3-9「ゴール、するんだあああ!」
「もう……! 分かった!」
両脚に力を入れる。
やるなら全力だ……なりふり構って居られない。
両手も石畳につけた。
「それじゃ、ゴールでな!」
そう笑ったクゥの姿はもう無い。
消えるように走り去った、というか消えたのだろう。
この世界に来て、始めて1人になった。
急に心細さが溢れてくる。
「――行くぞ!」
声に出して不安を振り払い、跳ねるように飛び出した。
視点は地面ギリギリ。
人の膝より低い。
町の人々の足元をジグザグに走り抜けて、次のT字路を左――!
「後は直線のはず……!」
滑るように横に飛び、曲がる。
けれど――正面、ど真ん中には腕を組んで立つ1人の子ども。
クゥと同じ、あの立ち方ですぐ分かった。
「待ち伏せかぁ~!
でも、後ちょっと! ここは突っ切るよ!」
まだ息は続く。
ここから走るなら、きっと行けるはず。
一歩を大きく、続けて両手で地面を掻く。
「マトくんだけ!? クゥが居ない……!
えへへ、なら……勝てるかも!」
「ボクだって人拐いから逃げ切ったんだ……!
簡単にはいかないよ!」
そのまま少年目掛けて走る。
直前で横にフェイントすれば、抜ける気がする。
「えええ! 真っ直ぐ来るの!?
でも、クゥの弟子ならそのままは来ない……! 横に動く!」
そうだ。
横に動いて抜けるつもりだった。
ん?
いや?
クゥなら――。
両脚に力を込める。
クゥの肩まで跳び上がれるはずなんだ。
なら、もっと高く――もっと前へ跳べるはず。
小さな願いを3回。
願うは高さ。
「クゥなら……こうだよ!
うおおおおおお――『超跳躍』!」
クゥの足元には及ばないかもしれない。
でも、彼なら跳ぶはずだ。
だからボクも、思い切り跳ねる。
踏み切った足がいつもの何倍も軽い。
風が背を押してくれるような。
空へと舞い上がる感覚がある。
「……!? ウソでしょ!?
マトくん、それ使えるの……!?」
低い位置で両手を広げ、タックルを受け止めるような姿勢だった少年が声をあげている。
その姿は遥か下。
跳ね上がった場所は、1階建ての家の屋根くらい。
目線が高い。
雲はまだまだ遠いけれど、手を伸ばせばいつか空へ届くかもしれない。
高揚感が溢れる。
「えへへ! 出来たっぽい!」
折角うさぎなんだ。
これくらい跳べたら、そんな小さな願いの結晶が道を切り開く。
「みんなごめん、逃がしちゃった!! マトくん、クゥの技使うよ!!
クゥは多分屋根とかそばに居る、見えない!」
少年が叫んだ。
うさぎの耳がその声の先で動く足音を拾う。
1人どころじゃない。
戻ってくると信じて、ここで待ってたのか!?
「……! みんな……!?
ちょっとは手加減してよぉぉ~」
すとん、と土煙も出さず軽やかな着地。
技の成功で気持ち良くなっている場合じゃない。
まだまだこの先は関門だらけだろう。
「ほんとにマトくんだけなんだ!」
「初めて勝てるかも!」
「分かんないよ、気をつけて!」
声がすれば路地から駆け出してくるのは数人の子ども達。
道を塞ぐように並ぶ……そこを突破出来れば、屋敷の門が見える。
一足飛びに超えれば……!
「超跳躍に気をつけて!
クゥも飛び越えてくる! 二列で行こう!」
子ども達の陣形が変わる。
「うわ……厄介すぎる!」
このまま跳ぶのはあまりにも不利だ。
なら――子ども達が飛び出してきた脇道には誰も居ないはず!
「えへへ……じゃ、ボクはこっちだよ!」
待ち構える子ども達の手前で直角に曲がって、大きく跳ねる。
飛び込むのは路地……!
「あ……! マトくん逃げたよ! でもあっちは……!」
もちろん、暗い路地には誰も居ない。
駆け抜け、奥へ奥へと進む。
二度曲がった気がする。
そして、目に飛び込んでくる景色は――行き止まりだ。
この世界に来る時に、一生のお願いをした場所みたいな。
「えええ、行き止まりかぁ……!」
しかも、路地の空は狭い。
ゴールのオレンジの屋根を見ることが出来ない。
「どうする? どうするボク……!」
ハッと気づく。
皆が屋敷で待っているハズだと。
「皆が、大事なみんなが居る場所なら!
これで分かる! 欲【宝の在り処】……!!」
全身から輝く光の粒子が舞い上がる。
美しい輝きは辺り一面に広がっていく。
それは狭い空と……今走ってきた方向両方に飛ぶ。
「空への光は家、みんな! そして、路地へ戻る光は追ってくる子ども達のはず!
ぜんぶ宝物だから、ボクには見つけられる!」
あの家と家の隙間から覗く空の先に行けばいいんだ。
ボクが壁走りを願うには感覚やイメージが足りない。
今すぐには無理だろう。
でも……壁を2階跳べるなら。
きっと、出来る気がした。
だからもう一度、両脚に力を込める。
「『超跳躍』!」
身体が浮き上がる。
空へと舞い上がるには足りないが、その壁を蹴って上になら!
もう一度……!
これで3回……!
そう思っていた。
「朝の訓練で1度……」
今の超跳躍で3回目。2回目ではないのだ。
「どうしよ……! あそこから先、どうにも……!」
眼前には家の壁。
これを蹴っても、あと1階分の高さ……そのまま登れはしない。
「でも! やるしかないんだ……!」
空中で気付いても遅い。
考える時間もない。
クゥは鐘を蹴る為の助走として超跳躍を使った。
「なら、こうだああああ」
うさぎらしい蹴りを。
うさぎらしい蹴りを。
うさぎらしい蹴りを……!
「『兎のあんよ』!!!」
脚に力が漲るのを感じた。
そのまま、壁目掛けて飛び蹴りを放つ。
赤い光が両足で輝き、足の直撃と共に爆発音が響く。
蹴りの着弾の反動で、身体が空へと跳ね上がる。
上手く行った!
これなら、いける!
青空がぐんぐん近づく。
「後少しいいい!」
そして身体は屋根の上に立っていた。
成功だ――欲の示す輝きも見える。
オレンジ屋根の周囲が眩く煌めいている。
早く行こう!
「……ちょっと!? 何今の!?」
騒ぎ声が聞こえてきた。
「おい、爆発だと!? 何事だ!」
窓が開く音。
ン……。
「あっ……」
後の祭りだ……。
見下ろせば蹴った壁が少し崩れている。
窓から顔を出した住人と目が合ってしまった……。
「てへ」
ベロを出してウインクする。
「お前! クゥのとこのガキだな、同じ顔しやがって!
お前ら……壊したら! ちゃんと直せよ!」
「やだ、うさぎちゃん……! クゥちゃんより派手にやったわね……!
お掃除! お掃除しに来なさいね! 全くもう!」
「ご……ごめんなさい! うちの新入りが……!」
!?
「マトくん、あんな子だと思わなくて。
クゥみたいな事すると思ってなかったから……えっと、ごめんなさい!」
あっ……。
追いついてきた子ども達が頭を下げている。
これはボクも行かないと……。
「なに顔をシワシワにしてんだい!
後で謝りにおいで! 今は逃げなきゃなんだろ!?
クゥだったらベロ出した後は戻らないよ!」
「ぶっ壊して立ち止まってんなら意味ねえだろ!
ほら、さっさと行きな、ピンクの兎!
良い報告しに来いよ、許さねえけどな!」
「へへ、なら!」
うん。
きっと、こういう感じで良いんだ。
だからもう一度、ウィンクしてベロを見せる。
そのまま、屋根の上を走る。
真っ直ぐに……クゥの屋敷へと向かって。
息も苦しい、体力もいっぱいいっぱい。
でも――とても楽しい。
「もうちょっとォ……!」
屋根を走って、次の屋根へなんとか飛びつく。
怖いなんて言ってられないのだ。
次に見えてくるボロい感じの屋根は……マーさんの家だろう。
必死に飛び移る。
「だから! 次がゴールなんだ!」
オレンジ色の屋根がはっきりと見えた。
集まる沢山のキラキラ。
庭で待つおじさん達。
「ゴール、するんだあああ!」
大きな声で叫びながら、マヌダールの家の屋根を踏み切る。
空を舞う……舞った。
成り行きと気持ちでジャンプしていたことに跳んでから気づく。
なんの技もない。
着地も出来ない。
ただ、空へ飛び出しただけだ。
「馬鹿野郎! 何やってんだ……!」
「大将、空から」
「あああ! 魔法が間に合いませんよォ! 跳ぶのはダメです、無謀ですよォ……!」
「どうして何も考えずにッ……! 私に任せろ……!
『加速』『超化』重ねて『剛力』『超化』!
『集中』『捕食者の瞳』重ねて『限界突破』!」
仁王立ちのガダルの全身が視認できるほどのオーラに包まれる。
技の連続使用、全身の超強化。
ただでさえ大きな身体が、まるで遺跡のガーディアンほどにも見えた。
「ピート下がってコイツを掴め! こっちも受け止める準備だ!」
アードが羽織っていたジャケットを脱ぎ、片袖をピートに投げる。
「大将、でも上物だって聞いてますぜ!」
「マトのが上物だろうがよォ!」
「違いねぇですぜ!」
ガダルは飛び込んで抱き止める構え。
2人が受け止める準備に入り、万が一に備えマヌダールは懐から霊薬を探す。
「うんにゃ~悪いな、みんな! 俺も横に居るんだわ!」
その時、ボクの真横から、クゥの声が聞こえた。




