6-13「この『出会い』が宝だ」
「俺は砂漁団団長のイスミルだ!」
豪快な笑顔で船上から手を振る男は、そう名乗った。
「おい、マト。今さあ……団長って」
「聞いた……」
「うちのじーさんみたいなもんか?」
「かなぁ……」
「近いかもしれねえな、クゥさんよ。
砂漁団の団長、って事はよ、この船全部の親分ってことになるぜ。
シャハディアは砂海と関わりが深い町だ、一番偉いまであるな……」
アードの目付きが変わった。
商人としての経験か勘か、この出会いには「気合を入れる必要がある」と感じた事が良く分かる。
「アードのおっさん、これ、名乗るべきか?
……『耳打ち』……偽名のが良いか?
偽名のが良ければ、2度頷いてくれ」
クゥの言葉が、途中で途切れた気がする。
「おうよ、名乗るべきだな。大事な局面だぜ」
アードが大きく一度だけ頷く。
アードの返事が少し遅れた……?
何かを考えていたのだろうか?
「怪我もねえし、無事だ!
すまねえ、漁師でもねえのに手を出して……! 目の前に来たんで片付けちまった!
俺はクゥ・パーダ!
で、こいつが相棒のマト」
「マトです、よろしくお願いし……」
クゥがジト目だ……。
「マトだよ! よろしくね!」
クゥが笑顔になった!
「……その名、何処かで……」
船が港へと到着する。
大声での会話を続ける2人だが、イスミルと名乗った男の声は遥かに馬鹿でかい。
と言うか、耳元で叫ばれているような感覚。
距離減衰していない大声。
船の停船が終わる前に、男は走り、港へと跳ぶ。
「『超跳躍』!!」
まるで何かが爆発するような踏切音。
クゥのそれのはまるで違う、火薬で跳ねるかのような力強い跳躍。
砂煙と振動を巻き起こしながらボクらの目の前に着地したイスミルは、クゥの顔を真っ直ぐに見つめていた。
「緑の衣、金の髪。
細くしなやか……匠の技。
爽やかな笑顔のお調子者。
狙った宝は必ず奪う、貧しい民には分け前を。
眠る少女に命の分け前を……」
「ん……? なんだそれ……?」
吟遊詩人の歌のような語り草。
だけど、どう聞いてもそれは……。
「クゥ、ねぇ。
イスミルさんの歌……」
「いや、あれ? オレ……?」
「名をクゥ。大盗賊」
アードの大きなため息が背後から聞こえてきた。
チラ、と横目で見れば額を抑えて頭を振っている……。
マーさんもフードで顔を隠したし、ピートも目を逸らした。
ガダルだけ真っ直ぐイスミルを向く礼節ある態度だけれど、この人やっぱりこういう危機感が欠落してるかも……。
「……此処より西の砂漠、我々の船届かぬ場所で、毒に倒れた幼子を救ったと聞く。
無論、リザルの墓を荒らしたなんて話もな!
まさか本人と出会えるとは!
感謝し、歓迎しよう!
砂の民の救い人よ」
「おお、お?
いや、いや、特に何かした訳じゃねえよ、苦しんでるチビッコが居たから面倒見ただけで、ドロボーした後だぞ」
「クゥさんよ、言葉選べ! わざわざ行商までやっただろ、思い出せ!
ドロボーって言っちまったら……」
「大将、もう言っちまってますぜ……」
「そこのお二人は……クゥとは違って見えるな!
名を聞いても構わぬか?
砂鰐の件、謝礼したい」
「謝礼なんてとんでもありませんぜ。
私はアード・ガルドリアス……」
初めて聞く声色。
アードの商人としてのへりくだり、胡麻の擦り方、なんだろう。
空気感がピートに近く、なるほど、この師にしてこの見習いか、という感覚。
「かの有名な奴隷商か!」
「はぁン!? 俺の事をご存じだと!?」
へりくだりは一瞬で終わる事となる。
「南の街の長が、西で魔装と引き換えたという娘を我が子として育てていてな?
随分と舌が贅沢で、所作も美しかったと聞く。
孤児だったと娘は言うが……そうは見えぬほど愛されていた、という逸話だ。
奴隷商の顔をした聖人、という話だぞ?
名を聞いてすぐ思い出した」
「おい、聖人だァ……? この極悪面の暴力商人が!?」」
「おいクゥ、お前さんよぉ……? なんだそのニヤけた面は。
今回はご期待の暴力を2発だ、そのだらしねえ笑顔に後でしっかり教えてやる」
このイスミルという漁師、只者ではない賢者なのだろうか?
すると、他の皆も名乗ると素性がバレる……?
「はっはっは、そういう所が親しみやすい、と伝わっているな。
名有りの者が2人に、桃色のトガ……伝説の叙事詩のような顔ぶれ、俺は感謝以上に楽しくて仕方ない!
ぜひそちらの3人も、このイスミルに名を教えてくれないか?」
「そ、そいでは続けて……!
あっしは、ピート、ピート・ガルドリアス、大将の見習いですぜ」
これ……剣闘士ってバレるんじゃ……。
「かつて、技も使わずその身だけで勝ち上がり、負けること無く闘技場から姿を消した大罪人。
毒木との戦いは熾烈、全身を焼きながらもその幹を拳で砕いた。
噂では、商人の用心棒として――」
バレてんじゃん!!!
「エッ……マジでやんすか!? そんな話、どこに出回ってやがるんですかい……」
「はーっはっは! 俺はな、旅人から物語を聞くのが三度の飯より好きなのだ!」
「キーッヒッヒ……ならば、この私の伝説も伝わっているはずゥ!
大魔法使い……大賢者マヌダール・グラ・シェリア・アルシャント・フルドレーク・アルバント!
どうか、お見知り置きくださいィ!」
「誰だ」
「――」
マーさんがフードを引っ張って、顔を隠して黙ってしまった。
これは、ちょっと、えっと……!
「マーさん、ほら、マーさんは王都の学校の先生でしょ!
旅人が話す立場の人じゃないんだよ、凄いよ! マーさん凄いよ!
作ったポーション全部完売したじゃん!」
「マトさぁん、私はァ……そのォ……」
「ジジイ、がんばれ、いつか有名になるぞ。胡散臭いジジイって」
「クゥさぁん!! 善処しますゥ……。
いや、胡散臭いジジイじゃだめじゃないですかねェ!」
「霊薬を作れる魔法使い、元は王都の先生……なるほど、面白い!
いずれ話を聞かせて欲しい、私はマヌダールの話に興味がある!」
「そう言って頂ければ何よりですよォ」
「ならば……次は私が。
ガダル・リーシオン、今は無き街の領主だった。
今はこうして、仲間の用心棒を――」
「ガダル・リーシオン……!
シハの守り手……民全てを厄災から逃がし自らは倒れたと言われる男。
生きて、居た、のか……?」
「死んだことになっているのか!? 私の伝説はもう終わっているのか!?」
わん、と鳴きそうなくらいに口がパカパカ開いている。
結構気にしていそうだ。
「ああ――死んだと。
シハの街から逃がしてくれた、皆を救ってくれたと泣いて現れた男が居てな。
今は砂船乗りよ。見つけたら、話してやるといい。だが、領主は人だと聞いているぞ?
その姿、もしや環境病か?」
「その者が無事ならば私の生死など、大した話ではないな!
しかし……病か……そう言われたのは初めてだ。
病ではない、元々狼の血族。街人の為、人の姿で居ただけのこと。
本来の姿がこれだ、イスミル殿。どうかよろしく頼む」
「領主殿と出会え、大変光栄だ……なんてな! よろしく頼む、英雄よ!」
お忍びで情報を集めつつ、観光する予定だったのでは?
街に着いて、商売して、鰐を倒したら……偉いっぽい人に全素性が筒抜けになってしまった。
「そして……マト。君のことも気になる。
桃色の獣人達……イルイレシアの罪人、宝物庫の地図。
大盗賊たるクゥと共に居る、ということは、壮大な物語の配役にいるのだろう?
どんな旅をした? どんな罠から戻った? どんな――」
「えっと! えっとー!
イスミル、イスミルさん! ボクは――」
頭の中を、色々な思考が通り抜けていく。この人に話したら噂は間違いなく広がるだろう。
けれど、ここで誤魔化すことが正しいと思えない。
「欲【宝の在り処】……!」
目を閉じ、見開く。
真っ直ぐにイスミルの顔を覗く。
輝きは、彼の周りに留まっている。
クゥや、アードを見た時の輝きとは違う。
少し穏やかで、小さな煌めき。
この「出会い」が宝だ、って事な気がした。
「改めてよろしく、イスミルさん!
ボクは宝探しの欲を持つ、異世界から来たトガだよ。
今は宝探しの物語中!
イスミルさん、キラキラ輝いて見えるから、きっとこの出会いは宝物だよ」
ふわ、と頬の毛と耳を風に揺らしながら微笑む。
「なるほど、盗賊の相棒のトレジャーハンター。
出会いを宝と呼ぶのも気に入ったぞ……ませたチビッコだ!
それでは、その出会いからも『盗』まねばな?
しかし、やすやすと奪われるイスミルではない!
どうだ……俺と飯でも喰いながら、宝の噂でも盗んでみないか?」
皆の顔をぐるり、と見る。
全員が頷き、クゥが親指を立てている。
宝への道は繋がってるものだ。
「みんなが良いって言ってる! だから、イスミルさんとご飯したい!
シャハディアの事も教えて! 砂海も初めて見たし、此処に来たのも初めてなんだ!」
「ハッハッハ! いい返事だ! ならば、俺の家に招待しよう!」
笑顔で答えたイスミルが、船へと振り返り叫ぶ。
「お前達、銀鰐を任せたぞ!
そこの英雄殿が血抜きまでしているようだ、運ぶだけで構わん!
『輝石袋』はしっかり盗まれてしまっているしな、大盗賊と相棒に!」




