2-13「きゅぅぅん」
「マーさん、あの人知ってる?」
ボクは、マヌダールのローブを軽く引っ張る。
「覚えて居ませんねェ! 狼のお客様はいらっしゃった事がありません!」
「とは言ってもよ、めちゃくちゃ呼ばれてるぜジジイ……」
クゥの言う通り、目の前で揉めている狼獣人は延々とマヌダールを呼び続けているのだ。
「マヌダールを出してくれ……!
頼む……私は暴れに来たわけでも、何かをしに来たわけでもない!
王都で売っていたという、眠れる薬を分けて欲しいだけなのだ……!」
他の門兵達もいっぱいいっぱいだ。
ここまで案内してくれた門兵も、走り込んでその輪に加わる。
「マヌダールはお前のことなど知らぬと言っている!
不審過ぎる! 街には入れられぬ!」
正直、身体はデカいがショボショボで、毛もパサパサ。
徹夜明け感まで感じてしまう疲れっぷり。
少し可哀想になってきた。
「クゥ、多分あの人……」
「オレとマトの不幸と呪いだと思うんだよな……」
クゥが続ける。
ボク達は自分の赦による面倒ごとの香りが強くて目を逸らせないのだ。
「仕方ないですねェ! どこのお方かは存じませんがァ……この大魔法使いをご所望ッ!
ここで声をかけねばァ、ただのインチキ魔法使いになってしまますからねェ!」
そもそもインチキ魔法使いの顔と喋り方なんだ、それ……。
「どうなさいましたかァ! このマヌダールをお探しだと聞きましたよォ。
詳しくお話ください、チョチョイと何とかして見せましょうゥ!」
とたん、狼獣人が泣きそうな声で崩れ落ちる。
「いらっしゃったか! マヌダール殿なのだな!?
しかし……どう見ても、偽物! 胡散臭すぎる偽物に見えるのだが!
私はガダルと言う者だ、獣人には見えるが人間なのだ!
どうか助けて欲しい……眠れぬのだ……! 眠れば恐らく……!」
うん、ボクにも偽物に見えるし、クゥも横で額に手を当てて溜息をついている。
「失礼ですよォ! 間違いなく私はマヌダール、この街の魔法なんでも屋と薬屋ですがァ。
どこで私の名を――」
「王都魔法学院『知恵の頂』だ……!
薬草学と魔法学の賢者、作れぬ霊薬は無し――そう聞いている!」
「確かにソレは私だと思いますがァ……お話、聞きましょう!
クゥさん、マトくんもそれでよろしいですねェ?」
「おう、オレらはそのつもりだぜ。な、マト」
「うん。狼のおじさん大変そうだし、一回休ませてあげようよ」
「恩に切る、すまないマヌダール殿……!
だが聞き捨ては出来ぬ! 今なんと言った――?
その風貌! その名……! クゥ……貴様……!」
あっ、うん……これやっぱり『不幸』案件だ。
即ボクは理解した。
「誰だよおっさん! オレは狼なんて1人も知らねえぞ!」
「忘れたとは言わせんぞ、泥棒め! リーシオン家の指輪、この場で返してもらおうか!
私はガダル・リーシオン、ミアル王国より西、シハの街の貴族にして自警団長だ!」
マヌダールが頭を抱えている。
何なら、門兵達も頭を抱えている。
『あのバカ、やっちまったなぁ』の顔だ。
「あの後――ミアルの名を語る集団が街へと押し寄せ、民は1人残らず――!
私だけは……それに抗い欲を望み、生き残ったが!
あの案件、貴様が糸を引いていると見る!!」
疲れ切り、ボロボロに見えた銀色の狼の瞳に光が戻った気がする。
黒い唇から歯茎と牙を覗かせ、怒りに唸るような表情。
「まって、おじさん。
この人、泥棒なのは事実だけど、ただの泥棒だよ。
王都の事も常識も知らないし、たぶんおじさんの家が金持ちだと思って入ったんだ」
クゥの前に飛び込んで頭を下げる。
「貴様何者だ……! と、トガなのか……?
き、貴様ら、こんな子どもを……しかもトガを前に出して恥ずかしくないのか!」
ん? なんか目を逸らしたな……。
「ガダルさん、えっと、マトです。トガなのは間違いないみたい。
クゥは泥棒だけど、孤児院の子どもの為とか、それなりの理由はあって……。
それにマーさんはちょっと胡散臭いけどちゃんと王都の先生だったよ」
「そう、なのか……」
んん? やっぱり目を逸らすな?
「ねぇ、ガダルさん。
一度、クゥの屋敷まで来てくれないかな。
マーさんの店も隣だし、休む場所もあるから。
それから……ゆっくり話を聞かせて」
ふすん、とガダルの鼻が動く。
目を逸らしたまま、鼻が動いて――。
何かに抗ってはいるが、ヨダレが。
「おい、マト! 下がれ! その表情はマズイ!」
「マトくん! 食べられちゃいますよォ!」
二人の叫びで、疑惑が確信に変わる。
狼さんは兎さんが大好物!
両手を振り払えば、門兵が吹き飛ばされる。
ピートと同じくらいの怪力かもしれない。
捕食者に素早く踏み込まれれば逃げる間なんてない。
大きな肉球と黒い爪の両腕が真っ直ぐに伸びてくる。
「……わあああ!」
ん。
なんか凄くソフトタッチな掴み方。
捕まえるっていう触り方ではない。
視界が上がっていく。
あっという間にガダルの顔の前。
目が合う。
「……すんすんすん……」
めちゃくちゃ匂いを嗅いでくる……。
「マト殿、すまない……心遣いに感謝する。
だが、抗えぬ、抗えぬのだ!
鼻に、あんよを! 押し付けてくれ!」
はい?
「昔から兎と暮らしていたのだ!
きっと兎と会えぬのが原因で眠れぬのかもしれない!
あんよの!あんよの炒めたトウモロコシのような匂いを!
このガダルに嗅がせてくれ!」
物凄く興奮した顔。
食事の前の餓狼の顔。
実際、恐怖を感じる凄まじい形相だけれど、あまりにも悲しげな声。
どうにも、可哀想なのだ。
ぷにぃ。
湿ったガダルの鼻先をふわふわの前あんよで押す。
「きゅぅぅん」
何、今の声!?
子犬が母犬を呼ぶような声を出しながら、思いっきり足裏を吸ってくる。
猫吸いという言葉は聞いたことがあるけれど……。
自分が吸われるなんて想像したことがあっただろうか。
兎吸いを堪能するガダルを、死んだ目で見つめる門兵が目の端に見えた。
多分、クゥもマヌダールもあの顔だろう。
「ガダルさん、クゥのおうちで出来るから、おうちで休もう?」
「すまない……」
そっとボクを地面に降ろした後。
ガダルは何も言わずに前のめりに倒れ込んだ。
ズウウン、という振動と土煙。
「やりましたかァ!?」
「もういいわジジイ! ったく、どうすんだあの犬!」
「……ガダルさん!?
大丈夫!? ねえ!?」
倒れた巨体に駆け寄れば、静かな寝息が聞こえる。
羽織っていた立ち襟のロングコートはボロボロで、斬撃の痕だらけ。
血塗れではあったが……その下の毛皮に汚れはない。
キラキラと緑色の輝きが全身を包んでいるのが分かる。
「ねえ、ガダルさん、めちゃくちゃキラキラしてる」
「オレにも見えるぞ」
「ええ、私もですよォ!
これは回復術の作用中と同様の発光!
……彼の欲でしょうか……。
しかし、解決ゥ!
さすが天才マヌダール、駆け付けただけで解決ですよォ!」
「おう、そういうことにして。
爆速で撤退するぞ」
親指を立てて満面の笑みのクゥの肩を、門兵が叩く。
「ちぃと待て」
まあ、そうだよね……。
結局、門兵の説教の後ガダルを連れて帰ることになった。
力自慢のピートも、グリフォンのキャアも今は居ない。
ひ弱なジジイとちびっこ兎は数に入らない。
「自己責任じゃねェよ!
何が悲しくて自警団のボスをアジトに運ぶ盗賊が居るんだよ!」
叫び声を上げながら、イビキがうるさい狼を全力で運ぶクゥ。
流石に大泥棒、重い物でも意外と運べてしまう。
「あと臭えよ……濡れた犬の匂いがする……」
「……ここまで大変だったと思ってあげよ……。
屋敷でボクが洗うから……」
「!? オレまだ背中流してもらってねえぞ!?
何処からか現れた臭え犬が先なのか!?」
「クゥも後で流すから。ボクはここに来る前はね。
動物さんを洗うのが仕事だったの。だから、任せて」
にっこりと微笑めば、仕方ねえな、と目線をクゥが逸らす。
「マトがそう言うならよォ……。
すげえ重いんだぞ、この大型犬」
「それを運ぶクゥさんは最強、と言うことですねェ!
キーヒッヒッ……!」
上手い。
隣に住んでるだけの事はある。
「だろ! やっぱオレがサイキョーだから運べるんだよな!」
結局、マヌダールが焚き付けご機嫌に屋敷へと帰還。
中に入れるのは流石に、という話になり庭に布を敷いて転がしたのだが……。
そろそろ日も沈む。
ここに放置しておくわけにはいかない。
種の運搬を終えたアードが凄まじい形相で近寄ってきた。
「で、説明して貰おうか、クゥさんよ!
なんだこのデカい犬は!」
「オレのじゃねえよ!
ジジイに用事だったみたいだけどよ、マト吸ったら寝ちまって」
「あああん!?
お前さんが付いていて、吸っただあ!?
触らせたのか!?
近づけたのか!?
ノミでも移ったらどうすんだ、馬鹿野郎!
拾ってきた場所に帰してこい!」
「そうですぜぇ! 責任持って面倒みれるんですかい?
うん……? 大将、この襟の紋章。
シハのリーシオンの家紋じゃ……」
「ふざけた事言ってんじゃねえ! 俺らが通った時にはあそこはもう……!
……いや、お前さんの言う通りだ……コイツは……」




