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3-8「今日はコイツがいる特別編なんでな!」

「ン……?」


「なんだよ、目が点になってんぞ」


「クゥ、これボクも逃げるってこと?」


「もちろん」


「あの? 人拐いの時に足が遅いの見たよね?」


「おう!」


 クゥへと走り寄り、肩へと登り。

 桃色の前足でぷにぷにと頬を捏ねる。


「クゥ~!」


「まぁ、オレの宝物のマトなら何とかなるって事よ!」


 にしし、と自慢げな顔。

 根拠のない自信というより、本当に出来ると思っている顔。

 この笑顔を見てしまうと、出来ないなんて言えないのだ。


「もう~。仕方ないなぁ……頑張るけど!」


 そうは言ったものの。

 ボクには所謂、転生の先で得る強大な力……なんてのはない。

 おそらく現状、子ども達より足も遅いし、体力もない。


 街もまだ見て歩いていない。

 マッピングすら出来ていない状態、ということ。


「お、マトの顔がくしゃくしゃになったな……」


「キーヒッヒ、クゥさん! そのお顔にさせては駄目ですよォ!

 シワが残ってしまったら大変ですよォ!」


 マヌダール含め、おじさん達が集まってくる。

 そんなヤバい顔してたんだろうか……。


「……マトさんよ、悩む時にその顔するのは止めたほうがいいぜ……。

 妙にまた見たくなる、何かを刺激されるんだよ……」


「間違いないですぜ、つい興奮しちまう顔ですぜ」


 奴隷商チームが極限に悪い顔で見つめてくる。

 あんまり悩むのはやめようと思った……。


 その時、気づく。


 ガダルが無言でくしゃくしゃの顔になっている。

 一緒に困ってくれているのかもしれない。


 眉間に深いシワ。

 ぎゅっと顔の中心に毛並みが集まる感じ。

 眉は垂れ、口は奥に引っ張られたようで……。


 転移前、SNSでバズっていそうな困った犬の顔だ。


 これかぁ……。


 ボクは両手でぽんぽん、と顔を叩いてから笑顔を作る。


「えへへ、心配になっちゃったから……。

 やるよ! 顔、シワシワにしてる場合じゃないや!」


 全員が笑顔に戻り、腕組みをして頷く。

 保護者の皆さんはご満悦そう。


「ということで、マトも参加だぜ!」


 子ども達の大歓声があがる。

 はじめて遊べるね! とか、手加減してやるから安心しろよ! とか。


「うん、ボクも頑張るのでよろしくね!」


 ぴょい、とクゥの肩で右手(あんよ)を高く掲げれば、歓声はさらに大きくなる。


「それじゃあ、チビたちは全員準備しろ!

 遠くでオレが叫んだら試合開始だ!

 おっさん達は今回はマトの味方で頼む!」


「よろしくね!」


 クゥの肩から飛び降り、アード達のそばに走って皆とハイタッチ。

 ほわほわした幸せのお花が飛び散りそうな表情のおじさん達。


「それじゃ……始めるぜ! マトは肩に乗れ!

 スタート地点まで一気に行っちまうからな!」


 再びクゥの肩に戻る。

 同時に走り出した彼は、おもむろに最初の家の弊へ飛び乗り。

 さらに屋根へと跳び上がる。

 駆け出し……畑の皆が点になった頃。


「捕まえてみやがれ、チビッ子どもがよ~!」


 と絶叫する。

 同時に、子ども達が走り出したのが見える。


「さて、マト。 作戦は?」


「えっ、ええと! まずはクゥの肩に乗って街の確認をする!

 今だと迷って逃げるどころじゃない!

 ピンチが来たら、そこからは分かれて逃げるよ!」


「くしゃくしゃの顔から出てきた良い案だな!

 んじゃ、それで行くぜ!

 捕まってろ、この前よりブっ飛ばして行くぜ!!

 『超跳躍(ハイジャンプ)』――!!」


 視界はあっという間に街の上。

 翼でもあるかの如く、高く跳びあがるクゥ。

 その肩に掴まり見下ろす景色は、初めて街を見た時より美しい気がした。


「すっご……」


「だろ! オレのこれは誰にも負けねえからな!」


 畑から走り出した子ども達を見るのも難しいくらいの高度。


「んで、だ。

 コレはチビ達に読まれてる!

 いつもやるからな!」


 真っ直ぐにスッとんで行く先は、大きな鐘を備えた街の時計塔。


「ここに来た! と思わせて……逃げるぜ!」


 なんだかんだで名のある盗賊なのだ。

 雑でも理論が甘くても、その感覚は一級品。


「どうするの……!」


「後で怒られるから覚悟しとけよ! 掴まれ!」


「は……?」


 ひし、と肩に強く掴まった瞬間。

 目の前の鐘にクゥの飛び蹴りが叩き込まれる。


 ゴオオオン……!!


 この距離を跳んで来た一撃……その鐘の音は街中に轟く。


「うあああっ、マジ!? ちょっ!!」


「慌ててる場合じゃねえぞ。

 これで子ども達以外の敵が追加だ!」


 すとん、と鐘の横に着地。

 そこから隣の家の屋根へと跳ぶ。


 敵……?


「またテメェか、クゥ!」


「クゥ!おめえのとこのガキが、丁寧に謝りに来てんだよ!

 良い加減にしろよ!」


「少しはちゃんとしろ、どっちがガキだ!

 お前が教育されろ!」


 街の人達の声が聞こえてくる……。

 これかぁ……。


 怒ってはいるが、愛のある怒鳴り方。

 ああ、彼はこうやってここで暮らして来たんだな、という。


「今日はコイツがいる特別編なんでな!

 悪い、また今度……何かさせてくれ!」


 ベロを出してウィンクしたクゥが屋根を再び走る。


「うさぎちゃん、その人良い人だけど! 泥棒だしお馬鹿だから真似しちゃダメよ!」


 箒を持ったおばさんが叫んでいる。

 苦笑いで手を振っておく。


「あのおばさん、パン屋だぜ。

 今度行ってやろうな」


「クゥもしかしてだけど。全員知ってる?」


「あたり前だ! これが義賊ってやつよ!」


「覚えるの苦手かと思ったよ」


 掴まりながら、片手で頬をムニっと押す。


「苦手だぜ! だけと人は別だ! 変装してても分からなきゃ……簡単にお縄だからな!」


「プロの泥棒怖いなあ」


「お褒めの言葉どうもだぜ!

 さて……ここからは地上戦だ。

 チビ達は街に詳しい。

 路地とか塀の隙間とか、ショートカットで時計塔まで走ってくるぜ」


 屋根を次々跳んだ後、煙突の裏に入ってから路地へと飛び降りる。

 追跡側から姿を消す動き。


 やはりプロだ。


「ここから、右に走ればオレの家の方。

 左は、馬で帰って来た時の門。

 どっちに行く……?」


 行き止まり、道は左右。


「右!」


「だよな! 鐘から先へ逃げると思わせて……戻る! それに」


「みんなが捕まえるチャンスもできるから、でしょ?」


「おうよ! 良いね、遊びが分かってるな!」


 伸ばした手で、クゥがわしゃりと頭を撫でてきた。

 嬉しいので、満足の顔。


「んじゃあ、爆速で行くぜ!

 『壁走り(ウォールラン)』!」


 家の壁へと跳び。

 そのまま身体を真横にして、壁を走る……!


 パルクールもびっくりの壁走りそのもの。

 落ちないようにしがみついて、周囲をしっかり見る。


「跳ぶと見えちまうからな。

 かと言って……街の中を走り続けるのは不利だ。

 なんせ、大人はみんな子どもの味方!

 オレを見たって伝えるからな!」


「どんだけハードなのこれ……えええ! うああっ」


「ちゃんと掴まってないと吹っ飛ぶぞ! よっと……!」


 壁から壁へとクゥが跳ぶ。

 立体的な動きすぎて、街の作りを覚えるどころじゃない……!


「そろそろ見つかるぞ、気合い入れろよ!」


「見つからない為に壁走ってるんじゃないの!?」


「見つからなきゃ!

 おもしろくねえからな!」


 薄暗い路地の壁から、光の差す大通りへとクゥが跳ねた。


 着地した瞬間、子どもの声が聞こえてくる。


「……いつも通り、戻って来ると思った。

 で……別にオレは遊びに付き合ってるだけで本気じゃないけどな?」


「私たちは、鐘じゃ騙されないよ! マトくんも一緒だし、難しいことしないなずだもん!」


 レオとニーナ、ちょうどクゥを挟むように立つ子ども達2人。


「今日はいつもと違うぜ……!」


 2人の目は至って真剣。

 秘策がある、という顔。


「お……来いよ! すげえ楽しみだ!」


 クゥが笑顔で挑発する。


「『超跳躍(ハイジャンプ)』……!」


「!? マジかよ! 危ねええ!」


 子ども達2人が、朝習った「1歩前へ」と跳ぶ技で同時に飛びかかってくる。

 クゥの超跳躍(ハイジャンプ)は鐘へのジャンプで3回目を使い切り。

 避ける為には使えない。


 身体能力でなんとかする――その場のバク宙でギリギリ2人を避け着地。


「くっそ!!! 後ちょっと!!」


「レオくん、だめ!? 私もちょっと届かなかった!」


「やるじゃねえか! 今のはちぃとビビった!

 だけどまだまだ負けねえ! じゃあな!」


 とても楽しそうな声。

 腕をヒョイ、とあげてクゥは走り出す。


 目の前の人混みの隙間を、スポーツ選手がすり抜けるかのように。

 軽やかに素早く、音もなく。


 あっという間に子ども達から距離を取る。


「すごかった」


「ああ、2人ともな! ってことで、よ……?

 せっかくだ、ココからは……別れていくぜ!」


「は?」


「お宝が自分を守れたら、最高だからな! 練習だぜ、マト!」


 ひょいと片手で掴まれれば、クゥの顔の前。

 しっかり両手で抱かれた後、鼻を押し付けられて。


 吸われた……。


「マジだ、焼きとうもろこしだなこれ!

 んじゃ、頑張って行こうぜ!

 もうすぐ夕方、ここから家まで捕まらないで真っ直ぐ帰れば勝ちだぜ!」


「マジで言ってるの!? ちょっと!? えっと!?」


「ここから真っ直ぐ! 大通りから見れば、オレンジの屋根は見えるからな!

 そこがゴールって事で、走れ!」

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