6-9「忘れてたぜ、完全によ。マトさんはよォ……」
観光。
実は、この世界に来てちゃんと街の中を歩くのは初めてだ。
ずっと大騒ぎだったし、アルクバーグの中は追いかけっこで走ったくらい。
だから、何だか緊張してしまう。
部屋に戻って支度……と思ったのだけれど。
「んにゃ、それで良いなら今行けるぜ。
道具もあるし、いつでもな!
マトもだよな?」
「えっ! な、何支度したら良いんだろう!
け、携帯食料?
傷薬とか、あと砂漠?
砂漠だから暑くならなくなるポーションとか?
あと……」
「マト、どれも要らねえよ……。
アードのおっさんが言ってたろ、観光気分で良いって。
気軽に遊ぶくらいの感覚で良いんだよ」
「おいクゥさんよ。
遊ぶ感覚で、その腰のポーチは何入れてやがる?」
アードが指差すのは、七つ道具の入っているポーチ。
言わば泥棒セットだ。
「七つ道具。で、これが8つ道具めのマト」
「……絶対やるんじゃねえぞ。
見つからなくても、だ。
今はリザルの事を知り、遺跡の情報を得るのが目的だからな?」
「おうよ、分かった」
「うん、分かったよ! でも、街の金貨とかは大丈夫なの?」
「ああ、昨夜のうちに全員が持って帰った。
オルド町長が『街で使わねえで、外で使ってこい』って言い聞かせてたから、問題はねえぞ、マトさんよ」
「わかった!」
「キヒヒィ! それでは一度、部屋に戻って確認して庭に集合しましょうねェ!」
『おうよ!』
皆で拳を突き上げてから解散。
全員、軽装で庭に再集合した。
「みなさん! 準備は良いですかぁ!
キーヒッヒッ、このマヌダールが集めた秘技の数々ご覧に入れましょう!
欲【司書なき図書館】!」
マヌダールが魔本を代償にゲートを生み出す。
光の粒が門と変わり道を繋ぐ。
帰る、と念じれば移動地点へと戻れる転移らしい。
景色が一瞬で変わり、転移が終わる。
ボクらはシャハディアへと踏み出した。
当たり前すぎて、ボクら全員『忘れていた問題』に気づかないまま。
「わ、わああ!すごい! すごいよ……!!」
そこに広がるのは、砂の街。
さらさらとした白い砂地に、美しい白い岩で作られた家が並ぶ。
空は雲一つない真っ青。
出店も多い。
素晴らしい絨毯の上に並ぶ食物や道具、いわゆるバザールのような景色。
奥には噴水だろうか、水場も見える。
この命の水を起点に広がった街がシャハディアなのだろう。
「おう、オレもびっくりしたぜ……。
砂漠の街は初めて来たんだ」
「おうおう、お前さん達のその顔いいねェ。
俺も初めて来た時、開いた口が塞がらなかったが……もっとすげえものがある。
行くぜ」
「大将も驚くくらいのものですぜ! あっしもそれはそれは驚きやした!」
「……キーヒッヒッ、文字で読む、絵で見る、知っているつもりでは居ましたが……。
本物はその何倍も素晴らしい、と言う事ですかねェ!
美しい街ですよォ!」
「マヌダール殿、声が大きいのだ。目立ってしまうぞ。
私も吠えそうになったのを抑えている。
砂漠の国、これほどに美しいとは」
「目立ってしまう……?
うん……? 目立つと良くないの?」
「当たり前だろ、静かに情報を集めに来たんだぜオレたち……ヴッ」
『ヴッ……』
「みんな、何その声……?
クゥ、顔くしゃくしゃだよ?
どうしたの?」
「マトォ……。
もう目立ってるよォ……。
めちゃくちゃ見られてるよォ……」
「忘れてたぜ、完全によ。マトさんはよォ……」
「キヒヒ……! そうでしたよォ、マトくん。
先生も失念していましたァ」
「……マト殿に布でも被せた方が良いのではないだろうか?
こう、シーツに穴を開けて」
「……みなさん、どうしたんで? マトさん……?
ああ、トガですぜ……」
そこでやっと、ボクも気づいた。
そう、だった。
皆が優しくて、当たり前に接してくれて、問題も起こらなかった。
けれど……『呪われた宝物』なのだ。
ボクは、この世界で貴重とされている『遺跡へと誘う地図』……トガだ……。
「ボクさぁ、呪われてたよ……」
「おうよ、オレも忘れてた。どうするんだコレ……。
めちゃくちゃ見られてるし……。
うわ、人が来たぞ!」
慌ててクゥの身体を登って、背中に張り付く。
顔だけ出して覗きながら。
「な、なぁ! あの、お前達、と、トガを持ってるのか!?
見せてくれ! そんな貴重な――!」
走り寄ってきた男が大きな声を上げる。
その言葉に町の人々が次々と反応する。
「トガだって? それじゃあ、王墓に何かあるってことか!?
どこでそんな姿に変えられたんだ? 罠のある部屋はどこなんだ?」
「罪人でしょ、あんなの。何の価値があるっていうのよ!
……でも遺跡を知ってるんだっけ。
教えなさいよ、罰当たりの墓荒らし!」
取り囲まれるまで、あっという間。
クゥは即座にボクを抱きあげ、守る姿勢。
その時だ。
「キーヒッヒッヒ、お集まり頂きありがとうございますゥ!
こちらの桃色うさぎ、こちらはこの私が染めたもの! 当店の看板……!
探し物が見つかる魔法薬店の看板うさぎですよォ!
あなたの『お宝』が見つかりますよォ!」
胡散臭い語り口と声色、目深に被ったフードに光る眼鏡。
マヌダールがいかにも、な設定を声高らかに語りだす。
「今日は大将もおいでです、欲しい品物が他にもあるかもしれません!
ご興味、ご興味ありませんかァ!?
トガを見た、トガを見たとお伝えください! お値引き致しましょう!」
マヌダールの言葉と対応に乗っかるしかない。
ボクだって、かつてはサービス業……やろうとして出来ないことは無いはずだ。
「らっしゃっせー!
トガじゃないけど、トガくらい宝物ご案内できますっ!
だけど大変、前の街でいろいろな品物が売れてしまって……!
こちらの、傷を癒やすポーションなら、すぐにお渡しできますよっ」
クゥの抱っこから滑り出て、頭の上に移動して声をあげる。
ワザとらしく手を広げたり、大振りな動き。
偽物感を出す!
「……ンだよ、偽物かよ!」
「やっぱりねー! でも良く出来てるねー、綺麗に染めてる!」
「こんな街歩いてる訳ないか! 面白えから薬は買ってやんよ!」
マヌダールの機転は完璧だった。
ブツブツ文句を言いながら去っていく人、興味で見に来る人。
商人の一団だと理解して買い物に来る人。
「うさちゃん以外、胡散臭くて怖いのも上手ね。
やるじゃない、おじさん達。顔が怖いのも良い演出!」
盗賊、奴隷商人、奴隷商人見習い、インチキ魔法使い、脱税領主に桃色のトガ。
たしかに、この顔ぶれは……。
持ち込んでいたマヌさんのポーションは全て完売になった。
それでも人の列は絶えない。
アードが魔装で収納空間を開き、倉庫にあるポーションも売る。
数時間、商人として皆で働いてしまった。
ようやく人が居なくなったので、移動。
日陰のある石造りの階段に皆で「よっこらしょ……」と腰を下ろす。
『つかれた!』
全員の声が重なる。
なぜ、観光という名の調査に来たのに行商しているのだろう。
半端なく忙しかった……。
全員がゲンナリとした顔で俯いて動かない。
ボクもマスコットのトガ風うさぎ、を演じきった疲れが溢れてきている。
けれど、今こそ力を振り絞るタイミングなんだ……!
「……おつかれさま、クゥ。
助けてくれてありがと。最初に抱っこしてくれて安心した」
両手でクゥの顔をもちもちする。
いっぱいいっぱいもちもちする。
「別にそんな大したことしてねぇって。それに呪いじゃぁしょうがねぇ!」
「悪運ってことにしよう」
「オレのせいか~? んじゃ、呪われたから悪運ってことで」
つん、と指先で眉間を突かれた。
続けてお互い笑顔でハイタッチ。
そのまま、アードの前に走る。
かつて何回か見た、頑張りすぎた運動会のお父さんだ。
「アードのおっさんもありがと! ほんとの商人だった!
凄いね、完璧な接客! かっこいい!」
肩に飛び乗り、両手で肩を揉む。
「……マトさんよ、悪ィな、助かる。
あんま褒めるんじゃねえよ、俺も照れるんだよ」
続いてピートの手を両手で包んで、ぶんぶん振りながら。
「ピートもありがと!!
品出しの手際、素早くてびっくりだよ。見習いなんて嘘みたい」
「そんな褒められても、照れるだけですぜ……。
嬉しいですぜ」
ハイタッチの後、ガダルの肩へと駆け登る。
「ガダル〜!領主様の対応で、女性がめちゃくちゃ買ってたじゃん!
人気の領主様、ホントだったんだ!」
もしゃしゃ、と頭を撫でくりまわす。
おっきなワンちゃんだ。
「――」
尻尾振るんだぁ……。
そして、ゆっくりと疲労困憊で燃え尽きているマヌダールの前に。
「マーさん。
本当にありがとう。
一時はどうなるかと思ったけど、マーさんのおかげで助かった!
ありがとね、お疲れ様!
でね! 観光したいし……疲れてて悪いけど街の事、教えてくれる?」
優しくその手を両手で取って、顔を覗き込む。
「マトくん……。
いえいえ、大したことはしていませんよ。
……元気が出ました。
それじゃ皆さん、観光に行こうじゃありませんかァ!
今ならお金を使っても、稼いだ商人にしか見えませんよォ!」
「確かに……!
行こうぜ、みんな!
改めて街を見に、な!」




