1-10「人拐い、ってのが起こるのさ」
「夜……?」
マトがクゥを見上げ、首を傾げる。
空を見れば、陽が傾き始めている。
「ああ、この辺りでは夜は外に出るなって教わって育つんだ。
正確には夜、明かりの無い場所出るな、だな」
アードが横から言葉を挟む。
「王都やその周辺、遥か南でも同じだ。
人拐い、ってのが起こるのさ。
だから喋ってる時間はねーぞ、持てるだけの金貨を持って街に速攻で戻る。
いいな?」
「人拐いって誘拐みたいな?
アードのおっさんみたいな人が出るってこと?」
「……お前さんに言われると何も言い返せねえんだがよ。
影に吸い込まれて人が消える――そういう不可思議なものさ。
あとで説明してやるから、今はさっさと足を動かしな」
「うん、分かった」
そのまま遺跡へと戻る。
キャアも楽しげについてくる。
時々耳を咥えてきたり、顔を舐めてくるので驚くけれど。
このグリフォンにとって、ボクは大切な玩具――宝物、という事なんだろうか。
必死に進めばあっという間に最奥。
「待たせたな、ピート! 準備は整ってるだろうな?」
ヒゲを指で弾きながら、アードが親分らしい声を張り上げる。
「量が多すぎですぜ……ですが半分は終わってますぜ! 大将!」
そう答えるピートの周囲には、ズタ袋が大量に並ぶ。
この短時間で最良の仕事をしていた、と分かる物量。
「こんなに袋持ってたんだ……」
「忘れ物は怒られますぜ? 多けりゃ足りねえことはねぇ。
って……何連れてるんで、大将……」
ピートの顔色が一瞬で真っ青になる。
指さしているのはキャア……さきほど仲良くなったばかりのグリフォン。
「ああん? コイツはマト命名でキャア。
俺が絆を繋いだグリフォンだ、問題ねえ。
飛ぶ馬だと思いな!
さて……喋ってる時間はねえ。夜までもうすぐだ、ちゃっちゃと運ぶぞ!」
「わ、分かりましたぜ……グリフォンと絆だぁ……?
初めて聞きましたぜ、やっぱり極悪商人は違うぜ……」
「殴る時間が惜しい、1発分給与に入れといてやるから後で受け取れ。
さてクゥ、マト、お前さん達も手伝ってくれ。
マトには持てねえからデカい袋は触るなよ。
ちょっとでもいい、金貨をこっちに集めてくれ」
指示が素早い。キャアの背を叩き、乗せていいか? の確認もしているようだ。
極悪商人は違うぜ。
結局、キャアの力は凄まじく。多くの金貨が詰まった袋を持ち出す事に成功した。
キャアを除けば、一番多くの金貨を背負っているのはピート。
ただの悪者の子分だと思っていたけれど、凄い奴だった。
しかも、小さな袋に金貨を詰めて手渡してくれた。
手持ち無沙汰で申し訳無さそうな顔をしていたボクの気持ちを汲んでくれた気がする。
この人も良い人なのだ。
「さて、こうなるなんて誰も予測しちゃあ居なかったんだがよ。
4人と1頭で街への帰還だ。門が閉まる前に向かうぞ」
「おうよ! こんだけ荷物があるんだ、距離は近いが急いだ方が良いな。
あの門兵、早上がりの常習犯だからな!」
「クゥさんよ……それは田舎特有のサボリって言うんだぜ……。
それじゃ、出発だ」
ひょこひょこと軽い足取りで荷物を運ぶグリフォンの横を、皆で囲むように歩く。
この世界に来て、初めてボクの足で"歩いた"道は、遺跡から街への帰り道だった。
「で、人攫いの話だったな?
俺が子どもの頃からずっとある話だ。
夜、明かりのない場所に立ち入ると何処かへと消えてしまう。
消えたものは帰ってこない」
「オレもそう話している。
単純に夜は外へ出るな、って子ども達に伝えるんだけどな。
大人も子どもも関係なし、夜の闇の中ではたびたび人が行方不明になる」
「怖い話とか、しつけの話ではないの?」
「残念ながら、本当の話だ。なぁ、ピート」
アードが視線を向ければ、子分が口を開く。
「そうですぜ。 あっしは眼の前で相棒が消えるのを見やした。
今は無くなっちまった故郷の村ですがね。
夜、二人で盗みをやってん時に……目の前で居なくなりやした」
「いなくなった……消えちゃった、ってこと?」
ぴょこり、と耳を高く立てて話を聞く。
「逃げてる時に、路地を見つけたんでさぁ。
で、ここに逃げ込むしか無い、と二人で飛び込んだら行き止まりだったんですぜ。
……万事休す、そう思ったのは相棒も同じだったみたいで。
あいつは……欲を願いやした」
どこかで、聞いたことがある話。
夜、行き止まり、そして欲を得るための言葉。
「一生のお願い……したってことだよね」
「あいつは間違いなく、お願いをしやした。
オイラ達二人を助けてくれ! って。
……その瞬間、デカい門が開くような音が聞こえて。
……あいつは居なくなっちまったんです」
ボクが居た世界にあった都市伝説。
異世界に行って願いを叶える方法と、ほぼ変わらない手法。
「結局、あっしは路地裏の物陰に隠れて追跡を逃れやした。
それ以来、相棒とは会えてねぇんです」
「辛い話をさせちゃったかも、ごめんね」
ピートに小さく頭を下げる。
「構いませんぜ!」
機嫌の良い笑顔で返してくれた。
歩みは続く。
遺跡へ逃げた時よりも遥かに遠い気がする。
自分の足で、袋を担いでいるからかもしれないけれど。
夕日は落ちつつある。
赤く染まる木々にだんだんと青い影が降り始めた。
「おい、おっさん!
もうちょい急いだ方が良いんじゃねえか?」
「地元のお前さんが言うなら違いないな。
ちょいとペースを上げて進むぜ」
「わかった! けど、さっきの人攫いの話……そんなに心配するほどなの?」
ピートの話を聞けば、何らかの行動が起因になっている気がする。
夜、暗い場所に行くだけで巻き込まれるとは言い難い。
「ああ」
クゥとアードの声が重なった。
「マト、消えやすい人ってのが居るんだぜ。
それがこの場に3人もな?」
「ってことだ。世の中ではみんなが消える、拐われる、そういう話にはなっちゃいるが……。
消えた殆が欲を持つ者。
つまり俺とクゥ。そしてマトさんよ、お前さんも拐われる対象だってことだな」
「少なからず特殊な力を扱える者が、何も出来ずに姿を消す――それが"人拐い"の本質だぜ。
だから……一度願った者は、赦以外にも恐れるものが出来ちまうんだ」
「ええ……」
「で。次だぜ。
オレの赦が悪運。
マトの赦は呪われた宝物になる、だったよな?。
赦に占いや運勢めいた言葉が出てくる対象は特に攫われやすいって話だ」
「えー! そんなコトあるの……?」
「噂なら良かったんだけどな!
警戒しなきゃならねえんだ。
オレも盗賊だ、夜に動く事が多くてな……」
クゥがくしゃくしゃと髪を掻く。
気まずそうな顔。
「クゥさんよ……その反応、お前さんなら見てるだろうと思ったが……」
アードが眉を垂れ、苦笑いを浮かべる。
「ああ、何度も見たぜ……。
人拐いってのは、オレら欲持ちには姿が見えるんだよ。
動く影……人形だったり、球体だったり……とにかく真っ黒い存在だ。
絶対に触れちゃいけねえと分かる見た目の"何か"が追いかけてくる」
「あっしには、相棒が消えたようにしか見えなかったですぜ。
欲を持たねえから認識できねえって事ですかい……?」
「ああ、そうだ。
普通の奴は一生のお願いをするな、夜に外に出るなっていう教えを守ってんだよ。
そんな影を見る事も無い、つまり教えを守らせる為の尾鰭背鰭だって思うわけだ」
「捕まると消えちゃうって事だよね? でも、他に何かあるって顔してるよ?」
「……ここで話が繋がるんだ、マトさんよ。
さっき王都の周りに出る化け物の話をしたな?
……夜に消えた奴に似た顔の化け物が、何体も確認されたって話だ」
「絶対関係あるじゃん!」
「キナ臭えどころじゃねえな……!」
クゥの声も大きくなる。
「まあ、俺もそう思って調べてた所だよ。
知ってる範囲はこんなモンだ、課外授業にはなったか? マトさんよ」
「うん、ありがと!
みんなが居なきゃ……何も分からないまま、ひどい目に遭ってたかもしれない」
もうすぐ、門が見える距離だ。
……けれど、橙の夕日は消え、あたりは青色に染まりつつある。
夜、その時間の手前。
「きゃあ~~~!」
インコの頭のグリフォンが、悲鳴のような甲高い声で鳴く。
落ち着きなく首を左右に動かしている……何かの気配を察知したように。
「なぁ、マト。
こっちへ来い。最悪、その袋は投げ捨てていい」
クゥの眼差しは、道から外れた森の中へと向いている。
「……そりゃあ3人も居るんだ、出ねぇ方がおかしいな。
ピート、てめぇはキャアを連れてそのまま進め。
俺とクゥ、マトは、少し遅れる」
溜息ひとつ、アードが足を止める。
森の中。
黒い影が膝を抱えて座っている。
いや、足を抱えて、という方が正確かもしれない。
その膝は頭上より遥か高くにあるのだから。
足と腕が異常に長い人型の影が、森の中からこっちを見ている。
あれが『人拐い』……そう感じさせる気味の悪さ。
「やべえのは分かる。だけどよぉ、金貨一枚も無駄にしたくねぇ」
「――奇遇だな、盗賊さんよ。俺もだ」
「……頑張って持ってきたんだ、ボクも持って帰るよ」
黒い影が、ゆらりと立ち上がり。
こちらへと走り始めた。




