6-7「おうよ!」
「うーん、良いお風呂!」
「これ、昔の人は水浴びだったらしいぜ。
旅の時はまだ、それが主流だけどな」
「ふーん。クゥ、タオル頭に乗せるんだ」
「そうだぞ。
風呂にタオル入れるのは良くないんだからな?
だけど、濡れると嫌だから顔拭きたいだろ?
その時は、こうして頭の上に置くんだぜ」
ナチュラルにタオル、と言ってしまったけど何の問題もなく通じた。
言語も文字も日本に極めて近いし、今話されたマナーも日本そのものだ。
クゥが場所によって靴を脱ぐのも、日本の要素が混じっている気がする。
「ボクの住んでた所も、温泉ってのがあって、こうやって頭にタオル乗せて入ってたよ」
「マトはタオル乗せたら沈んじゃうだろ、ちっこいし」
「えー、そんなコトないよー!」
「ホントか? ほい」
「むむっ」
頭の上にタオルが乗った。
耳と耳の間、変に耳を動かすとお風呂に落ちてしまう。
バランスを死守、死守だ!
「あー……マト、こういう事言って真剣にさせると、その顔になるのか……。
くしゃくしゃだよォ……」
クゥがタオルを回収。
ボクの顔に手を伸ばし、モチモチマッサージした後、天使のような笑顔で頷いた。
「そんなに顔ヤバいの、ボク」
「ヤバい。ヒビの入った岩石のガーディアンが呻いてるみたいな顔になってる」
「例え酷くない? ちょっとー! クゥもくしゃくしゃになれー」
両手でクゥの顔をモチモチし返す。
「うわっぷ、くすぐったいからやめろって! 子どもだなぁ」
子どもだもん、と笑顔を返しておいた。
程なく、クゥが満足して湯から上がる。
濡れて小さくまとまったボクの毛皮を、クゥが拭いてくれた。
そして登場するこの世界の便利グッズ。
温風を生み出す、お盆くらいの丸いリングだ。
魔装で毛皮も一瞬で乾いて、クゥの髪も良い感じになる。
コレはボクらの世界のドライヤーの進化系っぽい。
きっと、仕組みを伝えた先輩が居たんだ。
うさちゃんもロトも、フワフワツヤツヤに仕上がって。
少し自慢げな顔で、ボクらの頭にそれぞれ飛び乗った。
「よーし、ぽんぽんふわふわに戻ったな!」
「戻った! この道具すごいねえ」
「うーし、じゃベッド戻って寝るか! 外めちゃくちゃうるさいけどな」
「そだね! っていうか、地鳴りしてない?」
「マガロとタパが騒いでんじゃねえかな……」
「そっかあ……」
上は半裸、下はハーフパンツ姿のクゥがひょいとボクを抱える。
「ボクまだ着てない」
「要らないだろ、フワフワだし。オレもめんどくせーから上着てねえし」
「そんなもんかー」
「そんなもんだ」
抱き上げられ、そのまま二階の部屋へと戻る。
庭に近い部屋だ、外の賑やかな声が沢山聞こえてくる。
「うるせーな、マジで」
「大宴会じゃん、街中。っていうか金貨ばら撒いたからでしょ」
「それもそうか。皆が笑ってくれると、すげーうれしいからよ」
クゥが頭を掻きながら幸せそうに笑う。
ボクにはその顔が一番嬉しいけど。
ボクを抱えたまま、クゥがベッドに腰掛ける。
「で、話って何だよ。
決意とかカッコいいコト言ってただろ」
「うん」
クゥの手が優しく耳と耳の間に伸びてくる。
風呂上がりだからか、部屋で落ち着いているからか、いつもより柔らかな撫で方。
撫でられて眠ってしまう動物の気持ちが、今はっきり分かる、そんな感覚。
「あのね。さっきの出来事とか、冒険者さんを見て思った事があるの」
「おうよ」
「ボクらの世界ではね、他の世界に行って勇者になって活躍して好かれる話ってのが沢山あるんだ」
「そういう話、オレたちもいっぱい聞いてきたぜ。
オレも憧れてた。
良いよな、勇者。みんなを助けられて、みんなに必要とされる」
「うん、おんなじだ」
背中から抱えられているから、顔は見えない。
背中をクゥのお腹に押し付けるように寄りかかって、少し甘えながら言葉を続ける。
「クゥ達さ、ボクとか仲間には優しいけど、実は悪い奴でしょ」
「何を今更言ってんだ、マト。
盗賊ってのは正義の味方じゃあねえよ。
もちろん勇者の仲間じゃない」
「うん、だからね。
覚悟を持って、ちゃんとクゥの仲間になるぞ! って伝えたかった。
今まで面倒見てもらうだけの、ただのフワフワだったからさ。
本当はちょっとだけね。
勇者になって、世界から褒められたら嬉しいかな、って気持ちがあったんだ」
「改めて言わなくても、ちゃんと仲間だぜ、マトは。
面倒も見てねえよ、むしろオレが助けられてるんだ。
……勇者、か。
マト、その気持ちはオレにもあったよ。
だから初めて会った時に言ったろ、義賊だって」
「そっか! クゥ優しいもんね。
ならさ、ボクもそれ、名乗って良い?
クゥの弟子で義賊。
ちゃんと盗賊だけど、気持ちが動いたら人助けもする。
それでも、アルクバーグのオルド親分の盗賊団の1人って」
「おう、もちろんだ。
オレはじーさんに甘いとか散々言われてっけど、良くしてもらってるし自由にやってる。
弟子も同じだな!
改めて、よろしくな、弟子で相棒!
もちろん、じーさんとも家族だ。これから気合い入れて仕事に励めよな!」
「おうよ!」
「……それは無しにしねえか?
マトは『わかった!』で良いんだよなー、可愛いだろ」
もしゃりもしゃりと指が耳の裏を撫でてくる。
くすぐったい。
「ううん、クゥ、聞いて」
抱かれた腕をするり、と抜け出してクゥの顔を見上げる。
「大事な時は『おうよ』って言わせて欲しい」
くしゃくしゃな顔になってしまったかもしれない。
だけど。
眉をキッとあげて、目を開いて。
ふわふわでかわいいウサギの顔だけど、精一杯の凛とした顔をしたつもり。
ゆっくり、クゥの手が頭に降りてきた。
いつも撫でてくれるクゥの手なのに、とても大きく見えた。
「普段は『わかった!』にしてくれよな。
だけど――そうだな、皆そう言うもんな。
……悪ガキめ、今日から存分にカッコつけろ!」
「おうよ!」
「くしゃくしゃじゃねぇ悪そうな顔も出来るじゃねえか、その顔、気に入った!
じゃあ、その盗賊団のマトにオレから聞かなきゃいけねぇ事がある」
しっかりクゥの目を覗く。
この世界に来て、彼の顔を見てこんなに緊張したのは……初めてかも知れない。
「リュートって奴が来たろ?
ああやって、オレらは時々冒険者と関わることがある。
だけどな、アイツらの殆がオレらと関わる目的は『討伐』だ」
纏う空気が淋しげで、湯上がりだからか肌寒い。
「オレとマトは盗賊だ。
オレは、いっぱいやらかしてる。王都にゃ指名手配もあるだろうよ。
マトは桃色のトガ、盗賊の相棒……盗みの地図だ。
んでな、アードのおっさんも『奴隷商人』だ。
冒険者ってのは、許されてても『汚く見える』物を狙うことも多い。
ピートは元剣闘士、罪人だ。
関係者の家族に依頼された冒険者が『復讐代行』に来るかも知れない。
マヌダールのジジイは……何やったかは分からねェ。
だが森の中で魔女のような不審者を見た、という依頼の達成の為に殺されかねねぇ。
胡散臭えしな。
ガダルは真っ黒だぞ。見つけて国に突き出せば、すげえ金になる。
マガロは『おとぎ話』で、赤の竜……火を世界から奪った邪竜って書かれてるんだよ。
見つかったらどうなるか、分かるだろ」
こくり、と頷く。
ボクらの皆が、この世界の常識や倫理で見れば『悪』と分類される事を改めて認識する。
「あのリュートが助かって。全部思い出して。
大義賊のオレを討伐しに来たら、マトはどうする?」
「――」
なんて答えたら、クゥはあの花が咲くような笑顔になるだろう。
心は決まっているんだ。
クゥの為なら、何でも出来るし何でも頑張るって。
だから、ボクは「クゥになんて伝えたら喜ぶか」を悩んでる。
「やっぱ、悩んじゃうよな」
「……クゥ。
ボクは、何よりクゥの笑顔が好きだから。
どう答えたら喜ぶか悩んでたんだ」
「マセてんな、本心で良いんだよ、チビッコは」
「……わかった。
クゥや仲間を討伐しに来た人が居るなら、やっつける。
宝も勿論、奪い取るよ。金貨一枚残さずね。
命を奪えるかは分からない。
だけど――ボクは、皆の為ならその選択を自分から選ぶよ」
「マト……やっぱ、年上なんだな。
『分からない』って言えるのはすげぇ事なんだ。
じーさんに聞かれた時、オレは躊躇いなく『やれる』って答えたんだよ。
だけどな。
やれる、って思うことは現実から目を逸らしてる。
いつか起きる迷いからのリスクを、見なかったことにしてるんだってよ。
マトが満点の答えだ。
立派な盗賊だよ、だが迷ったらオレに必ず言え。
2人で決めような、オレも……マトに頼るよ」
「そうだね。そうしよう、クゥ。
困ったら頼らせて。クゥも、いつでもボクにも頼ってね」
この世界に来て「狩野川マト」としての言葉を返したのは初めてかもしれない。
「おうよ! それじゃ、一緒に寝るか!
寝るのも盗賊の立派な仕事だ! ほれ、こっち来いよ」
ばたん、と大の字に倒れたクゥの腕へ元へ跳ねる。
「うわ、飛んでくんのかよ! うわっ」
「えへへ。寝よ」
「……やっぱチビッコの時のが好きだわ」
「そりゃどうも」
外は宴会。
ボクらは静かな休息。
起きたら、片付けかな。




