3-5「アードのおっさん、これ読めるの……?」
「美味しかった?」
よちち、と歩いて皆のそばへ。
「おうよ、美味え! また食わせてくれよな」
わしゃわしゃとクゥが撫でてくる。
「マトさんよ、反則だぜ……。俺はすぐ着替えに行こうと思ってたのによ……。
作るトコまで見ちまったら、温かいまま食うしかねぇじゃねえかよ。
さて、俺も気合い入れて来るからちぃと待ってろ!」
アードは奴隷商で悪人顔、ガラの悪い声……と役満なのだけれど。
きちんと食器を厨房に返しに行ってから、手を振り小走りで部屋に戻っていった。
しっかりしていて素敵だ。
「美味しかったですよォ! どんな秘術! どんな禁術が埋め込まれているのかァ!
魅了! 魅了の術は古代イルイレシアで開発されたと言われていますよォ!
さては、このケーキはッ」
「んなことねぇだろ! なんかこう、ヤバいモノになっちゃうからやめろよジジイ……。
いや!? 有るのか!?」
「え~。そんなコトあったらどうするの?」
「食べるに決まってんだろ」
「食べますよォ!」
「無論、頂くぞ……!」
うさぎパンケーキを細かく切り分け、超大事そうに食べているガダルも寄ってくる。
「勿体無くて、どうにも食べれぬ……何度も味わおうと思って細かくしてしまった……」
「耳しか残ってねぇだろ……なんか嫌だぞ、その切り方……」
「なんで耳だけ別に切ったのガダル……」
「最初は耳も細かく分けようと思ったのだ……! だが急に可哀想になって!
耳だけそのままに……」
「キヒヒィ……まるで儀式! 儀式ですねェ!
耳だけ残して何かの術式を組み立てているのかもしれませんよォ!」
「そ、そんなことは無いッ……! 可愛いので儀式になるならやってしまうかもしれないが!
儀式になっていないので、そんなことはしていないッ」
「お前ら2人は言い回しで損してるから、気をつけろよな……」
大騒ぎしていれば、ピートも合流する。
「ごちそうさまでしたぜ、マトさん。抜群に美味しかったですぜ……!
お手伝いもありがとうございましたぜ、またお願いしやす!」
目線を合わせるようにしゃがんで、頭を撫でて微笑みかけてくれた。
顔がしっかり見れて嬉しい。
ピートは軽やかに立ち上がりながら、ガダルにも微笑む。
「で、お手伝いのお願いですぜ!
ガダルさん、例の赤いイノシシ、なんとかしちまいましょう。
奥に運びつつ、お肉にするんでねェ!
牙と頭は街に届ければ信用も上がるんで、その準備もですぜ」
「承知した……! いつでも動けるッ」
「助かりますぜ、片付けはちびっ子の皆がやってくれるそうで。
あっしが手を出さず、任せるのが良いはず……!
ですんで、イノシシの方、早速向かいましょうぜ」
「ああ! マトを食べてからだが……!」
「ガダル! だから言い回し気をつけろって言ってんだろ!」
「クッ……すまむにゅ……もっ……もっ」
「食いながら喋るんじゃねえよ! どんな貴族だお前!
オレの宝物は食わせねえぞ!」
面倒な大騒ぎが始まっているので、こっそり抜け出して片付けを手伝いに行く。
クゥも軽やかに走り回っていた。
いい加減なお兄さんなのだけど、子ども達と一緒に楽しめるイケメンなのだ。
マヌダールは謎の液を机にブチ撒いて、大笑いしながら拭いている。
恐らく消毒薬やらクリーナーやらなのだろうけれど、怪しい儀式にしか見えない。
子ども達もそれを受け取り、奇っ怪な笑い声を真似しながら机を拭き始めた。
マヌダールのキーッヒッヒが流行り始めている兆候がある……。
「オレも着替えたいし、マトも着替えさせないとだな。
んなら、一度部屋に戻るとするか」
「うん!」
「私もォ、寝起きで飛び出して来ましたから一度店に戻って……儀式の後に来ますよォ!」
「儀式……」
「ああ、ジジイが店休みにしてる時に置いてある看板だな。
絶対やってねぇぞ儀式。何か用事があると儀式って書いてあるからな」
「クゥさん! おやめくださいィ! 心外ですよォ、イメージが壊れてしまうッ!」
「だってやってねーじゃん……」
「やってませんけどォ!」
「ほら、帰れ帰れ! んでちゃっちゃと戻ってこい!
オレはマトを着替えさせんだよ」
そんなこんなで一旦解散。
クゥの部屋に戻り、着替え。
1人で出来ると伝えたのに、背中に毛玉があるとかなんとか。
しっかりブラッシングされてしまった。
そのブラシについたピンクの毛玉を丸く整えて机にしまわないで欲しい……。
皆が毛玉を集めている気がする……。
ばっちり着替えたので、2人で再び食堂へ向かう。
「遅かったなァ! だが、お前さん達の準備も整ったと見た……!
さっさと座りな、話を始めんぞ!」
金持ちの商人、そう分かる豪華な服装。
とにかく仕立てと生地が美しい。細やかな装飾も綺羅びやかで――。
顔が怖いので、ヤバい商人にしか見えない。
「さぁて、今日はなァ! クゥさんがよ、絶対教えてねぇ事をやんぞ!
まずは、この大商人アード・ガルドリアスがお前さん達全員にプレゼントをやる!」
「太っ腹だな」
「聞こえてんぞクゥさんよ、後でぶっ飛ばずぞ」
「悪口じゃねぇよ! 気にしてんなら体重減らせ、おっさん!」
配られたのは、1枚の羊皮紙と木製のペンみたいなもの。
インクもなければ、芯も入っていない。
「ということで、だ! 全員に配ったのは魔装だ!
金は心配ねェ! なんせ俺はガルドリアス商会の大将だからなァ!
出世払いって事で、全部くれてやる!
これは魔装を使う練習と――もう一つ大事なコトに使う」
含みのある笑いを浮かべ、皆の前で両手を広げるアード。
秘密結社の大ボスみたいになってしまった。
「魔装だから1日3回しか使えねえが、いい練習になる!
願い方は2つだ。
『書きたい、書きたい、書きたい……覚書』。
『消したい、消したい、消したい……消去』、だ」
その言葉ですぐに分かった。
所謂メモやホワイトボード。
「こいつは、忘れたくねえ事を書いておくのに使う。
自分が見た時に、思い出せりゃあ良い。
字で書く必要はねえ、絵や記号でいいぜ。
紙もインクも嗜好品で高えから、こういうことには使えねえしな。
秘密の事を書いても……消しちまえば分からねえ!
上手く使えよ、ガハハ!」
静かなトーンから、段々盛り上げて最後は密談の如くヒソヒソ声。
子ども達も同じような悪い顔になって、ペンを握りしめている。
「文字はそのうち教えてやるがよ。
まずは道具で覚え書きを作ってみる、そこからだぜ
くるり、と手元でペンを回して見せながらアードが一声。
「さあ、『書きたい』で魔装を動かせ!
そして、今記録するのは……!
朝のパンケーキに何色のソースが乗ってたか、だ!
色だぞ、どう書く?」
一斉に子ども達が、書きたい、を唱える。
ボクも同じように試す。
一斉に皆の魔装が輝き、木製のペン先がインクをつけたように黒く染まる。
「よし……」
ベリーソース……赤で良いだろう。
赤、と手を動かせば紙に文字が浮かぶ。
電子タブレットより書き味が良い!
「マトさんよ……! お前さん、文字が書けんのか……!」
子ども達の様子を見て回っていたアードが驚いた顔をする。
いや、驚くのはボクもだ。
「アードのおっさん、これ読めるの……?」
「赤だなぁ。共通語だぞ。
話通りだな……他所の世界の者はイルイレシア文字が扱える」
これは転生者のおかげではない……?
普通に文字が通じるどころか、転移前と同じなのだ。
「これ、ボクの居た場所の言葉だよ」
「奇遇だな……古代イルイレシアから続いている文字だ。
話している言葉もそうだな。
それらを今は共通語、と呼んでいるぜ?」
「なるほど……」
「だがよ、文字を書けるのは凄えぞ。
流石マトさんだな、おい」
アードの手が頭へ伸びてくる。
だから自分から体を押し当てる。
アードは自分からボクを触れないのだから。
こしょり、と優しい撫で方……気持ちよくて目を細めてしまう。
「ねえ! マトくんが書けるなら書けるようにしたい!」
子ども達がワイワイ騒ぎ始めた。
アードが走って正面に戻れば、自分の魔装に「あか」とデカデカと書いてみせる。
「これで赤。色の名前だなあ。
せっかくだから覚えちまえ、損はねえ!」
消去の呪文があちこちで聞こえ、皆が書き直しているのが分かる。
「道具の使い方と、書いておく事を毎日1回はやれよ!
ガダルの超跳躍を書いてもいいな。
ピートのナイフとフォークの使い方を書くのもいい」
どん、と机を叩いて皆の目を集めたアードが声を張る。
「商人のコツは忘れねえ事じゃねえ、思い出せる事だ!
計算やら文字なんかは後からどうにでもなるが、心構えは変わらねえ!
思い出せたら何とかなる、だから思い出すためのヒントを作れよ、若者よ!」
そう言っておっさんは話を締め。
一人一人のところを回って褒め、相談に乗っていた。
「……んじゃあ、昼の後は……。
いよいよ、お前さん達大好きなジジイのインチキ教室だな?」
アードがご満悦の極悪笑顔で歩いてくる。
それに応えるようにマヌダールが立ち上がり、声を張る。
「キヒヒィ……! インチキなんてとんでも無い!
アードさんの魔装では書ききれないくらいの秘術をお教えしましょう!
それはァ……!
畑と種まきですよォ!
集合は昼過ぎに庭、行く場所は畑ですよォ!」




