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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
3章 第二階層:荒野ノ寂塔

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30話 七人のキャラバン

「ふっ!」

 激しい息遣いとともに、警備兵の斧が上から落ちる。斧は脳天をかち割り、頭蓋骨にめり込んだ。隙間から、ピンク色の肉がぶじゅりと飛び出る。既に全身を真っ赤に染めていた体は、それが致命傷となった。ぐるんと眼球が裏側を向き、キャラバン隊の一人が沈んだ。まずは一人目。先にやられた仲間の仇をとった形になる。

「よしっ……」

 小さく声をあげた。死んだ仲間のためにもこいつだけは殺しておかないといけなかった。

 向こうのほうでも戦闘が繰り広げられている。今すぐにでも加勢しに行かないといけない。沈んだキャラバン隊の背中を足で固定し、斧を引き抜く。ずるりと体液が一緒に引き抜かれた。斧にこびりついたどことも知れぬ肉片を振り払う。こんなものに慣れてしまった自分にこそ吐き気がする。

 それにしても、奇妙な目をしていると思った。キャラバン隊にしては目が虚ろだった。どこを見ているかわからなかったし、あらぬ方向を見ながら攻撃してくるせいか、視線を追えずに翻弄されることもあった。キャラバン隊はいわゆる隊商や遠征隊のことだが、いまでは盗賊行為や略奪行為をする一団のこともそう言っている。塔の下に広がるオアシスに対して、「移動して暮らす人々」程度の意味合いだ。もっと目線はしっかりとしている者たちが多かった。これではまるで、薬でもやっているみたいだ。

 そのとき、後ろでズッと起き上がる気配がした。あわてて斧を構えて振り返る。

「み……水野?」

 さっきやられた仲間の警備兵が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。

 すっかり死んでいると思い込んでいたせいか、一瞬驚いた。

「水野! 良かった、生きてたのか――」

 いますぐに衛生兵か、ヒーラーが必要だ。警備兵は水野と呼んだ仲間に近づいたが、すぐに思い直した。

 ――なんだ?

 ――……なにか、おかしい……。

 水野の切り裂かれた腹の中から、まだ腸が見えていた。視界を、顔のほうへ向ける。水野がゆっくりと顔をあげると、その目はぐるりとひっくり返っていた。

「おおおおおっ!」

 咆哮。警備兵は慌てて斧を構えた。水野が白目のまま、その斧を掴んだ。物凄い力だった。ハッとして斧を奪い返そうとするも、まったく手が動かない。

 ――なんだっ、異形化したのか!?

 まるで、いまのキャラバン隊のような――その事実に気が付く前に、警備兵の男の眼球を潰しながら、指先が奥まで突き刺さった。







 異変はあっという間にオアシスの内部に伝達された。

 警備兵が生き返っているが、全員ではないこと。キャラバン隊は常に七人を保っていること。一人倒せば一人警備兵が蘇るが、それによって敵になること。

 その情報は事実上の最上階である五条のところへも伝わった。


「……いったい何を引き連れてきたっていうの?」


 五条が問うと、イペタムは笑った。


「俺は奴らを七人ミサキ隊と呼んでる」

「……七人ミサキ?」

「古い怪異の名前さ、ぴったりだろぉ!? 出会うと取り殺される妖怪だか神様だか――とにかく会うと死ぬ、七人で一組の怪異! 七人の中で一番古い奴から成仏して、新しい一人が代わりに入るんだ。そうして永遠に七人を維持する!」


 イペタムはそこでもう一度笑った。


「まっ、七人ミサキ隊は微妙に違うんだがな。やられたら、近くの死体を操って人員を補強するだけさ。面白いだろ!?」

「そんなものを……どうやって」

「元はテレパスの集団だったからな! 雇われで電話代行みたいなことをやってた集団だ」

 イペタムは自分のこめかみを指先で叩く。

「ここを弄ってやったら一発だったぞ!」

「なんてことを――」

「なんてことを、だって!?」


 意外そうな表情で、イペタムは言葉を反芻する。


「お前だって同じじゃないか、知子。お前みたいなただの女が、マンガや小説みてーに此処を纏められるわけないだろ! その洗脳型のテレパス能力が無けりゃな! そうしていま、お前は他の幻想化症候群の奴らと同じく、次第に異形化してってるってわけだ!」

 五条はぎゅっと自分の拳を握った。

「地上の有様を知らないわけじゃないだろ、知子?」

 イペタムはぐっと顔を近づける。

「お前が護ろうとしている世界なんて、もうとっくに壊れてるのさ。お前と一緒で」







 シンボルタワーの中は、すでに阿鼻叫喚の嵐だった。

 あらゆる混乱が上へ下へと駆け巡り、一般人と警備兵とが入り交じっていた。


「キャラバン隊が入ってきたってだけのはずなんだけど!?」


 あまりの喧噪に、深月は思わず言う。

「それにしてはうるさいな」

「これ、うるさいで済む状態じゃあ……」

 全部言い終わらないうちに、目の前を警備兵が走っていった。その背を目で追ってから、深月は視線を戻す。

「それに、キャラバン隊が入ってきただけでこの騒動って……ちょっと考えられなくない?」

「それはそうだろうな。……異形ならさておき」

「イペタムとか……?」

「キャラバン隊になりすましていた可能性はあるが。……どちらにせよ、異形であるなら、倒せばいい」

「ホントこういう時、シンプルで頼りになるよね。その考え方」


 できるかどうかはさておき、という話だが。

 先に歩き出したロマンを追って、深月は歩き出した。


 だが、入り込んだというキャラバン隊は既に二階部分にまで侵入してきていた。


「こっちに来させるな! 報告が本当なら……バラバラになられたらまずい! 死体がある限り、復活し続けるぞ!」

「死体は四肢を切り落とせ!」


 だが情報が錯綜している中では、それも不和の種にしかならなかった。死体を切断している警備兵を見た他の警備兵が、驚きのまま殴り倒すことまであった。その間にキャラバン隊によって背中から首を掴まれ、ぶぢりと音を立てながら収穫された。

 既にキャラバン隊は五人が入れ替わり立ち替わり、既にほとんどの人員が警備兵に成り代わっていた。外見的に損傷の少ない警備兵が敵に回ると、安堵して助けを求めた一般人がそのまま斬り殺されることもあった。

 そうして一階、二階、三階が血と肉で染まり、血だまりを踏んだ靴の跡があちこちに鉄臭いにおいを広げていった。商業施設といえど狭い建物の中に、あっという間に肉塊が積み上げられていく。


「ホントになんなの、この騒ぎ――五条さんは!?」


 通り抜けた廊下の隅。ぶるぶると震えながら五条の名を呼んでいる一般人を横目で見ながら、深月は言った。


「さあな。知らん」


 この騒ぎを知らないわけじゃないだろう。だが五条の姿は見えないし、なんらかの放送も掛からない。

 ロマンがたどり着いたのは、大きめの広間だった。かつては憩いの場や待ち合わせ場所として使われたこの広間も、いまはほとんどのものが撤去されている。そして代わりに、死体の山があった。


 その中で――、一人の血まみれの警備兵を、三人の男達が囲んでいた。


「やめろ! やめてくれ伊藤っ!」

 男達の一人が、叫びながら警備兵を鉄棒で受け止めている。

「いったいどうしちまったんだ!?」

 その叫びにも、伊藤と呼ばれた警備兵は動じることなく手を伸ばす。あっけなく腕を掴んだ。

「え、あ――あがあああっ!」

 ぶぢり、とその腕が握り潰され、肘がねじりとられた。あまりのことに男は叫んだまま膝をつくことしかできずにいた。他の二人もたじろいだ。

 膝をついた男に、伊藤が覆い被さる。だらだらと涎を垂らしたあぎとが開かれ、男の柔らかな顔の肉へと近づく。

「ひ、あ――」

 悲鳴と思しき声はそれだけで、あとは絶叫が轟いた。


「うっ」


 思わず深月も呻く。

 ロマンだけがその光景を見ながら、後ろの黒刃に手を伸ばしていた。


「くそっ、なんで……なんでだ伊藤っ!」

 他の二人もたじろいだものの、男に覆い被さる伊藤の頭に、勢いよくハンマーを振りかざした。ごつんという音が響き渡る。男はもう一度ハンマーを上に振り上げると、荒い息のまま振り落とした。

 鈍い音が何度も響き、やがて振り返った伊藤の顔を陥没させた。

「はあっ! はっ、はあっ……!」

 見知った顔を、抵抗もしないその顔を何度もハンマーで殴りつける。死体であったはずの顔からは血はそう出ず、かわりに顔面だけが無残に潰れていく。歯が抜け、鼻が潰れ、頬骨が変形する。

「う、う――」

 呻きとともに振り落とされたハンマーから、やがてぶちゃりと音がした。眼球が飛び出し、ようやく伊藤の動きが止まったかと思うと、横に倒れていった。

 もう一人の男が、茫然としたようにその様子を見ていた。

「お、おまえ……」

 なんとかそれだけ呟くも、非難も文句も出なかった。

 ロマンの視線が、不意に別の場所を向く。死体の山から、ゆらりと別の男が立ち上がったところだった。

 視線に気付いた男たちが、そっちを見る。

 男たちが絶句している間に、立ち上がった死体はゆっくりと視線をあげると、そのまま咆哮した。


「な、な……」


 何も言えなくなった男たちは、今度こそもんどりうって倒れながら逃げだそうともがいた。


「どう思う」

「……一人死んで、一人蘇った」


 顔を伏せていた深月が言い終わるか言い終わらないかのうちに、ロマンの黒刃が飛んだ。大きく振り回された刃は、壁を破壊し瓦礫の雨を降らせながら、蘇った男を真っ二つに切り裂いた。ばらばらと落ちる瓦礫とともに、一緒に切り取られた腕と下半身と上半身とが一緒くたになって死体の山に戻った。

 小さな瓦礫の残りが音を響かせる。一瞬、静寂が支配した。かと思われた次の瞬間には、別の場所で死体が立ち上がった。

 深月が一歩下がり、ロマンが前に出る。


『深月さん……』

「ふぁっ!?」


 突如聞こえてきた五条の声に、深月は振り返った。

 だが五条らしき者は近くにいない。というより、脳内に直接響いてくるような声だった。


「五条さん!? っていうかこれってテレパシー!?」

『説明している時間はありません。お願い……お願いします。そいつらは……七人ミサキ隊。そう名付けられた者です……。そいつらを倒して』

「七人ミサキ!? ……あ、そっか、そういうことか」


 説明を聞かなくても充分だった。四国や中国地方に伝わるその亡霊集団の名を、深月は聞いたことがあったからだ。


「なんだその七人とかいうのは」

「名前的に――、おそらくだけど一人死んだら、死体の中から一人生き返って仲間に加えて、七人を維持する妖怪というか、幽霊の集団。その名前を付けられてるってことは、そういう連中なんだと思う」

「なるほど。理解が早くて助かるが……面倒な」


 ロマンは言うが早いか、再び飛んだ。

 黒い一閃が動く死体をただの肉片にすると、その衝撃は、床に転がる死体も一緒に引き裂いた。それを三度、四度、五度と繰り返すうちに、次第に蘇る死体が遠くのほうから選ばれるようになっていった。

 ちょうど七度目の死体を片付けたあと、ロマンは背後を見た。


「蘇る奴に特徴は?」

「……わかんない。でも、損傷が激しい死体は蘇りにくいのかもしれない」

「そうか。なら、全員殺せばいいわけだな?」

「え? ああ、うん?」


 最初、深月はロマンが何を言っているかわからなかった。

 だが理解が追いついたとき、やや正気を疑った。

 蘇った死体が再び死体となっていく。積み上がった死体の中からすぐさま立ち上がると、間髪入れずに刃が飛んだ。あっという間に腹から上下に分けられた死体が足下に転がる寸前に、別の立ち上がった死体に折れた鉄柱を勢いよく投げつける。鉄柱は腹を貫き、壁に突き刺さって墓標となった。

 塗り残した箇所を丹念に潰すように、溢れた血が壁や廊下を赤く染めていく。


 ――……つまらん。


 殺しているのが死体だからか、フラストレーションだけがたまっていく。

 ちゃんと生きた者へ黒刃を向けたい衝動だけが奥底から沸き起こってくる。こんなものはただの遊戯で、児戯にも満たないと、誰かが自分の中で言っている。

 異形どもに取り込まれた死体を、殺しても、殺しても、殺しても――虚無だけが心の中を支配するだけだった。

 それでもロマンは、殺すのをやめなかった。


 進軍するロマンの後ろで、深月はこそこそと血の海から隠れながら、次第に一カ所に集まっていく七人を見ていた。

 おそらく、自分達を殺し続ける者がいることは想定外だったに違いない。


「ロマン!」


 深月が名前を呼ぶと、ぎろりと睨むような視線が飛んだ。

 だが深月はそれを受け流して、殺し続けていくロマンに向かっていくキャラバン隊を目で追った。


「キャラバン隊の中で一人だけ入れ替わってない! たぶんそいつが本体!」

「……なるほど」


 そのとき、ロマンの目に暗い光が宿った。

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