6-2「クゥ、クゥのお父さん、自由だねぇ……」
オルドがため息一つ、侮蔑の目で襲来したガーディアンを見上げる。
リュートが何処から「連れて来てしまった」それ。
纏う古びた白布が風に揺れるたび、その中に隠された枯れ木のような身体が見え隠れする。
骨に皮が張り付いただけ。
所謂、ミイラというやつ。
呟くうわ言「墓荒らしは墓守に」からも、ミイラ取りがミイラになったことは明らかだ。
「クゥ、あれ失敗した人って事?」
「失敗した後に諦めた人、だな。
失敗なんてのは誰でもするんだよ、マト。
失敗して捕まったら逃げるだけ、だろ?」
自慢げなクゥの笑顔は、いつもよりキラキラしている。
強引で無茶苦茶な言葉だけど、説得力が溢れている。
「そうだね!」
だから、ボクは真っ直ぐにそう返せるんだ。
「おうおう、クゥよォ。
良い弟子じゃあねえか!
ンなら、儂も一肌脱いでやろうじゃねえか。
お前ら、ちいと下がってな!」
町長、"霞の腕"オルドが一歩前に出た。
「じーさん、腰とか痛めんなよ」
「年はとったが、おいぼれちゃあいねえ。
余計な心配してねえで、儂の技でも盗ってきやがれ」
「おうよ!」
「……墓荒らしは墓守に……」
風に飛ばされたシーツのように、ゆらりゆらりと揺らめきながら空から降りてくるガーディアン。
一瞬、オルドの周りで風が起こった気がする。
気がするだけ……本当に、感覚的な些細なもの。
「……『霞の腕』」
オルドは小さく呟いただけ。
手を伸ばす事もなく、ただ言葉だけを吐き出したように見えた。
「……えっ?
えっ……!?
ガーディアンの布無くなったよ!?」
浮かんでいるのは、赤く目を光らせた囚人のミイラ。
手足は関節が多い上に異常に長く、腹にも顔がある。
人のミイラ、というには奇っ怪な形。
いや、これは『何人か』のミイラだ。
「……マト、オレにも見えなかった。
じーさん、教えてくれよソレ……」
「見て盗め、盗賊だろうが」
オルドが手元に奪い取った布切れを投げ捨てる。
「――『霞の腕』」
再び風。
円形に風の音が広がるような感覚。
オルドを中心に、周囲へと何かが流れた。
カァンと、オルドが奪い取り投げ捨てた黒鉄色の枷が音を立てる。
「風の音だけ聞こえた」
「ほぉ……やるじゃねえか、マト。
弟子のが先に会得しちまうんじゃねえか?」
「そいつはカンベンだぜ、じーさん。
マトのは可愛い、奪取だもんな!」
「え~、そんなコトないよ~! ちゃんと奪取だもん!」
「面白え、後で儂にも見せてみな!」
悠々と会話をしながら、オルドの秘技に胸を踊らせる。
ボクらが話し始めてからずっと、浮かぶ奇っ怪なミイラは長い腕で薙ぎ払ったり、伸びる足での蹴りを放ってきていた。
けれどクゥはオルドを見たまま、難なくひょいひょい攻撃を躱し。
オルドに至っては一歩も動いていないのに「何故か当たっていない」のだ。
街人は酒の効果もあるのか大盛りあがりの大歓声。
アード達も、名のある大盗賊「霞の腕」の妙技に声を殺して見入っていた。
逃げてきたリュートだけが、正しくガーディアンに怯え震え上がっている状態。
「……! オルドさん、クゥさん、敵の腹部の口が動いてますよォ!
魔法に準ずる力の発動を感じますゥ、警戒を!」
既にキャアに跨り、上空で様子を見ていたマヌダールが叫ぶ。
「……魔法だァ? 良いねェ、見せてやろうじゃねえか!」
「マト、下がるぞ、邪魔になる!
そんで良く見てろ! じーさんの奪取をよ……!」
「わかった……!!」
クゥが後ろへと飛び退く。
笑みを浮かべたオルドが走り込み、ガーディアンの前に仁王立ちに。
ガーディアンは逆にオルドから離れるように空へと舞い上がる。
遠距離攻撃をする、と分かりやすい動き。
「墓荒らしは墓守に――墓守に……第四階位――力、炎、珠――『火球弾』」
腹部にある顔が詠唱を終えれば、2mほどもある巨大な火球がミイラ頭上に浮かんだ。
長い腕を高く上げ、振り下ろせば火球はゆっくりとオルド目掛けて落ちてくる。
「オルドさん! 爆発魔法ですゥ! その場で受けると街を巻き込みますよォ!
私が盾をォ」
「大丈夫だ、安心しろマヌダール。
だがその目と判断は大事にしておけ、弟子だったら燃えてたからな」
「……! 畏まりましたよォ、お任せしますゥ!」
「クゥ、マト! これが本当の『腕』って奴だ――目ェしっかり開いて焼き付けろ!
『霞の腕』――!」
視る。そして、ボクは聴く。
緑色の一瞬の光。
吹き抜ける風の音。
「――盗むにゃあ、随分安っぽい一撃だなァ?
要らねえな、返してやる」
オルドが掲げた腕の先には、ミイラが生み出した火球の魔術。
「おらよ!!」
相手から奪い取った火球をブン投げて返す。
空に浮かぶミイラは自身の魔法の直撃を受け激しく爆発する。
街中から歓声が上がる。
戦闘? いや……花火のようなもの。
町長の技に、盛り上がりは最高潮に。
「クゥ、魔法って盗れるの?」
「うんにゃ……オレにはまだ出来ねえな。
しかも、じーさんは触ってねえ」
「風で掴んでるような気がする。
そんな音と雰囲気!」
「ほほぅ、マトのが気づくのは早ェかもなァ?
さーて、盛り上がってきた所で……後は任せたぜ」
オルドが敵に背を向け歩き出す。
そのまま近くの町人からエールのジョッキを受け取れば、仕事帰りのお父さんの如く気持ちよく飲み干して。
座り込んで観戦モードに。
「クゥ、クゥのお父さん、自由だねぇ……」
「じーさんは昔っからあんなだから。
さぁて、あのガーディアン、めちゃくちゃ怒ってる顔だなぁ」
「2つ有るとよく分かるねぇ」
「そうだな。悩むと2つくしゃくしゃになるんかな」
「クゥ~! ボクは今日シワシワしてない!」
「マトの事は言ってねぇけどな? にしし。
さ、やるか――」
「わかった!」
見上げる敵は爆炎に飲まれ、全身から煙を上げている。
コゲてはいるが致命傷ではなさそうだ。
まだまだ、倒すにはひと手間かかりそうだ。
「お、おい……お前たち、何やってるんだ……?
俺達は全く手も足も……!
速く倒してくれ!!」
リュートが這いずりながら、ガーディアンから距離を取っている。
若いのに情けないねェ、酒が足りないんじゃないのかい? なんてパン屋のおばさんに肩を叩かれているけれど……。
「ならば――『加速』『剛力!
寝起きの良い運動だ! 身体も充分に回復したのでな……私から行かせて貰おう!
『超跳躍』!!」
ガダルが駆け出し、浮かぶミイラへと飛びかかる。
「『狼の牙』!!」
構えたバスタードソードを叩きつけるように振り下ろす。
描く真紅の半月が金属音を奏で、ミイラの片腕を肩口から切り飛ばす。
「――脆い――」
「……なら、次はあっしが行きますぜ!
そうですなァ……このワインボトル、飲み終わってやすかい?
なら――ちぃと、拝借しやすぜ!」
ピートが町人が抱えていたワインボトルを受け取り振りかぶる。
「それじゃあ! コイツでプレゼントしやすぜ!!!」
ピートがワインボトルをミイラ目掛けて全力で放り投げる。
それは弾丸のごとく、目で追う事すら叶わぬ速度で敵へと飛ぶ。
聞こえる音は、殴打のような衝撃音。
パリン、などという可愛い音はしない。
同時に、その右足が弾け飛ぶ。
砕けた瓶は細かな砂漠の砂に戻るように風に消えた。
「ちぃと狙いがズレましたぜ……!」
「欲【司書無き図書館】!
縷縷たる書庫、棚は魔法。開くは呪文書――攻撃術。
第四階位――力、炎、珠――『火球弾』!!」
空を舞うキャアの背で、マヌダールが魔本を掲げている。
本から生み出されるのは巨大な火球。
ミイラが作り出したそれとは比べ物にならないほどの大きさ。
本が燃え落ち、灰となる。
浮き上がった炎の玉は凄まじい速度でミイラへと飛来する。
うわ言を繰り返すミイラが、突如、上へと飛行する。
魔法に対しての回避行動だろう。
けれど、マヌダールが編んだ火球は――向きを変える。
ミイラを追尾し回避などさせなかった。
二発目の花火が空を真っ赤に染める。
直撃を受け、煙に包まれたミイラの腹部の顔は崩れていた。
「ジジイ、わざと同じ魔法使いやがったな……!」
キャアの背で親指を立てているマヌダールが見えたので、ボクも同じ仕草を返して微笑む。
「お前さん達が楽しそうすぎてよォ、俺も見てるだけじゃぁつまらなくなっちまってなァ。
ちぃと――食後の運動をさせてもらうぜ」
アードがゆるり、と立ち上がれば腰の鞘からレイピアを引き抜く。
緑の輝きが満ちる。
「魔装開放――『風打ち』!」
刀身に風が巻き付き、鋭い刃へと変わる。
整った所作で突きを放てば、疾風は飛びミイラの片腕を切り飛ばす。
「ガダルさんが言う通り、確かにコイツは脆いなァ!
つまりよォ……」
「……アード殿、私もそう思っていた」
「違いないですぜ、ガーディアンがこんなに簡単にボロボロになるってのは」
「キーヒッヒ……おかしいですよォ! 何かネタが有りますねェ!」
一斉に皆がボクを見た気がする。
クゥの手のひらも、ボクの頭を撫でてくる。
「マトの良いとこ、見てみたいなぁ?」
「わかった! 宝物があるかも……!
教えて、欲【宝の在り処】……!!」




