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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
3章 第二階層:荒野ノ寂塔

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20話 怪樹

 外はどこまでも荒野が続いていた。

 足先にあるのはやや湿り気を帯びた土だ。しかしビルが突き刺さったり頭を出している場所でないと、草の類は生えないらしい。湿り気があるのにも関わらず、ほとんど乾いた荒野と変わらない。

 その中に唐突に高層ビルやタワーが突き刺さっていて、その周辺だけはなんとか植物が保たれている、という状況だ。上の地下街のような場所とはまったく違う。そうなるともう、上の階と違うのは風景だけではない。人々が生き残る術もまったく異なっていた。


「ぐべっ」


 悲鳴のような、喉の奥から出たような声をあげて、盗賊まがいの最後の一人が息絶えた。ロマンの黒刃をまともに受けて、上下が真っ二つに分かれたのだ。集団になってコソコソと岩場の影からロマンに襲いかかろうとしたところを、即刻返り討ちにされたのだった。

 武器を持っているロマンを片付けている間に、深月を襲おうというさん算段だったのだろうが、奴らよりロマンのほうが強かっただけの話だ。

 素早く離れると、死体に餓鬼がたかりはじめ、四肢をちぎり、心臓を奪い合い、腹の中身を食い合いながら消化していく。あとはもう何も残らない。ここでは異形も人間もそう変わらない。ただ生きるということに貪欲になっている以外には。

 昼も夜もない空間を二人は黙々と歩き続け、『オアシス』のひとつにたどり着いた。斜めに突き刺さった電波塔の真下には、巨大な幹が絡みついていた。塔と一体化して、下のほうはもはや電波塔なのか巨大な木なのかわからない。どこからかしたたり落ちた水が栄養を与えているらしい。

 深月が辺りを見上げていると、突然ロマンが勢いよく手を黒刃へとかけた。その視線は、巨木の間へと向けられていた。ギョッとしたように、そこから出てきた男が両手を挙げる。


「う、うわっ、ちょっと待ってくれ」


 男は三十代くらいの男だった。服装や見た目からは日本人か、それでなくともアジア系の人間だった。いずれにせよ口で喋る言葉は通じるのだから、あまり関係は無くなっているが。


「アンタら……見たとこ、冥宮潜りの奴らだろう」

「冥宮潜り?」

「そう……。ここじゃ、ち、地上から来た奴らをそう呼んでるんだ。へへ……。冒険者とか呼んでた奴もいたがね、そっちは即刻廃れたよ」

「ファンタジックにもほどがあるわね。それで、此処はあなたの土地ってこと?」

「そのとおりさ。へへ、オレはここの農園の……主だよ」


 深月は不思議そうにあたりを見回した。


「つまりはこのオアシスの中心人物? 村長的な?」

「オレだけしかいねぇけどな」


 男はようやく落ち着いたのか、息を吐いてからちょいちょいと手を招いた。


「まあ、入れや」


 その予想外の言葉に、二人はお互いの顔を見合わせた。深月は第一階層での出来事で、他人への信用度がやや厳しくなっている。


「……ど、どう思う?」

「さあ。まあ敵対するなら殺せばいいからな」


 あまりに単純でシンプルなロマンの思考に、深月はそれはそれでため息をつきたくなった。ひとまず、二人はオアシスに足を踏み入れることにした。久々の柔らかい土の感触があった。一瞬、深月はびくりとする。


「どうした」

「なんでも」


 短い会話を繰り返すと、オアシスの中へと入る。上から電波塔を伝って落ちてくる水は、清浄なものに見えた。地上の人間が殺し合ってでもほしがっているものだ。


「ここにたまに来る連中が言ってたぜ。新興宗教の奴らだよ。地下にたまった水で植物の栽培ができるって」

「『太陽の子』のこと? そういえばそんなこと言ってた気がするわね」

「なんだ、お嬢ちゃんもそうか。最初はこんなとこに取り残されて茫然としてたが……案外、悪くない。なんとか生活していけてるしな。へへ、代わりにどこへも行けないがね……」


 危険度、という意味で言えば、地上よりも地下のほうが高いはずなのだ。それでも第一階層のゴミ溜めのような場所をくぐり抜けてこないといけないのは、リスクが高いはずだ。ある程度組織だった集団がやらないと、まずは死地を抜けてくることさえままならない。


「まあ、座ってくれ」


 男は水のほとりに腰を下ろした。それから二人を巨木の根がうねって椅子のようになった箇所に座るように促す。巨木の根は絡みついた電波塔の足から水を囲むように伸びていて、そのいくつかは水の中へと続いている。オアシス全体を月型に囲んでいるようだ。

 男は隣のオアシスに手を突っ込み、ぱしゃぱしゃと動かした。


「ほら、ここの水だって清浄だ。どっからか知らねぇが、魚も流れてきててな。こいつで食いつないだこともある」


 深月は巨木の根に座ったが、ロマンは先にオアシスへと目線を向けた。

 オアシスにたまった水は、確かに清浄に見えた。

 水の中に手を入れる。男からこれといった文句は無かった。僅かに手についた血と汗が落とされる。水そのものはこちらの姿が映るほどだ。中には少しだが魚も住んでいて、手が入ってくると向こうのほうへと逃げていった。手にすくって僅かに飲んでみる。

 これといった異変は感じられない。

 深月は視線を男に戻す。


「ここは最初からあなた一人だったの?」

「昔は……。ここに落ちてきた時は、結構いたよ。オレは……家族と一緒にここになんとかたどり着いて、それ以来ここで生活してる……。他のところでも同じだよ」

「ふうん?」

「ただ、やっぱり塔の大きさで、オアシスの容量も違うからな……。今はオアシス同士で戦争状態みたいなもんだ……。ここに来る途中に盗賊みてぇな奴らもいただろ」

「……ええ」


 何度か襲撃にあった。そのどれもが数人の小さな集団や、単独での犯行もあった。いわゆるオアシス同士の奪い合いなのだろう。ただ、深月たちを襲ったからといって何が出るわけでもないのだが。


「出て行った奴もいるし、もっといいオアシスを目指した奴もいる……おかげで今は気ままにやってるがね」

「悪くないオアシスだと思うけどね」

「そりゃあどうも。なんとかやってるからな。まあでも……、あんまり長居するのは良くないと、互いに思わないか?」


 男は尋ねるように言う。それから続けた。


「へへへ。それがお互いのためなんだよ。だけど一日だったらいいぜ。オレは休憩場所を一日提供して……、そして出ていってもらう……。昔だったら金でも出してもらうところだが、もうそんなものはクソの役にも立たねぇ……。そうだな、他んとこの食い物か……あるいは武器か服でも欲しいところだが」

「服……ね、あるけど、あなたのお気に召すかはわからないわね」

「じゃあ食い物か武器だ。ここじゃあすぐ血でダメになる。アンタのそのでかい剣でもいいがね」

「これは駄目だ」


 ロマンがきっぱりと言うと、また男は笑った。

 それから、第一階層で手に入れたマチェットを男に渡すことになった。こんなところで早々に役立つとは思わなかったし、持ってきたロマンもロマンだ。そもそもそれはあの軍人たちのものなのに。


「だが、引き渡すのはオレたちが出て行く時だ。それでいいだろう。お互いのために」


 ロマンの言葉に、男は少しだけ後悔したようだった。

 だが男は結局了承し、その日は休むことになった。ここでは巨木のせいで火は御法度らしかったが、火があろうがなかろうがなにも変わらなかった。


 静かだった。

 深月がうとうととし始めた頃、先に気が付いたのはロマンだった。

 黒刃に手をかけ、次に気付いた深月を突き飛ばす。弾かれたように立ち上がり、巨木へと視線を向ける。巨木の枝がそれぞれ触手のように蠢いたかと思うと、土埃をあげながら地面から抜けていった。

 ロマンは黒刃を引き抜き、触手のひとつを切り裂いた。切り裂かれた触手の先が地面に落ちて、ビタビタと揺れたあとに動かなくなった。


「ロマン!」

「おっと! お前はこっちだ!」


 男の腕が深月の腕を掴む。


「ちょっ……アンタ!?」


 深月が抗議するまでもなく、ずるずると引きずられていく。


「ちょっと離してっ!」

「やれコウジぃぃっ! 新鮮な餌だぞおっ! 殺せぇえっ!」


 男は誰かを呼んだ。

 その瞬間、巨木の根のひとつがロマンを捉えた。ド、と音がして、ロマンの腹へと突き刺さる。それはロマンの体に勢いよく巻き付いて、ぐるぐる巻きにした。


「ひゃはははっ! よしいいぞコウジぃっ!」

「ロマン!」


 男は深月に向き直る。


「へ、へへ、若い女なんて久々だ。良く見りゃあいい顔してるじゃないか、ええ?」

「離しなさいよ変態!!」


 深月は何度も腕を振りほどこうと暴れた。膝を曲げて、後ろにあった股間を蹴り上げる。


「うおっ」


 男は思わずよろめき、その隙に深月は腕を振り払って脱出した。それから振り向くと、キッと男を睨む。


「コウジってまさか……あの木のこと!?」

「へへ、そうだ、そうだよ。オレの弟だ。バカのくせに、いっちょ前にヒーラーになりやがって。へへへ」

「ヒーラー……? まさか……あれ、異形?」

「もう奴は死ぬんだよっ、現実を見ろっ」


 男はぐるぐる巻きになったロマンを示した。

 だが――そのロマンは、なんてことないような表情で目を見開いた。ぐ、と体に力を込める。樹の根っこがミシミシと音を立てて、内側から膨らんでいく。樹はなおも握り潰そうとしたが、ロマンのほうが早かった。

 乾いた音をたて、根っこが内側から引き千切られ、爆ぜた。腹から残った根っこを引き抜くと、放り投げる。その穴はしゅうしゅうと音をたてて塞がっていく。すぐさま黒刃が勢いよく振るわれ、縦横無尽に黒が舞った。そのたびにボタボタと切断された樹の根が地面に落ちて、轟音を立てる。樹の根は何度か動いたあとにぴくぴくと動かなくなった。その切断面からは、赤い血のようなものがどくどくと流れ出る。

 ロマンの衣服のフードが取れ、黒く染まった白目と赤い瞳、そして頭部から生える角が露わになった。


「な、な……。おまえ、異形っ……!?」

「そうだが」


 なんてことのないように答えると、残った根に飛び乗り、器用に襲い来る根を避けて跳躍していく。塔に貼り付いた幹へと近づいていく。


「お、おい、コウジっ! 早く殺せっ! そいつを殺せぇえっ!」


 男が焦ったように叫んだ。

 だが、ロマンの黒刃が幹の頂上へと振るわれると、そのまま一気に引き裂いた。黒刃と、その衝撃が樹木を真っ二つに切り裂いていく。おおおお、とどこからともなく叫びのような声があがった。

 蠢く根が硬直したように引きつり、幹が揺れる。


「たっ……倒れる……!?」


 巻き込まれる前に、ロマンは幹を蹴りつけて跳躍した。その衝撃で、幹は後ろのほうへと大きく揺れた。一気に地面へと着地すると、茫然とした深月を引っ張りあげてもう一度跳躍して離れる。

 後ろを振り向くと、轟音とともに巨木が電波塔を足元から引きずり倒しながら向こう側へ倒れていくところだった。

 土埃が舞い、びくびくと震えていた巨木が、次第に根からパキパキと枯れていく。がらりと崩壊し始めると、男がわなわなと震えながら近づいた。


「おいっ、おいいっ! なに負けてんだコウジぃぃ!」


 巨木の根を蹴りつける。だが崩壊は止まらない。


「てめえぇぇっ! ヒーラーだろうがぁっ! この役立たずっ! せっかくヒーラーになってオレの役に立ったっていうのにっ! てめぇがいなくなったら誰がっ……誰がここを浄化するんだっ!」

「どういうこと?」

「なるほど。……浄化能力」


 おそらくコウジと呼ばれた人間は、傷の回復よりも水の浄化の方に特化していたのだろう。おそらくはこのあたりの水を浄化できたのだ。だが、異形と化していくその体を保つには、人間の血が必要だった。そうして男が招き、コウジと呼ばれる異形がその客人を喰らうシステムはできあがったのだ。


「アンタまさか、私たちを餌にしようって魂胆だったの!」

「なんてことしてくれたんだっ! てめーらが樹になれっ! ヒーラーになれやぁっ! オレを生かすんだよおっ! オレは死にたくないんだっ!」

「ちょ、ちょっと……」


 今にも殴りかかってきそうな男から、深月がロマンの後ろに隠れる。


「ああ!? てめぇ異形だろうが! 異形なら異形らしく、オレを生かせやぁっ!」

「お断りだ」


 男が何か言う前に、その眼前に黒い刃が通った。男の鼻から上がジャッという音とともに飛ぶと、もはや何も言わなくなった。


 それからしばらくして、二人は早々に荷物を纏めてオアシスを出た。深月は少しだけ後ろを振り向く。もはやオアシスは涸れ果てていた。巨塔にこびりついた巨木は萎びて、下には綺麗な水ではなく血だまりがたまっている。

 後々、ここは血に誘われた異形たちが占拠するのだろう。果たして植物と化したヒーラーが食用になるかはさておいて。


「しまったな」

「……なにが?」

「あいつは生かしておいたほうが良かったかもしれん」

「え、どうして?」

「そのほうが苦しんだだろう」


 深月は目を瞬かせた。


「……ロマンがそんな事言うなんて思わなかった」

「冗談だ」


 ロマンは表情を変えないまま、素っ気ない言葉を返した。

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