4-15「ならば受けて立つ!」
突き出したクゥの指先に、銀色に鈍く光る糸のようなオーラが揺らめいた。
「当たり前だろ、盗みが本業だからな! このくらいならチョイチョイだぜ!」
ドラゴンの手にはめられた枷へ、光の帯が何本も突き刺さる。
カチカチという小さな音をボクの耳は捉えていた。
瞬間、枷が二つに割れ落下していく。
「!? クゥ、待って!? 鍵穴なんか無かった……!」
素早く竜の腕を蹴り、地上へと跳ぶ。
2個同時に解錠しないのは、盗賊の練度……感覚的な警戒心からだろう。
「おう、無かったな。
だが溶接だろうが魔法だろうが、鍵を掛けたのは事実だ!
なら、開けられるぜ」
「流石クゥじゃん」
「弟子よ、もっと褒めてくれても良いんだぜ?
だが、このタイミングが一番危ねえ。覚えとけよ!
だからこうだぜ、『潜駆』」
視界から色が消える。
解錠から敵の視界から姿を隠す技へと繋ぎ、一気に距離を取る。
「……開けた後は気持ち良いからな。昂揚したまま動いてやらかすもんだ。
一旦様子見……大事だぞ」
うさぎの耳がクゥの小声をしっかり捉えた。
「分かった」
口を手で押さえながら小声で返す。
視界はまだ灰色のまま、敵からは見えていない状態だろう。
「グオオオン!」
竜が吠える。
威嚇の咆哮じゃない……?
どちらかと言えば、楽しんでいる……そんな声。
足をダンダンと地面に打ち付けながら、尻尾を振り回している。
「クゥ殿が枷を外しただと……?
なるほど、つまりアレは森の罠に掛かってしまった可哀想な竜ということか!」
「ガダルさん、流石にそれはねぇと思いますぜ……。
しかし、アレを外す事に意味はありますぜ。
あっしら剣闘士だった者にゃあ特にね」
「ピート殿……。承知したッ……!」
ガダルとピートが剣を構え走り出すも、今度は竜の方が速い。
「ウォォン!」
一声鳴けば、高く跳ねる。
それは空中を舞うキャアより遥か上まで。
「跳んだだと!? 良いだろう、相手になるぞ!」
「すげえ高さだ……面白えですぜ!」
2人が両足に力を入れれば、石床にバキバキとヒビが入る。
「受け止めるつもりだ」と、誰もが分かる構え。
あの2人ならやってくれる安心感がある。
それに楽しそうだ。
勿論、潜伏しながら隙を狙うクゥも満面の笑み。
疲れて見えるのはアードのおっさんくらいだ。
運動会のお父さん、いつもお疲れ様です……。
「グウウウ……『竜脚蹂躙』……!」
降下してくる竜の巨体が紅のオーラに包まれる。
両足から炎が噴き上がり、まるで隕石が地上へと落ちるが如く。
「喋る……のか!
しかもその技の名――やはり、リーシオンと関係があるのだな、竜よ!
ならば受けて立つ!
『狼王の晶盾』!!」
ガダルが両手剣を床へと突き刺せば、紅いエネルギーが周囲へと広がっていく。
力場は地上はおろか空中のキャア達をも包む丸いドームを作り出した。
浮かび上がるのは狼の家紋。
既視感。
この景色は……門にあった絵と同じだ。
竜と狼獣人が戦う構図。
「おやァ、1人でやるおつもりで?
壁画の狼は1人で戦っていましたがァ、盾は割れていましたよォ!」
「確かに脱税領主様1人じゃあ、心許ねえからなあ」
「ちげえねえですぜ。
ガダルさんよ、あっしらも加勢しますぜ」
「マト、この後が狙い目だぞ。オレ達が一番状態を見ている。
何かあったら助けるのも、物をかっぱらうのも次の瞬間。
その場で一番『良く』動く」
「分かったよ、クゥ……!」
そして、激しい衝突音が響く。
竜の両足が更に炎を吹き上げる。
狼の紋章が刻まれた結界が突撃は食い止めたが……続く衝撃に軋む。
ドーム全体にヒビが走り、崩壊の予兆を見せていた。
「良かったな、正しく竜の仕事だぜ秘宝さんよ。
魔装展開――ニラルゲ遺跡の秘宝『竜を寝かす者』!」
澄んだ鐘音が辺りに響く。
狼の盾の裏側にもう一枚のドームが生まれ、炎を食い止める。
だが、足りない。
盾のヒビから溢れる炎が、2枚目の結界をも飲み込んでいく。
「ふざけんじゃねえ! この秘宝は兄弟2人分だ、結構な値段だぞ!」
この奴隷商は、それだけの額まで商品を引き渡さなかったという事。
信頼できる貴族の家へと兄弟を別れさせず、送り届けたという事。
「どう見ても悪人なのに、そういう部分で押しが足りないのは残念ですねェ、アードさん!
欲【司書無き図書館】――」
マヌダールの手元に輝く本が生まれ、呪文を示した。
本は焼け落ちながら力を発揮する。
「縷縷たる書庫、棚は魔法。開くは呪文書――防御術。
異界階位、Aクラス――システムコール。
プログラム構築、プロテクションシステム。
対象ドラゴン型亜種――焼却型イレイザー効果。
最硬強度、空間防衛壁多重展開。
『災厄防壁』!」
六角形の青く輝くプレートが周囲に展開、ドーム状に連結する。
ガダルとアードの結界を更に強化し、炎を抑え込む。
炎の流入は止まったように見える。
まだ、足りない。
「グオオオオォン!!」
竜が強烈な咆哮を上げれば、その全身から炎を吹き上げる。
炎の爆発なぞ前座。
その全身の推力を増し、単純な物理攻撃……全体重を乗せた蹴りでの突破を狙ってくる。
「クッ……炎の影響さえ無ければ!!
私の盾ではもう持ちこたえられぬ!」
「おいおいおい! 俺のは炎やブレスしか防げねえんだよ!」
「キーィッヒッヒッヒ! この私の大魔術ならば! 多分! 大丈夫ですよォ!
参考図録ではきっちり術を防いでいるようでしたしィ! アッ……ヒビがァ!」
「んなら、あっしの出番ってやつですぜ! 力には力ですぜえええ!!」
錆びた鞘へ剣を収めれば、それは元の錆びた短剣へと戻る。
両手を空け……竜目掛けて飛ぶ。
「一度……竜をぶん投げてみたかったんですぜええええ!!!」
ピートが竜へと到達する瞬間、3枚の結界が砕け散る。
竜の蹴りをピートが受け止め……掴み。
カウンターとばかりに投げ飛ばす。
竜は自身の推力とピートの投げで更に加速、激しく床へと叩きつけられた。
ドオオオン、という轟音が神殿を揺らす。
再び巨大な土煙。
続く金属音……今の衝撃で、片足に着いていた枷が弾け飛んだ。
これで残す枷は2つだ。
「……行くぞ、マト。仕事の時間だ」
「うん!」
潜駆で姿を隠していたクゥが走り出す。
土煙の中を駆け抜ければ、竜が倒れている。
衝撃で一瞬気を失っただけかもしれない。
けれど、明確に隙だ。
足から放たれる攻撃の威力は今見た通り。
動けぬタイミングで狙うべきは足の枷だ。
「……外すぜ、『解錠』!!」
伸びる鉛の糸が枷に触れた瞬間、枷は2つに割れて地面に落ちる。
「もう一個……行けるか?」
竜は動く気配がない。
ならば、腕の枷も狙える。
ボクも、やれると思っていた。
けれど視界に飛び込んできたのは、オレンジ色の瞳、縦に伸びた瞳孔。
「クゥ、駄目だ! 起きてる! こいつ、見てるッ!」
「そんなはずはねぇ、潜駆状態だぞ!? マジかよ――」
竜は、やっぱり笑っている。
枷の着いた腕を引き、その拳でボクらを殴り飛ばすつもりだとすぐに分かった。
口内も輝いている……ブレスも来る。
潜駆の効果時間が切れ、世界に色が戻った。
間に合わない。
クゥは跳ねたばかりで体勢を変えられないのだ。
避ける動作に入れない。
刹那、クゥのポーチからサソリが走り出て頭に飛び乗る。
ボクの胸ポケットが勝手に開いて、うさぎが顔を出した。
「欲を使えって事か? だけど、元にする宝がねえ!」
ボクの目に見えている狙うべき宝は、竜とその枷。
手に入れる前の宝でクゥの欲は使えないはずだ。
2人の欲ではあと一歩届かない。
「ぷう」
「うさちゃん――! そっか、出来るんだね……分かった!
宝はボクが決めるんだ、宝じゃないと言うのなら、呪ってでも宝に変えてやる!
力を貸して――強欲【曰く付けた秘宝】!!」
放たれるのは美しい光の粒子ではなく、禍々しい影色のオーラと品の無い黄金の輝き。
呪われた金貨、呪われた財宝、人を狂わせる魔なる魅力の光が全身から吹き上がる。
その輝きは流星のように床に振り――石床の一部を黄金の板に変える。
「しゅ」
「おう……ロトよ、分かったぜ。
あの床はオレのもんだ。
手に入ったか、入らないかなんか関係ねえ……!
そもそも全ての宝はオレのもんだ、引き出せ幸運をよ!
強欲【約束された幸運】!!」
クゥの手先に影色のオーラが揺らめく。
オーラの中から鈎爪のついた黄金色の鎖が生まれ、金の床へと飛ぶ。
鈎爪が床へと触れれば、宝に影色のサソリの文様が浮かんだ――おそらくマーキング。
所有者は自分だ、と宣言するかの如く。
ゆえに、力が発現する。
「手に入れたお宝」と同じ幸運を周囲に分け与える――!
竜とボクらの間に、何本もの黄金の柱が立ち上がった。
辺り一面が黄金の輝きに満ち、まるで墳墓の財宝。
黄金の輝きが落とす影の中でサソリとウサギが蠢く。
そそり立つ柱は黄金の槍であり、黄金の壁。
竜が繰り出した腕に次々と突き刺さり直撃を防ぐと共に、吐き出す衝撃波への壁となる。
今……竜は反撃の手段を失った。
「さあ、これがチャンスってやつだ! 腕の枷も頂くぜ、ドラゴン――『解錠』!」




