6-12「両手で掴む!」
2人で、手を伸ばす。
「『奪取』!」
手のひらに、風の渦が生まれる。
この技は風が引き寄せる力……見えない腕となり、遠くの獲物を掴むのだ。
ボクは、そう思っている。
声と同時に、クゥの手元にはバスケットボールくらいのガラス玉が現れる。
美しく輝く、工芸品のような玉。
ぽよん、と揺れる姿は柔らかく美しいゼリーのような。
不思議な物体。
だけど、ボクは……まだだ。
掴んだ、掴んだはずなのに。
指先が何かに食い込んでいる感覚がある。
だけど、引っ張りきれない。
動かない!!
「んんんーーっ!」
「気張りすぎんな、盗れるさ」
トン、とクゥの手が肩に触れた。
理由なんてないけれど、できる気がした。
違う……出来た、ってクゥに笑いたい。
この大きさの物はボクにはまだ盗れない気がする。
だけどそれは、一回の挑戦において。
三回の願いを分けて使わなきゃいけない、なんて事はないはず。
ガダルが剣技を派生させていた。
この世界の力が願いだと言うのなら、出来ない事なんてないはず。
右手は伸ばした。
なら、左手だ。
両手で掴む!
「『強奪』……!!」
指先から繋がった糸が、ピンと張るような感覚が伝わってくる。
今引けば、掴めそうだ。
「うおおお!」
疾風が吹き抜けた。
長い耳が風で後ろに流れ――。
ボクは「輝石袋」を抱き抱えていた。
「やった……! あっ……」
クゥに掴まっていた腕を離したのだ。
この結果は、誰でも想像できたはずなのに。
「うあっ……ああああ!!」
クゥの肩から吹っ飛んだ。
「輝石袋」を抱えたまま、宙に投げ出される。
空と砂海、港と船、腹を出し沈んでいくワニ……景色全部がぐるぐると回って、もうよく分からない。
だけど、このお宝だけは離さない。
離して、たまるものか。
「ナイスファイトだぜ、マト!
今回は説教はなし、何故なら……オレの手が届くからだ!!
『奪取』!!」
気づけば、クゥの腕の中だった。
安心感が溢れてきて涙が浮かぶ。
「ありがと……ごめん」
「謝る理由はねえだろ!
良い仕事だった!
ここから先は皆と交代だ、ずらかるぞ!」
「わかった!」
声と同時に、沈み込む砂鰐の腹に着地。
踏み台にする。
「『超跳躍』!!」
クゥの跳躍高度は飛行と変わらない。
砂煙の帯を引きながら空へと舞い上がれば、広大な砂海と石造りの美しい町が視界に飛び込んでくる。
「すごい、こんな景色初めてだよ……!」
「おうよ、オレもだ!
でっかい宝もしっかり掴めて、サイコーの結果だぜ!
着地するまで落とすなよ?
ここで落としたら説教だからな」
「うん、わかった! このプニプニ、大事に持って帰る!」
「おうよ!」
一方、地上。
鰐は砂から再び飛び出し、ガダル目掛けて襲いかかる。
「大事な宝はしっかり盗ったようだな……!
ならば、次は鱗と肉!
獣を狩るのなら、全てを糧とするのが正しい狩りよ……!」
鰐が体を捻って回転する。
尾による薙ぎ払い、巨大による広範囲への打撃攻撃。
「噛みつき以外も使い熟す、と……! 相手にとって不足はない!
かかってくるがいい!」
両手剣を構え、その重い一撃を受け止める。
食い止めきれず、ズリズリと身体が港を後ろへと滑っていく。
身体強化中とはいえ、その威力は計り知れない。
「そいつを受け止めちまうとは、速いだけじゃねえ……流石ですぜ、ガダルさん」
ピートが横へと駆け込む。
「かたじけない、止められると思ったのだが」
「止められてますぜ、すこし滑っただけですぜ!!
ぶん投げやす、追撃を!」
ガダルが尾の勢いを削いだ。
駆け出したピートがその尾を掴んで……持ち上げて、回る。
巨大だから、など関係ない。
その怪力で持ち上げたワニを、砲丸投げの如くぐるぐると回って空高く放り投げる。
空高く、巨大な砂鰐が浮いた。
港に戻る船から、歓声が聞こえた気がする。
「俺らも何かやらねえと、見てただけって言われちまいそうだな、マヌさんよ」
「キーヒッヒ、私は先に魔法を掛けましたから!」
「クッ……仕方ねえ。
俺も働いておくとするか……。
魔装展開、マナカト雲海秘宝『歩くもの』……!」
アードが懐から取り出したのは、羽飾りのついた指輪。
指輪全体が水色に輝き、鳥の形をしたオーラが指先に生まれる。
ふ、と息を吐きかければ鳥は舞い、空へと投げ飛ばされた砂鰐へと飛んでいった。
「俺も補助だけで良いだろうよ」
「……おや、鰐の落下が止まりましたよォ?」
「本来、これは空を歩くための魔装よ。
だが、マヌさんよ。
地上へと"戻りたい"相手に力を貸してやれば、な?」
「……なかなか悪い事を考えますねェ、アードさん」
「がーはっはっ、怖くて悪いのは顔だけじゃあねぇって事でな!
……とでも返して欲しかったか? マヌさんよ。
拳1発ツケとくぜ」
「ヒッ! カンベンしてくださいよォ、非力な私には結構重いんですよォ、アードさんの!
パンチで戦えるかもしれませんよォ!?」
「ホントに小突くぞ、マヌさんよ」
「ほ、ほら……ガダルさんが決めますよ、決めますからぁ、あちら向きませんかァ?」
「ったくよぉ」
アードの肘が、ぐりぐりとマヌダールに押し付けられている。
一方、空へと固定された砂鰐目掛けてガダルが跳ぶ。
鰐より高く上がり、担ぎ上げた両手剣を思い切り叩きつけるよう振り下ろす。
「――トドメだ――『狼の牙』!!」
真紅の半月を描いた斬撃が、ワニの身体を真っ二つに切りとばす。
マガロの力を得た剣は、その血を焼き飛ばす――血の雨は振らず、血を焼く一撃は血抜きも兼ねる。
鰐の身体は港に落下、砂海に飲まれることはなかった。
同時に、クゥとボクはアード達の真横に着地、皆と合流する。
「……やった!」
「皆サイコーだぜ。あとはあの鰐の鱗や肉を――」
その時聞こえてくるのは大歓声。
戻ってきた漁船からも、家の窓からこっそり覗いていた者たちからも。
「……こんな街の近くに砂鰐が出るなんて……!
どこの冒険者さん? 凄いわ!」
「境界を越えてくるなんて何年ぶりなの!?
倒しちゃった……の!?」
「漁に船が出るのを知って、鰐が来るなんて!
よかった、よかった!」
「くそ……! 誰だか知らねえが間に合ったのか!?
助かったぞ!!」
「……倒された……の……か……!? 良かった、俺の家が、家族が食われなくて――!
すごいぞ、冒険者!!!」
声はどんどん大きくなる。
人が集まってくる。
「おい、クゥさんよ」
「おう」
「おうじゃねェんだよ、どうするんだこれ!」
「どうするって……鰐を解体して持って帰る?」
「目立たないように情報を聞いて観光するハズだったんよ、俺たちは!」
「あー」
周囲で大騒ぎが起きている。
ガダルの剣技で倒された鰐の状態も極めて良いらしく、どこの漁師なんだ、と盛り上がっている。
「助かったぜ、冒険者の皆さん方……ァ!?」
なにその反応。
え、なんか後退りされてない?
「顔が怖いんじゃねえのか?」
「誰のだ、クゥさんよ。まっすぐ俺を見るんじゃねえよ……。
ったくよぉ……!
悪ィな皆さん方、俺らはただの行商だ。
旅の危険もあるんで、用心棒も兼ねてもらってんだ。
騒がして悪かったな、鰐はとっといてくれ!」
アードがいい感じの笑顔で皆の前に出た。
すると、人々が一歩下がる。
アルクバーグに居たせいで、すっかり忘れていた。
そうか……このメンバー、全員が……。
一般の人から見れば悪人にしか見えない……!
どう見ても盗賊、どう見ても悪徳商人、そのお付きの者。
胡散臭い魔法使いと、疲れ切った顔の狼の剣士……。
ボクはピンクのウサギだからセーフ!
いや、セーフじゃない……。
世間体的には古代王国の罪人だった……。
でも、さっき街で商人"ごっこ"したのでは?
何とか出来るのでは?
ボクは、もぞもぞとクゥの腕から滑り降り。
両手で鰐の「輝石袋」を抱えたまま大きな声を張り上げる。
「み、みなさん! 先程はお買い上げ、ありがとうございましたァ!
冒険者ではありません、楽しんでお買い上げ頂く行商の一団なのですゥ!
剣技も技も、お客様のためェ!
ちなみにトガ役のボクも、悪いことは……ヒーッヒッヒ!
つまみ食いくらいなものですよォ」
全力でくしゃくしゃの顔で締める。
ワザとらしく、仰々しく、マヌダールの真似で!
「……ちっさいジジイがいる」
「マトさん、やっぱりモノマネ上手いですぜ……」
「ああ、俺もそう思ってたがよ。どうだ、マヌさんあれ」
「照れくさいですねェ! あんな感じでしたかァ?
ヒヒッ……ヒヒッ!」
「マヌダール殿、変な笑いが漏れているが……。
マト殿、多彩だな……」
囲む仲間たちが何とも言えない顔になっている……。
「うさちゃん上手いな~! 胡散臭すぎるだろ!
ピンクに染めてるのがズルいよな……。
行商かよ。んなら、強いのも当たり前か。
そういや、さっき街で霊薬売ってたもんな」
その時。
「……君達!! ケガはないか? 本当に助かった……!」
戻ってきた一隻の船から、大きな男が姿を見せた。
漁師の中でも、服に飾りが多い。
これは……偉い人の気配がする。




