1-11「人拐いの足が遅え」
黒色。
全てを吸い込むような、真っ黒。
四肢が以上に長い、奇っ怪な姿の人影が森から走ってくるのが見える。
「ひっ……」
足がすくむ。
ホラー映画で見るクリーチャーなんてものが比にならないくらい、おぞましく感じる。
穴……どこまでも続く穴が人の形を得て徘徊しているような姿。
「ビビってると、その袋落としちゃうかもな?
初めてのお仕事失敗か~?」
クゥのいたずらっぽい声が響いてくる。
「そうだなァ。やっぱり、観賞用で売っちまった方が良いんじゃねえか?」
アードも、悪役の声で続ける。
「そういう励ましは悪役だよ、もう! 大丈夫、ちゃんとできる!」
この二人の手のひらの上だな、とは思うけれど。
口の悪い励ましは、全身にやる気が漲ってくる言葉だった。
「おっさん、作戦はあるか?」
「ったく、少しは自分で考えやがれ、と言うとこなんだが……!
泥棒さんは賢いな、俺に任せるのは正解だ!
クゥ、人拐いと戦ったことはあるか……!」
「有るわけねえだろ! 見たら全力で逃げる! 明るい場所まで……!」
「それが正解だ! 逃げんだよ、少しだけ迂回して街までな!
キャアとピートを絶対に巻き込むなよ!
最悪マトを掴め……最初に狙われるのは間違いなくマトだ!
それじゃ、全員……走るぞ!」
「作戦でも何でもないじゃん!
っていうかボクなの? 勘弁して~~~!」
その言葉と共に、全員で走り出す。
アードの足は想像以上に速い。
クゥはボクに合わせて走ってくれている。
「マトさんよ、当たり前だろうが……お前さんは」
『"お宝"だからだ!』
クゥとアードの声が重なる。
赦、呪われた宝物となる。
それは、自分の価値の保証じゃない。
宝物である、ということのデメリットを約束するもの。
狙われやすい、争いを起こす、不幸の元になる……宝というデメリットの詰め合わせ。
「やっぱりとんでもないじゃん~~!」
マトは半泣き声をあげて、必死に走る。
この世界に来たあの瞬間よりも、少しだけ速く。
「クソ……あの影、速いっていうか……」
クゥがチラと後ろを見て呟く。
「遠くに居たから気づかなかっただけか……なんだあのデカさはよ!」
同じく、アードが振り返れば声が震える。
「……でっか!!!」
なので、ボクも振り返る。
足音も叫び声も鳴き声もない。
ただ、無音で真っ黒な人型の穴が走って追いかけてくる。
その動きも歪で、ただただ不気味。
その大きさは5mほど。
2階建ての家くらいの大きさの魑魅魍魎が、自分目掛けて走ってくるようなもの。
「お前さんは足が遅えんだから、見てる場合じゃねえだろうが!
走れ!」
「……オレも見なきゃ良かったと思ってんだけどよ、おっさん」
「俺も見ないで済むなら見たくねえよ、バカ野郎!」
街道をこのまま走れば、先行するキャアとピートに一瞬で追いついてしまう。
だからこそ、街道から一瞬逸れる必要がある。
「第一階位、灯、煌――『光』――」
アードが短く詠唱する。
小さな光の粒が周囲から湧き上がり、ソフトボールくらいの明るい玉となって浮かぶ。
それは3つに分かれ、3人の体の横へと飛ぶ。
「おっさん、魔法使えるのかよ!」
「齧っただけだ、ほんの少しな! 森の中に入る!
大回りして街へと戻るぞ、あの人拐いを暫く誘導する!」
「おうよ……! だが、試したことがある……おっさんとマトがいるからよ。
いつもなら勇気もクソもねえが……アレをしっかりと見て、対策してえんだ!」
「バカ野郎、どれだけ危険だと思ってんだ!」
「……だけどよ、必要だろ? アレをよ、誰も知らねえんだ、田舎者のオレ達は。
いつもこうやって逃げてるワケにも行かねぇだろ、ってっことだ!
マト、お前は走れそうだな。おっさんをしっかり追いかけろ。
オレもそばには居るが……ちぃと、仕事の時間だ!」
「わかった、クゥ……!」
そう答えた瞬間、彼の気配が消えた。
彼の横を飛んでいた光も無い。
彼が掻き消えたかの如く、姿を消したのだ。
「……えっ……」
そういえば、さっきもあった。
クゥが消えたように感じること。
「……その特技で人拐いの目が誤魔化せるとは思わないんだけどよ。
だが……調べるチャンスか……面白いこと言いやがって。
なら、俺らは、ちゃんと逃げないとな、マト!」
アードが力強く吠える。
「分かった!!」
それに、力強く答えるのだ。
ガサガサと草むらを掻き分けて、枝や木の葉を踏みながら疾走する。
人拐いは目視しなくても分かる……それは、異質な気配。
全身の毛並みが逆立つほど気味が悪い。
間違いなく、一歩一歩、と自分たちへと向かってくるのが分かる。
「やっぱりよぉ、マト……お前さんを追いかけてるな……」
「え~! そんなコトないって言ってほしかったよ、おっさん!」
頭上、木の枝の上。なんとなく知っている気配を感じる。
多分、クゥだ。
技能という言葉をアードが話していた。
今クゥが使っている技能は潜伏する為の技の1つなんだろう。
「気休め言っても仕方ねえだろうが!
来てるぞ! 走れ走れ!!」
「うわあああ!」
穴の開いた人型の空間との距離は広がらない。
ぐねりぐねりと奇っ怪な動きで、しっかりと二人の後ろをついてくる。
「ならよ、コイツを喰らったらどうなる!?」
突然、上からクゥの声が響く。
腰につけていたナイフを引き抜き、人拐い目掛けて投げる。
鋭い軌道で人拐いへと飛んだナイフは直撃――せずに相手の体を通り抜ける。
クゥはその瞬間、敵の全身が一度霧のような物へと変わったの目視する。
そして、再び人のような形へと戻っていった。
「効かねえ事は分かった!」
枝から飛び降りたクゥが、二人の所へ戻って来る。
「他に何か分かったか、クゥさんよ」
「人拐いの足が遅え」
「……だな」
「え……?」
「マトと同じ速度だ。体がでけえから錯覚するが……マトとの距離は詰まってねえな。
走り続けてる限り……多分、アイツはずっと追いかけてくるだけだぜ」
「……遅えな、とは思っていたが……。
俺が出会ったやつは、信じられねえくらい速かった」
「オレもだ、おっさん。
人拐いって奴は……狙ってるやつと同じ速度ってコトなんじゃねえか?」
「……すっごい遅い遅い言われてる気がするけど、頑張ってるからね!」
ぴょんぴょんと跳ねるように走ってはいるが、抱えている小袋が邪魔で重い。
でも……投げ捨てたくなかった。
これも、宝なのだ。
「でもよ、それなら全力で逃げれば問題ないんじゃねえのか?」
「……今はそれでどうにかなるが……ピートの話と同じだ。
袋小路や、走れない場所……そんな所だったら?」
「……ダメだな。
じゃあ、オレがマトを抱えたらどうなると思う?」
「やめとけ……今はマトが全力で走れば何とかなる。
お前さんが抱えて、あの人拐いが変化しねえ保証はどこにもねぇんだぞ!」
「だな。分かることはこれだけだな」
「ああ」
「二人とも!? ……どんな説明されても、死ぬほど怖いよ!!!」
チラ、とマトが後ろを振り返れば夜の木々の中を走ってくる巨大な影。
とにかく、精神的に震えが来るのだ。
「マト、オレも怖い。
というか気分が悪い……寒気がする、というか。
とにかく不安な気がするんだよ」
「……なんだ、俺だけかと思ったぞクゥ。
マトが怖がるのは当たり前だ……だけどよ。
俺もその、寒気と……不安。
恐ろしさが実体化して追いかけてくる、そんな感覚を受けるんだ」
「恐怖が追いかけてきてるみたいな感じ!
怖い、ってのが追っかけてきてるやつだよ!」
「違いねえ、恐怖、か。
人拐いは恐怖を纏って、誰かを狙って現れる。
だが――とりあえず、こいつから逃げ切ってからだな。
ペースが落ちてるな、マトさんよ!
全力で走り続けなきゃ捕まるかもしれねえぞ!」
「わかったぁああああ!」
息が苦しい。
でも……この森で、アードから逃げたときより少しだけ楽な気がする。
今は1人では無いから。
「……おい、二人とも。
オレはここで分かれる――見たこと有るやつが、あの奥に居るんだ」
突然、クゥの声が震える。
指さした方向……斜め前の草むら。
その中に居るのは……サソリ。
真っ黒で、穴のような見た目……。
体高は2mくらい。
巨大蠍の形をした……"人拐い"と思わしき存在。
「……分かれるじゃねえんだ、クゥさんよ。
そういうのは死ぬヤツの言葉だって知ってるか?
……なんとかするぞ」
「なんとかなるのかよ……オレの足は速いぞ?」
「お前さんの足の自慢はいいんだよ!
欲持ちを狙ってくる、ならば……。
そこに突破口も落とし穴も有るってことだ。
1人ならカバーしてもらえねえ、しくじれば終わりだ。
だが……そんな珍しいやつが3人も居る。
あんな影も、商品になるんじゃねえか?
捕まえたら兵器になるんじゃねえかって今思ってなぁ!」
アードが極悪な笑みを浮かべる。
敵や追手では分からない。でも、兵器という商品なら。
「そっか、おっさん……!」
「ああ――欲【鑑定眼】――!!」




