6-11「船が戻って来る前に片付けるぞ」
「こんな街の近くでやってるなんて珍しいぜ……!
おい、マトさんよ!
奥だ! ちぃと遠くの船、見てみろ!」
アードの指先が一隻の船を示している。
掲げられた状態から抜け出て、クゥの頭の上に乗り注視する。
「わかった……!
んんッ」
此処からだと船は小さくてハッキリと見えない。
けれど、周囲の船とは明らかに違う動き。
円を描くように大きく回りながら、その中心にいる何かと戦っている……?
大きな地鳴りも繰り返されている。
激しい戦い……なんだろうか。
「あれ、何してるの?」
「漁業。魚釣りだ」
「ンッ」
「ああ!? おっさん、それどういう事だ!? 砂漠で釣りって事か!?」
「良いねェ、話しがいのある若者の顔だぜ、クゥさんよ」
話の間も、船は急旋回で円を描き続ける。
じっと見れば、その中央にはロープ。
つまり……あれは獲物を引き上げようとしている動きだ。
砂嵐のように巻き上げる砂の中、ゴーグルに長袖の漁師たちが何かと格闘している。
「シャハディア大砂海ではな、此処にしか居ねえ魚が釣れるのさ。
そいつらは、まとめて砂海魚。
砂の中で泳ぐ事で自然に研磨された強靭で美しい鱗と、魔法の触媒となる輝石袋という器官を持つ。
しかもその白身まで美味え。
骨も鉱石を含み、日用品の素材にもなるくらいだ」
「キヒィ、輝石袋……!
シャハディア瓶と呼ばれる、特殊な霊薬保存容器があるのです。
冷却する魔法と同様の効果を持ち、内部に入れた液体を長期保存できるようになるものですゥ!
その素材ですよォ、マトくん! アルクバーグなど西方では極めて貴重、効果な『お宝』ですよォ!」
「おーっ! お宝があるんだ……! 見える、かな……!」
「おうおう、クゥさんの8つ道具がやる気の顔になっちまったなあ!」
「えへへ! 欲【宝の在り処】……!!」
目を閉じ、願い、開く。
眩しい青空の下に生み出された黄金の輝きが渦を巻いて風に乗る。
ボクが探すのは輝石袋。
一度見てみたい、その強い思いを込めて力を解き放つ。
溢れ出したキラキラは空へ登り、流星のように降る。
「すごい、雨のように降ってく……!
この砂海に沢山いるんだ……?
あれ……あれ……」
おかしい。
目の前の港に落ちていった輝きが、柱のように集まって動いている……。
嫌な予感がする。
「ね、ねえ? その砂海魚って、街に入ってくる事は?」
「入って来ちまうから、こうやって近くの個体を減らしてるのさ、マトさんよ。
小型の奴は問題ねえし、大物は漁師が率先して狙うから街には入らない。
上手くできてる仕組みだと思わないか?」
ボクは苦笑いで目の前の港を指差す。
「……マト殿、私は慣れて来たのだ。
その顔、言葉、動き……私の勘が『来る』と言っているのだが、間違いないだろうか?」
「うん、ガダル。
そこの港の近い所、すごい沢山のキラキラが集まった柱になってて……動いてる」
「ったくよぉ!! どうしていつもこうなる……ん……」
「ぷう!」
「しゃっ」
「うさちゃんとロトくん、出て来てますぜ」
ピートに言われて気づく。
オーバオールの胸ポケットから覗く影色ウサギと、腰ポーチがハサミを出してカチカチしている影色サソリに。
「お前さんたちの赦が呼んじまったみたいだなぁ、お二人さんよ」
「しかし、シャハディア瓶は極めて欲しいですねェ!
私が作れる薬も増える、と言うものですよォ!
これは悪運ではなく幸運!
そう捉えて……なんとかしましょう!
キャアさん、背中を」
「マヌさん、キャアは今日お休みしてる」
「キヒーーーッ」
「……地鳴りはコイツのせいか。操船も出来ねえし、船もねえ。
オレらで捕えられるか?」
「……やれなくても、やらないとダメそうだぜ……。
見てみな、クゥさんよ!」
アードの声と同時に、目の前の港で砂柱が上がる。
停泊していた砂船がバラバラになって吹き飛んだ。
姿を見せるのは水晶のように輝く鱗で包まれた美しい大鰐。
港に泊まる漁船と比べても、それと同じか、大きいか。
一筋縄ではいかなそうな巨体。
「ギュエーーッ」
凄まじい咆哮。
ワニが鳴くなんて思って居なかった。
その咆哮に反応するように、街中で鐘がカンカンと鳴る。
町人達は慌てて家に飛び込み、門を閉めた。
「街では、良くあること……みたいだな」
「そんなにはねぇと思うがな。
コイツはどう見ても魚じゃねえが……やるしかねえか」
「そうだな!
全員構えろ、港に上がってくるワニを迎え撃つ!
狙いは輝石袋! 場所は分かり次第マーカーだ、マト!」
『おうよ!』
「漁に出てる船が戻って来る前に片付けるぞ、お前さん達!
俺らは漁業権を持ってねえ、街が危なかったって話でいくぜ!」
「という事は……速攻、ということでよろしいか?
行くぞ! 『剛力』『超化』……魔装開放!
『狼王剣』!!」
ワニが動く前に、ガダルが走り出す。
陸と砂海との境界で待ち受ける為に。
全身に紅いオーラを纏い、引き抜いたバスタードソードが身長より巨大な両手剣へと姿を変える。
「前衛はガダルさんにお任せしますぜ――あっしは、ここから先へと絶対に踏み込ませねえ!」
キャアが居ない現状マヌダールが空へと逃げられない。
よって、アードとマヌダールが後衛になる。
後衛への攻撃を確実に防ぐため、ピートが後衛2人の前に立ち塞がる。
「……それじゃ、マト!
オレらも観光ついでに一仕事いくぜ!」
「分かった!」
クゥの肩にしがみつく。
「……それならば、お待ちくださいィ!
欲【司書無き図書館】!!
縷縷るるたる書庫、棚は魔法。開くは呪文書――加護の法。
第五階位――風歌い風舞う、願うは疾風。
沼走る風、沼走る足。
その足、沈むこと無く前へと進むものなり――!
『沼走り』!」
マヌダールが掲げた巻物が燃え尽きる。
皆の足元で風が渦巻き、エメラルドグリーンの光の輪になって足首に留まる。
「砂海は沼と同じようなものだと聞いています!
これなら砂海の上を走れるはずですよォ、クゥさん、マトさん!
無論、ガダルさん達も!」
「ナイスだぜ、ジジイ! ありがたく受け取る!
いくぞ、マト!
『潜駆』!!」
「……!」
頷く。
視界が白と黒に切り替わる。
ボクは輝きの位置――輝石袋の位置を、見抜くんだ。
「『加速』『超化』――」
囁くような声。
クゥの走る速度が一気に跳ね上がる。
乗り物なんかより遥かに速い視界。
港を回り込むように走り……砂海へと跳ぶ。
マーさんの魔法の効果で、沈むことも足をとられることもない。
砂海の上を姿を消して走りながら、砂鰐の動きを伺う。
「マト――」
「うん、まかせて」
欲が示す輝きの位置は……!
全身の煌めきの中から、集中する場所を探す。
探すんだ――!
だが、砂鰐も動く。
砂海から躍り出て、港の先端に立つガダルへと飛びかかる。
マガロよりは小さいが、その身体は船より大きい。
開いた口は小さな漁船を一口で飲み込むほど。
「……面白い! マガロ殿との再戦の良い踏み台だ!
鰐などに、遅れは取らぬ!」
巨大な口目掛けて、ガダルが跳ぶ。
勿論、口は閉じる――。
「――!」
声が漏れそうになる。
ガダルが飲まれたように見えたから。
「……充分な硬度だが……遅いな! その程度でこの私は呑み込めぬぞ!
砕け散れ、『狼の牙』!」
白黒の空間で、ガダルが纏うのは黒に近い灰色のオーラ。
そのオーラが、鰐の口から噴き出す。
「ギュアアアア!!!」
輪には鳴き声と共に仰け反り、口を再び開く。
飛び出してくるのはガダル。
黒い半月の斬撃が牙を何本も弾き飛ばし、砂海へと落とす。
「まだだ!! 新たな剣技、試させてもらおう!!
『第二の牙』!!」
切り下ろした斬撃の速度を乗せたまま、その体を前へと回転させる。
空中での前方回転斬り――『狼の牙』から繋がるように放たれる、大威力の斬撃。
第一の斬撃は半月。
続く二撃目はモノクロの世界で真っ白い光の軌跡を描く。
第二の牙を以て――月は満月となる。
キィィン、と水晶が砕けるような音が響く。
鰐の体表の鱗が弾け飛び、大きな傷跡を残した。
背中から倒れるように砂海へと落ちていく鰐。
腹が見えた。
「……第一階位――色、灯――『印』!!」
ボクは叫ぶ。
その位置は、両脇腹。
これは1個じゃない。
その袋っていう器官は2つある!
「まだだ! ……第一階位――色、灯――『印』!!」
両手で指差せば、生み出した輝きのマーカーが鰐の脇腹に突き刺さる。
誰の目にも見える光の柱が生まれた。
「ナイスだマト、そこか!
沈む前に決めるぞ……!」
潜駆が終わり、景色に色が戻る。
「『超跳躍』!」
クゥが踏み切る。
跳ばねば、鰐が砂へと潜る前に届かない。
この一瞬のチャンスが『盗』る時だ、その強い意志を感じる。
「しっかり捕まってる!!」
「違うぞマト! 獲物は2個だ! 『盗』るんだよ!
弟子、気合を入れろ!」
ジャンプは加速し、もうすぐ鰐へと届く。
まるでスローモーションの中に居るような。
クゥが速すぎるというだけだけど。
ボクもこの速度で動くのに、少しだけ慣れたのだ。
「さあ、仕事の時間だ!!」




