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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
5章 第四階層:地底ノ園

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58話 洞窟の中

 どっ、という鈍い音がして、蟲が中央から引き千切られた。

 あたりにはオオゲジに似た蟲の死体が散乱していた。その細い足はみな人間の指を模したようなもので、切り裂かれた中からは白い骨が露出している。体は黄色と緑の入り交じったような文様が並び、頭の部分だけが戯画化したような人間の顔をしていた。頭髪の類いは無く、代わりに角が二本生えている。

 ロマンは次から次へと出てくるその集団を、もはや何も思わずに切り落としていた。出てくる側から再び襲ってくるそれを、黒刃の風圧と刃とで圧倒し、斬り、押し倒し、潰し、殺した。

 黄色い汁のようなものを血の代わりに浴びながら、地面が蟲の死体で埋まるころには、新手の蟲は来なくなっていた。

 ようやくロマンが敵う相手ではないと悟ったのだ。


 ロマンは顔中に浴びた黄色い汁を、手で拭った。嫌なものでも振り払うようだった。次第に、どろどろとロマンの体から黄色い汁が落ちていく。すっかり元に戻ったときには、後ろで隠れていた深月がひょこりと姿を現した。


「洞窟にしては広いわね」

「……蟲は多いようだがな」


 まるで自分たちが縮んだかのような気分になってくる。なにしろ天井は高く、数メートルはあった。充分に余裕で過ごせるほどだ。しかし余裕でないのは、ここにオオゲジの異形たちが殺到したからである。新たな食糧か、殺戮の相手として見られていたのだろう。そのオオゲジの異形たちもそれぞれ一メートルほどあり、それが洞窟の壁や天井を覆い尽くしていたのだ。


 深月たちは、第三階層から続く坂道を降りて、道の続いた洞窟へと入ったところだった。その入り口付近で、こんな鮮烈な歓迎を受けたのだ。


「太陽の子の奴らはどうやってここを抜けたんだ?」

「最初のほうは死者も多かったって聞くけどね。それこそ神に近づくのはほとんど決死行だった」

「何故そこまでして降りる?」

「それが信仰なのよ。『太陽の子』の信者は思っているより多いってこと。困ったときに手を差し伸べてくれるんだからね。……それと」

「それと?」

「信仰が違っても、信じていなくても、少なくとも下にいるのが神だと思っている人達は多いから」


 深月の応えに、ロマンはほんの少しだけ嫌な顔をした。 


「で、下に行こうっていう人たちの中には当然、幻想化した人たちもいたわけ」

「……なるほど」


 ロマンはそう言い捨てると、奥へと向かって歩き出した。

 深月は死体を極力避けつつ、それについていく。


「それでも、だいぶ下に向かうのは大変よ。誰でもロマンみたいに異形を殺せるわけじゃない」

「……」

「だからこそ、この先の階層にたどり着いた人々は、そこに神に最も近い楽園を作った」


 死体の山をようやく抜けると、深月は小走りでロマンの隣へと近づいた。

 カバンの中から懐中電灯を取り出すと、スイッチを入れてあたりを照らした。奥は暗く、ずっと洞窟が続いている。

 ちらりと側を見ると、どこもかしこも岩だらけというわけでもなかった。

 岩の合間では、ぴくぴくと生き物のように柔らかな赤い壁が流動している。その動きはまるで筋肉だ。なかには、ぶよぶよのホース状に伸びた管が、地面に向かって伸びている箇所もあった。管はぷらぷらと壁からぶら下がっているものの、ぷくりと管の先が膨らんでは、どぷりと赤黒い液体を吐き出していた。

 別の場所では吹き出物のように突起した球体が、ゆっくりと大きく膨れていた。それは限界が来るとぱちんと破裂し、血のような赤い液体を吐き出しては萎んだ。生理的嫌悪感を刺激されたのか、深月はすぐさま視線を外す。


「……なんなの、この洞窟」

「いい趣味をしていることだけは確かだな」


 ロマンは素っ気なく言う。その手で黒刃が抜かれると、壁と一体化している筋肉のようなものへと突き刺した。しかし肉の壁は、一度びくんと大きく跳ねただけで、またぴくぴくと動き出した。

 なんとも言えぬ目で、ロマンは何事も無かったかのように黒刃を抜いた。

 肉壁の傷跡から、赤黒い血のようなものがぬらぬらと流れ出た。


「……なんだかわかる?」

「わからん。だが、これも異形の一種だ」


 ロマンは断言した。


「殺せるかどうかはまだわからんな」


 少し先を行くと、再び岩だけのところも現れた。

 いささかホッとする。だが、目の前に現れたものを見て再びげんなりした。


 先にあったのは巨大な穴蔵だ。向こう側に向けて、そこに橋が架かっている。その橋の素材に使われているのは、白い骨だった。汚れたロープで互いにくくりつけられ、赤黒い肉片がところどころついている。


「センスは最悪ね……」

「使えるものはなんでも使うべきだろう」


 ロマンはそう言うと、普通に歩き出して橋に足をかけた。ギシリと異様な音がひとつ響いた。それから、ごくありふれた道でも歩くかのように歩き始めた。


「ま、落ちそうになった時くらいは助けてやる」

「そりゃどうも!」

「どうもお前が死んだら事態はより最悪になるようだからな」

「はいはい」


 深月は恐る恐る、骨で作られた心許ない橋へと歩き出した。

 体重をかけると、みしりと小さな音がする。下を見ると、どこまでも闇が広がっている。どのくらいの深さがあるのかはわからない。おまけに周囲からは何らかの視線を感じる。灯りで照らそうとしても、どこから視線が注がれているのかはわからなかった。

 どうやら、先は長いようだった。

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