1-5「バカ――謝るとこが違うんだよ」
「……ッ!」
クゥはその言葉に従って、宝箱から一気に後退しこちら側の部屋へと戻って来る。
その瞬間だった。
宝箱周囲の床が振動し、轟音が響いてくる。
「ナイスだぜ、マト!……これはオレでも気づかなかった。
何処にも罠の気配がなかったからな……!
もう少し下がれ! この感じ……来るぞ!」
「来るって何が……!」
「言ったろ、すげえ強いガーディアンみたいなのが居るって――」
言葉が言い終わる前に、隣の部屋の中央が崩れて宝箱は闇の中に落ちていった。
そして、その奥で輝くのは赤く小さな1つの光。
それがみるみる大きくなって――飛び出してきた。
「ウソだろ……見たこと無いタイプかよ……!」
クゥの声がうわずっている。
焦っているのが分かる声。
灰色の岩で作られたゴーレム。
彫像のように削られており、それは鎧を着込んだ重戦士の像。
片手には石の剣、片手には大盾。
ガーディアンというにふさわしい見た目。
赤いモノアイが爛々と輝いている。
「マト、入口まで走れるか? あと、奴隷商のおっさん達もできれば助けてやってくれ」
クゥが敵をまっすぐに睨みつけたまま叫ぶ。
「ちょっと待って! クゥはどうするのさ!」
自分が何の役に立てるか分からない。
いや……役に立てるどころか、大きな足手まといだと自覚できる。
クゥの力にはなれない。
走る速度も遅い、腕力もない、戦闘系の異能を授かった訳でもない。
有るのは――。
欲【宝の在り処】。
自分にとって宝になり得る物の周囲に、輝く光が見える、だけ。
この状況を打破出来る気がしない。
「マト、アレはオレには無理だ。
どうみてもクソ硬いだろ……止められねえ!
でもよ、外に出すわけには行かねえんだ!」
クゥ目掛けて、赤い瞳のガーディアンが走り出す。
「ガーディアンって言うくらいだから、ここに留まるんじゃないの!?」
「あいつの盾を見ろ……あれは古代王国イルイレシアの印。
イルイレシアのガーディアンは欲を追跡してくる。
つまりな、オレは逃げられないのさ――!」
言葉と同時にクゥが横へと跳ぶ。
ガーディアンが振り下ろす剣は外れ、思い切り遺跡の床を叩く。
地鳴りの様な轟音が響き渡る。
「早くしろ! 次はマトお前の方に行く……!
そういう風に出来てるんだ! だから早く、おっさん達を助けて逃げろ!
オレが時間を稼ぐ、任せとけ!
一定距離まで離れれば……追跡をやめて遺跡に戻る!」
再び跳ね、敵の剣の叩きつけを避ける。
クゥは敵の周囲を走りながら攻撃を誘っているようだ。
見かけの割に攻撃が単調。
クゥの身体能力なら被弾することは無いだろう。
だけど――クゥの言葉には死亡フラグが山盛りだ。
それを言うと死ぬよ、という概念を伝えなきゃいけないくらい、すべての言葉が死因。
「……やだ。
それはさ、死ぬ人が言う言葉だよ。
ガキで良いんだよね、なら……ワガママ言うよ!
クゥが生き残らない選択は選ばない!
君はボクの欲も大事なものだって言ってるんだから!」
照れくさいから欲のせいにした。
けれど、この世界に来て助けてくれた恩人を好きにならないわけがない。
「いっちょまえに言うじゃねえか! ……ありがとな。
だけど、どうするんだよこれ!
うおッ……!」
敵が剣を頭上で構え、大ぶりではあるが横薙ぎを放った。
咄嗟にスライディングしてギリギリで避ける。
「欲に反応するんだよね……?」
駆け出す。
足も速くない。
戦う技術もないし、力もない。
でも、あいつ相手に有利に戦える特徴がある。
今のボクはクゥが片手で抱き上げられるくらい、小さいのだから。
攻撃を引き付けるなら、ボクのが適任だ。
「欲【宝の在り処】!」
言葉に出して、その力を宣言する。
光の粒子が辺り一面に舞う。
示す場所は、もちろんクゥ。
……恥ずかしいけれど、きっとキミはボクの宝物なんだ。
そして、ガーディアンのモノアイ。
高額な宝石かもしれない。
そして――二人より遥か奥の壁。
飾られた武器。さっきは気づかなかったけれど、何種類もの武器がある。
けれど、光っているのは短剣1本だけ。
短剣――使い手はそこに居るじゃないか!
「……クゥ! 壁のとこ、短剣だけ光ってる――何か凄いやつかも!
引き付ける……だからソッコーで取ってきて!」
クゥとガーディアンの元へと走り込む。
敵を引き付け、時間を稼ぐ為に。
赤い光が自分を見たのが分かる。
「バカ野郎、危ねえ! 死んじまうから来るなって言ってんだよ!」
「クゥもそのつもりだっただろ!」
真っ直ぐにガーディアン目掛けて走る。
めちゃくちゃ怖いし、どうにか出来る気もしない。
「……ったく、無茶しやがって!
分かった……すぐに戻る、頼んだ!」
見てる余裕なんて無かった。
でも――クゥの姿が消えた気がした。
小さな足音の後……声も気配も感じない。
「――こういう敵は知ってる、知ってるんだ!」
相手の眼の前で、直角に曲がる。
方向は盾の方。
剣の方向より、盾側のが攻撃が薄い傾向がある。
突破口にはならなくても、時間稼ぎの定石はこっちだ。
盾を構えたまま放てる斬撃は少ない。
そして大盾はデカい……この身体は完全に死角に入れるはず――!
「だから、こっちだあああ!」
ひたすら盾の正面に陣取ってぴょんぴょんと跳ねる。
撹乱するほど速くなんて動けないのだから。
……息があがる。苦しい。限界を感じる――。
ウソだろ――ボク、スタミナも無いってことなの……?
ガーディアンの剣術は、盾の上から放つ騎士らしい動きだ。
鉄壁の構えだが、逃げ回って時間を稼ぐならガンガン攻められるより何倍もマシ。
「……はっ……はっ……まだ! もうちょっと……!」
ひたすら盾の正面で飛び回る。
剣の軌道は不正確で、これなら避けきれる。
「えっ――!?」
ガーディアンが一歩踏み込んできた。
剣は高く構えたまま、突き出してくるのは盾。
シールドバッシュなんて想定していない。
「あっ……」
避けきれない。
巨大な壁が真っ直ぐに自分に迫ってくる。
「マトォォォ!!!」
叫び声が聞こえる。
クゥはちゃんと、奥の短剣へと辿り着いていた。
片手に掴んだそれは、魔法っぽい光を放っている。
……あれなら、きっと勝てるよ。
凄まじい風圧、それだけで空中に浮き上がる。
直撃する……終わった……そう諦めた時。
直撃寸前でガーディアンの動きがピタリ、と止まった。
盾には当たらなかったけれど、風圧で吹き飛ばされて遥か遠くの床へと落ちる。
シャリン――金属の音。
これはコインの山……。
「――欲【幸運の分け前】」
そのコインこそ、クゥが掴んだ短剣の価値が生み出した、分けられた幸福。
黄金が降り注ぎ、ガーディアンの動きを封じた――。
部屋はまるで宝物庫、もはや敵はコインに埋まった1つの石像。
「てめぇぇぇ! 許さねえぞ、よくもマトを……!
コイツで仕留めてやる――!!」
飛び上がったクゥは既にガーディアンの真上。
その頭部目掛けて、輝く魔法の刃の短剣を突き刺す。
「これが敵討ちって奴だ……!」
明らかに硬い見た目のガーディアン。
けれど短剣は豆腐でも切るかの如く、するりと頭部に突き刺さる。
一撃はモノアイまで達し――その岩の身体は崩壊し始めた。
恐らく、アレは魔術的な価値の有る何か、コアだったのだろう。
「……ふぁぁ、だいじょぶ!
生きてるから!! クゥ、生きてるから大丈夫!!」
クゥが生み出したコインの海の上で、ぽてん、と転がりながら桃色兎が叫ぶ。
「あ……ん? おおお! マジか、良かった……絶対死んだと思って……!
んだよ、心配させんなよ、ホントに良かったよ……」
崩れるガーディアンからクゥが飛び退こうとした瞬間、魔法の短剣が強く輝く。
そして――ひび割れ、砕け散った。
「ちっ……まぁ、マトが無事なんだ、良しとするか!」
――多分、短剣は壊れないはずだった。
あれこそが赦……降り掛かった悪運なんだと思う。
シャリン、と着地したクゥが駆け寄ってきた。
何も言う前に両手で抱え上げられる。
「だいじょうぶ……だよな? ケガは? 折れてないよな?
すぐに街で診てもらわないとな?」
真っ青で、心底心配してくれている。
出会って数時間しか経っていないのに、こんな顔をさせてしまった。
「少し転んだみたいなものだから、大丈夫そう。
……ごめんね、短剣、折れちゃったね」
「バカ――謝るとこが違うんだよ。
そんなのどうでもいいぜ、生きてるほうが大事だろうがよ。
初めての教室で師匠が弟子を失いました、なんてシャレにもなんねーぞ。
……良かった。それとさ、ありがとな。
無謀だったけど、助かった。だから、まぁ、偉かったことにしよう」
くしゃり、と髪を撫でてくる。
むしろ、いつからボク弟子だったんだろう……。
でも嬉しい。
その時、耳が足音を捉えた。
「クゥ、誰か来る……!」
部屋の中に聞き覚えのある大声が響き渡る。
「……見つけたぞ、トガと泥棒! 今度は逃さねぇ……ン!?」
「大将~! 待ってくだせぇよ、なんであんな壁登れるんスか、ちょ……ン!?」
そして、二人の奴隷商の大声は絶叫に変わる。
『なんじゃこの黄金はーッ!!』