2-15「私の欲は【勇者の目覚め】だ」
「それは私だ! 家族ではない!」
マヌダールから目を逸らし、ガダルが叫ぶ。
「しかし、リーシオン家は人間の家系……狼など居なかったはずですよォ?」
「そもそも人間ではないわ!」
ガダルが放つ水流が、見事にマヌダールの顔面に直撃する。
異界の文明の利器は丁度いい水圧に調整されている――吹き飛ぶことなどはない。
「んぶッ……おやおやァ! それは聞き捨てなりませんねェ、リーシオン卿!
ミアル王国下の領主は全て人間のハズですよォ!
色々! 隠していらっしゃる! キヒィ……気になりますねェ!」
「おのれ、無礼な……! 全てを失ったとは言え、私は――」
どうにも負け顔をし続けるガダルが可哀想になってきたので、間に入る。
「ねぇ……、あの。ぜんぜんわかんない」
「……ぐぬぬ。 我らリーシオンは古代イルイレシアより続く人狼の血族よ……!
黙っていればバレない、そう言った祖先の言葉通り問題なく現代まで続いた家系だ!」
浴室にガダルの声が反響した。
全員が目を合わせた後、アードが口を開く。
「お前さん、そいつは……大嘘つきじゃねェか!
ミアルもイルイレシアも、獣人嫌いで有名だろうがよォ!」
「なので、こう、うまい感じに先祖代々上手くいっていて……。
私はこの形でうまい感じに行くと知ったので……うまい感じに税の報告をしたのだ。
すると、うまい感じに……」
「小者か! 小者すぎんだろ! やっぱ盗んで良かったわ! 悪人じゃねえか!」
「そもそも盗んでるお前も悪人なんだよ、頭下げとけ馬鹿野郎!」
クゥが最もな理由でアードに張り倒された。
「ね、ちょっとまって。人じゃないのは、マズイことなの?」
脱税の話はもう弁明の余地もなく、やらかしていると分かってしまった。
しかし、気になるのはそれ以外の事だ。
獣人嫌い――そして、獣化刑やらトガという言葉。
感じていた事が繋がっていく。
だから、尋ねる。
「マトさんよ、この辺りは王国から離れているので問題は無いがな。
言ったろう……魔物という単語は差別になる、と。
人族以外は魔物と呼んでいるのが――ミアル王国と古代イルイレシアだ」
「う、うん、それは聞いた気がする――」
「王国が派遣したという勇者は例の『化け物』を狩るが、魔物を狩るのも仕事だ。
国からすれば、奴隷かそれ以下、存在してほしくないモノ、そのくらいの扱いだぞ」
「ちょっとまって!?
じゃ、なんでボクを助けようとしたのさ!
クゥもアードのおっさんも、ピートもさ!
マーさんも親切だったし……」
全員の言葉が止まる。
先程の様に目を合わせ、頷いて答えが返ってくる。
『可愛かったからなぁ……』
一度ボクを見た後、全員が一斉に目を逸らした。
この人達がこの態度を取るときは、照れている時。
どんな顔をしていいのか分からないので、とりあえず照れ笑いを浮かべておく。
「……話に有った通りだ。
特に私の血族は姿の開きが大きく、ただの人間から四つ足の狼まで存在する。
先祖より伝わる話は、古代に英雄たる始祖が生まれ国に認められた。
血を隠し、尽くし――今に至る、だ」
疲れた顔ではあるが、ガダルが少しだけ凛とした表情になった。
「……薬を頼んだのに取りに来ませんでしたねェ、リーシオン卿」
「……そこの盗賊が指輪を盗んだせいだ。
リーシオンの指輪、世の中には呪われた指輪と流布されている。
アレは、代々……狼に姿が近いものが、人に化けるための道具よ」
全員の目線がクゥに集まる。
脱税は自業自得だろうが、恐らく監査が入ったり大トラブルになった原因はコレだ。
「だって! 知らねえし!」
「知られてなるものか! 結果、街へと攻め入られ……!」
「……すまねェ。そうなるとは思わなかったんだ――」
クゥの表情が一気に暗くなる。
泥棒だが、根は良い奴なのだ。
「だが、私が先に街で暴れ、民は全て街の外へと逃がした!
呪いの指輪の力が放たれ、ここに居れば私のようになるぞと!」
「良い奴じゃねぇですか。
脱税してるし、計画がずさんですがねぇ」
「違いねぇ。下手な領主よりはしっかりしてやがる。
だが、脱税はいけねぇな?」
「誰も死んでねェのか?……それだけが気になる!」
クゥが慌てて言葉を挟む。
「私の貴族としての自尊心が死んだと言っているのだ!
民は無事……はぐれたり、元々身分で苦しかったものは奴隷商に拐われたとは聞く……」
全てが繋がってしまった。
街が潰れた原因は、クゥが指輪を盗んだこと。
ただし、脱税周りが原因で監査が入り人で無いことがバレたから。
王国による攻撃を示唆、自分が悪役を演じて大暴れ。
街人は脅かされ全員避難。
逃げる力の無かったものは、アードが奴隷商の肩書を使い助けた。
「シハの生き残りだって言っていた奴は全員家に送り届けたか、住みやすそうな家に売ったぞ。
悪いな領主様よォ、しっかり金にさせてもらったぜ」
髭を弾きながら、アードが声をあげて笑う。
眉間の皺に、細めた目が実に怖い。
「本当に感謝する……! だが、感謝したい顔ではないぞ!」
「分かりますぜぇ……」
「オレもそう思うぜ」
ピートとクゥ、二人同時にアードに張り倒された。
3人共楽しそうなので、コレで良いのかもしれない。
「ま、まぁ!
なんとなく立場は分かったから、とりあえずお風呂しようね。
自己紹介もしないと。
ガダルさんも、少し教えてね」
約束通り順番に皆の背中を流した後、あれやこれやをガダルに話しながら湯に浸かる。
「ガダルてめェ! どんだけ抜け毛してんだ!
詰まるんだよ! 自分でかき集めて外に出せ!」
「貴様、盗人の癖に私に指図するというのか……!」
浮き上がる綿毛の塊。
かき集めたら、ぬいぐるみが作れそうだ。
ハっとして自分の腕やお腹を撫でる。
桃色の毛玉が浮き上がってくる……。
皆にナイショでそっと湯船のフチに置いた。
「うるせえ! お前さん達はどうして風呂も静かに入れねぇんだ!
全喰い種との戦いで疲れてんだよ!」
「いい湯ですからねェ! 疲れは流れますよォ!
まさか魔法の薬湯では――! 薬湯に違いありませんねェ!
この辺りの泉質は――」
「うるせえ!!」
アードお父さんがやんちゃなお子様達の世話をする図になっている。
ピートは奥で口を開けて寝ている。
あれは風呂で気絶というやつだから、沈む前に起こそう……。
「……そういえばさ、ガダルさん、寝れなくて困って来たんでしょ?
マーさんの薬が欲しいって」
「ああ――皆の欲の話を聞いた……隠しておく必要はあるまい。
私の欲は【勇者の目覚め】だ。
願いは――明日になったら、なんとかなっていて欲しい……だ。
力は『眠って目覚めると全ての傷や病、疲れが治る』というもの」
ここまで聞けば、想像出来る。
赦はまさか――。
「代償に『眠らなければ全ての傷や病、疲れは治らない』……。
眠らなければ治らない、と思えば思うほど眠れぬ。
傷があれば痛みで眠れぬ……わ、私は考え事が多くてな……」
つまり、眠れない人に寝ないといけない欲が備わっているということだ。
「それで私の所にいらっしゃったのですねェ!
それならば、お薬などお作りはしますがァ……先程はお休みなられたようで」
「子どもの頃に屋敷に居たうさぎと同じ匂いがしてな……。
顔に乗せて寝るのが好きだったのだ……」
その瞬間、ガダル以外全員の眉間に皺が寄った。
「それで吸ったのか……オレの弟子を!」
「ガダルさんよ、俺んトコの見習いを吸うっつうことがどういうことだか分かるか……?」
「大将の見習いならあっしの後輩ですぜ! 吸うなんてとんでもねぇ!」
「関心できませんねェ……! あの時は外でしたの見逃しましたがァ!」
湯船から一斉に立ち上がる皆のせいで、お湯が溢れる。
湯船のフチにコソコソと並べていたピンク色の毛玉が数個、洗い場へと流れていった。
「仕方ないだろう! いい匂いがしたのだ!
落ち着く穏やかなモロコシの匂い……! おひさまと美味しさがつまった至高の香りだ!」
ガダルも立ち上がる。
おじさん達の熱い目線に、微笑むしか出来ない。
しかも、隠すように並べていた毛玉の行き先が気になってしかたないのだ。
ボクの為にケンカしないで! と一瞬言うチャンスだと思ったけれど、やめておく。
毛玉の回収が最優先だ。
そっと抜け出て……。
「お、マト! どこ行くんだ……?
んんん! なんだその玉!」
「毛玉! 毛玉ですねェ! 鮮やかなピンク色! これはァ!」
「ん、マトさんよ。毛玉は流さねえようにしねえと、詰まっちまうからな」
アードが素早い動きで風呂から上がり、毛玉を1つ拾う。
追いかけるように、残像を残しながらクゥが飛び出し、1つを拾う。
ゆっくり流れていた1つをピートが捕まえ、マヌダールもまた1つを掴む。
一番恐れていた事態、毛玉の争奪戦が始まってしまったのだ。
ガダルが湯船を進んで耳打ちしてくる。
「マト殿、私にも1つ作ってくれないか――嗅ぎたい――」
例に漏れず顔は怖い。
狼の大きな口で口角を上げ、牙をむき出して微笑まれれば怖いに決まってる。
その顔から出てくる言葉がこれだ……。
「みんな、毛玉持ち帰り禁止!
もう温まったなら、上がってご飯にしよう!
ピート、ボクも手伝うから!」




