1-12「マトさんよ! しっかりしろ!」
「なん……だ、これは……ァ!」
業。
「人拐い……なんて情報出てこないぜ……!
あれは業って存在らしいが……」
リーヴ金貨では支払えないほどの価値。
「……王国で取引の可能性がある――。
王都第七研究塔、所長カディーナとの取引が可能とのことだ」
返済されなかった赦、欲の負債。
「……欲は赦だけが対になってるわけじゃねえ。
人拐い……業も関係している……」
「おっさん! 足を止めるな!!
考えてる場合じゃねえだろ!」
人拐いを見つめたまま動かなくなったアードの腕をクゥが引く。
「あの巨人、俺を見ただと……狙いが変わった……?
……おお!? すまねえ、ちぃとヤバい物が見えすぎた。
相手の情報、全文読めてねえぞ……!」
「そんなことより、おっさんのが大事だろうがよ!
サソリも動き出しやがった!
全力で走るぞ!」
「……恩に着るぜ、クゥさんよ!
しかしなぁ、俺のが足は遅えんだ、置いてけ!
お前さんに合わせたサソリなんてのからは……!」
「アードのおっさんも逃げるの!
……それに、あいつの速度、見てる相手と同じになるんでしょ?」
「そんな情報はなかった!
欲の借金取りみてぇな奴だとしか分からねえ!」
「やっぱり欲、ロクでもない力なんじゃん!
でも……それなら、何とか出来るかもしれない!」
マトが走り寄るサソリと、巨大な人影両方を視界に入れる。
「欲【宝の在り処】――!」
輝く粒子はクゥとアードの周りに集まっていく。
クゥのポケットにあるであろう、キャアの好物……みかんもうっすら輝く。
そして風に舞う粒子が、どこか遠くへ飛んでいく。
宝の方向。
きっと、キャアとピートの位置だ。
アードへと体を向けていた巨人が再びマトへと向いた。
サソリもまた、マトへと視線を向けた……気がする。
「やっぱり、こっち見るんだ。
……君たちはキラキラしないんだね」
少し残念だった。
どんなにおぞましくても……もしかしたら、って思っていた。
チャラい盗賊のクゥや、極悪顔商人のアードみたいに微笑んでくれたかもしれないって。
「二人とも、止まってないで走れ! マトもおっさんもだ!」
クゥの叫びでハっと気づく。
アードが走り出さない。
このおっさんは、本当にここで食い止めるつもりだったのだろう。
「明日気持ちよく起きれなくなるから!
おっさんも、来るの!」
赦だって、ボクから手を伸ばせば関係ない。
抱えていた金貨の小袋を左肩に背負い直し、飛び上がって右手でアードの手を掴む。
「す、すまねぇ……これが一番……」
『良いワケねえだろ!』
クゥもそう言うと思った。
だから一緒に叫ぶ。
そのまま腕を引っ張って走り出す。
身長差で上手く進めない。
それでも、来い! と引っ張る。
「そう、だな……! なら逃げねえとな!」
顔は見えなかった。
さぞ悪そうな顔で笑ったのだろうと思う。
「クゥ、おっさん!
キラキラが続いてる……多分これ、街の方向! 近道かも……!」
「お、やるな弟子! 流石の嗅覚だぜ!」
「……欲だろうよ……」
しかし、良くやった! 今度は一人でも捕まえらんねぇな!」
木陰を吹き抜ける風のようにキラキラはずっと道を示す。
宝の在り処を伝える輝きは、まるで宵闇の道標。
必死にキラキラを辿って走る。
しかし"人拐い"――業の気配はずっと消えない。
尾はパンパンに膨れているし、毛並みだってずっと逆だっている。
振り返って見る余裕もないほど、背後から感じる恐怖は大きいのだ。
「マト! 気合い入れろ! サソリも巨人もお前を追ってる!」
となりからクゥの応援と情報が聞こえる。
やっぱり、サソリもボクを狙い始めた。
欲に反応している気がする。
「マトさんよ、これじゃあピートにも掴まっちまうぞ?」
アードも横に居る。
悪辣な声で励ましてくる。
絶妙に怖くて気合が入る。
「でもさ! 結構、限界なんだよね!」
息が苦しい。胸が痛いし、こんなに走ったのは初めてだ。
それに、どうにも体力が足りない。
転移前のが余程走れたと思うほど。
だから……ここからは気力の問題。
あのサソリや巨人に掴まったら、どこかへ飛ばされるのかも知れない。
消滅するのかもしれない。
逃げれない監獄に閉じ込められて酷い目に合うのかも知れない。
でも。
そんなことより、この皆と会えなくなる方が何倍も嫌だ。
この数時間、大騒ぎだったけれど楽しかった。
もっと、この人たちと話がしたい。
もう、大事な宝物なのだ。
「お、まだ走れるな! いいぞ!」
クゥの声が遠く聞こえる。
本当に体力と集中力の限界なのだ。
草むらを跳ね、木の横を抜け――石垣のような巨大な壁が見える。
壁……?
「もうちょいだ、気合見せてみろ! じゃねえと売っちまうぞ!」
「冗談きついよ、おっさん――」
抱えている金貨の小袋、こんなに小さいはずなのに重い。
本当にしんどい。
それでも前へ前へと踏み込む。
ガサァ、と草むらを飛び出れば……見えるのは街の門。
「見えたよっ……!」
門の前は炎や魔術的な光で明るい。
そりゃあ現代社会と比べれば、街灯数本くらいの灯り。
けれど――その光がどれだけ嬉しかったか分からない。
「っしゃああ! あの光の下まで駆け込め!
ラストスパートってやつだぞ!」
クゥもアードも、きっとボクを置いて走れば問題なく逃げられたのに。
危険を承知で横を走ってくれていた。
それに、ボクを抱き上げなかった。
全員に運ぶ金貨袋が有って、ボクにも小さな袋があった。
それを"全て"運ぶのが目的で……それを達成する1人に数えてくれた気がした。
「駆け出しにしてはやるんじゃねぇか? クゥさんとこのお弟子さんはよ。
こりゃあ、ウチでも"手伝い"してもらわねえとだな!
おら、最後まで走っちまえ!」
土の踏み固められた道。
ここなら、もっと速く……!
視線の先がふわふわと揺れている。
自分の体のことなんて、今ひとつ分からないけれど。
マラソンのゴールで皆に支えられる選手の気持ちが分かりそうな疲労感。
キラキラの舞い散る道を突き進む。
光の粒は、門の前に集まっている。
「おお! 大将達、大丈夫そうですぜ!」
ピートが手を振っているのが見える。
その隣にはキャア。
キラキラした光の渦の中で、楽しそうに足踏みしている。
ピートの声が急に静かになった。
「きゃあああああ~~~~!!!」
バカでっかい声で、インコ顔のグリフォンが鳴く。
敵を威嚇するかのようなするどい叫び声。
これは――。
「お、気づいたかマト。
もっと頑張らねえと捕まるぞ。
ついてきてるからな、アレ」
クゥが横で耳打ちする。
「おうよ、ピート! この後ろの!
巨人とサソリ、捕まえてくれねえか!
高く売れそうだって、分かってんだよなあ!」
アードが大笑いしながらピートに語りかける。
……二人とも余裕はありそうだ。
ボクはね、全くないんだよね!
「かんべんしてよ~~!」
門まで、あと数歩。
思い切り跳べば……光の下に入れる!
「うおーーーっ!」
叫びながら踏み切って飛ぶ。
「おかえりですぜ、マトさん!」
細い目と少し突き出た鼻がまさに子分、そんなピートが笑顔で手を広げてくれている。
少し顔色が悪いけれど、あの"人拐い"を見たのだ、こうなるのは当たり前だ。
ボク自身、どこにも余裕なんてなかった。
だから遠慮なくピートの胸へと飛び込んだ。
「おつかれさまですぜェ!」
そのキャッチは完璧だった。
衝撃も痛みも感じない。
抱きとめられたことすら分からない、完璧なキャッチ。
ゴールで待っていた子分が、美しくうさぎを抱きとめたのだった。
「きゃああああ~~~!」
横で待機していたキャアも、顔を擦り寄せてくる。
「はっ……ハッ……あり、がとね」
ピートとキャアに笑顔を作るのがいっぱいいっぱいだった。
「おーし、オレも到着だぜ! お疲れさんだ、マト!
おっさんもパネェな……」
クゥが親指を立てながら笑う。
しかしまぁ、親切で良い奴なんだけど……実に軽くてチャラい。
盗賊……義賊らしいとも言うのかな。
「ったく、俺は一日走りっぱなしだよ。マトもクゥもお疲れだ。
ピートもキャアも良くやったぞ」
流石は商人の大将だ。
気遣いの言葉がしっかりしている。
やっぱり悪いのは顔と肩書だけなのでは……?
「ひ、人拐いは……?」
マトがピートに抱かれたまま振り返れば……門の遠く。
闇の中には何も居なかった。
追いかけてきていた業の姿は無い。
「途中で消えたよな、おっさん」
「見てねえよ! お前さん、このチビッコが全力で突っ走ってんの見てなかったのか!?」
「お父さんかよ!?
ま、オレは両方見てたぞ。マトが光の下に入った瞬間にアイツらはパっと消えた」
「ちゃっかりしやがって……やっぱり狙ってるやつが光の下に入ると消えるんだな」
「ん――」
「……ン? お、おいマト!」
「マトさんよ! しっかりしろ!」
何か声が遠い。
瞬間、ぐらりと視界が揺れる。
目の前が暗くなっていく――。
あっ、これ知ってる――安心した瞬間に疲れが来て失神するやつ……だ……。
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2章以降も定期更新して参りますので、ブクマなど是非よろしくお願いします!




