表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
4章 第三階層:花明ノ参道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/113

34話 その日、海が消えた

 その日は唐突に訪れた。

 地面の底から突き上げるような音がしたかと思うと、勢いよくすべてが揺れた。


 ――……地震……!


 ハヤトは咄嗟にテーブルの下に伏せた。直後に目の前に勢いよく食器が落ちてきて、次々に割れていった。気に入っていたカップ、普段使いの皿、箸、プラスチックのどんぶり、お茶の入ったポット、木製のソーサー。

 上のほうでは食器棚の戸が開いては閉まるのを繰り返している。その間も、轟々と耳をつんざくような音がどこからともなく響いていた。

 何度か地震は経験しているが、こんなものははじめてだ。永遠に続くかのような轟音と、周囲の物が落ちては壊れる音だけがあちこちから響いている。できることといえば、テーブルの足につかまっているだけだ。そのテーブルも、固定しきれず前後に動いている。なんとか頭だけは守らないといけない。必死になってテーブルの足につかまる。

 長い時間、そうしていたように思う。

 あまりに長いことそうしていたので、地震がおさまったときには全速力で走り抜いたような、息切れと動悸を起こしていた。ぽたぽたと汗が伝い落ちる。テーブルを掴んだ指先は血が滲んでいたし、がくがくと震えていた。あまりのことに、すぐには動けなかった。

 ようやく息を整えながら、ごそごそとテーブルの下から出た。部屋の中は地震対策がしてあったにも関わらず、ひどい有様だった。倒れかけた戸棚の上には、引き千切られた地震対策用の転倒防止ストッパーがぎりぎり踏みとどまっていた。ただ、扉のほうには対策をしていなかったのが災いしたらしい。足の踏み場もないほどに硝子や食器の破片が散らばっていた。さらに、落ちた調理器具が雑然と鎮座している。

 震えながら、スリッパで破片の上を歩く。

 緊急避難用の袋は隣の居間にしかない。倒れた家具の間を縫って居間にたどり着くと、幸い避難袋はすぐに見つかった。ここでも置いてあった戸棚が倒れていたが、テレビにぶつかって斜めで止まっていた。その下のほうの扉が開いていて、銀色の避難袋がわずかにはみ出ていた。袋をそっと掴み、無理矢理に引っ張る。あまり引っ張っては戸棚のバランスが崩れて落ちてくるのではと、気持ちが焦る。何度か息を吐きながら引っ張ると、引っかかっていた場所から抜けた。

 すぐさま避難しようとして、ハッとする。まだ無事なタンスに近寄ると、上から二番目のひきだしを開けた。


 ――タンスの……確かここらへんに通帳と印鑑が……。あ、あった。


 見覚えのある通帳用の布ケースと、おくすり手帳。それを避難用バッグに乱雑に突っ込むと、もう一度外に行こうとしてまた止まった。だいぶ焦っているらしい。居間に放り投げたままだった自分の鞄を掴む。なにかに押しつぶされていなくて良かった。ここには一応、財布と携帯電話が入っている。暇を潰せそうなゲーム機は二階だが、いまは取りに行っている暇はないだろう。携帯電話だけでも中のアプリで暇は潰せる。もったいないが、命があるだけいい。

 ばらばらになった靴の中で、運動靴を選んで外へ出る。人々が喚きながら右往左往していた。

 あちこちから火の手があがっている。早いところ高台に避難しなければならない。なにしろここは港町だったから、すぐに津波が来る。あれだけ強い地震だったのだ、並大抵のものじゃないだろう。

「おおいっ! 津波が来るかもしれん、早く……」

 外へ出たハヤトは、そんな声を聞いた。近所のおじさんが注意して回っているらしい。その向こうには、茫然と立ち尽くしている人々がいた。

「聞いてるか!? 津波が来るから早く……」

 そう言って乱暴に肩を掴もうとしたとき、おじさんは異変に気が付いた。

「……え?」

 ハヤトが海へ目をやると、一瞬、自分の頭がおかしくなったのかと思った。

 ――……なんだ。これ。

 次々に外へ出てきた人たちが、足を止めて海を見ている。

 海は周囲を隠すほどの霧が出ていた。しゅうしゅうと奇妙な音がどこからともなく聞こえてくる。海の上が一面真っ白になって、水平線が見えない。地震の直後とはいえ、いくらなんでもこれは異様だった。

 だが、本当の異変はそれだけではなかった。

「……こりゃあ……どうなってんだ……?」

 誰かが呟いた。

 霧が次第に晴れるにつれて、空は暗く沈んでいった。その薄暗闇のなかで、海の様子が見てとれた。なにが起きたのか最初は理解できず、少しずつ咀嚼して理解するしかなかった。それでも――その光景はとうてい信じられるものではなかった。

 なにしろそこに、海はなかったからだ。

 いままで海があった場所はすっかり干上がってしまい、海上に浮かんでいたはずの漁業船が地面の中に埋まっていた。びちびちと、濡れた土の中を魚が喘いでいる。


「……海、が……無い……?」


 まさか、いまの地震で海が全部引っ込んだわけじゃないだろう。そんなことが起こりえるのだろうか。

 叫びながら家の外にでてきた人たちが、次々に吸い込まれるように海を眺めた。海とともに生きてきた人々の大半が、何も言わずに干上がった海を見ている光景こそが、異常な事態であると知りながら。

 背後では町が燃えていた。木造の住宅は一気に燃え上がり、音を立てて崩壊していた。そんな町を背に、多くの人々が見ていた。


 それが、あの日の出来事。

 東京に大穴が開き、冥宮が出現した日。たまたま生き残った、片田舎のとある海辺の町であったことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ