2-7「人をとっ捕まえて食っちまう部分だ!」
「私の赦は、欲以外で魔法が使えなくなる。
そしてェ、欲で使った魔法は二度と使えなくなる、ですよォ~!」
持っている魔術書の中の魔法は、いかなるものでも使うことが出来る。
けれど、欲を使ってでしか魔法を使うことが出来なくなる。
また、一度使った魔法は二度と使うことが出来ない。
つまり――使える魔法の回数も種類も、蔵書の数より遥かに少ないということ。
「じゃ、じゃあ、マーさんがさっき使った魔法は――」
「もう使えませんねェ、一生!
手品みたいで最高じゃないですかァ……キィーヒッヒッヒ!
ですから、私はァ……胡散臭いニセモノの魔法使いで良いんですよォ!
一度魔法で出来たことは――二度と出来ませェン」
マヌダールは気味の悪い声で笑った後、眉を垂らし眉間にシワを浮かべる。
ボクからは顔は見えなかったけれど、言葉の間から嘆きが溢れていた。
「マーさん……」
きっと、この世界には魔法でしか解決できないことがある。
一度目は解決出来る。
けれど、二度、三度となれば……蔵書は枯渇していく。
一度使った魔法が使えない、ということは物事の再現性もない。
信用とは程遠い、その場限りの魔法。
「悲しいそうな声ですねェ、マトさん!
私は大丈夫ですよォ!
欲のおかげで、私は多くの人を救えたのですよォ。
偉業! 偉大! 素晴らしい魔法使いですゥ!」
「マーさん、ワザと胡散臭くしてるでしょ?」
「いえいえ! そんな事はないですよォ!
昔から変わらず、私は偉大な大魔法使い!
王都で先生もやっていたんですよォ~」
「先生やってたの!?」
「ええ、あだ名はインチキジジイでしたけどねェ!
インチキなんてしていなかったのですがァ~!
最年少の先生だったんですよォ~!」
「うっ、あだ名は分かる気がする……。
最年少……やっぱりマーさん、めっちゃ凄い人だよ!
魔法の先生? それとも動物とか、植物とか……」
「キーヒッヒッヒ……凄い! いいですねェ、もっと褒めて下さい!
基礎魔術と応用魔術、それとォ、薬草学ですよォ~」
グリフォンの前側、お子様特別席から振り返ってマヌダールの顔を見る。
穏やかな笑顔だった。
「ねぇ、マーさん。先生やって、って言ったら先生してくれる?」
「キーィヒッヒッヒ、手品と薬ならァ、このマヌダール――」
「ううん、魔法も。
ボクさ、自分の居た世界に魔法がなかったから、何も分かんない。
マーさんに教えてほしい」
苦笑いのまま、マヌダールは暫く固まっていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……話した通り、私はァ魔法を魔法として使えませんよォ?
実物をお見せできないのですゥ……多くの魔法は欲で使ってしまいましたァ。
それでも、やり方、ならお教え出来ますけれどォ……」
眉を垂れた苦笑いに胡散臭さがない。
本当に困っていると分かる。
「うん! マーさんから聞きたい!
それにね、クゥとアードのおっさんが学校やるんだって。
子ども達の勉強とか、そういうのもやるって。
マーさんの家、お隣だしさ……お願いできない?」
「なんとォ! 確かに先生が必要ですねェ。
王都や、周辺の国……色々な事が分かったほうが良いはずですゥ。
畑をお借りしたりィ、お庭をお借りすれば色々出来ることも増えますしィ……。
しかし、金貨などの工面も大変ではァ……なにか良い稼ぎでもあったのですかァ?」
「んとね、ボク。部屋が金貨でいっぱいになっちゃって」
「……なるほどォ!
クゥさんはトガ……マトくんを手に入れて欲を使った、ってことですかァ!」
パン、とマヌダールが手を打つ。
クゥの欲を知っているみたいだ。
「うん! だから大丈夫だと思う!」
「なるほどォ……確かに。
異界から来たトガという価値……それほどですかァ。
本当に宝物なのですね、キヒヒ……!
戻ったら、クゥさんと話してみましょうねェ」
「ありがとね、マーさん!」
「きゃああ~~!」
キャアの鳴き声で視線を前に戻せば、間もなく畑の上空。
近隣の人々が、ピートやクゥに誘導され現場から離れていくのも見える。
「それじゃあ、ここからが本番ですよォ、マトくん!
先生張り切っちゃいますよォ! キーッヒッヒ!」
なるほど、こんな感じだったのか――インチキジジイ……。
程なく、キャアが畑の横へと着陸。
先に飛び降りたマヌダールが優しく抱き上げて降ろしてくれる。
「おまたせしましたァ! 随分茂っていますねェ、急いで良かったですよォ!」
「うわ……! 雑草、めっちゃ育ってない……!?
これ本当に朝の畑……森みたいだよ!?」
キャアの着地を見たアードが走り寄ってきた。
「お、ふたりとも戻ったか!
ああ、昨日より遥かに育つ速度が早ェ……流石に俺もビックリしてるとこだぜ……」
揺れて蠢くツタは、既にアードやマヌダールより大きい。
成人男性より高く育った草が、畑一面を埋め尽くしている。
なにより、ぐねぐね動く姿が気持ち悪い。
「お二人はァ、あの全喰い種をしっかり見ていて下さいねェ!
……日中に動く特異な個体だと厄介ですからァ!
この様子だと急いだほうが無難……!
私は薬を作りますのでェ、キャアさんをお借りして家に戻りますよォ」
「戻った瞬間で悪いィが頼むぞ、マヌさんよ。
見ている、のは大したことじゃねェが……それだけで良いのか?」
マヌダールが再びキャアに乗りながら答える。
「えぇ、それだけで大丈夫ですゥ!
全喰い種は視線を嫌います、誰かが見ているなら暴れないはず!
急いで薬を作って参りますよォ!」
「きゃああ~~!」
マヌダールとキャアが空へと消えていった。
ボクを乗せている時よりも遥かに速い。
「……アードのおっさん、全喰い種って知ってる?」
「ああ。あれは街中に背のツタ……触手を広げていく肉食のデカいイモムシだ。
寒かろうが暑かろうが適応し、放っておけば北のアルカーティ村みたいに……。
滅ぶぞ」
「ほろ、ぶ……」
「冒険者っていう日雇いの何でも屋……傭兵としても優れた奴らに討伐を頼むのが普通だ。
見つけたら根絶やしにしろ、絶対に放置するな……そう言われている厄介な獣だよ」
ぐねり、とツタが揺れ。
先程よりも大きくその先端を振り回し、辺りを這いずり回っている。
「マトさんよ、俺の肩の上に来い。
お前さん1人で走らせるのは不安だかなぁ」
ニヤリと悪辣な笑みで見下ろしてくるアードに頷けば、肩へとよじ登る。
「走るって――」
そう尋ねようとした時。
「掴まってろよ! 来るとは思ったがァ……予想通りだなぁ!」
何かに感づいたアードが走り出す。
瞬間――立っていた場所へ、太いツタが叩きつけられた。
ずるり……とツタが再び頭を上げる。
まるで蛇のごとく。
「見てれば動かないって……!」
「うんにゃ……マトさんよ、お前さんが居るんだ!
目の前にアイツにとっての宝物――!
最高にうめぇ飯が動いてるのに、放って置くかってな!」
アードの肩から、ツタを注視し続ける。
ツタの先端がグパァ……と4つに割れた。
「ちょっと!? えっ!? 口!? 気持ち悪いよーッ!」
「ガッハッハ、そうだぜ、口だ、口!
良く見てろよ、マトさんよ……! あれが触手!
人をとっ捕まえて食っちまう部分だ!」
畑のフチをアードは走り続ける。
ボクを追いかけてくる触手が、何度も空振りして地面を叩く。
「おっさん、逃げないの!?」
「バカ野郎! お前さんを乗せて街へと走ってみろ!」
そこで、やっと気づく。
全喰い種のターゲットはボク、つまりボクを追い続ける。
街へと走れば、このツタ……捕食器官を街へと案内するのと同じことだ。
「あっ……ならボクが走れば!」
「足遅えだろ、一瞬で兎肉だ! 食われる覚悟は出来てんのかァ?
っと……危ねえ! 耳を畳め!」
咄嗟に両耳を前に倒す。
同時にアードがしゃがめば、頭上をツタが通り抜けていく。
叩きつけではなく、薙ぎ払い。
「ったくめんどくせぇ、学習してやがるな……!」
「全喰い種ってそんな賢いの……?」
「雑草なんかに擬態する生き物だ――バカなワケがねぇ!」
アードが腰にぶら下げていた剣を引き抜く。
蝶の羽を持つ妖精の意匠が美しい、細身で銀色の片手剣。
「ったく――商人に剣を抜かせやがって」
「おっさん戦えるの!?」
「ただの護身用だぜ、マトさんよ!
商人、しかも奴隷なんて扱ってりゃぁ……戦えないとやってらんねぇからなぁ!」
細身の両刃剣を突き出すように構え、正面で口を開いた触手へと視線を送る。
「マトさんよ、しっかり掴まってろよ。
俺も久しぶりなんでなァ!」
小さなステップで触手へと近づく。
やや間合いとしては遠く見える。
ムチのようにしなる触手を使う相手が一方的に有利に見える距離だ。
「魔装開放――風打ち!」
アードの持つ剣が、青緑の光を放った。
刀身に甲高い音を響かせる、風が纏わりつく。
アードの突きに合わせ、その風は敵へと飛んだ。
空間の歪みを視認出来る程の、圧縮した風の渦として。
渦が直撃した触手に、何度も斬撃が走る。
そして――バラバラになって地面へ落ちた。
「ったく……商品を使わせるんじゃねェ!
これで中古品だぞ、全喰い種め……!」
ちっ、と舌打ちしたのが聞こえた。
「アードのおっさん!? それ何!?」




