2-1「弟子へのプレゼントだぜ」
気づけば、暗い道。
灯りもない。
足元は石畳――。
「……どこだろ。
ええっと……どうしたんだっけ。
確か人拐いとか言うのに追われて――」
目を凝らすと、周囲には建物。
この世界で初めて見た街の景色は始まりの街、そんな雰囲気だった。
けれど、この場所はまるで冒険の目的地のような、巨大な都市を感じる。
「凄い高い塔。お城っぽいのもあるし……でっかい街かな……」
闇の中でも、その巨大な建築はハッキリと佇み、その輪郭を捉えられる。
ああ、これがアードが言っていた王都か、なんて思ってしまうような場所。
「でも真っ暗。どこにも光が無い……。
また人拐い……業が出そう」
はぁ、と溜息を吐く。
恐怖感は決して消えていない。
「居ない、よね……?」
そう呟いて周りを見る。
動く影は居ない。
けれど、安心感は無い。
何かが足りない。
「居ない……んだ。……居ないんだね」
この世界に踏み込んだ瞬間から、気づけば誰かが一緒だった。
追いかけてきた悪人顔のおっさんも、助けてくれた軽い雰囲気の盗賊も良い奴で。
怖かったの最初だけ。
本当に――優しくしてくれたんだ、と思う。
「耳、掴もうとしたんだっけ」
ひょい、と手を伸ばして自分の耳を触る。
「ピートはピートで、おっちょこちょいの情けない小悪党みたいだったけど。
仕事の手際、本当は凄かったんだよね。
……ってことは、そこからボクを掴んだクゥはやっぱり達人の泥棒ってことなのかな」
……声はない。
きっと、彼が居たなら泥棒じゃねえ、義賊だ! とか自慢げに笑ったんだろう。
「……こんなに、誰かが居ないと寂しいこと、あったっけ」
とぼとぼと暗い道を進む。
ここに来る前は、夜道を1人で歩くのなんて当たり前だった。
足を止めて周囲を見る。
悲鳴が聞こえないかな、なんて。
それは怯える悲鳴ではなくて、1頭のグリフォンの鳴き声。
軽やかにぴょこぴょこ跳ねながら、嬉しそうな叫び声をあげる姿を思い出す。
「キャアとはまだゆっくりお話してないなぁ。
顔がインコだし、もしかしたら言葉を覚えてくれるかも」
言葉、と言えば。
この世界の言葉は、自分の居た場所と同じ。
言葉の意味も同じ。果物の名前も同じ。
みかん……それを聞いたときには驚いた。
「……不思議だなぁ。
ううん! そんなことより……皆のトコに帰らなきゃ」
そう呟いた時。
視界の隅で何かが動く。
影のような穴――それはみるみる人の形に変わる。
四肢が伸び、巨人のように。
「……やっぱり出るんだ。
いいよ、まだ走れる気がする!
だから……絶対捕まらない!」
欲【宝の在り処】!
ふわりと光の粒子が溢れて風に舞う。
真っ暗な道の真ん中を、光の粒が進んでいく。
あの方向、あの方向に宝物がある。
「足遅いもんなぁ、抱えてやろうか?」
「甘やかすんじゃねえよ、何とか出来るハズだぜ」
「そうですぜ、じゃねえとあっしが捕まえちゃいますぜ?」
「きゃあああ~」
声が、聞こえた気がする。
だから、振り返らずに真っ直ぐに走る。
今は金貨の小袋も持っていない。
あれはハンデ、今回のボクならもっと速い!
両手両足で地面を掻いて加速する。
それでも、さっきの影――人拐いは諦めず追ってくる。
この全身の毛が逆立つ感覚は、あの時と同じ。
あの時……?
そうか、ボクは気を失って……。
なんだか、温かい気配がする。
光の粒が大きな家の開いた扉に集まっている。
中が明るい。光の中には人拐いは来ない。
何より、あの先に大事なものがあるって知っている。
ボクの欲は宝を示すのだから!
躊躇いなく扉へと飛び込む。
これで……助かるはず!
「……んん……! 灯りに入った! もう追ってきてないよね!?」
「うぉォ! 気がついたか? いきなり叫ぶなって、オレでもびっくりしたぞ……」
クゥの驚く声で、目がハッキリと覚めた。
木製のちょっと古ぼけた天井が見える。
「ん……えっと、えっと」
「おうおう、起きて良かったぜ!
マトがさ、頑張りすぎって倒れたから、オレん家に運んだ。
で、心配だから横で見てたんだよ。
うなされてたし、悪い夢でも見たんだろ」
「そっか……。ねぇクゥ、もしかして一週間……とか経っちゃった?」
「んにゃ、3日」
「3日かぁ……。
クゥ……さ、遺跡の事もおっさん達の事も、グリフォンも……覚えてるよね?」
「あー、それは夢じゃねえから安心しな。
オレがお前をおっさんから助けて、おっさんもオレ達を助けて。
子分もキャアも一緒に帰ってきた。
マトが寝てる間に、1つだけ宝物が無くなった事は謝らないとだけどな……」
「クゥと、アードと、ピートとキャア。あとガッコーとか皆の為の金貨。
もしかして金貨無くなっちゃったの!?」
「金貨は、遺跡に残ってたやつも全部回収したぜ。
無くなったのは、みかんだ。
キャアの腹の中に入ってしまった……」
「そっか、使命を果たしたんだね……」
「壮大なみかんだったぜ……。
ああ、そうだ! おっさん達もアルクバーグに住むってよ。
ここの敷地で店もガッコーも上手くやるみてえだ。
子ども達とも仲良くやってるよ、オーガとか極悪男爵とか呼ばれてるけどな……」
クゥが苦笑いを浮かべる。
そう呼ばれる顔はしているけれど、子ども達からは人気がありそうな人柄だと思う。
「おっさんの馬車に乗せてた人たちもウチに住むことになってな。
オレが引き継いだ孤児院が……なんか、もっとデカいものになるんだ。
お前のおかげだよ、ありがとな」
……目を覚ましてから、はじめてクゥの手が頭に乗った。
撫でられると安心する。
目を細めて笑顔で返す。
建物の改築は皆でやる事になったそうだ。
諸々の手続きは、アードのガルドリアス商会の名義で解決するらしい。
けれど、足りない人手は多い。
街で頼んだり、王都まで出向いてスカウトも考えているとのこと。
嬉しそうな笑顔で語るクゥを見ていると、とても幸せな気持ちになる。
きっと、おっさんも満面の悪い笑顔を浮かべているに違いない。
「さて、朝飯がそろそろ出来るからよ、持ってくるぜ。ちょっと待ってろよな」
「ん、動けそう。動けるから一緒に行くよ!」
掛け布団を剥がす。
手足を軽く動かせば、特に不調はない。
あんなに走った後だけど、筋肉痛も無い。
ぴょん、とベッドから飛び降りる。
改めて周囲を見れば、短剣や壊れた美術品、古びた絵……そんなものが飾られた部屋。
「もしかして、クゥの部屋?」
部屋じゅうに服やら小物が散らばっている。
集めたお宝なんかもここに"収集"している雰囲気。
言わばカラスの巣……。
「おう、そうだぜ! 寝かす部屋が無かったからな。
オレはホラ、床で寝れるからよ。
プロの盗賊舐めんなよ?」
「舐めてないよ……。
ごめんね、布団借りちゃったね」
「まあ、お宝を? 飾った? だけだし?」
クゥが目線をわざとらしく逸らす。
「もう……!」
「にしし。 あ、そうだ。
着れそうな服、そこに置いておいたからな。
チビ達のお古だけどな!」
言われて目を向ければ、乱雑に放り出された服の中で小さな山がある。
洗濯前に1人分を脱ぎ捨てたような状態。
クゥ、畳めないタイプなのか……。
「これ……?」
何の動物かは分からないけれど、レザーっぽい靴やサロペット。
ファンタジー世界らしい、アースカラーの布で作られたジャケット。
まるで冒険者やトレジャーハンターの正装のような服達だ。
「おう、そうだぜ!
折角だから着てみろよ、弟子へのプレゼントだぜ」
確かに、この微妙に盗賊めいた服のセンスはクゥらしい。
「いま? クゥ、後ろ向いてて」
「ン? 何言ってんだ?」
「恥ずかしいし」
「ずっと裸だったトガが何言ってんだ……やっぱ具合悪いのか?
それにお子様だぞ、着れなきゃ手伝うからな? 大丈夫か?」
「……もう……! わかった!
ちゃんと着れるから見てて!」
ふんす、と鼻息一つ。
実際ベルトとか、良くわからないパーツが多くなくて良かった。
あまり現代服と構造も違わないし、着心地も悪くない。
首元のふわふわが溢れてしまうので服の外に出す。
保護者面のクゥが、子どもがボタンを止める姿を見て満足げに頷いている。
その時だ。
「クゥいる? 朝なのに魔法ジジイが来てる! ちょっと来て!」
子どもの声。
この声は、初めてここに来た時に聞いたことがある。
ぶっきらぼうでカッコつけのレオだろう。
「ったく、ジジイなんの用事だよ……めんどくせえな……!
今行くぜ。マトはゆっくり後から来てくれよな。
悪ィ、ちょっと行ってくる!」
軽く手を挙げ、クゥが小走りで先に部屋を出ていった。
「おう、レオ。マトが服着てるから、着終わったら食堂に連れてってやってくれ」
そんなやりとりが聞こえた後、階段を駆け降りる音が響く。
そして、間髪入れずにクゥの叫び声が続いた。
「ジジイ! 何の用事だ、こんな朝っぱらから!」
「キィーーヒッヒッ、聞きました、聞きましたよォ!
何でも、ずいぶん珍しいお宝を抱えていたとか!
良いですねェ、良いですねェ!
トガだと伺いましたよォ!貴重、貴重ですねェ~!
この私にも見せてくれませんかねェ~~!」




