6-8「じゃ、支度したら出発だ」
ふと、気づけば外が静かだ。
窓から差し込む日差しが穏やかで明るい。
いつ寝たか思い出せない。
ベッドに転がって、ほんの数秒で朝が訪れたような。
「……ん……。
もう朝? あれ……寝てたんだ、ボク」
横を見れば、よだれ全開のクゥが気持ちよさそうに眠っている。
「ボクの布団がない……」
当たり前なのだ。
布団を巻き取り外へと投げる生き物が隣に居る以上、掛け布団など幻にすぎない。
幻の羽布団である。
「寝相、外だと大丈夫なのに家だとこうなるんだよね。
……掛けといてあげよ」
よちち、とクゥの上を這って乗り越えようと……。
「わっ! 起きてる? あれ? 寝てるよね……?」
大の字に開いていた腕が閉じ、そのまま抱き抱えられる。
踏むと閉じるトラバサミ……ウサギバサミの様相。
「クゥ、ベッドの下に落ちた布団取ってくるから、離して〜」
「……だめだぞ……吹っ飛んだら説教だからな……」
「……寝言それかぁ……」
はぁ、とため息ひとつ。
しっかり抱えられれば、抜け出るのも一苦労だ。
そのまま天井を見上げて、少しだけ物思い。
鼻を動かす。
何か良い香り。
食べ物……バターの匂いのような。
「ピートがご飯作ってるのかな……」
バターの香りで連想ゲーム。
パンケーキ?
じゃがいも料理?
やっぱり甘いもの?
うっすら漂う香りの正体を想像しながら目を閉じれば、再び睡魔が顔を出す。
クゥの腕が暖かい。
暖かくて眠――。
「んー……飯の匂いがするな、これは甘いやつか!?」
「うわッ」
クゥが目を覚まし、そのまま起き上がる。
むにゃむにゃタイムなど存在しない、勢い良い目覚め。
「ん? マト、自分のとこで寝なきゃだめだぞ?
チビッコでも1人で寝れるようになろうな?」
「……!?
クゥ、ボクは下に落ちた掛け布団を取りに行こうとして」
「布団がないから腕の中に入っちゃったか~」
「いや、いやいや!
クゥの上を通ったら、捕まって抱っこされた」
「いやー、そんなコトねえだろ」
「そんなコトあるよー!」
「そーかそーか、あるかもなぁ」
もしゃもしゃ頭を撫でられれば、返す言葉はない。
「それはそうとて、めちゃくちゃウマそうな匂いがするよな?」
「わかる……!」
「ンなら、直行だな。美味いもの全部かっぱらうぞ~」
あっという間に着替えて。
よし行くぞ! と手招きするクゥの肩に飛び乗って。
部屋を飛び出し階段を駆け降り、辿り着くのは食堂だ。
予想通り、ピートが美味しい香りの正体を配膳中。
「パンケーキだ……!」
おはようより先に漏れてしまった言葉に、ピートが笑顔で手を振ってくる。
「おはようですぜ、マトさん、クゥさん!
その通りですぜ! パンケーキお好きですかい?」
「おう! オレは好きだぞ」
クゥのが答えるのが先だった。
嬉しそうな笑顔。
この顔、大好きだ。
「何だよマト~。
オレが先に言っちゃったから悔しいって笑顔だな?
ほら、マトも言ってやれ!
この香りで起きちゃうくらい好きなんだもんな?」
「香りで起きたのはクゥだけど~!
ボクも大好きだから1枚多く食べたい!」
「なんだって!? ずるいぞマト! オレは2枚増やしてくれ……!」
畏まりましたぜ、と笑顔で厨房に戻るピート。
アードやガダル、マヌダールも食堂に居る。
皆で歓談しながら、ふわふわのパンケーキを頂く。
もちろんピートも一緒。
全員、二日酔いなし。
このメンバー……お酒、物凄く強いぞ……。
子ども達は夜ふかしせず、昨夜もきちんと眠ったようで朝から元気にしていた。
皆で美味しく朝ご飯を終え、片付けて。
食堂で会議を開始。
このタイミングで出てくるピートの紅茶も最高なのだ。
茶葉はアードが選んでいるのだろうし、ピートの技術も素晴らしい。
フルーツパーラーでの高級紅茶体験を楽しむような、素敵な会議だ。
「学校の方は順調だ。
吹っ飛んだマヌさんの家の方も、街の人たちがやってくれるそうだ。
お支払いは昨日のクゥの欲で良いってよ。
講師も街の人と俺らで何とかする、それでいいな? クゥ」
アードが美しい所作でティーカップを持ち上げ、香りを楽しんでから口に含む。
「おうよ! 悪ィな、色々皆に任せちまって。
オレはここのチビッコ達が出来ることが増えるれば何でも嬉しい。
よろしくな!」
ひょいと持ち上げたカップ。
口をつければ、うわっち! と離して息を吹きかけている。
子どもだなぁ……。クゥらしくて、微笑みが漏れてしまう。
「んじゃあ、学校はこの感じで。
マヌさんには色々任せることもあるんで、後で資料を渡すぜ。
で、だ。
今日のメインディッシュな話だ」
「大砂漠、リザルの遺跡、青の竜……!」
クゥが身を乗り出して声を張る。
となりのボクも同じように身を乗り出す。
「おお、アード殿が昨夜想像されていた反応の通りだな!
クゥ殿、マト殿のキラキラした顔は良いものだ」
「キーッヒッヒ、朝まで調べて良かったと思えますよォ!」
「ん? ジジイ、宴会の後調べてたってことかよ!?」
「私だけではありませんよォ! アードさんもピートさんも、ガダルさんも。
マガロさんやタパさんからもお話を聞いて……私の持っている本も使って。
リザルの遺跡に関しては『この街で分かること』は纏まっていますゥ!」
「すごい……!」
「うーん、マトさんのこの顔、ほっこりしますぜ。
宝探し、一緒に行きやしょうぜ!」
ピートが親指を立てて笑う。
「うん……!」
もちろん、と大きく頭を縦に振る。
「それじゃあ、お前さん達。
クゥさんやマトさんに伝えるついでだ、もう一回しっかり見ておけ。
これが、大砂漠の地図だ」
「……ちず」
「お、おう……形しか分からねえな……」
ただ、地形図の縁が描かれている、そんなふうに見える。
地図というよりは一枚の絵。
「リザル辺りは文化が特殊なんだ。
そして、それを外に出すのを嫌がる人々が多い。
サンドワインって言われている、砂漠の果実で作るワインが高値で取引されている理由もそれだ。
だからこそ、一般的な地図なんてのは出回ってない。
これは砂海図って言ってな」
アードが懐から飴玉くらいのオーブを取り出し、地図の上に置く。
すると。
浮かび上がり、泡が弾けるように割れた。
中から溢れた飛沫が図を濡らせば、詳細が浮かび上がってくる。
「わああ! すごい! すごい、宝の地図みたい!
これは街? これは航路……?
これはすごいよ! ドキドキする!」
魔法の地図、しかも宝探しに使う地図。
夢で見たような――秘密の地図だ。興奮しないわけがない。
「宝の地図が宝の地図に興奮してるって訳だがな?
まぁ、この地図の南……この前の冒険者が入ったと思わしき遺跡の位置はここだ」
「なにもねえじゃねえか」
「そうだ。だが、絵を見ろ」
「絵だ? なんだこのヤシの木と池みたいなの」
「そこだよ、クゥさん。
幻覚の湖があったって言ってたろ。マヌさんが記憶した座標とも一致する。
おそらく、ここだ」
「……んじゃ、直接いけるじゃねえか。
それじゃ地図もいらねえだろ。転移じゃダメなのか?」
「そう、そこの話なんだよ。
答えから言えば『ダメ』だ。
遺跡の状態は正体不明。環境も不明。
転移で直接調べる方法もある。だが……命に関わる罠が多いのがリザルの遺跡だ。
王の墓、要人の墓……大概そういう所に財宝があるのさ。
丁寧に調べてから向かわないと、大きなミスに繋がるぞ」
アードがヒゲを弾いて真剣な顔で言葉を続ける。
「調べるために、近隣の街へ転移を使う」
「旅で行くってわけにはいかないのか?」
「クゥさんよ……王国に目をつけられたくない、だろ?
ここからだとミアレを通過しなきゃいけねえ。
それに、デキる盗賊団は足跡を残さないモンだろ」
「把握したぜ。マヌダール……いつも悪いな。世話になる」
「キヒッ……クゥさん? 名前で呼ばれると不安になりますよォ!?
私、何かしてしまいましたか? 大丈夫ですかァ?」
「気を遣ったんだよジジイ!」
クスっとしてしまう、いつものやりとり。
紅茶のカップも、底が見えてきた。
「んじゃ、こういうことか? 大砂漠の街へ転移、情報収集。
ある程度調べてから例の遺跡で宝探し」
「そうだな、それで間違いねぇ。
じゃ、支度したら出発だ。
お前さん達、全員準備してこい。
昼には砂海の港『シャハディア』へと飛ぶ。
俺は仕入れもするから早めに着きてぇ」
「は? えっ?」
「ンン!?」
「グハハ、本当にアード殿が言った通りの顔だ!
マト殿とクゥ殿の目が点だ!
私も驚いたが……今日行くとの事!」
「ガダル、本気で言ってるの?
昨日遺跡から戻ったばかりだよ?」
「そ、そうだぞ!?」
「お二人なら早いほうが喜ぶだろうって大将が張り切っ……痛えッ」
「黙ってろピート! 善は急げって言うだろ?
いや、俺らは……悪か?」
ニタァ……とワザとらしい悪徳商人の笑顔。
そんな事しなくても、そもそも顔が怖いのだ。
充分に迫力がある。
「顔が怖ェんだよ、おっさん!
分かった! 今から準備してくるが、遺跡とかじゃねえな?」
「ああ、まずは街だ。
観光気分で支度してきやがれ!
休暇と実益だよ!」




