1-3「その言葉は、大人になるまで言いません!」
「クゥ、すごい! 今日すごいよ!」
子供たちの歓声が上がる。
「あ、あの!? コレ何!? えっと!?」
これが所謂スキルとか魔法だとか、そういうものだとは思うけれど。
冷静に受け止めれられるような状態じゃない。
「おお、そうか、こんなかで一番年下のお前にゃ分かんないよな。
これはな、欲っていうすげぇ力よ!」
クゥの両手が脇の下に入ってくる。
軽々と顔の前まで抱き上げられてしまった。
満面の笑みのクゥとしっかり目が合う。
「お金とか食べ物とかを作るワザ……なの?」
「んにゃ、オレの欲が、ってトコかな。
チビたちも久しぶりに聞いとけ、大事な話は何度聞いてもいい!」
絨毯もソファーも黄金に埋まってしまった。
そっと黄金の上にボクを下ろすと、その場に胡座を掻いてクゥが座る。
シャリン、と良い音が響いた。
「膝乗るか?」
つい甘えそうになる素敵な笑顔だけれど、流石に申し訳ない。
「だいじょぶ」
そう答え、クゥを囲むように座る子供たちの中に混ざる。
「ちっさいのに偉いね!」
ぽんぽん、と頭を撫でてくるのはさっき宝をボクだと当てた女の子。
妙に照れくさい。
「よし、マトにも分かるように説明するぜ。
欲は『一生のお願い』から受け取る力だ。
ニーナ、一番大事な約束は?」
盗賊だと名乗っていたけれど、その姿はまるで保育園の先生のよう。
「その言葉は、大人になるまで言いません!」
頭を撫でてきた女の子――ニーナが元気に答える。
「その言葉……? 一生のお願――んぷ!」
「わっ! だめだよ!!」
血相を変えてニーナが口を塞いでくる。
「ってことだ、分かったかー?
オレはもう、一生のお願いをしちまった。
だから言っても大丈夫だが……お前たちは言っちゃ駄目だ。
一回しか使えねえし、使わないほうが良いからだ」
……思いあたるフシがある。
どうやってこの世界に来た?
異世界に行く方法――それは『一生のお願い』。
……まさか、ね。
やっとニーナが口から手を離してくれた。
とても心配そうな困った顔をしている。
「ニーナ、ごめんね」
深刻すぎないで、反省して見えて、それでいて――。
子どもに謝罪の顔をどう作ったら良いのか分からず、ただ頭を下げるしか出来なかった。
「わあ、えらい! 気をつけようね!」
けれど、彼女はお花が咲いたような笑顔で褒めてくれた。
だから、笑顔で返す。
「さて……このお願い、使わないほうが良い理由は分かるか?
レオ、話してやれ」
クゥが少年に目線を送る。
「んだよ、クゥが教えりゃいいだろ……仕方ねぇな、教えてやる。
このお願いをするとな、すげえワザが使えるようになるんだ。さっきのクゥみたいに。
でもよ、そのすげえワザと同じくらいの、すげえ酷い目に合うようになる。
だから、お願いは使うなだ」
腕を組みながら、ぶっきらぼうに喋るレオ。
面倒見が良さそうなお兄さんの気配を隠しているのが良く分かる。
「わかった。ありがとね」
笑顔で頭を下げる。
「おう、良いってことよ」
照れくさそうに鼻の下を掻いてから、また目を逸らした。
「まぁ、レオが言ったのが全部に近いな。
一生のお願いをすると稀にそれを叶える力、欲を手に入れることがある。
んでも、欲は良いことばかりじゃねえ。
赦っていう、悪いことが起こる力もついてくるんだよ。
タダでパンが貰えるけど、持ってきた弁当を沼に落としちまう、みたいな」
なるほど。
メリットとデメリットがセットになっている異能って事か。
欲と赦し。正直、響き的にも良い力には感じない。
「じゃあ、クゥの欲ってのは何なの?」
チョイと桃色の前足を挙手して尋ねてみる。
「さっきの【幸運の分け前】だぜ。
こいつは――、手に入れたお宝の価値と同じだけの幸福を周囲に与える力、だな。
力を得た時に、どんな事が出来るか自然に分かるんだ」
この部屋に溢れた金銀財宝が、ボクの価値ということになる。
その事実に顔がみるみる引き攣っていく。
「だから悪いやつに捕まる前に、オレがお前を盗んで来たんだからな! 安心しろ!
それにさ、ここの皆が安心して暮らせて、ガッコーとかにも行けるだけの貯蓄になった。
ありがとな、マト。あ、もちろんお前も行けよ、ガッコー」
クゥが立ち上がり、撫でに来た。
どうにもさっきから、これに弱い。なんだか安心してしまうのだ。
「むう……。
でも、なんだっけ……赦とかいうのは大丈夫なの?」
代償が伴う力と聞いた。少し心配になる。
「オレの運がめちゃくちゃ悪くなる、だ!」
びっ、と親指を立てながらクゥがウインクしてくる。
その瞬間。
外から大声が聞こえてくる。
それは、聞き覚えがある声。
「この辺りに居るって聞きましたぜェ、コソ泥がよォ~!
要件は分かってんだろうなぁ、大将がお怒りですぜェ!」
「おうおう、逃がしやしねえぜ、さっきのトガ、返して貰おうかァ!」
納得だ……。
「ってことで早速……赦の時間だな!
お前らはドア閉めて中の片付けだ!
やばかったら地下に隠れる、それじゃ作戦開始!」
クゥが子供たちに声をかければ、一斉に皆が動き出す。
「クゥはいつもこうだからね」
「ニーナもほら、急いで!」
「マトちゃん、困ってる、どうしよ、どうしよ!」
「いや、マトはオレが持ってくから大丈夫だ!
お前たちも上手くやれ、ここは任せたぜ!」
その言葉と共に視線が一気に高くなった。
クゥに抱き上げられた、とすぐ分かる。
「だ、大丈夫だよ、クゥ! 自分で走れるよ!」
あまりにも申し訳ない。
その悪運の原因だという自覚がある。
走るくらい、頑張らないと。
「マト、お前めっちゃ足遅いの、分かってるか……?」
つん、と指先で額を突かれた。
「はい……」
そうだった……。
返す言葉もございません。
「んじゃ、今はオレの宝物のチビ達の一人だ、OK?」
こんな状況でも楽しそうで、元気な声だった。
なら、元気に返そう。
「わかった!」
「んなら、行くぜ~!」
ボクを抱えたままクゥが飛び出すのは、正面玄関。
「悪いなマト、ちょっとキケンに行くぜ! 折角だから楽しんどけ!」
ばかーん!と扉を蹴り開ける。
そのまま真正面に飛び出せば、いつぞやの奴隷商人が二人。
扉は子供たちが素早く閉めて、施錠する。
「いつぞやぶりだな、お二人さん! だけど悪いな!
オレは一度手に入れたお宝は手放さない主義だからよ!」
見せびらかすように、ボクを二人の前に突き出し……再び抱える。
そのまま一歩、大きく踏み切って跳ねるように駆け出し、二人の間をすり抜ける。
「てめぇ! 見つけたぞ……! そのトガは大将のもんだ!」
「バカ野郎、口動かしてねぇでさっさと捕まえろ!」
また、追いかけっこの始まりだ。
「ねぇ、クゥ。なんか裏口とか無かったの?」
「沢山は守れねえんだ。オレはそういう剣士でも魔法使いでもないからな。
家に入れたら大変だろ? ……絶対勝てるオレのトコに引き付けたかったんだよ」
「良いやつじゃん、クゥ」
目を細めて微笑んでしまう。
「最初から言ってるだろ? 信じてくれてなかったのかよ!?」
相変わらず、クゥもとても楽しそうだ。
……赦の悪運、彼にとってはデメリットではないのかもしれない。
「とりあえず、街の外に行くぜ。 ありきたりの遺跡がある。
そこの罠は何個か動くんだ……誘い込んで逆に捕まえてやろうぜ」
ゴキゲンに作戦を語りながら、石畳を走る。
小脇にボクを抱えているのに、速度も落ちなければ動きも軽やか。
塀に飛び乗り、そこから屋根へ。
屋根から屋根へと跳ねた後、再び石畳へ飛び降りる。
パルクールもびっくりの異世界軽業、と言った所。
後ろの二人に、ココを逃げています、と分かりやすい派手な動きで誘っているのだろう。
「……アイツ、足も速いですぜ!」
「みりゃ分かるだろ、ッハ……ッハ……! 舐めやがって、絶対とっ捕まえてやる!」
走り続けてまもなく、街の裏門。
クゥが手を上げれば、門兵が笑いながら手を上げる。
「またやってんのか! 止めとくか?」
「んにゃ、このまま遺跡まで行く! あんがとな!」
「おうよ!」
クゥの人柄の分かる会話。本当に皆に愛されている人物なんだと分かる。
そして、街の外に飛び出した。
「あいつら遅えな……マトでも逃げられたかも」
「そりゃどうも」
追いかけてくる二人は、豆粒のような大きさ。
走るクゥに余裕もある。
だから、心に引っかかっていた事を話した。
「クゥ。さっきの欲のお願いをね。ボク、しちゃった気がするんだ。
この世界に来るためにするおまじないが……一生のお願い、って唱えるんだよ」
「そりゃあ大変じゃねえか! 毎日が楽しくなんぞ?
で、何頼んだんだよ、教えろよ」
ぐいぐい、と抱えている腕に力を入れてくる。
「宝物が欲しい、ってお願いした」
なんとも小っ恥ずかしくて。
少しだけ小声で。
「宝物が欲しい? お前がすげえ宝物なんだけどなぁ――ン?」
ン……!?
あっ……。