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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
1章 白き鬼、贄の少女と出会うこと
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6話 生贄

 『太陽の子』のコロニーは、ある程度清潔が保たれていた。ここしばらく、人類が忘れ去って久しい概念だ。ただしそれも一部の話で、破壊された町の一部に仮住まいしているに過ぎないようだ。


 男は錆びたベッドで目を覚ますと、首には奇妙なチョーカーが嵌められているのに気付いた。チョーカーと言えば聞こえはいいが、黒地の皮で出来たそれは首輪といっても差し支えない。まるで犬のようだ。不思議なことにどれほど爪を立て、力をこめても引きちぎれない。

 部屋に入ってきた八十神に一瞥くれてやったが、彼は涼しい顔をしていた。


「無駄ですよ。外したければ彼女と掛け合ってください」

「彼女?」


 答えが出る前に、八十神は再生しきった男をまじまじと見る。


「不死身の肉体……、さすが鬼といったところでしょうか」

「話を逸らすな」

「結構。ようやくお話ができますね」


 睨み付けたが、八十神はこれも無視した。


「僕が貴方を呼んだ理由です。どうぞ入って」


 視線が外れることも厭わずドアの向こうを見る。男もそれにつられるように視線をあげた。まだ現役で使えるドアが、軋んだ音を立てて開かれる。

 そこには、巫女装束の少女がいた。

 無表情のまま、部屋の中へと入り込んできた。おそらく年の頃は十五、六。長い黒髪は今時珍しいほど綺麗に整えられていて、金と銀の飾りで装飾されている。巫女装束にも名前のわからない派手な飾りが色々と付けられていて、滑稽なほどだ。まだ正常な世界であったのならこれほど白々しい気分にもならなかったはずだ。これでは外で生き残れまい。


 人形のようだ、と思った。


「貴方には、彼女を冥宮の底に連れて行ってほしいんですよ。彼女は神への大切な贄ですからね」

「……つまり、俺に護衛をしろと? それで俺にどんな得があるんだ」

「まず、その戒めからの解放です。そして、冥宮へ挑む理由。そして大義名分ですね」


 色々と言いたいことはあった。だが八十神にとってはどうでもいいことらしい。


「我が神は完全ではありません。五年前からあのままです」

「御託はいい。俺でなくてもいいだろう」

「ええ。僕もそう思います」


 肯定してから、言葉を続ける。


「しかしこれは彼女のたっての希望であるのです。神にもとへたどり着くのに、僕らでは不安がある……、そういうことです」

「……」

「彼女は唯一で希有な供物。必ず彼女を神のもとへ送らねばならない。……それに一応、信条的には手を出せませんからね」

「つまり、あの化け物どもに手を出せる奴が必要だと?」

「その通り」


 今すぐにでも黒刃を振るってやりたかった。


「……お前は必ず殺してやる」


 八十神はにこりと笑った。


「またいずれ」


 たったそれだけだった。

 男は押しつけられるように生け贄とともにコロニーを追い出された。

 あまりにも淡白で、自分勝手で、もはや拒否権など無かった。だがいまのこの世界では権利も義務も消失してしまっている。人類の営みや知恵など、あって無いようなものだ。

 男が動きだすと、それに従うように少女もついて歩き出した。どれほど歩こうとも、異質な少女は無表情のままくっついてきた。

 苛々する。


 ここで殺そうにも、おそらく先に自分の首が飛ぶだろう。首が飛んでも再生できないことはないだろうが、どれほど時間が掛かるかわからない。そして再生出来た頃には、結局それまでと変わらぬ状況が待っている。あるいは少女が死んでいたとしても、それまでに自分の体が食い荒らされていないとも限らないのだ。

 それでも、どこまでついて来る気だ、と思ってしまう。

 しかも無言のままだ。

 これほど扱いに困る生け贄をひっさげて、穴の底へ向かえとは。


 男はひとまず、穴を確かめることにした。

 かつては街を一望できた高台だ。その高台はいまや、胡乱に広がる冥宮の穴が見えるだけのつまらないものに成り下がった。


 ――それにしても。


 生け贄を送り出すにしては、妙に隠れてこそこそとしていたように思う。

 神への捧げ物であり、生身の少女にこれほど色々とくっつけて送り出すのだ。腐っても宗教団体なのだから、もっと儀式やら何やらあってもいいはずだ。

 男が思案していると、後ろから足音が聞こえた。


 こちらへ向かってくる足音に振り向くと、少女が無表情のままこちらに向かってきていた。どこに隠し持っていたのか、手にはナイフを持っている。目を細め、黒刃に手を伸ばす。

 少女はナイフを自分の頭へと持っていった。そして、白い紙のようなもので束ねられていた自分の髪を掴むと、一気にナイフで引き裂いた。

 髪を掴んだ手を開くと、風に乗ってすべて散らばっていった。

 思わず目を丸くして、まじまじと少女を見る。

 少女は徐々に口を開き、限界まで息を吸い込んだかと思うと。


「――……ぁぁぁあああああああーーっ!」


 吼えた。


「やっ…………と解放されたわあのクソメガネっ!」


 声は虚空へと吸い込まれていき、反響しながら消えていった。


「……は……」


 あまりのことに言葉を無くし、まじまじとその姿を見た。

 少女はくるっと男に向き直り、しっかりとした目で見つめる。そして、口の端に笑みを浮かべながら言った。


「逢いたかったわ! 『白髪鬼』!」

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