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1-2「お前、やっぱすげえお宝なんだな」

「らしいです……」


 耳を掴まれ宙吊りにされた、兎獣人が死んだ目で答える。

 大きさにして幼い子供くらい。


「いやあ、急ぎだったんだ、悪かったって。

 耳くらいしか掴めなかったんだよ。

 ほら、前向いて座りな」


 苦笑いを浮かべながら、男は鞍の前方に兎を静かに座らせる。

 幼い子どもを乗せる場所、馬の特等席。


「って言ってもよ、危なかったんだぞ?」


 男は、くしゃくしゃと頭を撫でてくる。


「あいつらはケッコー有名な奴隷商人なんだからよ。

 掴まってたら大変だったんだからな?」


「でも、あなたに捕まっちゃったし」


 はぁ、と溜息1つ。

 桃色の毛皮の耳が力なくぺたん、と垂れる。


「そりゃ、大盗賊だからな!

 オレはクゥ・パーダ、ちょいと名の知れた義賊だぜ。

 つまり良い奴だな!」


 元気で明るい、お調子者な声。

 悪いやつではない、そう感じさせる魅力がある声だった。


 だから、自分も名乗ることにした。


「……狩野川(かのかわ)マトです。

 別の世界から来た、と思います。

 ……信じられないと思いますけど……」


 頭にぽん、と優しく手を置くと、また撫で回してくる。


「ん……カノカワマト……カノ……うーん。

 マトのがいい感じだ、それでいいな!

 そういう話は昔からいっぱいあるんだ、そう言うならそうじゃねえかな。

 しかし良く出来たガキだな、オレには敬語いらねえぞ?」


 ――転移者や転生者はそれなりに知られてる世界ってことなんだろうか。

 たしかに自分も都市伝説でこの世界に来た以上、他に何人来訪者が居てもおかしくない。


「クゥ、その。ボクは31才なんだけど……」


「いやいやいや、冗談やめろよ、オレは24才だぞ?

 獣人は見た目より若いもんだ、そんなチビっ子なら3才とか4才だろ。

 ませてんな~」


「……ボクさ。人間なんだけど」


「どう見てもトガの兎だろ……。いや、トガだから元人間か!

 何か悪いことしたのか? それとも罠にかかったとか!」


「それが、さっきの森の中で気づいた時からこうだったんだよ」

 片手で自分の長い耳をもちもちと触って見せながら。


「んならよ、何も知らねえって事でいいか?」


 クゥの声がとても楽しそうだ。

 同意の返事を確信しているし、それを待っていると分かる。


「うん――」


「おうよ、分かった!

 んなら今からガキで良いな? いや、ガキで居ろ。

 知らねーのはお得だぞ、楽しいからな!」


 兎だからなのか、小さいからなのか。

 すぐ頭を撫でてくる。

 でも嫌な感じはしないんだ。


 ――今からガキで良いな――ガキで居ろ、か。

 それは、救いの言葉だった気がする。


 人生の宝物が欲しい、そう願ってここに来たんだった。

 カッコつけたくて、そう願ったんだけど。


 0から宝探しを楽しめよ、何も知らないからこそ楽しいぞ、と言われたみたいで。


 夢に見た異世界、ゲームで感じた異世界、アニメで憧れた異世界。

 今までの経験を活かした強くてニューゲームの完全勝利の義務なんてなくて。

 全部のワクワクを楽しんで良い、そう許された気がした。


「うん、そうする」


 ボクは振り向いて、クゥを見上げて微笑んだ。


「それでよろしい! んなら、このままアジトへ行くぜ!

 オレがお前さんをあの二人から盗んだ訳だ、お宝は大事にしねえとな!」


 ぽん、と一回頭に手が触れた。


 その時――青い空が広がる。

 気づけば街道は森を抜け、草原に至っていた。


 開けた道の先の先、遠くの丘の先に見えるのは……街。

 何処かで見たような景色。


 それは、ファンタジーRPGゲームのオープニングムービーそのもの。


 石造りの家や、赤いレンガ屋根、小さな城のような建物。

 それだけで胸が高鳴る景色だった。


「お、見えたか? なら、この街も初めてだな!

 あれはアルクバーグ、この辺だと1番小さい街だぜ」


 風の中を疾走する馬上でも、はっきり聞こえるご機嫌な声。


「すごい……!」


 全部の思いが詰まった言葉を返す。


「おうおう〜!

 そういう感じで良いんだ、スッ飛ばしていくぜ!

 風に飛ばされないよう、しっかり捕まっときな!」


 それに応えるように馬が加速する。

 鞭も拍車も使っていないのに。


「速……! ちょっ! 速い速い速いって!」


 耳が風に煽られて、身体が一瞬浮き上がりそうになる。

 耳を畳んで、必死に鞍にしがみつく。


「このくらいのがよ、気持ち良いからなァ!」


 数分前なら、そんな事あるか! と突っ込んだと思う。


 けれど、今は本当に気持ち良かったのだ。

 吹き抜ける風、速度、何とも言えない高揚感。


「落とさないでよ! ……ねぇ、もっといける?」


「あったりまえよ!」


 二人を乗せた馬は、草原の街道を疾走し。

 遥か遠くに見えていた気がする街へ、あっという間に辿り着いた。


 結局、街まで意味のある会話なんてしなかった。

 遊園地のアトラクションで大騒ぎしたような、そんな時間だった。

 叫んで笑って、気づいたら街の入り口だったというだけ。


「着いちゃった」


「んまあ、そりゃな。

 マト、お疲れ!……お前もお疲れだぜ」


 ボクを撫でたあと、馬の胴をパンパンと豪快に叩いて労う。

 馬もゴキゲンなのか嬉しそうな雰囲気だった。


「じゃ、アジトへ直行だ。

 マトは目立つからこれでも被ってろ」


 彼は羽織っていたショートマントを脱ぐと、バサリと頭から被せてきた。


「うん……街が見たいけど」


 もぞり、とマントを被る。

 耳は押し込んで顔だけひょこり、と出す。


「まずはお宝をしっかり安全に持ち帰るのがプロってもんだぜ。

 後で連れてってやるから」


 カツカツと蹄の音を響かせながら、馬は街の奥へと走る。

 門兵らしき男とクゥは知り合いのようだった。


 軽い挨拶で通り抜ける。


 街の奥へと進んでいくが、すれ違う人みんながクゥに挨拶をする。

 皆と仲良し、信頼されている空気。

 やっぱり良い奴なんだなあ、とほっこりしてしまう。


 石畳を抜け、街の奥へ。

 馬は借りていた馬らしい。農家のおじさんのような人へと返す。

 ぬいぐるみのごとくマントで巻かれた、ボクには気づかなかったようだ。


 そして、オレンジ屋根の家へと辿り着く。


「着いたぜ! もう出てきて大丈夫だぞ」


 マントのおくるみ状態、ミノムシのような形のまま草の上に置かれる。

 もぞもぞ身体を動かして飛び出せば、そこは柔らかい草の生え揃った庭。


「うわ、家でっかいじゃん!」


 ここまでに見た、街の中の家々よりかなり大きい。

 ゲームの中なら、教会やそれに類する建物に近い雰囲気。


「そりゃ大所帯だからな! ようこそお宝ちゃん!

 抱っこしたほうが良いか?」


 軽やかな動きでクゥが眼の前にしゃがみ込む。

 目線を合わせてくれた、とすぐ分かる。


「……逃げるかもしれないよ?」


 逃げるつもりなんてなかったけれど。

 抱っこ、と言われると微妙に恥ずかしくて。

 つい、そんな言い方をしてしまう。


「それは困るな! じゃあ……しょうがない、だな?」


 感情の奥までお見通しなのかもしれない。

 慣れた手つきでひょい、と抱き上げられる。


 そのまま、玄関の扉を開き――家の中へと入ると。

 目に飛び込んでくるのは沢山の子どもたち。


「クゥ、おかえり!!」

「おーかーえーりー! ねぇねぇ、今日の宝物は何?」

「おかえり……!わ、その兎さん何!?」


 大合唱のように、沢山聞こえてくるおかえりの声。


 子どもに優しいのも、扱いが上手いのも。

 きっと、彼らと生きてきたからなのだ、と思った。


「おうよ、ただいまだぜ! 今日の宝物か~。なんだと思う?」


 クゥはボクを抱きかかえたまま、膝をついて子供たちに目線を合わせる。


「今日は袋がないから、宝石じゃないかも」

「本かなぁ」


 一人の女の子が小さな声でおどおどと呟く。


「その、兎さん?」


 大満足の笑顔でクゥが答える。


「正解だ! マトって言う! 悪い商人からオレが奪ってきた!

 凄いお宝らしいぞ~! な? ほらほら!」


 とん、と床に置かれる。

 行って来い、とばかりに背中を指で押されながら。

 転校生のデビューみたいじゃん!


「は、はじめまして。マトだよ」

 自己紹介も、子ども達と関わるのも全然慣れてない。

 けれど、クゥを見ていると自然体で良いのかな、と思う。


「わあ! ふわふわ~! うさぎさんの子、初めて見た!」

「ピンク色の毛かわいいね~」

「別に可愛いとか思ってねえけど――よろしくな」

「マトは、凄い宝物さんなの?」


 あっという間に子ども達に囲まれた。

 笑顔を見るのがこんなに嬉しいのも初めてだ。


 その時、だった。

 辺り一面が光に包まれる。

 温かな黄金色の輝き。


「おお、凄え力を感じる……。マトお前、やっぱすげえお宝なんだな。

 よし、みんな行くぜ――(デザイア)幸運の分け前(ロットロットロット)】」


 その言葉と共に、輝きは何本もの光の帯となり子供たちの手の中へと飛んでいく。

 扉の外へも、光達が流星のように飛びだした。


 光が収まれば皆の腕の中には洋服、山盛りの野菜、分厚い豪華な本……様々な宝が。

 そして床一面を埋め尽くす金貨や宝石。


「嘘だろ、オイ……さ、流石にコレはよぉ……」


 クゥが何かの能力を使った――それだけは分かった。


「ねぇ! クゥ、これは――!」

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