6-4「お前は俺の『腕』を見ちまった」
「ああ、俺もそう思ってたぜ、ガダルさんよ。
王国から大砂漠を越えた先がリザルだ。
だが、鑑定眼か告げているのは……」
アードは自身の欲が作り出した羊皮紙……鑑定結果を繰り返し読み直して唸る。
それに答えるように、頭上から大きな声が響いた。
見上げれば、怪訝そうに眉間に皺を刻んだマガロと目が合う。
「……リザル……?
リザルの民は青の竜ハルナスと共に大湿原にて暮らしている。
砂漠など冗談はやめるのだ」
「いやいやマガロさんよ、大湿原だなんて……。
いや、まさか……大砂漠のリザル王国、そう呼ばれる前は……」
「リザルには砂漠も王国も存在せぬ。青の竜の地、水溢るるリザルだ」
「あー、これは仕方ねえな……。
また埋もれてる歴史が出て来ちまったのかよ……。
何にしろマトさんよ。
お前さんが盗んだペンダントは、その『水溢るるリザル』って場所の貴重品だぜ」
「おーっ……!
マガロの指輪と一緒に大事にしておく!
ありがと、アードのおっさん」
ご機嫌な笑顔でアードに頭を下げれば、片手だけをちょいと上げ。
「良いってことよ」と笑顔を返してくれる。
「えへへ、ちゃんと盗った!」
手のひらにあるペンダントを、そっとオーバーオールの胸ポケットにしまっておこう。
蓋を開ければ中から影色ウサギが顔を出し、ペンダントを丁寧に受け取る。
そのまま、ポケットの中へと戻って行った。
「うさちゃん、よろしくね」
「ぷっぷー!」
「おうおう、うさちゃんもしっかりマトのサポーターだな!
それにしても良くやったぜ、良い仕事だったぞマト~!」
クゥの手のひらが、わしゃわしゃと耳の間を撫で回してくる。
ピンと立ち上がっていた耳の力が抜け、半分曲がってしまった。
気持ちが良いのでつい目を閉じてしまう。
「クゥ、はずかしい」
「良いんだよ、チビッコなんだから。
撫でられとけ!
耳の間弱いのか……?
マトの撫でポイントにも、印つけといてくれよな」
「やだ、はずかしいから」
その時。
後ろで震えていた冒険者、リュートがやっと口を開く。
「……お、おい!
た、助けてくれた事、本当に感謝する!
だが! だが!
一体なんなんだ、お前たち……! ガーディアンをこんなに簡単に!!
どこのギルドを起点にしている冒険者なんだ……!」
「あん? 冒険者だ?
ここに冒険者は居ねえ……居ねえよな?」
「俺は商人だな」
「あっしはその見習いですぜ」
「何でも屋ですが、魔法と霊薬を少々!
いや、大魔法使いですねェ! キーヒッヒィ!!」
「……」
「おいガダル! 黙るのやめろ!
何かいい感じに言うところだろ! 」
「しかし、私は……」
「ガダルは凄腕の剣士だよ!
でも、冒険者じゃないから……この街の騎士ってとこ!」
「マト殿……感謝する……! 毛玉のような暖かさだ……」
「ったく、カッコつける所でシワシワになるなよガダル……。
って事で、オレとマトは子分。うちのじーさんが親分だよ」
「……そんな筈は……この腕前で冒険者で無い……?
黄金郷に住むトガと、凄腕の者たち……ここは伝説の中なのか?」
呼吸を荒げ脂汗を浮かべたリュートへ、町人達の声が次々重なる。
「そうだよ、あたし達はその伝説一味って事にしておきな!」
「冒険者なんてえのは、気合の入り方が足りねえんだよ!」
荒々しい声はどんどん増え、大きな歓声に変わる。
美味い酒を飲みながら見る、巨大ガーディアン退治というショーの後だ。
些細なことでも簡単に盛り上がる。
「……!!
い、命を助けてくれて感謝する!
だが、俺には何が起きているのか分からんのだ……!!
仲間達が危ない、どうか、どうかその力をもう一度貸してくれ……!」
気持ちの整理も、思考の整理も追いつかない。
それでもリュートは言葉を捻り出し、皆に頭を下げた。
この問いに、ボクの世界の物語では多くの英雄が快諾する。
快諾しないひねくれたカッコいい奴なら、「仕方ねえな」といつものクゥみたいに頭を掻くんだ。
だけど、ボクは答えに悩む。
ボクの欲が言っているんだ。
彼、リュートは宝物じゃない、って。
美しく輝く光の粒子は、街中に散らばる金貨を示しているんじゃない。
街全体を。
人々や町長、皆を。
クゥ、そしてここまでたくさん助けてくれた仲間達を「宝物」だって教えてくれている。
「……おうおう、マトよォ。
顔、くしゃくしゃだぜ? ……でも、良く出来たぜ。
ちゃんと考えて、『わかった!』って言わなかったな」
「……?? た、頼む! ガーディアンはお前たちが倒してくれた!
だが遺跡にはまだ仲間が――! どうか、力を貸してくれ……!」
「助ける義務はねェんだよ、リュート。
儂らは、冒険者と関わりがねェ。
それに、お前はガーディアンを外に連れ出すっちゅう、ご法度まで犯してやがる。
で、助けたら儂らにどんな得があるんだ?」
オルドがクゥとリュートの間に割って入る。
クゥの肩をトンと1つ叩いた後、ボクの頭を撫でながら。
「儂に任せとけ」って事だ。
「い、遺跡の宝も全て譲る! 金貨も財宝も、お、俺の持っている魔装も街に帰ればある!」
「金貨も財宝もよォ、欲しい時に盗りゃあ良い。そんなモノじゃ交渉にならねェな?
そして――お前は俺の『腕』を見ちまった」
「『腕』を見た……!? 何を言っている!?
町長、貴方だけでなく他の者の技も全く分からなかった……!
何をしていたかすら分からない……!」
「ねぇねぇクゥ、見えた? 腕」
「マトぉ……見えてたらオレも盗んでんだよ」
「……おうおう、怖いねェ。マトさんよ、あれが交渉って名の『脅し』だぜ」
「そっかぁー」
「キーッヒッヒ、みなさんご安心くださぁい!
よそ者のお帰りはこの大魔法使いの転送魔法で――パパッと!
しかし、転移の魔術は未完成、問題がございましてェ!
命の保証しか出来ませんねェ!」
後ろでマヌさんが大声を上げながら両手を広げている。
目深にフードを被り、いかにもな「悪の魔法使い」の雰囲気を纏って。
チラリ、とオルドがこちらを向いた気がした。
首も動いていない。
背中を向けているのだけれど……。
「おう、マヌダール……そいつは面白ぇな。準備しろ。
良かったなァ、リュート。
儂は今、首を刎ねようと思っていたんだがな?
恩情で帰れるらしい。……斥候のお前は、仲間に再び会えるチャンスをもらえた訳だ。
情報だけで赦してやる。遺跡の場所を吐きな」
オルドの手元でくるり、と鈍色の光が回った。
親切で、優しくて、面倒見が良い町長も、本当の顔は盗賊の親分。
その迫力に、ボクの毛がぽんぽんに膨らむ。
「マトォ、儂も意外と怖いんだからなァ?
クゥとしっかりやれよ? でないと、説教だぞ」
「わかった!」
オルド、やっぱりこっちを見てる。どうやって……?
「いい返事だ、マト。 答え方は分かったな、リュート?」
鋭い目を光らせるオルドに、冒険者の男は震えながら言葉を絞り出した。
「……分かった、情報だな。
オルド町長、この地図を譲る。見てくれ」
リュートが地図を広げれば、オルドがボクらを手招きする。
皆で地図を覗き込めば、震える声で彼はその場所の説明を続ける。
大砂漠、と呼ばれる場所。
その位置の遥か南。
砂漠の果て、海との境界の近く。
バツ印がつけられている。
この冒険者の斥候は、その旅の道筋も地図に記録していた。
ゆえ、遺跡の位置が正確に分かる。
「なるほど。ガーディアンより中は未調査、しかも見つけたのはお前達ってことか。
こんな砂漠の端っこ、どうやって見つけたんだよ……」
「砂船で、砂鯨を追いかけていた時に湖を見つけてな」
あっ。クゥがシワシワになった……知らない言葉だこれ!
ボクは元の世界で遊んだゲームの経験から、ある程度推測できる。
砂の上を走る船、砂を泳ぐ鯨、湖は隠されたオアシスや移動湖みたいなやつだ。
「大砂漠は色々面白え話や文化があるんだよ、クゥさんよ。
お宝も多い、後で話してやるから安心しやがれ」
「悪ィな、おっさん。後で世話になる!
続きを聞かせてくれよ、リュート」
真っ青な顔で脂汗を浮かべたリュートが言葉を続ける。
「……そして、その湖に近づいたんだ。
呼ばれた気がして――。
湖が消えたんだよ。そして、湖が有った場所に大きな穴が開いていて。
そこが、その遺跡の場所だ」
「おい、マヌダール。この位置、把握できたか?」
「キーッヒッヒ、完璧ですよォ、オルドさん!
大砂漠の湖の噂は幾つもありますが、ここまで正確に記載されているなら、問題なく!」
「なら充分だ……やれ」
「キヒィ……御意!
欲【司書無き図書館】!」
「待ってくれ!! 何をするつもりだ!? 情報は話した! だから――仲間を――」
マヌダールの詠唱が、リュートの言葉を掻き消すように響く。
手元には一枚の羊皮紙。
それが燃え尽きれば、リュートの足元に魔法陣が三重に展開される。
バチバチと流れ出る力は、まるでショートした回路の如く。
吹き出る煙、激しい閃光。
「転移術式、試作の六」
マヌダールが指を弾く。
同時に――リュートの姿は掻き消えた。
「あ、きえちゃった!」
「はぁい! マトくんに説明しましょうねェ!
これは、いわゆる失敗魔法を使ったんですよォ!」




