2-6「マーさん! 石になってくよぉ……!」
目を見てはいけない。
そんな話、いくらでも聞いたことがある。
多くは邪視による石化、麻痺、洗脳、魅了……いわゆる状態異常。
一瞬で理解できる。
やってしまった、と。
「わかっ……」
足が動かない。
飛び降りるどころか、落ちることも出来ない。
腕も動かない。
全身の感覚がない。
何処からか骨が軋むような、パキパキという音が聞こえてくる。
「動けませんか……? 大丈夫です、何とかしますよォ!」
マヌダールの声に緊張感が増していく。
雰囲気が違う……だから、ヤバいってすぐに分かる。
「キャアさんは動かないでくださいねェ。
仲が悪い種だとは知っていますがァ……今戦ってはダメですよォ。
マトくん、怖いでしょうが……そのヘビの目を忘れずに覚えていて下さいねェ!」
全く動けないのだ。
正面から歩いてくる多足のカメレオンを見つめ続けるしかない。
出来ることはある、マーさんが言う通りその目を覚えること。
ぐるぐるだ……。
「ッシャ……アアアア……」
息を吐き出すような音だけが聞こえてくる。
足音も無ければ、枝の軋む音すら立てない。
捕食者の恐ろしさが詰まった動きだ。
身体は言うことを聞かず、恐怖に毛を逆立てる事すら出来ない。
その時、マヌダールの大きな声が響く。
「欲【司書無き図書館】――」
マーさんも欲持っていたんだ――。
「縷縷たる書庫、棚は魔法。開くは呪文書――攻撃術。
第四階位――風歌い風舞う、願うは疾風。
渦巻く刃、雲貫くつむじ風。
奔れ、前へ前へと――」
マヌダールの詠唱だけが聞こえてくる。
アードの使った『光』より遥かに長い。
声が出なければ、視線も変えられない。
目の前のカメレオンの口が、ガパァ――と奥まで避けて開く。
一口で飲み込まれる、そう分かる程に。
「切り裂け『風刃』!」
風の鳴く音が聞こえてきた。
鋭い斬撃のような音が続き、緑色の光が周囲に溢れる。
瞬間、視界が森の真上に変わった。
木の隙間から見上げる空……そして、落下感。
落ちてるッ……!
「拾って下さいねェ、キャアさん!
マトくん、もう大丈夫ですよォ……!」
「きゃあああ~!」
走り込むグリフォンがマトの下に駆け込む。
柔らかいクッションとして、上手にマトをキャッチした。
「間に合いましたねェ!」
そう叫んだマヌダールの指が顔へと伸びてくる。
驚く間もなく、指で瞼を降ろされ視界は真っ暗。
「喋れますかァ? 身体はどこまで動きますかァ?
目は開けない、良いですね?」
「んっ……あっ! あっ! 声が出る!
んと、手とか耳は動くよ! ……足がダメかも……」
「足だけなら後で治せます、安心してくださいねェ!
キャアさん、マトくんをしっかり抱えていてくださいね」
「きゃああ~~~!」
キャアが歩き出したのが分かる。
マヌダールに言われたのだ、目は固く閉じて開かない。
足の感覚が重い。
骨折のギプスで固められていくような。
指先、足首と石膏をかけられて硬化していくような。
熱い。
熱いけれど――指も膝も動かない。
「欲【司書無き図書館】。
縷縷たる書庫、棚は魔法。開くは呪文書――転移術。
構成――空間座標を設定、起点は多足蛇種。
作用調整――移動。
効果宣言、対象を空間転移、移動地点は変数依存。
実行、転移弾!」
先程までの詠唱と、全く違う詠唱。
ゲームや漫画で言えば、世界観から外れたような詠唱。
バチリバチリと鈍い音が響いた後、一瞬強い風が吹いた気がする。
見ることは出来なかったけど、目の前で魔法が発生したのは分かった。
マヌダールの声が響けば、蛇の声は聞こえなくなる。
「ふぅ……キィヒヒッ、大魔道士マヌダールの手によってェ!
脅威は何処かへ避りましたァ!
マトさん、もう目を開けて大丈夫ですよォ! キヒィー!」
「んっ!
マーさん、ありがと……!」
身体は起こせない。
キャアの背で枝の隙間から空を眺めながら声を出す。
「むむむ、あんよが石ですねェ……!
このくらいなら、すぐに直せますから、少しお待ち下さいねェ!」
「あんよが石……」
慌てて下半身を見れば、つま先から膝上までしっかり石像である。
本当に石化症状ってあるんだ……ヤバいな、異世界……。
「なんかパキパキ音がする……」
少しずつ身体の上へと変化が登って来ている気がする。
「そうですよォ! 放っておくと、可愛いお庭の飾りになってしまいすねェ!
末長く愛でられますがァ……。
クゥさんに怒られてしまいますし。
あ、痛ッ、キャアさんも突かないでくださいねェ!」
ツッコミ不在と思われた中、しっかりキャアがその仕事を熟している……。
「マーさん、正直怖いし何が起きてるか分かんないよ……」
「おお! そうでしたァ!
あれは蛇足蛇種、あんよの多い邪視を使う獣ですよォ。
石にして、獲物を飲み込む種類でしたァ」
「う、うん……! あっ、マーさん、えっと、足が全部動かなく……」
「うさちゃん像……!」
「きゃーッ!」
マヌダールが思い切りキャアに突かれた。
頭を抱えて呻く声が聞こえてくる。
「……目が魔法陣のような効果を持ち、それを見てしまうと石化が始まりますよォ。
直し方は簡単ですがァ……それは、被害者しか分かりません。
石化の場合は比較的マシですよォ。
同種にされてしまう、操られてしまう、のは特にマズイですねェ。」
「ん……はい?」
「治し方の問題ですネェ。さて、マトくん、目の模様は覚えていますかァ?」
そういえば、そんな事を言われていた。
目の模様……。
ぐるぐるだ……催眠術っぽい感じ!
「渦巻き! ぐるぐるのやつ!」
「流石クゥさんのお弟子さん、ガルドリアス商会さんの見習いさんですよォ!
良い観察眼……それなら直せますゥ!」
そう叫んだマヌダールがボクを抱えると、地面の上に降ろす。
「キヒヒッ、うさちゃん像……!」
こう言うこと言わなきゃ、頼りになる賢者様なんだけどなぁ……。
「今から私が描く渦巻きを、じーっと見てくださいねェ!」
「わかった!」
マヌダールが枝を拾うと、地面にぐるぐると渦を描く。
「どうですかァ?」
バキバキと腰まで石が這い上がってくる感覚。
もはや両足とも感覚はなくなり、熱さはお腹だ。
明らかに進行している。
一気にに全身が石に包まれていく感じがする。
「……!? マーさん! 石になってくよぉ……!」
「なるほどォ! それなら、こうですよォ! また、じっと見ていて下さいねェ!」
再びマヌダールが渦を描く。
先ほどとは逆向きの渦。
体が一気に軽くなっていく。
お腹の熱さも消え、足の感覚も戻ってくる。
これは――回復している!
「治ってる! 治ってるよ、マーさん!」
「キィーヒッヒッヒ、さすが私! 完璧な治療でしたァ!」
マーさん曰く、多足蛇種の邪視を治すには模様と回る方向が大切とのこと。
どんな目をしていたか、どちらに回っていたか。
これだけ分かれば解除できるらしい。
「普通は怖くて、覚える余裕がなかったりしますよォ。
だから偉いです、怖いのを我慢して覚えられました……素晴らしいですよォ!」
「えへへ、ありがと! ボクはもう平気!
それより、さっき切り落とした薬草は大丈夫?」
「ええ、完璧ですよォ!
帰って薬にして、全喰い種を退治しましょうねェ!」
「うん、急ごう! 夜まで、だもんね。
キャアも沢山ありがとう、帰りもよろしくね!」
「きゃああああ〜〜〜!」
グリフォンに乗って少し歩けば、空が見える場所へと出た。
そのまま、グリフォンは空へと飛び立つ。
「それでは帰りますよォ!」
美しいブルーとイエローの羽毛が空に輝いていた。
「さっきはありがとね!
でもマーさんに欲使わせちゃった……。
赦は大丈夫……?」
気になっていた事を尋ねる。
マーさんは2度も欲を使ったのだから。
「ちびっ子が心配する事ではありませんよォ!
私の願いは『読んだ魔法を今すぐ使えますように』ですねェ。
欲は【司書無き図書館】。
私が持っている本に出ている魔法を、1度だけ自由に使える力ですよォ!」
「なんでも!?」
「ハァイ、なんでもですよォ!」
キャアが速度を上げる。
視界の先、あっという間に街が見えてくる。
このまま飛べば、畑までもうすぐだ。
「マーさん、欲も凄いね!
いっぱい物知り……薬も動物もいっぱい知ってる!
魔法使いだし、賢者様みたいだよ!」
「褒めすぎですよォ、マトくん!
お褒め頂けて光栄ですゥ……キヒヒ、そんなに褒めて頂くと……!
興奮しすぎて空から落ちてしまうかもしれませェん!
キーヒッヒッ、ですがねェ……もちろん赦がございます」
饒舌なマーさんの言葉が止まった――。
この世界の異能、欲は重い代償を持つ。
胡散臭くて、奇っ怪で、まさに変な人だけど――。
このマヌダールも大事な人だと思う。目の前にキラキラが溢れてくる。
やっぱり、マーさんも宝物の1人だとボクの力が言っている。
「マーさん、ボクに赦を教えて欲しい!
いっぱい助けてくれたマーさんの力にもなりたいんだ」
「……マトくん!……それではお話しましょう、涙、涙の物語をォ!」
そういうこと言わなきゃかっこいいのになぁ……。




