1-4「クゥ、なんかキラキラしてる」
「ボクの赦、もしかして……」
「マト自身が宝物としての価値を持つ、とかだな!
良いじゃねえか!」
クゥが楽しそうに大声で笑う。
「クゥ……他人事だからって酷いよ……。
欲もまだ分からないし……」
むむ、と難しい顔をして唸ってみるけど何もわからない。
「良いじゃねえか!
オレはその赦に助けてもらったんだ。
楽しんどけよ、宝物ってのは特別って事だぜ?」
……宝物は特別。
宝探しってのは、特別を探すこと、なのかもしれない。
「さて、そろそろ遺跡に着くぜ!
マトはもちろん、初めてだよな?」
正面、進む道の先に見えてくるのは遺跡の入り口。
見た目は遺跡というより山肌の穴……洞窟だ。
思ったより近かった。
「うん。遺跡ってあの洞窟みたいなやつ?」
「そうだぜ! 中は罠がたっぷり残ってる。
しっかり楽しめるから安心しろ!」
クゥの走る速度が速くなる。テンションが跳ね上がったのが分かる。
「でもクゥ、もう何回も来てるんでしょ?」
抱かれるのにも慣れてきた。
ぷらん、と両手を垂らしてリラックスしながら尋ねる。
「もちろんだぜ。
でもマトが初めて遺跡に入るんだ、どんな顔するか見たいじゃん?
一生のお願いは"宝物を見つけたい"なんだろ?」
にしし、とイタズラっぽい笑顔。
なんだかキラキラと輝いて見える。
「もうー!
うん、そう願ってこの世界に来たんだ。
なんかワクワクしてきたかも……」
彼の楽しそうな空気につられて、笑顔になってしまう。
「いいね、その感じ!
んじゃ、新米トレジャーハンター誕生だな!
でもマトもトレジャーだからなぁ……。
お宝のお宝探しか!」
「それだと、トレジャートレジャーハンターじゃん」
「なんかオシャレでいいんじゃね!
それじゃ、先輩がしっかり基本を教えてやるからな!
ちゃんと覚えろよ~」
――その時、うさぎの耳に大声が聞こえてくる。
「まち、やがれ……! 大将〜、もう少しですぜえ……」
汗びっしょりで息も荒い。
マラソンのゴールまでもう少し、限界の手前っぽい子分。
「お前、思ったよりも……。ほれ、もう少しだ! しっかり走りな!」
なんだか子分を励ましている、大将と呼ばれる男。
あれはあれで良いコンビに見える。
思ったより、悪いやつじゃないのかも。
「よーし、追いついて来たな。あいつらは放っておけば勝手に迷うだろ。
オレたちは講習って名目で、楽しく中に入るぜ!」
そして、クゥに抱かれたボクは、初めてのダンジョンに突入したのだった。
中は薄暗かった。
けれど、真っ暗ではない。
松明や証明のようなものが見当たらないのに、照明効果はバッチリ。
そういうもの、なんだと思う。
壁は岩。遺跡と言われれば神殿のようなイメージだけれど、ここは所謂ダンジョンだ。
「おー! すごいね、本当にダンジョンっぽい!」
こんなの、興奮しないわけがない。
目を輝かせて周囲を見回す。
「……ふふ……」
豪快な笑いでなく、小さく笑みを漏らす。
なんだか笑うのを我慢しているようだ。
楽しむのを邪魔しないようにしたい、そんな意思が伝わってくる。
クゥに小脇に抱えられて、洞窟を奥へと歩いていく。
最初の分かれ道を右に。
特にトラップなどは見当たらない。
「クゥ、罠どこ?」
やっぱり気になる。
「マト、1回アウトな」
クゥがぽんぽん、と頭を叩いてくる。
「……むー」
むす、と頬を膨らませて唸る。
今まで通った場所に罠……?
ゴオオオン! と何かの動いた音が響いてきた。
音の方向は入口、うさぎの耳は便利だと思う。
「だあああああああああああ!」
「バカ野郎、何やってんだ、大丈夫……かああああ!!!」
続いて聞こえてくるのは、ドン、という衝撃音と悲鳴。
奴隷商達が入場して即、落とし穴に落ちたと分かる。
「オレは知ってるから踏まなかったけどな。
入口すぐの床、ヒビが入ってたのは気づいたか?」
「ううん……」
「そりゃぁ仕方ない、初めてだもんな。
で、そのヒビは床の端から端まで繋がってるのに壁にはヒビがなかった」
「あやしいって感じなきゃだめなやつ?」
「ご明察だ、良く出来ましたっと。
これからも何個も罠が出てくるから、しっかり探してみるといい」
ゲームで良くある探索シーン。
小説や漫画の知識もあるはずなのに、実際現地で壁を見ても何も分からない。
スカウトやらレンジャーやらという職の凄さを思い知る事になる。
「そこ、矢」
「はい?」
ボクを抱えたまま、クゥがしゃがむ。
すると壁から発射された矢が奥へと飛んでいった。
「ああいうの、解除しないの?」
素直な疑問だ。
ダンジョンアタックするなら、罠は解除するはず。
何故全部残っているのだろう。
「ここは街が近いだろ? 練習するのにぴったりなんだ。
マトもオレと同じ盗賊になるなら、ここに通わないとな?」
「盗賊か~。何になるとか決まってないかなぁ。
でも、今は楽しいよ!」
「チビなんだからそれでいいさ。
で、次は後ろの通路が塞がる罠だ。
コレ系は帰れなくなる事もあるから、気をつけとけよ」
床に微妙にへこんだ場所があった。
どうも、それを踏むと作動するらしい。
「……んで。こういうのが有った後は、お宝の部屋が近い事が多いんだ。
理由はよくわからないけどな。じゃ、その部屋に入るぜ」
眼の前に突然現れたのは、豪華な装飾が印象的な大扉。
「こういう場所は、すげえ強いガーディアンみたいなのが居ることがある。
……ドアが閉まっちまうこともある。
気をつけなきゃだめだぞ。ま、ここは居ないけどな!」
両手を使いたい、との事で肩に乗せられてしまった。
ぷらん、と垂れたぬいぐるみみたいに保持されている。
「しゃい!」
掛け声1つ、大扉をクゥが押す。
轟音と共に開いた場所……そこは遺跡、そのものだった。
辺り一面が石造り。
これを神殿、と言われたら納得してしまう雰囲気。
奥に空っぽの大きな宝箱が鎮座していた。
「ってことで、宝部屋に到着だ、マト。
楽しい初めての探検、になったか?」
やっぱりキラキラした笑顔だ。
「うん、たのしかった!」
だから満面の笑みで返す。
ん……?
「クゥ、なんかキラキラしてる。
宝箱の左側の柱のとこ」
「ん? 何もねぇぞ? この部屋も随分前に調査済だぜ。
でも、弟子が気になってるんじゃ調べねえとな!」
クゥの全身からルンルン気分が溢れている。
「クゥ、やっぱり光ってる! そこの柱の壁!
キラキラしたエフェクト……じゃなくて、星みたいな光がいっぱい!」
「……。この壁でいいのか?」
クゥが真剣な顔になる。
「……ちょっと、後ろに下がってろ。
何かあるといけない。いいな?」
そっとボクを壁から遠くに降ろした。
キラキラは確かにその壁から溢れている。
……壁だけじゃなくて、クゥにも少しのキラキラが見える。
彼が輝いて見えたのは、これだったのかもしれない。
「――調べ残し、なんてのは無いはずだが。
けど――確かに今見れば、風化の具合が違う。これは違和感だ。
周囲に罠を設置する場所もない。
ならば、単純な隠し扉。
……マトまでの距離は問題ない。何か射出されてもあそこには当たらない。
なら、やるか」
クゥが一歩飛び退くと、腰のベルトからダガーを取り出して壁に投げる。
カァン!という音が響く。
「こんな音はよ、隣が部屋じゃなきゃ聞こえてこない音だぜ!」
再び壁に近づいたクゥが、全身で押し込む。
ガタガタ……と音が聞こえる。
「クゥ、手伝うよ!」
手伝いたかった。
力になりたかった。
「危ねぇかもしれねえから下がってろ!」
優しく厳しい声。
「お宝は守ってくれるんじゃないの!」
走り出す。
そのまま、大きく踏み切る。
全身でぶつかるように、壁へと身体を押し付ける。
ガコン――!
「お!? 今の音は何か動いたぜ?
やるなぁ! けど褒めるのは後だ、ったく……」
クゥがマトを抱き上げ、壁から走って離れる。
「分かるか? 危ねえって言ったよな?
上手くいったように見えるが……爆発の可能性もあるんだぞ!」
こん、とクゥの拳がマトの頭に当たる。
小突かれた。
「ごめん」
「よろしい」
そして――壁は開いた。
神殿のような景色、同じ様な部屋。
その部屋のど真ん中に大きな宝箱。
「超キラキラしてる! すっごいキラキラしてる箱があるよ!」
「なあ、マト。やっぱ、オレにはそんなに光って見えねえ。
それに――嫌な予感がする。
何のガーディアンもいない、部屋中央の宝箱はなァ。
でも、マトの初めての大物だ……ぜってー持って帰るぞ」
あれ?
奥の宝箱より、何倍もクゥのが輝いて見える。
「クゥも、すっごいキラキラしてるよ……?」
「オレがか? まぁ、オレはすげぇからな!」
なんだこれ――さっきからずっと出ていたキラキラ。
クゥのが、宝箱より輝いているのだ。
近づくほど、さらにクゥのが光る。
もし、この光が宝物を示すのなら――。
何かが、頭に流れてくる感じがある。
これは――名前……名前だとすぐに分かった。
欲【宝の在り処】!
「クゥ、止まって! その箱、近づかないで!!」
出せる限りの全力で、叫ぶ。