6-16「ほれ、あーん。この赤いの美味いぞ」
サイコロステーキのように、既に丁度よくカットされたお肉が乗る皿。
表面の焼き目と、カットした面の薄ピンク色が完璧な焼き具合を伝えてくる。
スープパスタもある。
トマトソースのような美しい赤いソース。
貝や有頭エビが浮かび、ペスカトーレやボンゴレロッソを彷彿とさせる雰囲気。
よく煮込まれ、甘味が溶け出した香りが食欲をそそる。
「おーっ……!」
声が漏らしながら、テーブルを眺める。
眺めると……なんだかちょっと違う気がした。
あれ……?
「お、良かったな、マト!
先に切ってくれてるから安心して食べられるな」
「ん!」
気づいた。
ステーキっぽいお肉、カットしてあるのはボクのだけだ。
お塩らしき白のキラキラの横には、緑の小山がない。
ボクの世界で言うなら、これはほぼワサビで。
塩とワサビで頂くステーキのはず。
サビ抜きになっている……!?
「ツーンとしちゃうからな。オレも食えねえ!」
クゥが親指を立てて微笑んできた。
む、むむ……。
内心は残念だけど……とても気を遣ってくれたことがひしひしと伝わってくる。
「それじゃあ、皆、席についたか?
砂鰐討伐の旅人と、これからの収穫のために! 準備しろよ……!」
イスミルが声を張り上げ、大きなジョッキを掲げる。
皆が同時にジョッキを掴んだ。
この流れなら、次はどうすべきか分かる。
ボクのは、ジュースらしい。
ブドウでないのは、口元が染まらないように、という配慮らしいとアードが耳打ちしてきた。
改めて、ウサギなんだなあと自覚しながら。
ジュースのジョッキを同じように掲げ、号令を待つ。
「これからの砂海に」
これが決まり文句か……!
『乾杯!!』
漁師たちがジョッキをぶつけ合っている。
ジョッキをぶつけるのが正解!
「乾杯だぜ!」
クゥと一度ぶつけて。
皆とも一度ずつ。
さあ、食事会だ!
「おい、まずジジイに何か食わせろ!
ヘロヘロだぞ!」
「マヌさん、口を開けてくだせえ! 食べないと!」
「食べます、食べますよォ……!
疲れていただけなのでぇ……こんな豪華な食事が有ってェ……。
豪華な水中花ワインが頂けるのですからァ!」
「お、ジジイが蘇った。これがアンデッドって奴か……」
「キーヒッヒッ、ならば血肉を貪り喰らいましょうぞ、キーヒッヒィ!!」
「大丈夫そうだな、マヌさん。
それじゃワインだ、ワイン!
お前さん達、こいつはめちゃくちゃ希少なモンだぞ!
シャハディアでしか作られていない、特殊な酒だ!」
「マトさんよォ……その手に持ってるジョッキのジュースも特別な物だぜ?
砂漠だけで実る果実を使ってるらしいぜ!」
「おおーっ!」
「ジジイも大丈夫そうだし、オレも早速水中花ってのを頂くぜ!」
クゥが口に含んだ後、蕩ける顔をしてボクの顔を覗いてきた。
なので、ボクも黄金色のジュースを口に含む。
蜂蜜のような味わい。
仄かな酸味が合わさって、ちょうど良い濃厚さ。
サイダーのような炭酸の爽快感も感じる。
オシャレな海沿いの喫茶店で、サンライズとか言って出してそうなノンアルコールカクテルみたいだ……!
「おいち……」
「マト……!?」
「ん?」
「もう一回」
「んん? おーっ」
「その後」
「おいしい」
「違う」
「おいち……」
「それだぜ!酒もすげえ美味いし、マトも可愛いし最高だぜ!」
「恥ずかしいよクゥ……! わ、わぁ……ご飯食べるから撫でないで~」
照れくさくて耳がくしゃん、と倒れてしまう。
「クゥ~、ボク飲めてないし、水中花ってのどう美味しいのか教えてよ~」
「ん? 酒は早いから興味もっちまうとなァ……?
だけど今日は特別に話を聞かせてやろう!」
「おーっ!」
「うまい」
えっ……。
美味いのは分かる。分かるよ?
「クゥさんよ、お、おい……?
紅茶のような香りや柑橘に近い穏やかな酸味と華やかさが合わさった雰囲気だとか、よぉ?
輝石瓶で醸造することで甘みとコクが整い炭酸が生まれて、後味を引き締めてな……?」
アードから、完璧な説明が来た……。
「しゅわしゅわ入ってるし、ちょうどよく甘いし、高そうな感じする……こうか!」
「なんか美味しそうなのが伝わる!」
「……これがホンモノの水中花ワインですかァ……ヒッヒッ……。
おいち……」
「マヌさんはまず、そこの飯や肉を食ってからにしやがれ!
ちとチェイサー持ってくるから待ってろ! 強ェのは知ってるがよ」
アードが身軽に立ち上がり、水を取りに行った。
気配り……なるほど、これも商人仕草なのだろう。
「助かりますゥ……」
マーさんはやっぱりお疲れの顔。
けれど、楽しそうにワインをチビチビしている。
お酒が好きなのは間違いない。
その横で無心で肉を咥えているガダル。
どうして……? ここまで完璧だったのに?
紳士で騎士で領主で麗しい店員で――英雄だった、のに。
なぜ――ナイフで切らずに咥えてしまったのか。
はふはふしながら噛んでいるのか……。
待ての出来なかった犬のようで……。
その横でピートが凄まじい手際で大皿のサラダや料理を取り分けている。
スプーンとフォークを左手で同時に持ち、トングのように使う技術が美しい。
高級料理店のスタッフの如く、完璧な動き。
「こちらサラダですぜ」
小皿に取り分けた、盛り付けも綺麗である。
ミニトマトのような赤い実が目を引く。
葉物野菜もみずみずしく、外の砂漠の景色からは想像できないほどの鮮度。
野菜も一級品だ。
「わ、わっ」
身体が求めている気がする。
お肉もジュースも興奮はした。
けれど、異質にムズムズする。
鼻先が震えると言うか……この、取り分けられたサラダが欲を使っていないのに輝いて見える。
「うっうっ」
「……マト? ……え、何その鼻と口元……。
ヘンに開いてるしピクピクしてるじゃねえか……。だ、だいじょぶか?
初めて見たぞ、この顔」
「ん? なんだ、マトさんもそうなるのか。
こいつはな、良くあるぜ、クゥさんよ。
獣人族に好きなモン見せたり、集中させたりすると、出ちゃう反応だよ」
凄いサラダ食べたいだけ、だけど……いやそれ、フレーメン反応の事だよね?
えっ、やだ……。
「ンだよ、食べんの我慢しててヘンな顔してるだけじゃねえか……。
ほれ、あーん。この赤いの美味いぞ」
普段なら恥ずかしいよ、と返す所なんだけれど。
余裕がなかった。
全然余裕がなくて。
クゥが差し出してくれた、実の刺さったフォークを咥えてしまった。
「甘い! 甘くて美味しいねぇ、美味しいねぇ……」
「良かったぜ! ガダルと同じとろけた顔になったな!
これ好きなのか~、今隣のテーブルからも盗ってきてやるからな~」
トン、と跳ねるように席を立ったクゥの後ろには、いつのまにかイスミルさん。
「おっと、ならば用意させる、安心してくれ!
大盗賊はサラダまて奪ってしまうのか? ……その妙技、見てみたい気もするな!」
「お、おい、イスミルさんよォ。そういう事言うと、そいつは……」
「『潜駆』――」
「ほら見ろ! やりやがった! しかも本気かよ……」
「……!? なんだ……クゥ!? どこへ!? 今、オレの前に居たはず!」
「えへへ、クゥ、凄いんだよ! 赤いの、取ってきてくれるかな……」
どのテーブルへ走ったかも分からない。
真剣に周囲を見る。
トマトが減ってる!
減ってく!
まさか1個1個取ってるの?!
1つのテーブルの赤い実が全部消えた。
続いて、手つかずだったサラダの大皿があったテーブルの横から声がする。
「『奪取』!! ふふん! マト、おまたせだぜ!
イスミル! これがオレの技って奴だ!」
突然現れたクゥの手には、「そこにあった」はずのサラダの大皿1つ。
周囲から集めてきた赤い実が山盛りにトッピングされている。
「……全く見えなかった。
君が消えてからの動きも終えなかった。やるな、サラダ泥棒!」
「マジか!? 嘘だろ!? オレんとこもトマトがねぇ!」
「……ホントだ……何か変わった気がしたけど、言われなかったら分からなかったぞ」
「……そんな馬鹿な! 食ってただけだぞ!?」
漁師たちも大盛りあがりだ。
親分が許可を出したのだ、文句どころか逆に歓声に変わる。
「ほれ、マト! いっぱいもってきたから、一緒に食べような~!」
「ん! ん!」
口の前に差し出されれば、パクっと咥えてしまう。
これ、この世界でもトマトって言うんだ……そんな考えが浮かぶには浮かぶのだけれど。
となりからフォークで差し出されるキラキラした野菜を見ると正気では居られず。
無心に食らいついてしまう。
「すごいな、マトこんなに食べたっけ」
「あまり見ない感じですぜ。 お腹が空いたのか、この野菜が気に入ったんですかい?
後で買っておきましょうぜ、大将」
「……俺も食わせてやりてぇから、そうだな。
イスミルさんよ、この野菜、購入できそうか?」
「おお、マトが喜んで食べているこれか?
ルートは有る、がウチの街では作っていないのだ。
砂海の先から来る野菜でな」
「……なるほど、それじゃあ……そこの街に行けば交渉はできるか?」
「任せろ、俺も一緒に行こう。
なんせ大盗賊の相棒がこれほど美味そうに食べるのだからな」




