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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
5章 第四階層:地底ノ園

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70話 蹂躙

 蹂躙。

 半異形達も各々の体の一部を鋭く変化させて襲ってくるにもかかわらず、一方的な蹂躙に近かった。黒刃が空間を黒く塗りつぶすたびに、ぶつかりあった肉体の欠片が宙を舞い、血飛沫が飛んだ。何かの内側にいるような、肉の壁の中では、壁と飛び散った肉片の違いがつかない。


 どこに隠れていたのか知らないが、中にはまだ人間の姿を保っている者たちもいた。ほぼ半裸の人間たちが、惨状に気が付いて出てきたらしい。

 肉の壁の内側に積み上がる屍。あちこちに広がるちぎられた四肢。異形化の激しい個体が、転がる腕にかぶりつく。その首があっという間に飛ぶ。それは地上でかつて起きた事の再来だ。そして、今もなお続く地獄だ。

 忘れて久しい『現状』というものを思い出したのだろう。もはやこの世界では、殺すか殺されるかの二択しかない。異形は人間を殺し、人間は異形を殺す。ほんの僅かばかりの安寧からたたき起こされた人間達の頭に、一瞬で叩き込む。


「い、いったい何だ。お前たちは何者だ」

「鬼だよ」


 ロマンは笑いそうになるのを堪えたような、恍惚とした表情で刃を振り抜いた。おぐっ、という小さな呻き声とともに、その体は上半身と下半身に分かれた。下のほうは地面にあっけなく落ちたが、やや異形化しかけていたらしい。飛ばされた上半身のほうは痛みに悲鳴をあげた。


「ひいいいいいいっ、ひいいいっ」


 両腕を必死にクロールさせ、地面に広がる肉の海の中を泳いでいく。ちぎれた腹では力が入らないのだろう。びくびくと痙攣し、口からは泡を吐き散らしながら逃げ去ろうとする。痛みと恐怖で混乱した頭はまともな言葉を発することすらできなくなっていた。

 その背後から鬼が迫る。

 鬼の手が、肉の間から飛び出た脊髄をつかみ取った。


「ぎゃぼごあああっ」


 魚の骨でも取るように、引っ張り上げた脊髄で背中を割っていく。みちみちと肉が裂けていき、胸のあたりで胸骨から無理矢理に引っぺがす。引っ張られて繋がった首がぐんと下を向いた。


「あ……が……」


 ぶぢん、と音がして、脊髄ごと頭を引き抜いた。分銅鎖のようになったそれを見ると、ロマンの目が大きく見開いた。僅かにその口が開き、中の牙が露わになる。更にあぎとが開かれると、ぐ、と露出した。脊髄を高く持ち上げると、吊したそれは口の中に入るに適した格好になる。滴り落ちる血液を舌が受け止めようとした。


「ロマン」


 深月がその名を呼ぶと、ロマンは一瞬だけぴたりと止まったあと、おもむろに後ろを向いた。


「……ああ。そうだったな」


 それだけ言うと、いましがた引き剥がした頭つきの脊髄を放り投げた。ごろんと肉の床に転がると、恐怖に引きつる表情のまま動かなかった。死んでいる。


「目的は神虫だったな」

「そうね。……忘れないで」

「わかっている」


 目的は人間の蹂躙ではなかった。

 ごきごきと首を鳴らすと、ロマンは再び歩き出した。

 深月はしばらくその後ろを見ていたが、やがて自分も歩き出すと、脅威から逃れるようにロマンの背後へ隠れた。


 といっても、やることは変わらない。

 あまりのことに、周囲では、目の前で起きていることが信じられないというように、口を半開きにしている人間がいる。あわあわと自分を追い越していく他の者たちに目をやったあと、半異形達へと叫んだ。


「あ、あれをなんとかし――ごびゅっ」


 言いかけた言葉は、舌から上が切断された事で途切れた。頭の半分が蓋のようにあっけなく飛び、肉の地面に落ちた。目をやや見開いたままの頭の半分は、誰かに蹴飛ばされてころころと飛んでいく。外気に晒された舌はぴくぴくと動いたあと、力を無くしてぐったりと膝から倒れこんだ。ロマンの足がその首根っこへ落ちると、ぶちゃっと音を立てて背中が面白いように凹んだ。

 壁に背をつけて震えている全裸の男へと近寄ると、声をかける。


「おい」

「ヒッ」

「神虫はどこにいる?」

「ひ、ひ、ひぐっ……」


 男は肉の壁に背中をべったりとつけた。それ以上逃げられないと知るや、どろりとした背中を見て、更に悲鳴をあげた。前には鬼がいる。


「お、お、おまえがっ、これを……」

「余計な事を口走るな」


 鬼の顔が近づくと、全裸の男はピィ――、というような高声を出した。その途端、男の胸の皮膚が内側から何かに貫かれ、ばきばきと牙のようなものが開いた。肋骨が牙のように立ち上がり、その向こうにはぽっかりとした穴が開く。


「……異形化したか」


 ロマンは迷うことなく穴の中に手を突っ込んだ。ばぐん、と牙が閉じたが、そのまま胸の中をまさぐり、かき回してやる。腹の中をかき回すと、男は悦びと快感に全身を震わせ、舌を出して嗚咽のような声をあげた。ロマンはやや薄気味悪いものを見るような目で、中にあった心臓を引きずり出した。


「まったく」


 心臓を放り投げて、壁に叩きつける。


「どいつもこいつも。神虫は出てこねぇし――」

「……神虫は異形化していれば食べるからでしょ。だから、人間でない限り助けを求めるわけにはいかない」

「馬鹿な奴らめ。そんなことぐらいわかっていただろうに」

「わかっているけれど、希望を捨てきれないのが人間なのよ。……


 しかし、わかっていたからこそ神虫はそのままでいられたとも言える。

 もしここにいる誰か一人でも――神虫は信者を喰わないと心から信じて、それを宗教化するまでに出来ていたら、きっと違っていただろう。


 喧噪のほうへと足を向ける。ロマンの姿を見て逃げる半異形へ、腕を手刀のように振る。指先が触手のように変化して伸び、逃げる喉元へ突き刺さった。触手の先が広がって首を破壊すると、赤黒くなった体を地面に落とす。もう一方へ逃げた半異形へは、黒刃の一閃で上下がばらばらにされて散らばった。


「ひょっとしてこのあたりにはいないのか」

「そんなことは無いと思うけど、ただ――この階層一帯を根城にしている可能性もあるし」


 屍を積み上げて通路を進むと、再び巨大な空間にたどり着いた。相変わらず骨の橋がかけてあるところだ。

 深月が進もうとしたが、ロマンは止まったままだった。


「どうしたの?」

「……来たぞ」


 ロマンは黒刃を構えると、にたりと笑った。

 上空から何か飛び回るような音が聞こえ、蛾のような影が落ちた。

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