を抱えてしゃがみ込むまで数秒。
「信用の塊みたいな目してるぜ、アードのおっさん。
オレも沢山ガキを抱えてる……けど登録っての、何も分からねえ」
「……お前が出て来たデカい家だろ。戻ったら話を聞く。
今大事なことは、人に見られる前にトガを所有物にしておけって事だよ。
特にトガってのは制御する術が聞いちまう。
だから速攻で欲で調べたんだ。
異世界から来てんなら何にも知らねえカモだぞ!
お前だってコイツを王国の勇者様みたいにしたくねえだろう!?」
悔しそうな顔でアードが語気を荒めた。
王国の勇者様……?