2-2「ヘソを隠せ! 人体実験されるぞ!」
とても気になる……!
扉をそっと開け、隙間から音を聞く。
「帰れ! そんなのはいねえ!」
クゥのバカでかい声が響いてくる。
「少し拝見したいだけですよォ……!
キヒッ……ピンクのもふもふ、居ますよねェ?」
クゥと比べれば声は小さい。
クセの強いしわがれた声だ。
聞き取りにくい。
扉をもう少し開けようと、体で押す。
「おい、行かねえ方がいいぞ、アイツめんどくせーから……」
扉の隙間から覗いてきたレオと目が合う。
「あっ……!
おはよ、なんだかボクに関係ありそうなコト話してたからさ」
「100%マトのことだ、だから絡まれるぞ。
飯の前に行くのはやめたほうがいいぜ」
「そういう面倒くさいかぁ……」
扉を開けながらレオに苦笑いする。
目を逸らされた。
ふん、オレはちゃんと言ったからな? という態度。
「……ありがとね。めちゃくちゃ気になるから見てくる」
「んだよ――感謝されても別に何もしてねえよ」
照れ隠しに背を向けたレオを尻目に、廊下に出ればすぐ階段。
声の位置は、この階段を下った所。
1階へと走る。
クゥと話す、例の男と目がバッチリ合ってしまった。
「キィヒィィ……居るじゃないですかァ!
クゥさん、人が悪いですねェ! トガ、居るじゃないですかァ!」
第一印象は、胡散臭い。それ以外の形容詞がない。
古ぼけたロングローブを羽織っている、痩せ顔の小柄な男。
銀色の長髪を雑に纏めている。
クゥより少し身長は低い。体重は遥かに軽そうだ。
こういう世界では高額だと本で読んだ気がする眼鏡、が特徴的。
手に持っている宝石のついた杖が"魔法使いです"と自己紹介している。
「……ン? ……マト……来ちまったか……」
くしゃくしゃ、とクゥが髪を掻いた。
「うん、来ちゃった。お客さん?」
「今は招かざる客だよ――」
クゥの横に並び、その胡散臭い魔法使いを見上げる。
「キヒッ……可愛い! 可愛いですねェ!
予想以上に可愛い! 好みですねェ!
これがトガですか? イメージと違いますねェ!
記述は読みましたよォ、けれど、けれど、こんな小柄で!
調べたい! 触りたいですねェ! 魔法生物の気配も無い!
とても可愛い生き物ですねェ~~~ヒィーッヒッヒ!」
あっ。
この人、興奮すると早口になる人だ……。
何言ってるのか全然分からなかったけど、興奮したのだけは分かった。
「……こうなると思ったよ、本当に面倒くせえな。
にしても、マト。
服、似合うじゃねーか。いいね、弟子感ある」
クゥがぽんぽん、と頭を叩いてくる。
ちょっと嬉しくて自然に笑顔になってしまう。
「可愛い笑顔ですねェ!
あのあのあのォ! お顔! 見せて頂けますかァ……!」
胡散臭い魔法使いは、べちゃあ、と潰れるように地面に這いつくばった。
目線を合わせてくれたんだろうな……。
「キヒィィ! 女の子ですかねェ?
首のふわふわが大きいウサギさんは女の子さんが多いですがァ!
クゥさんめいた服ですし、やんちゃな男の子さんですかねェ!」
早い……喋るのがめっちゃ早い。
「おいジジイ、興奮しすぎて何言ってんだか微塵も分からねえぞ。
せめて自己紹介してやれ、マトが困ってるだろ」
「クゥさん、これが興奮しないで居られる状況だとも!?
……こほん。なるほど、自己紹介。
キーッヒッヒ、私はマヌダール・グラ・シェリア・アルシ――」
「ジジイ! その盛りすぎの名前やめろ、覚えらんねえよ」
クゥが割り込んで止める。
それでもまだ名乗り続けている。確かにこれは覚えられない。
マヌダールだけでいいや……。
「マーさん、覚えられないよ! 今度書いて教えて!
ボクはマト、です」
「マーさん!? 初めて言われましたねェ……!
ヒッヒ、ジジイとしか呼ばれませんからァ……嬉しくなっちゃいますよォ。
キヒッ……マトくん、でよろしいですかねェ!」
癖が強い……。
「ジジイで良いだろ。
お前さあ、どう見ても胡散臭い実験してる、森深くで暮らしてそうな魔法使いだぞ」
クゥが直球の暴言をぶつけている。
ボクも思ったけど言わないようにしてたんだけどなぁ……。
「何度も言っているでしょう、私は貴方より6つ年上なだけ、ジジイじゃないですよォ。
キッヒッヒ……それに住んでるのは隣ですよォ?
森でもなければ小屋でもありません!
薬草を煎じてお薬を作っているお店ですよォ!」
クゥは確か24歳……。
ン?
元のボクより年下だコレ……。
「何で潰れねーんだよ……。いや、薬はすげえ効くし、魔法もしっかりしてるからか」
「キヒヒ、お褒め頂け光栄ですねェ!
マトくん、もう少し近くで……おやァ!」
顔を近づけてきたマヌダールが、急に大きな声を出す。
「うわっ……! えっ、何!?」
驚いて耳が跳ね上がり、全身の毛がぽんぽんに膨らむ。
「キヒヒ、触りますよォ。 良いですかァ……?」
「えっ!? えっ?」
言うと同時に、マヌダールの手が耳に伸びてくる。
ソフトタッチ、とても優しい触り方だ。
「……うーん、気になりますねェ。 クゥさん、お耳の掃除はしてあげていますか?
耳の付け根に毛玉もありますね……ブラシはしていますかねェ?」
「してねえな……。
ぶっ倒れてからそのままだし、ウサギだし大丈夫だろ」
「とォんでもない、ダメですよォ……! 心配ですからァ、調べておきましょうねェ」
その言葉と共に、病気のリスクの話が爆速で始まった。
皮膚炎になるだとか、耳からの病気は怖いだとか。
そんな話を続けながら、マヌダールは全身をチェックしてくる。
健康診断というか、獣医師に診察されているようで、なんとも言えない気分だ。
「マーさん、大丈夫だよ〜! ありがとね」
「いえいえ、こんな間近で拝見できて光栄ですよォ〜!
健康に問題はないと思いますよォ!
ブラシはしっかりかけましょうねェ」
何かをやり切った爽やかな笑顔。
訂正、いやらしい笑み。
「……オレにゃ分からん事だったわ。ジジイ悪いな、助かったわ。
今から朝飯にするけどジジイも食ってくか? 立ち話も疲れるしな」
クゥが苦笑いで頭を掻く。
「キヒヒ、宜しいんで? 光栄ですよォ、是非ィ。
マトくんのもしゃもしゃを拝見できるという事ですねェ!
キーヒッヒッ……!」
「もしゃもしゃ」
「ええ! ウサギさんなのですよ!?
お食事、もしゃもしゃ致しますよねェ!?」
マヌダールの目に光が満ちている。
世界を滅ぼす魔法を手に入れた、邪悪な魔道士の顔だ。
「えっ、えっ……」
「そいやマト、こっちに来てから何も食ってないな?
……腹減ったろ、ジジイに付き合ってないで飯に行くぞ」
ポン、とクゥの手が頭に乗る。
「うん、そうする。
マーさんも早くいこ!」
手招きしつつ、マヌダールに微笑む。
何かに興奮したんだろう……眼鏡が真っ白に曇った。
これはこれで、マッドサイエンティストみたいだ……。
食堂は一階の奥らしい。
クゥに連れられて扉を開ければ。
「わっ、すご……」
そこは小さなフードコートのよう。
たくさんのテーブルと開けた空間。
開放感のある、大食堂。
「すげえだろ、アードのおっさん達と直したんだよ。
物置だったとこだけどな」
楽しそうな子ども達の笑い声が響いている。
クゥと住んでいた者、アードが助けてきた者、みんなが入り混じって。
大人も数人……たぶん、あの人達もアードが何とかした人だろう。
とにかく、幸せな雰囲気の場所だった。
「おやァ! すごい、すごいですねェ!
こんなに楽しそうな食事は滅多に見られませんよォ!」
後ろに立つマヌダールが歓喜の声を漏らす。
「わ、出た! 森の魔法使い!」
「ジジイが出たぞ、ヘソを隠せ! 人体実験されるぞ!」
「ジジイ先生、太陽出てるよ! 溶けちゃうよ!」
クゥと住んでいた子供達が真っ先に反応する。
クゥが言いそうな暴言の乱れ打ちだ……。
「ダメですよォ! ジジイなんて言う子はァ……!
キッヒ、釜で煮て薬にしますよォ!」
ギャーと子ども達が楽しそうに悲鳴を上げている。
なんだかんだで親しげ、仲良しそう。
人体実験……健康診断な気がする。
先生と呼ばれているし、言葉や文字、魔法とかを教えてるのかな?と想像できる。
「ま、飯にしようや。
ピート達が飯作ってくれてんだ、美味えぞ」
クゥが手を引いてくる。
「さあて、マトはちょっとこっちに来い。
ジジイはその辺に座っててくれ」
「キヒヒ……仰せのままにィ!」
マーさんは、あの奇怪な態度を止めれば学者さんぽいのになあ……。
クゥに手を引かれ、食堂の正面、全部の席から見える位置へと向かう。
「さて、お前ら! 新入りのちびっ子がやっと起きたので、もう一度紹介だ!」
「ン!?」
耳がびょん!と立ち上がる。
これは所謂転校生の紹介タイム。
何も考えてなかった……顔が引き攣っていく。
「こいつはマト! 珍しいお宝だけど、オレの弟子になるウサギだぜ!
来たばかりで、この辺りのことは何も知らねえ、お前達も教えてやってくれ!」
どうしよう……。
「ほら、お前からも言ってやれよ!」
クゥがボクを抱いて高く掲げる。
どこかで見た、王子を掲げる王様のように。
何か、何か言わないと……!!




