3-2「久しぶりに朝の訓練と行こうではないか!」
「うわあああ!?」
凄まじい音。
あまりの出来事に、目を点にして飛び起きた。
「マト、起きたか!? 今のは……?
オレちょっと見てくるから部屋に居ろよ!」
「むにゃ……待って、待って! ボクも行く!」
「危ねぇかもしんないだろ!」
ベッドから跳ね起きたクゥが、裸足のまま外へ駆け出そうとしている。
「それはクゥも同じだよ! 心配だもん!」
今にも部屋の外に飛び出しそうな、クゥへと飛びつく。
よちよちと肩へと這い上がり、しっかりと捕まった。
「マト……。しょうがねぇなぁ、危なかったらちゃんと逃げるんだぞ……!」
「うん、分かった!」
走り出したクゥの肩の上で耳をピンと立て、音の位置を探す。
騒ぎ声……家の中じゃない。
この位置は外……庭!
「クゥ、庭がザワついてる感じがする!」
「おうよ、庭だな! しっかり掴まってろよ!」
階段の手すりに飛び乗ったクゥが、そのまま大ジャンプ。
予想していても驚く……慌てて肩をぎゅっと掴めば、風なんて感じ間もなく1階だ。
衝撃も無ければ、足音すら立てない。
「大丈夫かよ、何があった!?」
目の前に飛び込んでくる光景――それは。
「おお! 早い目覚めで健康的だな、クゥ殿!」
子ども達に囲まれたガダル。
そして、馬車くらい巨大な赤イノシシが1匹、目を回して倒れている――。
「オイ……」
「うわ……これ……かな……」
クゥと顔を見合わせる。
寝起きの轟音、ほぼこの巨大イノシシを地面に降ろした音と振動だろう。
「おいガダル……テメェ、朝からクソデカい音出して何やってんだ……?
今、家揺れたのはこのイノシシか……?」
「ああ、クゥ殿。マト殿の毛玉2つでは眠れなくてな……。
フラリと森に出たのだが、何か持ち帰ろうと思い」
「取ってきたの!?」
「ああ! 子ども達も多いだろう!
シハに居た時はこうして良く食べ物を取ってきていた!」
「……待て、待てガダル……。
このクソデカいイノシシ、何処に居た……?」
「そこの裏の森だが……?」
「マジか――こいつは最近問題になってた牙車種じゃねえか……。
顔の傷、特殊な個体と言われる色違いの赤。
出会ったおっさんが命からがら逃げてきた、とか……馬車が粉々になったとか。
近々隣町に討伐依頼をしにいく、なんてウワサになってたはずだぞ……」
「ああ、確かに手強かった。が、久々に良い訓練になったぞ!」
武器を使った感じはない。
恐らく素手でボコボコにした。
貴族で自警団長、腕を組んで指示しているタイプかと思っていたけれど、これは……。
「お前、マジで自警団のトップやってたのかよ……」
「疑っているのか、クゥ殿。
……指輪は返しては貰ったが、ここでとっ捕まえてもいいのだぞ!」
ガダルを囲む子ども達がキャーキャー盛り上がってしまった。
すごい、クゥこのおじさんから指輪盗んだの、とか。
普通こんなヤバそうな人にちょっかい出さない、とか。
「いやぁ、勘弁してくれ……悪かったって。
こいつは後で町長に持っていこう。ガダルがここに住むのに手っ取り早い信用だ。
なぁ、チビ達。
このおっちゃんがどうやって捕まえて、どうやって戦ったか聞きたいよな?
訓練の仕方も聞きたいよなぁ?」
歓声が大きくなる。
ガダルの鼻の下が伸びた……というか口吻はそもそも長いのだけど。
チョロい……!
「ボクも聞きたい」
ひょこり、とクゥの肩から乗り出して微笑む。
「チビ達よぉ。今日から、ちょっとした学校を始めようと思ってたんだよ。
朝飯前の運動、ガダルのおっちゃんに教えてもらうか?」
歓声が更に大きくなる。
それと同時に扉が開き、見慣れた顔が飛び出てきた。
「何やってんだ、お前さん達! 朝っぱらから騒ぎやがって!」
頭にナイトキャップを乗せ、シルクめいた艶のある良質な寝巻きのアード。
「厨房も揺れたですぜ!何事ですかい!」
バンダナにエプロン、いつもよりも清潔感のある服のピートも一緒だ。
そして、現状を見て絶句する。
赤い牙車種の噂は、彼ら2人も知っていた。
「キィヒィ……ッ……! まさか! また大ミミズが呼び出されてしまったのですかァ!?
庭に……恨みか、呪いか、復讐の全喰い種!
大魔法使いマヌダール、今、皆の為に駆けつけましたよォ!」
隣の家にも轟音は届いていたようだ。
マヌダールが息を切らせて走り込んでくる。
そして流れるように絶句。
「……って話みたい」
ここまでの流れを軽く皆に伝える。
「だがよ、この巨体、どうやって運んだ……!? ウチのピートでも上がるかどうか……」
アードが顎に手を当てながら呟く。
確かに、馬車よりでかい。
「持てますぜ、大将!」
ピートがイノシシの下に滑り込み、担ぎ上げている。
本当に地面から離れた……これが馬鹿力だ。
「でかした。お前さんはそれじゃねえとな!」
それを見たガダルが大きな口を開けて固まる。
「そんなバカな! この私ですら、幾重にも技を重ねて運んだと言うのに……!
……くっ……いかん、時間切れか……」
ガダルの全身から、色とりどりの光の粒がふわ、と浮き上がる。
がくり、と膝をついてから頭を抱えた。
「あー……ガダル、お前さんは自己強化が得意って話だな……?
しかも高出力で短時間の。
持久力は全然無ぇ……そうやってベロが出てハァハァしちまうと……」
ボクはその言葉にハッとして自分の口元を触る。
ぺちょ、と指先が濡れた。
驚く出来事の連続で、舌が少しだけ出ていたかもしれない……。
そっとしまう。
「ああ、幼い頃から多くの技を習った。
いわゆる教科書の技……冒険者や衛兵が基本として学ぶ物ならほぼ全て扱える。
だが、技を使わぬピート殿にこれほど差をつけられるとは……」
「あいつは天然でそんなもんだ。ただし魔法も技も上手く扱えねえ。
教える奴が居なかっただけ、かもしれねえがな。
で、今から軽く講義すんだろ?
俺らも聞いてくぜ、さっさと始めやがれ」
「そうか……。
うむ、クゥ殿とマト殿に頼まれた!
若者もこうして集まっている……良いだろう!
久しぶりに朝の訓練と行こうではないか!」
狼の遠吠えの如く、よく通る声でガダルが叫ぶ。
それに釣られたのか、家の中にいた子供たちや、アード連れの大人たちも集まってくる。
いわゆる、朝の体操会が始まった。
ボクもクゥから降り、真似をして動いてみる。
拳法の練習のような、比較的激しい動き。
5分後、上質な寝巻きをビチョビチョにするほど汗をかいたアードがダウン。
「ふざけんじゃねえ……これは素人や子どもにさせる事じゃねえ……」
ボクも息が上がり始めた。
これはしんどい。
ただ、子ども達はキャッキャと騒ぎながら盛り上がっている。
クゥはバッチリ合わせている。
笑顔が楽しそうだ。
身体を動かすことが気持ち良い、そんな雰囲気。
「おー? 遅れてねえか?
オレより強くなるんじゃあ、オレよりも続けなきゃなあ?」
子ども達を時折煽って、やる気を高めている。
うまい。
そういえばマーさんは……と探せば、アードの横でボロ雑巾のようになっていた。
いつ離脱したかは分からないが、真っ白に燃え尽きている……。
ピートに疲れは見えない。
が、動き一つ一つに物凄い力が入っている。
ブンブンと言う風を切る音、力任せ、と言う言葉がぴったり。
「なかなかやるではないか!
おじさん達は全滅のようだが……若者よ! よく着いて来た!
賞賛に値するッ!」
目の下のクマが気にはなるが、キラキラした笑顔のガダルはご機嫌。
偉そうな褒め方が実にかっこいい。
「だが、戦うのはまだ早いな!
私の訓練では必ず最初に教える事がある! 聞け!」
がるる、と喉を鳴らしてから指を突き出す派手な動き。
「もったいぶるなよ……ガダルよぉ……」
待ちきれないタイプのクゥが早速噛み付く。
「フハハ……! それは、尻尾を巻いて逃げる事!
そこの盗賊が一番上手いことが一番大切だと言う事だ!」
子ども達が、えーー! と残念そうな声をあげる。
そりゃあそうだ、このカッコいいスタイルから出た言葉が逃げる事、だ。
「褒められてんのか貶されてんのか分からねえぞ!
どう言う意味だそれは!」
「文字通りの意味だ!
尻尾を巻くのは危険を感じたから!
危険を感じる事が一番大事だ! 感じたらどうするか? 対応するのではなく、逃げる!
危険な物と向き合うのは、英雄ではない!
立ち向かうしかない事情を乗り越えたから英雄と呼ばれるだけ!
つまり英雄になれなかった物は全て死ぬ!」
人の上に立つ者の顔だった。
凛とし、そして迫力も兼ね備え。
覇気ある声は、間違いなく領主であり団長だった男だと存在を示す。
皆がごくり、と唾を飲み真剣に聞き入ってしまう姿。
「という、受け売りだ!
シハが滅びる時に別れた私の先生達の言葉だな!
死ぬな、怪我をするな、その為に鍛えろと言う事!」
「ぐうの音も出ねえ。流石、元領主様だぜ」
「そうですねェ! 私達も心に留めておかねばなりません……!」
地面に腰を下ろした二人も遠くで頷いている。
「ゆえ、一番は訓練と逃げる『勇気』だが!
それだけではつまらないな? ならば、1つの技と願い方を教えよう!
一時的に自分の力を高める技は、命を守るものだ!」




