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ミステリ

クリスマスケーキはいりません

作者: 獅堂平

「ケーキはいりません」

 少年が言った。

「キャンセルということでしょうか? 確認のため、ご予約時の電話番号にご連絡させていただきます」

「構いません。お代はちゃんと支払います」


**



 翌日のクリスマス・イブに向け、サンリナ洋菓子店は大わらわだった。

 店内の飾り付けや仕込み作業はほぼ終わったが、頻繁にケーキの予約客がきていた。直接訪問する客もいれば、電話で申し込む客もいる。

「店長、あと、何件くらい予約可能ですか?」

 電話対応していた道重小夜みちしげさよが聞いてきた。

「あと、二件までなら、なんとか可能だ。それ以降は断ってくれ」

 店長の山田が答えた。

「店長。レジお願いします」

 鎌田康彦かまたやすひこが言った。彼は予約客の対応をしているようだ。

「お待たせしました」

 山田はにこやかに接客対応した。

仕事や家庭の事情などで、イブ前にクリスマスを祝う客もいる。今日も、そこそこ、ホールケーキが売れていた。


 ピークタイムが過ぎ、山田は事務所で紫煙をくゆらせていた。

 本番前でこれなら、明日はもっと混み合うだろうとげんなりした。売り上げが伸びるのはよいことだが、クリスマス時期は店員の休暇率が高いのでシフトを組むのが大変だ。

 昨日も、ひとりのバイトが休みたいと懇願してきた。一ヶ月前から計画しているのに、その一人のドタキャンが原因で、店が正常に回らなくなるなんてよくある。

「駄目だ」

 と言えるはずがない。

(昨今は、それだけでもパワハラだと騒がれる)

 結局、休みを認め、代わりにパートの主婦に無理をいって入ってもらうことにした。


「店長」

 ノートパソコンに明日の売り上げ予測などを打ち込んでいる時、道重が声をかけてきた。

「なんだい?」

「えっと、さきほど予約のケーキをキャンセルしたいという電話があって」

「ちゃんと確認はとったのか? 名前は?」

「名前は中畑さんでした。予約時の女性とは異なり、若い女性の声でしたので、不審に思いました」

 山田も道重と共に接客していたので、相手の顔と声を覚えていた。上品で物腰がやわらかい中年女性だった。

「そういう嫌がらせはあるからな。どうやって対応した?」

「折り返し電話して確認しますと言ったら、通話を切られました」

「なるほど。ありがとう」

 悪質なイタズラを未然に防げたと思い、山田は安堵した。


 イブ前哨戦が終わった。

 山田は店を閉め、コートを羽織って裏口から出た時、

「うわっ」

 小さな悲鳴をあげた。

 長い黒髪の少女が、裏口付近で呆然と立っていたからだ。生気のなさに、幽霊だと勘違いした。

 少女は山田に見つかり、愕然としていた。

「ここで何を……?」

 山田が話しかけると、彼女は足早に去っていった。


 *


 翌朝。

 寒さに震えながら出勤すると、裏口付近で異変があった。

「火事だ!」

 裏口が出火していた。

 山田の声を聞いた隣のドラッグストアの店員が、すぐさま消火器を持ってきてくれた。

 消火剤をまき散らすと、すぐに火はなくなった。

「よかった」

「おおごとにならず、ボヤで済んでよかったですね」

 ドラッグストアの店員が言った。

 何が出火原因だろうかと、山田は火元をまじまじと見た。

 裏口の近くに新聞紙の残骸があり、焦げついていた。顔を近づけると、ぷんとガソリンの臭いがした。

(これは……。放火?)

 山田の背筋は凍りついた。


「警察は呼ばなかったのですか?」

 今朝の事件を聞き、道重が言った。

「呼べないよ。今日は一番忙しくなる日なんだ。警察を呼ぶと、事情徴収やら現場検証で、営業できないだろ」

 山田は嘆息した。

「たしかにそうですね。でも、それが狙いかもしれませんけど」

 意味ありげに道重は笑った。

「どういうことだ?」

「レジ、あけてきまーす」

 山田の問いを無視し、道重は作業を始めた。


 午前中から徐々に客は増え、昼から夕方まで、店員たちはまともな休憩をとれなかった。

 忙しさのピークの夕方に、その人物は現れた。

「店長。また、キャンセル希望の中畑さんです。今度は少年です」

 道重が耳打ちしてきた。

「わかった。私が対応する」

 店の入り口近くに少年はいた。

「キャンセルをご希望ですか?」

 山田が尋ねると、少年は頷いた。

「ケーキはいりません」

「キャンセルということでしょうか? 確認のため、ご予約時の電話番号にご連絡させていただきます」

「構いません。お代はちゃんと支払います」

 少年は真摯な目で山田を見つめ、言った。

「お代をいただけるのであれば、当店としては問題ありませんが……。少々お待ちください」

 山田は一旦離れ、事務所で中畑夫人に電話をかけた。


「もしもし」

 3コール後、中年女性の声が応じた。

「こんばんは。先日、ケーキを予約していただいたサンリナ洋菓子店です」

「ご苦労様です。ケーキは受け取りキャンセルでお願いします。お代は、私の息子がきているはずですので、彼から受け取ってください」

 夫人は柔和に言った。

「ありがとうございます。確認の電話でした。失礼いたします」

 山田は通話を切った。


「お待たせしました。確認できました」

 少年は所在なさげにしていた。

「いま、料金をお渡ししてよろしいでしょうか」

 狐につつまれた気分になりながら、山田は少年からケーキ代金を受け取った。


 長い一日が終わった。

「お疲れ様でーす」

 鎌田はさっと着替えを済ませると、店を出て行った。

「道重さんは、まだ帰らないのかい?」

 道重は何か言いたげに、山田を見ていた。

「どうぞ」

 椅子を勧めると、道重は座り、

「店長」

 と口を開いた。

「なに?」

「考えたのですが、ボヤの件」

 道重は深刻な表情をしていた。

「うん」

「ただのボヤではないと思います」

「放火っぽいからね」

「いえ、そういう意味ではなく……。――きっかけはケーキだと思います」

「ケーキ?」

 山田は首を傾げた。

「ええ。中畑さんのケーキです」

 道重は続けて言う。

「中畑さんの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、犯人は放火したのだと思います」

「ん? どういうこと? だったら、中畑さんが受け取らずにキャンセルするのはおかしくないか?」

 矛盾を感じ、山田は困惑した。

「それは、中畑さんがケーキを受け取れない状況になったからです。それまでは、なんとしてでもケーキを受け取らせたくなく、彼女は奮闘していたのです」

「彼女? 犯人は女なのか?」

「ええ。昨日、中畑さんを装って電話をしてきた若い女です」

「ああ。なるほど。――しかし、何故、放火までしてケーキを受け取れなくする必要がある」

 山田の疑問に、

「それは、恋です」

 道重は意外な言葉を発した。

「恋?」

 山田は益々当惑した。

「犯人の彼女は、自分の意中の相手に、どうしても自分の手作りケーキを食べてほしかった。そのためには、この店のケーキが邪魔だった」

 道重は肩を竦めた。

「恋は盲目というけれど、店を消してまで自分のケーキを渡したいって、やり過ぎですね」

「じゃあ、あの少年が……」

「キャンセルに来た中畑少年が、少女の好きな相手でしょうね。何かの理由で、少年は少女の思惑を知り、自らキャンセルしにきたのだと思います」


 山田が警察に通報すべきかどうか迷い、唸っていると、

「ところで」

 道重が切り出した。

「中畑さんがキャンセルしたケーキって、どうするのですか?」

「ああ。それなら、さっき、鎌田くんが持って帰ったよ」

 山田の言葉に、道重は立ち上がった。

「ひどい! 私もケーキ貰おうと、狙っていたのに!」

「放火事件の時より怒ってない?」

 山田は苦笑した。


 ***


 **


 *


 クリスマス・イブの早朝。

 サンリナ洋菓子店の裏口に少女は立っていた。

(ここのケーキがなくなれば、中畑くんに私のケーキを食べてもらえる)

 少女の手には、ガソリンが沁みこんだ新聞紙と、ライターがあった。

(昨日は驚いた。まさか、あいつがここの店長だったなんて)

 少女は店長の山田の顔を思い出し、憎しみがむくむくと湧いてきた。

(私とママを捨てた男。許せない)

 ライターで新聞紙に火をつけ、裏口に放った。

(私の恋路の障害がなくなり、憎き男を苦しめることができる。一石二鳥だ)

 今夜の中畑家は、美味しい七面鳥の丸焼きがある。


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