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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
1章 白き鬼、贄の少女と出会うこと

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7話 そして鬼と贄は出会った

 少女はおもむろに金と銀の装飾を掴んでむしり取った。


「はい、もうこんなのは終わりっ!」


 続いて玉のついた首飾りを投げ捨て、頭に載せられていた花をむしり、額を締め上げる輪を外して地面へ投げつける。

 男は茫然とその奇態を眺めてしまった。

 それもそうだ。

 大人しくて感情の無い、人形のようだと思った少女が突如、出来うる限りの暴虐を尽くせば、目も点になるというもの。


「……お前。喋れたのか」

「当たり前よっ! なんだと思ったの?」


 久々に出した声なのか、掠れ気味だった。だがようやっと絞り出した声も、矢のように飛んでくる始末。


「せいせいしたっ!」


 着飾られていた装飾品を全て外し、シンプルな巫女装束となった少女が伸びをする。思わずまじまじとその姿を見る。年相応。その言葉がようやくしっくり来たような気がする。

 少女が振り返り、男と目が合う。


「あらためて、私は深月。深い月って書いて、ミヅキ。アンタの名前は?」


 その悪戯っぽい笑みに、どこか懐かしいものを感じて――男は一瞬言葉に詰まった。とっくに世界とともに失われて、捨ててしまったはずの過去が、心の片隅から声をあげている。黒刃を掴もうとした手が僅かに震えていた。


「……『白髪鬼』」


 思わずそう名乗ってしまったのは何故だろう。自分にも原因がつかめない。


「それ、本名じゃないでしょ」

「……」

「ま、言いたくないんだったらいいけど」


 少女は――もとい、深月はそのまま近くの石の上にどっかりと座り込んだ。

 いまだ衝撃から立ち直れない男は、その様子を見ているしかなかった。


「ずいぶん……違うな」

「黙ってただけよ。あそこから離れたかったし」


 残った髪をハーフアップにして結い直して言う。


「でもこれでずいぶん楽に話ができるわ。『白髪鬼』さん」


 深月は不適に笑った。


「ね。知ってる? 『白髪鬼』」

「……は。なにをだ?」

「江戸川乱歩が書いた『白髪鬼』のこと」

「……? その名は、江戸川乱歩の作なのか?」


 男が尋ねると、深月はニッと笑った。


「江戸川乱歩の『白髪鬼』は、もともと黒岩涙香っていう人がマリー・コレリの小説『ヴェンデッタ』を翻案したものなの。だから乱歩版は正しくは再翻案なんだけど」


 そこまで聞いて、ようやく男は鼻で笑ってやるくらいの気を取り直した。


「いまさらその知識が何になる」

「娯楽は必要じゃない? それに頭の中にあるものは誰にも盗まれない」

「死んだら終わりだ」

「『ヴェンデッタ』はイタリア語で、『復讐』」


 ぴくりと男の目が動いた。

 深月はそれを見逃さないように言った。


「『私』はね、復讐したいの。白髪鬼さん。世界をこんな風にした元凶に」


 男は深月を見上げ、その意図を図りかねるように尋ねた。


「……何が言いたい?」

「あなたに改めて、『私』から依頼したいの」


 深月はそこで深呼吸してから続けた。


「あの大穴の先にいる、神を殺してほしい」


 その目は真剣で、睨むようだった。


「……お前は、あの神を崇めてないのか?」

「あれはね、いろいろなものを奪ったのよ。私の家も、家族も、友達も。だけど、私だけじゃ、奥へは行けない」


 正しいが、全てを言っていない――と男は思った。だが今は、理由があるというだけでいいだろう。


「だが、例の爆弾ですら殺せなかった奴だぞ」

「……だけど、冥宮出現以降の力なら、どう?」


 男は改めて深月を見返した。

 冥宮出現以降の力。なるほど、と合点がいった。


「ね。私をただ送り届けろってよりは、ずっと有意義な依頼だと思うけど」


 挑戦的な瞳が、男を見上げている。

 神を殺す。あの赤ん坊のような手を持つ神を。あれの存在はずっと議論されたが、結局答えは出なかった。答えが出る前に、世界は瓦解した。そして『太陽の子』が、この世界を作り替えるべくあらわれた新たな神であると断言した。

 そして目の前の少女は、その反吐の出そうな『太陽の子』、そして神そのものに反逆しようというのだ。

 男の口の端が、我知らず上がっていった。


「……いいだろう。あれは確かに殺したかったところだ」

「よしっ! じゃあ、よろしく!」


 深月ははじけるような笑みを浮かべて立ち上がり、右手を差し出した。

 男に首輪があるとはいえ、ずいぶんと脳天気な反応だ。だが男はそれに応じてやった。

 互いの手を握り、契約は成された。最初の依頼よりもずっとわかりやすく、自分たちに合った形で。


「でもさすがにずっと白髪鬼さんって呼ぶわけにはいかないんだけど……」


 手を離した深月はそのまま腕を組み、眉間に皺を寄せる。


「そんなの適当に呼べばいいだろ」

「白髪鬼だから……、えー……、グレイとかどう?」

「……却下だ」


 さすがにそれはどうなのか。


「じゃあ、ホワイト」

「……もっと却下だ」

「じゃあ、うーん……」


 深月はしばらく考えたあとに、ぱっと顔を明るくさせた。


「あ、そうだ。ロマン。ロマンにしよ!」

「なんだそのバカみたいな名前は!?」

「『ヴェンデッタ』の主人公の名前が、ファビオ・ロマニ。だからロマニでロマン」


 グレイのほうが良かったかもしれない、と思っても遅かった。


「それじゃあよろしく、ロマン」


 せめて精一杯眉間に皺を寄せてやったが、深月は笑うばかりだった。

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