6-15「ならば、俺の家へ運ぶぞ!」
「……そいつはやべえな! マト、行くぞ!」
クゥの動きは早かった。
椅子から跳ねるように立ち上がる。
ボクも飛びついて肩へ。
「わかった!」
「ったくよお……俺はこれ、お前さんの不幸だと思うんだがな?
ピートォ! 一旦こっちに来い! お前さんじゃねえと運べない事がある!」
アードがゆっくりと椅子から立ち、ジャケットを直しながら叫ぶ。
「分かりましたぜ!」
厨房から走り出てきたピートが合流。
「無論、私も向かおう。恐ろしい獣に追われているかもしれん!」
ガダルも席を立つ。
目つきが凛とした……戦士の顔になった。
「私が居なくて、どう治療するつもりですかァ?
賢者! 大魔法使い! 必要ですよねェ!」
マヌダールももちろん立ち上がる。
なんか腰をトントンしてるけど……若かったよね……?
ボクと同じくらいだった気がするけど……。
クゥがマーさんをジジイと呼ぶ理由が溢れている気がする。
「俺も行くぞ! 皆は残って居ろ! 英雄達が行くのだ、問題はない!」
イスミルも駆け出してくる。
ボクらは呼びに来た男に案内され、港へと走った。
そこは港の端。
周りに船はなく、いわゆる砂浜……砂漠と、海……砂海の境界といった所。
仰向けに倒れているのは、ボロボロの服の男と、神官服の女。
神官服は血に染まり、腹部の布には裂け目がある。
重症かもしれない。
けれど、皆は目を見合わせ息を吐き出した。
だって……。
「ねえ、この人」
「間違いねえな……助けたかった奴、が隣のやつか」
「ああもう面倒くせえ! クゥさんよ、お前さんの赦はどこまで続くんだ!」
「やっぱコレ、そうか……」
「悪運のご縁」
「マトォ……」
「しかしながら、騒いでる場合ではありませんよォ!
命が危険かもしれない……!」
マヌダールが倒れる二人のそばへと駆け寄り、状態を確認する。
脈や息など手慣れた様子で調べ、懐から霊薬の瓶を2本取り出す。
「生きてきますが、弱っていますよォ。
気付けと体力や傷に効く、即効性の霊薬を飲ませますゥ」
マヌダールが口元から薬液を流し込む。
ボクの世界の薬とは違う。
与え方も救助者の姿勢などの知識も違うだろう。
任せるのが一番だ。
暖かな光が倒れた二人から溢れ、全身を包み込む。
「効けば良いのですがァ……」
マヌダールが不安げに見下ろしている。
二人の……口が、僅かに動いた。
「生きてる!」
ボクは叫ぶ。
「流石だな、ジジイ!
で、こいつらどうしたら良い?」
「霊薬を与えました、一度室内に運ぶべきでしょう。
この土地は……長時間外にいると堪えますよ、商売をした我々のように」
「ならば、俺の家へ運ぶぞ!」
「分かりましたぜ、イスミルさん。あっしが男を運びやす! ガダルさんは、神官さんを!」
「承ろう、ピート殿!」
ボクらは倒れた二人を抱き上げ、イスミルの屋敷へと戻った。
来客用の部屋のベッドにそれぞれを寝かせ、様子を見る。
呼吸も安定している、問題ないとの事。
その時。
「……ッ!!? ここ、ここは……!!」
突如、男が飛び起きる。
聞いた事のある声だった。
間違いなく、この男はリュート。
昨夜、アルクバーグに遺跡のガーディアンを連れてきた男。
「チェチェは……!?
無事……なのか……!!?」
周囲を慌てて確認する男。
いや、リュート。
「慌てなくて良い、旅人。
ここはシャハディア、砂海の街。
君達は意識を失い港へと流れ着いた。
だが、親切な客人達が救ってくれたのだ」
「……オレは……!
彼女を連れて遺跡から出た……けれど、流砂に飲まれて――」
「此処で目を覚ました、そういうことか?」
「ああ! ああ、そうなんだ……! これは夢か?
どこまでが現実か分からない。狂っている……そう思っても構わない!
夢の中で黄金郷に行ったんだ。
どこか分からない、何があったかも分からない。
ただ、誰かが……オレの懐に誰かが命の水を忍ばせる所は覚えていたんだ。
目を覚ましても、その水を持っていた。
それで……彼女を助けたんだ……!
その後、遺跡から出て……」
「慌てなくて良い、旅人よ。彼女も助かっている。
俺の客人たちが、処置をした。安心してくれ」
「ほ、本当か? チェチェは……」
「ったく、慌て過ぎだぜ。
どっちも生きてるって言ってんだよ、名前くらい名乗ったらどうだ?」
アードが割って入る。
きっと、確信が欲しかったのだ。あの時、街に来たリュートという男である、と。
「……覚えて、いない。
彼女はオレをリュートと呼んだ。だから、多分そうなんだ。
夢の中で……全てを忘れてしまった気がする。
ケガをした彼女……チェチェを救うのに必死で……他のことは」
「そうか、分かった。
リュートだな、覚えておく。ケガの原因は分かるか?」
「それも分からずだ……。
夢から覚めれば、彼女が倒れていて――」
「……それで充分だぜ。
俺の仲間の薬師が、お前さん達2人に薬を処方した。
必ず目覚める。だから安心して休んでいろ」
初対面の如く。
当たり障りのない態度。
顔は怖いけれど、流石商人と言った所。
「おう、そうだな。
とりあえず休めよな」
クゥが、少しだけ嬉しそうな顔をしている。
彼女が助かったのは、あの時リュートの懐にマヌダールのポーションを忍ばせたからだ。
彼は、自分の記憶を代償に確かに仲間を救ったのだ。
「うん! ゆっくりしててね!」
「ああ……すまない」
そう言って男は再び目を閉じた。
チュチュと呼ばれた女性はしっかりと寝息を立てている。
生きている、それは間違いない。
「さて……随分大騒ぎになってしまったが、若者達が料理を引き継いだとのこと!
これはこれ、それはそれだ。
砂鰐討伐の宴会……今より、開かせてくれ」
「おうよ! もちろんだ!
めちゃくちゃ腹減ってるんだ! 食わせてくれ!」
「うん! ボクもすっごいお腹へった!!!」
「……ったくお前さん達はよォ。
なんてな、俺も腹が減った。宴会、楽しみじゃねえか! なあ、ピー……。
いねえのか!」
「さっき、リュート殿が目覚める前に厨房へ走っていったぞ?
どうも、やることがあると」
「……らしいっちゃらしいな、はっはっは。
マヌさんも腹、減ったろう?」
「はいィ」
「!? シワシワどころか、森で出会う化け物みたいになってんじゃねえか!
どうした!? 呪われたか!? 悪運か!?」
「いいェ……そのォ」
「マーさん!?」
「つかれましたァ」
困った顔で、嘆くように言葉を吐き出すマーさんについ笑ってしまう。
「……えへへ、マーさん、あのね。ボクも疲れた」
言われて気づいたのだ。
朝から全力だった。
こんな騒ぎも起こって……もうへとへとで。
ぺしゃ、と潰れた毛玉になってしまいそうな疲れが込み上げてきた。
「ですよねェ……おあッ!?」
「ならば私が運ぼう。
今日の功労者の1人ではないか、飯を食って酒を飲めば疲れなど癒えるというもの!」
ガダルが素早くマーさんを抱き上げている。
というか、お姫様抱っこ。
「……クゥ~」
「しょうがねえなあ~。
シワシワになっちゃうといけないでちゅね、抱っこちまちょうねぇ~。
ほーれ、よちち、よちち~」
しゃがみ込んだクゥは、両手を広げてワンちゃんを呼ぶような体勢だ。
「なんかヤダそれ~!」
「ワガママ言うなよ、マト~。ほれ」
結局、広げた手に飛び込んで抱っこされてしまうのだけれど。
疲れもあって、すごくホッとした。
「何だこれはよォ……お前さん達……。
俺は運ぶものもねえし、運んでくれるものもねぇんだよ、やめろやめろ」
「ふむ、アード殿、抱っこをご所望か?
ならば俺が」
「イスミルさんよ、一瞬、顔を殴りそうだった。堪えたんで褒めてくれ」
「冗談だアード殿! 水中花ワインもお分けする……それで許してくれ」
「……冗談だろ、イスミルさんよ。そんな高価なもの……」
「何を言う、シャハディアの飯を振る舞うと言ったのだ、欠かせるワケがなかろう?」
「なぁ~、2人で話してんのは良いけどよ!
オレとマトは早く飯にしたくてよ?」
「私もだ、ピート殿。見てくれ、この魔法使いを」
「キヒィー」
「鳴き声しか出てねえじゃねえか……ったく、分かったぜ。
とりあえず、まずは飯にしようじゃねえか。
イスミルさんよ、頂くぜ!」
「ああ!」
全員は部屋を後にする。
流れ着いた2人の冒険者は一命を取り留めた。
ここで休めば、きっと良くなる。
面倒さから言えば、悪運そのものなんだけれど。
「それじゃあ! 砂鰐討伐の英雄たちの入場だぞ!」
先に駆け込んだイスミルが大声で叫ぶ。
漁師たちの歓声が重なる。
照れくさそうな顔で、席へ。
これは――!
大きな鉄のフライパン。
そこには黄金色の飯……上に飾られたのは、エビや魚、肉、何かの木のみ、キノコ。
立ち昇る湯気からは、魚介と香辛料の混じった『今すぐ食べたい』香り。
フライパンの縁のご飯には丁度よいおこげ。これも美味しそう……。
いわゆる、パエリア。
この街の伝統料理は、パエリアなの……!?
華やかに炊かれたご飯がメインディッシュ。
他にも色々なオカズが、机の上で輝いている。
ごくり、と喉が鳴る……。




