3-6「みんな好きだから!」
「それでは、私はァ! 準備に一度帰りましょぅ!
秘術や魔法は長い長い準備に時間がかかるのですよォ!」
両手を広げ恍惚とした顔で叫んだ後、眼鏡を指で押し上げるマヌダール。
「クゥ、流行ってる気がするあれ」
「おう……オレも最近チビ達がやってんの良く見んだよ……」
「流行っている!? それは大変ですねェ、魔法使いは孤独!
孤独な実験と儀式で成り立ちますよォ!
孤独なんですがァ……。
アードさん、荷物がしんどいのでキャアさんお借りしても……?」
両手を擦りながら、大変低い姿勢で講義を終えたアードに伺いを立てる。
これも真似してほしくない動きだと思う。
「何が孤独だ、全くよぉ。
……庭できゃっきゃっしてるから連れて行っていいぞ。
果物があったら食わせてやってくれ」
「感謝、感謝ァ……畏まりましたよォ!
それでは、準備などして参りますのでェ!
退散ですよぉ、キヒヒヒヒ……」
すすす、と滑るような特異な動きで去っていった。
「なぁ、クゥさんよ……マヌダールはいつからあんな感じなんだ?」
やりきった顔のアードが隣に戻り、椅子に腰を降ろす。
よっこいしょ、が聞こえてしまった。
「ジジイは隣に引っ越して来た時からあんなだぜ?」
「ボクさ、マーさんが魔法学校の先生やってたって話聞いたんだけど」
「!? それガチなのか……? 胡散臭い雑貨屋だとばかり……」
「ああ。クゥ殿、間違いない。マヌダール殿は王都の魔法学校に勤めていた。
魔法薬店も有名であり、信用できないが信用のある魔法使いと言われていた」
そういえば、このガダルもマヌダールの魔法薬を探してここまでやってきたのだ。
「信用できないが、ねェ。ってことは、まさかだ……ガダルさんよ、あいつは……」
「昔からあんな感じ、だ。かつて私が彼と話した時も……その」
『胡散臭かった』
あっ……皆の声が重なってしまった……。
「だけどマーさん、凄い物知りだし頼れるよ!」
「ああ、俺もマヌダールの腕と知識は確かだと思うがよ。
だが……魔法に関しては違和感があった」
ボクは赦の影響だ、と知っている。
とてもプライベートかつ繊細な問題だと思う。
だから、口にはしない。
「王都でも、魔法に不調が出て隠居された、と聞いた。
隣に住んでいるのだ、後で聞けば良かろう!」
「そうだな、結構悩んでんのかもしれねぇ。
なじみの雑貨屋ってだけだったもんな。
後で酒でも奢ってやるか……」
「それならクゥさんよ。俺が仕入れた、良い酒ってのがあってな?」
ピートが走り寄ってくる。
「これですぜ……! コイツは美酒、らしい!
コイツをクゥさんがマヌさんにご馳走する!
そうするとォ……上手くて癖になる! どこで買ったかを聞かれェ……!」
アードにピートが迅速に張り倒された。
「そういう商売の話は本人にするもんじゃねェだろ!」
ゲラゲラ笑いながらも、クゥがその場で酒を買い取っていた。
彼も彼でまた、そういう気が利く男なのだ。
「それじゃあ、一旦解散だ。昼過ぎまで時間がある。
ガダル、あのイノシシ運んじまうか?」
クゥが大きな狼を見上げて微笑む。
「ああ、出来れば早急に対応してしまいたい」
「マトも行くか?」
「嬉しいけど……ボク、そういう所行ってもだいじょうぶ?」
「待て待て、お前さん達。
無計画に報告に行くんじゃねえ。
これに関しては全員で行った方が良いな。
明日、揃って行くぞ」
「何か作戦でもあんのかよ?」
「ここの孤児院で学校も兼ねるって話は、そういう時に持ってくもんだ。
マトの話もそうだぜ」
「ボク?」
「何度も言ってるじゃねェか……トガはヤベぇんだ。
金庫の奥深く、厳重に隠すような宝物に足が生えて歩いてんだぞ。
しかもこんな小さくて、ふわふわでよォ……」
アードのデカい手が頭に伸びてくる。
けれど、届かないのだ。
赦のせいで撫でられない――。
だから、いつでも……この動きを見たら自分から体を伸ばす。
ボクから撫でられに行く分には大丈夫なのだから。
満足そうにもしゃもしゃしてくれる。
「最近、時々撫でてんな、とは思ってたけどよ。
マトの背伸び……トリック有りだったか」
「うっせぇな、クゥさんよ。こればかりはお前さんが羨ましいぜ」
「なんつってもオレの宝物だからな!」
えへん、と胸を張ってクゥも撫でてくる。
豪快でちょっと雑な、わしゃわしゃ! という手つき。
自分の手で直さないと、ぽんぽんに毛が膨らんでしまう。
「クゥ、髪が膨らむ~」
「撫でときゃ直るだろ! で、今のうちに……と思ってた仕事が明日になっちまった。
空いちまった、なぁ」
「何言ってんだ、クゥさんよ。なぁピート? やることはあるよなぁ?」
「もちろんですぜ……!
お昼は畑になりやすから、弁当ってヤツを持っていかないとですぜ!
子ども達も一緒だ、今からちゃっちゃと作っちまいましょうぜ」
「ってことだ……急ぎみてぇだし、俺も手伝う。
お前さん達もやってくれるよな?」
「そういう話なら任せときな!」
「私もやらせて頂こう!」
「もちろんやるよ~!」
それならボクにも出来るハズ。
クゥの肩に駆け上り、そのまま厨房へ。
いわゆるパンにレタスと多分ハムを挟むやつ、を作る。
食生活は完全にボクの世界と同じ。
サンドイッチ、なんだけれどこの世界に伯爵は居るのか……?
「ピート、これなんていうの」
「サンドイッチですかい?
これは昔からある、外で食べる食事の人気モノですぜ。
マトさんがご存じないのは珍しいですぜ」
「サンドイッチ! ありがとね!」
やっぱり文化が近い。
イルイレシアという古代の王国が、極めてボクの居た場所と密接に繋がっている気がする。
そんなこんなでピクニックのお弁当が完成。
でっかい箱にピートが背負い、中に冷やす魔装を放り込む。
クゥとアードで皆を庭に集め、先日大ミミズから取り戻した畑へと向かった。
道すがら、町の人々と楽しげに挨拶。
皆が笑顔で返してくれる。
受け入れられている集団なのだ、と再認識。
「ということで到着だぜ!」
子ども達が一斉に畑へと駆け出していく。
「お待ちしておりましたよォ! キャアさんと種も運んできましたァ!
どのようなモノか、ある程度鑑定も済んでおりますゆえ、安心して植えられます!
ですがァ~!
皆さんッ! 折角なので、畑や種、そして魔法の薬ィヒーッヒッヒ……!
覚えてみましょうねェ!」
畑の真ん中で、インコ顔のグリフォンに跨った眼鏡の魔法使いが手を振っている。
「絵面がヤベェな……何も信用できねぇ。
どっかの店の新装開店のビラ配り見てぇだ……」
「クゥさんよ……あんなビラ配りしたら、キナ臭くて誰も入らねえ……」
「概ね同意だ。マヌダール殿は名高い大魔法使い、賢者だと聞いていたのだが……」
「すげぇにはすげぇんですよ、あの人は……。ですがねぇ」
「でもね! あの雰囲気で凄いから、ボクは好きだよ! マーさん」
皆の顔がギュっと梅干しみたいにシワシワになる。
誰かを褒めるとこうなるのだ……。
特に牙を剥いてしまうガダルの顔がヤバい。
「みんな好きだから!」
握りつぶしたボールが、ぽん! と膨らんで戻るように皆が笑顔になる。
分かりやすい。
「ボクも前で聞いてくる!」
皆の足をぽんぽん! と叩いてから出発。
それだけでお花がふわふわと飛び出そうな顔になってくれるので、嬉しい。
「はーい、それじゃァ! マトくんもそちらに座ってくださいねェ!」
マヌダールの前に、ちょんと座る。
「皆さん……ここにおりますのは、脅威の魔獣! 空を飛ぶ巨大な肉食獣!
強き翼の王者……! グリフォンのキャアくんですよ!」
子ども達がキラキラした目でキャアを見上げる。
水色インコグリフォンも、やっぱりかっこいい存在。
マヌダールの前口上も合わさり、神々しくすら見える。
「きゃああ~!」
楽しげにひょこひょこ前足を上げ下げしながら、バカでかい女性の悲鳴が辺りに響いた。
「ええ……楽しくないのかな」
「お、おい……鳴き声……」
「助けを求めてるの!? キャアさん怖いの!?」
子ども達がざわめく。
憧れのグリフォンの咆哮が、暴漢に追われる女の人の叫び声だったからだ……。
「きゃっ! きゃっ!」
楽しげに悲鳴を繰り返すキャア。
そして、子ども達も気づく。
「な、鳴き声が悲鳴なのかよ……」
「はい! 小さな頃に聞いたことで覚えてしまったのかもしれませんねェ!
実に神秘的ですよォ!
キャアさんはお荷物を運んだり、空からミミズを退治する助けをしてくれましたァ!
後で、皆さんも果物を持ってありがとう、しましょうねェ!」
もちろん、皆が歓声で答える。
「きゃあ~!」
「わっ、ちょっと、キャア……! わわ~!」
キャアがボクの耳の間にクチバシを乗せ、ぐりぐり匂いをつけてくる。
遠くのおじさん達が嫉妬しそうな動き。
マーキングっぽい。
「それでは皆さん、ここからがマヌダール先生の授業ですよォ!
今日は種から植物を作る方法と……魔法の薬の使い方、2つですねェ!
先生は昔、先生をしている時に全員を眠らせてしまった魔法の使い手です。
おや……今日は皆さんに魔法が通じていないッ……!?
大変ですねェ! どうしてもこの、秘密のお話が聞きたいとッ!?」




