6-6「ちっこいんだから洗われとけ!」
「あれ……クゥ」
「ん、早く寝ろよ、眠いんだろ?」
気付けば、部屋のベッドに戻っていた。
まだ、灯りもついているしクゥも起きてるみたいだ。
「寝てたっぽい」
「ほんの数分な。
服は汚ねーから脱がしたぞ。
なんせ密林キャンプしてるからな」
「……!」
「わっ! みたいな顔するなよ……。
ふわふわの毛が服で潰れて細くなってて、オレのがわっ……! だったよ……」
「むう」
「恥ずかしくねえだろ、ウサギなんだし。
初めて会った時もそうだったろ」
「あの時はボクだってびっくりしたもん!
それどころじゃなかったし……」
「ま、そうか!
ほらチビッコは寝とけって。
オレは風呂浴びてくる」
「ボクもその、毛が潰れてるの嫌だから行く」
「大丈夫か? ふにゃ……とか突然寝て溺れんなよ?」
「そしたら助けて」
「ったく仕方ねえな。んじゃ、風呂、行くぞ」
この屋敷には、いわゆる大浴場がある。
この文化は明確に持ち込まれたもの。
ボクの居た世界の銭湯や旅館の浴場そのものだ。
湯や水の循環、清掃などはおそらく魔装の力を利用していると思う。
いつでも好きな時間に、いい湯が有る……元の世界より優れた風呂、なのかもしれない。
物思いが終わる頃、ボクらは大浴場に着いた。
「それじゃ風呂だぜ!!」
疲れ切っている筈なのに、クゥの声はいつもの何倍も元気。
ご機嫌に比例する力で勢いよく扉を開ければ、溢れ出す白いふわふわの蒸気が迎えてくれる。
「んじゃ、洗ってからな」
ぺたぺたと洗い場まで歩く。
異世界だけど、石鹸はちゃんとある。
しかも、ボトルと固形の2種類。
ボトルはフラスコみたいな瓶に入っていて、ファンタジックで胸が高鳴るデザイン。
シャンプーなんかもこの瓶だ。
固形石鹸は、ボクの世界の物そのもの。
彫られている模様は、魔法使いの帽子のロゴ。
マーさんの店の物だろう。
「ぜーったい眠いんだろ、ぼーっとしてんぞマト。
ほら洗うから手を上げろ〜」
「ん! 自分で洗えるよ~」
「ちっこいんだから洗われとけ!
森の後で血を吸う虫とか付いてたら大変だろ!」
「……」
「くしゃくしゃにならなくて大丈夫にするために洗ってんだよ!
なんでもう、くしゃくしゃなんだよォ……」
仕方ないので腕をちょいとあげ。
クゥの洗い方が丁寧すぎてくすぐったい。
つい笑ってしまう。
「何笑ってんだマト~!
脇苦手か? 苦手なのか?」
「くすぐったいもん」
「フワフワの毛は根本を見ねえと、虫いるか分からないからな」
「クゥ、妙に詳しいね。
ボクもワンちゃん洗えるけど、クゥも動物と暮らしてたの?」
「うんにゃ、コボルドのチビッコが困ってる時に洗ったから知ってるだけだ。
こーんな大きさの丸い虫がよ、たくさん噛み付いてて……!」
「うわ……」
「そんな顔してると、眉間のシワに虫が住み込むぞ」
「住まないよ~!
もう~!」
「ほらジタバタすんなって。
よーし、背中洗っちまおうな」
「ありがと。
……いっぱい、ありがとだね。
さっきも言ったけどさ。
クゥとみんなとだから、宝探しが楽しいんだ」
「かしこまるなって、本当によ。
オレもマトに会えて楽しいんだ。
あの日、耳掴んだ時からな」
「ボクだって忘れないよ。
それから、遺跡行ってさ。
ガーディアンと初めて戦ったり。
それからもたくさん教えてくれた」
「オレのじーさんもそうしてくれたし、教えてくれたからな。
そうしなきゃって思っただけだよ」
背中をわしゃわしゃ洗う腕が止まった。
見なくても分かる。
今、クゥはボクから目を逸らして、鼻の下を指で擦っているところ。
「ガーディアンも外に出さない! って徹底してたし。
クゥ、無茶して頑張ってたじゃん」
「それも、じーさんから教わったからな。
盗賊ってのは、もしかしたら冒険者より掟に厳しいかもしれねえ。
なんせ、泥棒だからな」
ポン、と背中を押された。
「そっか!」
「おうよ。マトは盗賊のオレの弟子。
だから盗賊のルールをしっかり守れよな。
しかもだ、マトはオレの8つ道具目だ!
なんでも見つける地図でなんでも開ける鍵……最高の相棒だぞ」
「えへへ」
クゥからボクの顔は見えない。
だけど、きっと照れて目を逸らした事がわかった筈だ。
「うーし、洗い終わった。
虫なし、怪我なし、毛玉なし!
乾かせば健康フワフワのうさぎちゃんの出来上がりだ!」
「ぷう」
「あれ、うさちゃん居る!?」
「!! おいマト、いつポッケから出した? そのうさちゃん。
オレは連れて来てない筈だぞ……」
「しゅっ」
「うわ! クゥのロトも居るけど!」
「な、なあ、お前たち。
風呂で赦は無しにしようぜ……?
ここは穏やかに英気を養う場所なんだ。
不幸と呪いは、ツケといてくれよ……」
「ぷっぷ!」
「しゃー」
「クゥ、うさちゃんがなんだか桶を突いてる」
「ロトもだな。お前、水大丈夫なのか?」
「しゃ」
「つまりクゥ、これは……。
うさちゃんとロトくんも、お風呂をしたいってこと?」
「そうだな……。
それ以上に大事なのは、どこに置いといてもオレらに業はついてくるって事かな……」
「吹っ飛んでも安心」
「おうよ……。
しかたねえ! お前らも洗うから並べ!」
「ぷっぷー!」
「しゃっ」
「じゃあ、ボクがクゥ洗うね」
「オレはおっきいから後でいいんだよ」
「でも、ボクふわふわだし。泡たくさん作れるし。背中洗う~!」
「……じゃ、任せた。
まずはロトからな。うさちゃんはちょっと桶に入って温まってろ」
クゥが手際よく桶にお湯を溜める。
そっと影色で小さなうさちゃんを桶に入れれば、目を閉じて気持ちよさそうに浮かぶ。
「クゥ~、ロトちゃんはお腹の関節の隙間に小さい虫がつくかも。
オレンジ色のちっちゃいのが居ないかちゃんとチェックしてあげて~」
泡立てた両手でクゥの背中をわしゃわしゃしつつ声をかける。
昆虫もダニが着く。
歯ブラシなどで落とすのがセオリーだけれど、お風呂に入れる魔法的なサソリなら洗えば大丈夫だと思う。
「ん、サソリにも着くのか。
ロト、ひっくり返すぞ」
「しゃあう」
「おお、自分から転がれるのか……。
洗うぞ~」
クゥが丁寧にロトに泡を乗せて洗っている。
ボクは背中を登り、肩に移動。クゥの首周りなんかをわしゃわしゃする。
そこで気づく。
ボク自身が泡立つタオルになるほうが、早く洗えるのでは……?
スルーっと背中から降りると、自分の毛皮に石鹸を馴染ませる。
「よーし、こうだ!」
モコモコの泡を纏った身体でクゥの背中を登っていく。
モップが床を綺麗にする勢い……ボクの毛皮なら、これが出来る!
「マト、くすぐってぇから、加減してくれ、それ……。
くっ……。
よーし、こっちは洗い終わりだ!
つやつやだぞ、ロト!」
サソリのロトが洗い終わったらしい。
桶に入れたら息が……? と思うのだけれど、クゥが桶に入れると気持ちよさそうに浮かんだ。
気門の呼吸じゃなくて、口から吸ってるのだろうか?
ロトは虫というより、サソリの形をした魔法的な何か、が正確なのかも知れない。
「んじゃ、マトのうさちゃんだ。
……寝てるな……お風呂で寝るのは危ねえからダメだぞ、全く……。
よーし、おいで、洗うから」
クゥの手によちよちと乗っていくうさちゃん。
一滴シャンプーを垂らして指先でマッサージすれば、一気にモコモコの泡に包まれた。
「ぷう~!」
「おーおー、気持ちいいか?
よし、しっかり洗えたな。マトと同じで虫やケガもなし、ケンコーだぞ、うさちゃん」
「ぷっぷ!」
「ジタバタするな、流したら入れてやるから」
ロトが浮かぶ桶に入りたいと、うさちゃんが暴れている……。
泡が流し終われば、うさちゃんも桶に合流。
ちっちゃな湯船に2匹の業が気持ちよさそうに浮かんでいる……。
「おっし、オレも洗っちまうか!
って随分洗い終わってんな……。
マトが泡玉みたいになってるケド」
「名付けて毛皮に石鹸を吸い込んで全身で洗う作戦!」
「ったく、疲れてるんだから頑張らなくていいのによ!
ありがとな!
んじゃ、パパっと洗っちおう。
マトも泡、流しておけ~」
「わかった!」
2人とも流し終わり、入浴の準備もばっちり。
この世界のマナーも同じなので、暮らしやすい。
2日の冒険の末、お湯へと入る。
この至福はこの世界でも同じみたいだ。
「クゥ、やばい。 超きもちいい」
「当たり前だろ、風呂は良いモンなんだ」
「ボクの居た世界でも、風呂はそういうモノってなってるんだぁ」
「同じだな!
しっかしマト溶けちゃいそうな顔してんな……こんなにぐでぐでになるのか。
ほら、ほっぺ、むにゃむにゃだぞ」
「わっ、引っ張らないで~」
「ま、お疲れ様だ! 遺跡の情報も見つかったし、明日から調べて宝探しに行こうな」
「うん、明日からもよろしくね、クゥ。
ねぇ、もうちょっとだけお話できる?」
「いくらでも。眠なっちまうなら、ベッドで聞くぞ」
クゥが優しい笑顔で頭を撫でてくれる。
安心が溢れてくる。
「うん、そしたら……ベッドで話すね。
もうちょっと温まってから」
「……悩みごとか?」
「ううん、決意」
「なんだよ、カッコいいじゃん」




