3-4「うさぎの形、うさぎの形、うさぎの形!」
水道が完備されている、石鹸がある――きっと話を辿れば転生や転移者のおかげ。
「クゥさんが教えたとは思いますがァ、外に出た後ですぜ。
手は洗っちまいましょう、足は無理ですな! 特に大将とか!」
子ども達に手洗いをさせるピートを、疲れて動けなくなっているアードが睨んでいる。
子ども達の前なので許しているが、後で1発殴るぞの顔。
「クゥ洗わないよ?」
「ぼくクゥが手を洗ってるの見たこと無いよ?」
「そのままだよね。汚いからやめなさいって言ったのに」
想像通りというか、当然のような子ども達の声。
よちよちとクゥの肩へと登って、顔を覗き込んだ。
「いやぁ、別にほら、見た感じ汚れてねぇし、風呂も入ってるしさ」
「子どもかな?」
頬を両手でぷにぷに押す。
苦笑いで言い訳しているクゥが、イメージ通りでつい意地悪したくなるのだ……。
「それじゃあ、みんな。しっかり洗えたら、手伝って欲しいですぜ!」
元気の良い返事をした子ども達が、あっという間に食堂の奥――厨房の手前に並び始めた。
やはりアードの店の右腕。
アナウンスも上手ければ、こういう時の表情も上手い。
どうにも冴えない下っ端子分顔のピートが、優しいおじさんの顔で笑っている。
「ガハハ、良い仕事するじゃねェか!」
後方腕組み、というものを始めて実際に目にした気がした。
ピートが子ども達に手伝いを頼む姿を見て、満足気にアードが頷いている。
「折角だしマトも行って来いよ。
チビ達と同じ様なモンなんだから。
水道届くか? オレが背中持ってるから手ェ洗えよな」
返事を返す間もなく、ひょいと抱っこされ。
流しに着けば両手を掴まれ、ぬいぐるみの手を動かすように水の中へ。
「クゥ、できるよ~! 届くよ~」
「良いじゃねえか、手ェちっちゃくて可愛いしな。
気をつけろ、狼が狙ってる。早く石鹸で洗っちまおうなぁ」
「クッ……! せめて洗う前に、炒めたモロコシの匂いを嗅がせてくれ……」
後ろで眺めていたガダルが呻いている……。
置かれている固形石鹸は見慣れた形。
異世界とは思えないほどの泡立ちと、何とも言えない花の香り。
「わー、泡凄いね」
「だろ? オレが選んできたんだ!」
この自慢げな顔が好き。
なんとも、彼らしい安心出来る顔。
「お待ちください、クゥさん~! この石鹸を作っていますのはァ!
キィーヒッヒ……私! 私でございますよォ!
いつもご購入ありがとうございますねェ!!」
隣で買ってるのが分かったので、つい吹き出してしまう。
「そ、それじゃ、ボクちょっとピート見てくる!」
洗い終わった手をぷいぷいと振り、ズボンで拭いて小走りで移動。
「マトくん! 今度はハンカチを用意しておきますよォ!
そこで拭くとクゥさんみたいになってしまいますからねェ!」
真っ直ぐに子ども達の列へと走る。
耳はクゥとマヌダールの声を捉えているが、お説教されているっぽい。
手を洗え、ズボンで拭くな、脱いだり洗ったものを放置するな。
今度から片付けは手伝ってあげよう。
毛がついちゃうけどね!
「ピート、何やってるの?
ボクも来ちゃった」
「朝ご飯を運んで貰っていましたぜ!
1人分ずつに盛り付けてありますので、受け取って机に運んでくだせぇ!
あと、クゥさんは手づかみとスプーンで教えたみたいですが。
コレを覚えて欲しいんですぜ」
ナイフとフォークを見せながら、ピートが笑う。
子ども達に渡しているのは、1枚の皿。
レタスの様な葉物野菜と1本の大きなソーセージ、ハムが並べられ。
その横にフワっとしたパン、スクランブルなエッグに赤いソース。
ホテルの朝ご飯めいたプレートだ。
極めて美味しそうである。
「なるほど、ソーセージ、切って食べる練習?」
「流石マトさんですぜ。パンもこう、ちぎって頂いて欲しいんですがねェ。
クゥさんがそのまま咥えて出かけていくということで……」
面倒見のいいお兄ちゃんだけれど、真似しちゃいけない所も伝わっているようだ。
「子ども達はそれをお行儀悪い、と言ってますぜ。
最初に覚えて欲しいのはクゥさんですぜぇ」
「違いない! でもクゥっぽいから、それでも良いかな……。
何か手伝えること、ある?」
「とんでもねェ、手伝わせたら大将に怒られやすよ」
「やりたいって言ってもダメ?」
「んおッ……! そう頼まれちまったら、お願いするしかありませんぜ!」
子ども達にプレートを渡し終えれば、ピートが手招きする。
小走りで厨房へ。
「でっか! しかもめちゃくちゃ綺麗!」
「綺麗にしたんですぜ!
最初は物置のようでしたからなあ」
「……クゥ……」
「んま、彼らしいってやつですかい?
さて、お願いしたいのはですねェ……これですぜ」
「これ!」
ボクらの世界で言うパンケーキミックスっぽいぞ……!?
「ですぜ。ケーキをここで焼いて欲しい訳ですが……」
目の前には黒い鉄板。
ボクらには馴染みの深いホットプレートっぽいアレソレ。
「あっしが作るより、喜ぶ人が何人もいる訳ですぜ。
子ども達も、間違いなく喜びますぜ?」
ピートが指差した先を見れば、腕組みをした保護者の皆さん。
クゥもアードも、マーさんもガダルも居る。
期待で見守る顔。
家族集合、家庭科授業参観みたいになってしまった……。
「分かった……やり方教えて!」
気合の入った声で尋ねながら、身長が足りないので踏み台に飛び乗る。
「これは、アードのおっさんの武器みたいな魔装ですぜ。
仕上げる形を3回お願いすりゃあ、思ったようなモノに完成しますぜ!」
技と同じ仕組み。
道具も3度願う。
「ねえ、ピート。これって1日何回も使えるの?」
「いんや、駄目ですぜ。
小さな願いが力になるのは1日3回まで、道具も3回しか動きやせん。
技や魔法も同じですから、覚えておくと良いですぜ」
3回願って1回の力になる。
力は1日3回まで。
全部3なのか……!
「わかった!
じゃ、ここに沢山流して纏めて……」
「この道具は、焼き上がりの形を決めるモノですぜ!
纏めて流したら大きなモノしかできませんぜ!」
「むずかしい!」
そっとピートがボウルと腕を支えて手伝ってくれる。
力加減の出来ない馬鹿力、とは思えない繊細さ。
「こう、ちょっとずつ。ちょっとずつですぜ」
背後のお兄さんお父さんが、両手を握りしめて応援している……。
のが見なくても伝わってくる。
「ちょっとずつ」
「同じ大きさに纏めて、魔装にお願いしやしょう」
ちょんちょんちょん、と同じ大きさにケーキのもと、を広げる。
「さて、マトさん。初めての魔装ですぜ……!
技や魔法と違って、誰でも使えるんですがねェ。
融通が利かない、力が弱い……欠点もありやす。
ただし、高いのは違いますぜ。大将の剣とか!」
チラと見れば、アードが凄まじいドヤ顔だ。
極悪でえげつない笑みを浮かべ、今にも声を出しそうな笑顔。
「顔が怖ぇよ、おっさん」
「うるせえな! お前さんも褒められたら笑うだろ!」
「その顔、商人の笑顔には見えん……」
「キィヒッ……口角、口角の上げ方と目つき、いや顔全部が怖いですねェ!」
保護者が保護者に殴られている……。
気にしても仕方ないので、ケーキにチャレンジしよう。
「形を3回お願いする」
「ですぜ!
お願いが終わったら、技と同じで名を声に出して動かしますぜ。
ここの道具は調理、で大体使えやす!」
みんなが喜ぶ……ボクが作って喜ぶ形。
にんじん?
でもこの世界にあるだろうか……?
なら!
「うさぎの形、うさぎの形、うさぎの形!」
穏やかにプレートが輝く。
淡くて優しい橙色の光。
「調理!」
言葉に出した瞬間、光が眩しく瞬いた。
ぽん!という可愛い音と共に煙が吹き出し。
「わっ!」
「大丈夫ですぜ! よく見てくだせえ!」
煙が晴れる……!
これは……!!
「うさぎさん顔型パンケーキ……!」
「成功でやんすね、流石マトさん。
素晴らしい出来栄えですぜ……!」
「一瞬だった……すご……」
「それでは、お皿に乗せて運びやしょう!
あっしの作ったピンクのソースも有りますから!」
用意周到!
作らせてくれるつもりだったのが分かる。
うさぎケーキにピンクのベリーソース。
ふわふわ感満載の魔法道具料理が生み出されてしまった。
駆け足で運び出せば、子ども達も大歓声。
アニキとおじさんは、勿体無くて食べられない、の顔で眺めている。
「マトくんが作ってくれやした! 皆も覚えたければあっしに言ってくだせえ」
ピートが伝えれば、みんなの感性と拍手がこちらに向く。
照れる……。
微笑んで頭を下げる。
からの、いただきます。
皆の笑顔が嬉しかった。
ただ1人、泣き顔のおじさんが居る。
アードがハンカチで涙を拭く仕草。
本当に泣いてるの!?
嘘でしょ……?
「嬉しいモンだぜ、料理なんか貰っちまうとよォ……。
マトさんよ、頑張ってるな……!
感動ついでだ!
俺も何かやらねえと気が済まねえ!
飯食って片付けたら、またここに集合しろ!
昼飯まで……怖い商人のお得な話を聞かせてやるぞ!」
パンケーキを泣きながら頬張る極悪顔商人が、声を張って立ち上がる。
皆も引き続きノリノリだ。
歓声が上がる。




