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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
3章 第二階層:荒野ノ寂塔

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19話 夢と現実

「あらまあ!」


 それが母さんの第一声だった。

 玄関で自分の後ろから覗く彼女は、にこやかに笑いかける。


「こんにちは! 私、ハヤト君の友達で天野香織っていいます」

「あら~! こんにちはあ!」


 母さんのテンションが上がっているのがわかる。

 そりゃまあ、シングルマザーで高校生まで一生懸命育てた息子が、これまで縁の無さそうだった女友達、というやつを連れてくればそんな声も出すだろう。


「どうぞいらっしゃい! 狭いところだけど」

「お邪魔しまーす」


 住民よりも先に上がろうとする奴がどの世界にいるというのだろう。目の前に確実に一人いるわけだが。


「ハヤトの部屋は? 二階?」

「二階だけど……いいからちょっと待てって!」


 靴を脱いでいる間に、母さんがオリを見てにこにこと笑った、


「まあまあ。あんな怖がりだった子が、ついに女の子連れてくるようになるとはねえ」

「いいから母さんは黙って!」

「えっ? 怖がりだったんですか?」


 オリはあろうことか話に食いつき、二階に上がりかけたところで振り返った。


「そうよ~。幼稚園の時の話だけどねぇ。節分の鬼とか、帰ってきて『怖い~!』って」

「へええ。それで? それで?」

「もういいだろそんなの!」


 気恥ずかしさで、オリの手を掴んで自分の部屋へと向かう。子供の頃の話を蒸し返されたこともそうだったが、顔が赤くなるのがわかった。部屋へついた頃にはオリの手を掴んでいたことを意識してしまって、余計にどうしていいかわからなくなったくらいだ。

 香織だからオリ。単純なあだ名だ。女子たちの間で名付けられたその名を、次第に母さんも呼ぶようになった。


 しかもある日のことなんて、街での買い物から帰ったらオリがいる始末。


「あっ、おかえりー!」

「って、なんでオリここにいんだよ」

「奈美さんに手芸習ってたとこ!」


 いつの間にか息子を差し置いて、料理だの手芸だの習う仲になっていたらしい。

 それどころか、たいてい友人の母親に向けられる「おばさん」ではなく、奈美さんときた。


「オリちゃん上手いのよぉ。ね~」

「そんな、奈美さんみたいになるにはまだまだですよ!」


 少なくともそのとき、自分とオリは付き合うとかそういう間柄ではなかった。ただ少しお互い意識したような、そんな微妙な関係だ。友人と言われるともっと深い気もするし、恋人と言われるとまだどちらも告白はしていない。

 けれど母さんからすれば、きっと娘が出来たような、そういう感覚だったのだろう。


 ――そのとき、とは……いつだ……?


 ふと我に返る。

 夢の中でこれは夢だと自覚したように――否、夢の中だと自覚したのだ。これが現実でないことを急に思い出す。


 ――ああ、これは夢だ……。


 一度思い出せば、急速に記憶は彼方へと去っていった。







 目を覚ますと、電車のゴウゴウという音が突然耳に届いた。

 意識の向こうへと消えていった夢を、ちゃんと現在が打ち消してくれた。中は鉄錆びたような、古い血のにおいが微かにした。座っているソファは古びて所々壊れている。修復の跡があるだけまだマシだ。修復にはガムテープや布といったごく普通の材料から、なにか巨大な生物の肋骨のようなものまで様々だった。これが現実だ。睨むように、しっかりと頭に叩き込む。

 重みを感じて隣を見ると、うつらうつらとした深月の頭がロマンの腕にもたれかかっていた。


 向こうへ押しやろうか考える。しばらくその様子をじっと見て、手をかけた瞬間。相変わらずの暗闇が続いていた窓の外に、不意に違う光景が映った。ちょうど大穴の真ん中を通り過ぎたようだ。思わず外を見る。かつて赤子の手が出てきた大穴。下が見えないかと思ったが、期待したどおりのことは起こらなかった。

 やや明るくはあったが、それでもなお暗い闇が底に横たわっていた。


『……次は、第二階層入り口。第二階層入り口……』


 車内に、誰のものか解らない声が響く。誰がいじくったのか知らないが、ひどいジョークだと思った。


「……んあ」


 深月が声をあげ、びくりとちいさく跳ねてから体を起こした。


「……いま、どこ?」


 深月が起きる前までには、電車はもう暗闇になった壁の中へと入っていってしまっていた。


「もうすぐ着くようだ」

「んん~~っ」


 両手をあげて体を伸ばす。持っていた荷物を叩きながら引き寄せ、電車が着くのを待った。やがて電車は静かにスピードを緩め、ゆっくりと駅へとついた。

 半分ほど破壊された駅におりると、電車は再び客を待つようにそこに佇んだ。古びたのぼり階段を見つけると、迷いなく階段をあがりはじめた。上にあった改札には動ける生物は何もいなかった。


「で、街はどのへんにあるんだ?」

「信者の連中が言ってたのは、第三階層の近くね。次の階層の監視とか……そういうのに便利なところに人が集ったみたい」

「なるほど」

「目印は電波塔だって言ってたけど……でもこのあたりはまだ上の階層と同じみたいね」


 周囲を見る深月に対して、ロマンは窓の外へと視線を向ける。


「ここは駅の中みたいだし……」

「……いや、そうでもなさそうだ。見ろ」


 ロマンが窓の外を示した。

 深月が近づくと、下を見た。


「……なにあれ、すごい……。緑なんて久々に見た」


 だがそれ以上に、巨大な建造物が大地に突き刺さっているのが見えたのが衝撃的だった。この階層は巨大な空洞になっていて、しかも建物の中と外、という概念が存在するらしい。

 土で覆われた空からは、ところどころ穴が開き、泥のようなものが絶えず落ちてきていた。そんな上の階におさまりきらなかったというように、巨大な塔のごとき建物が空を突き破って下の大地に斜めに突き刺さっている。大地に突き刺さった箇所は、巨大建造物を中心に、小さな集落と森が広がっていた。

 だがそこだけがオアシスのようで、周囲には荒涼とした大地が広がっていた。まるで巨大なビルが突き刺さった場所だけ、文明と緑が存在しているかのようだ。光景としては異質である。


「このオアシスを辿っていけば、あれに着きそうだな」


 ロマンはひときわ目立つ巨大な塔を指さした。


「……ねえ、あれって……見たことあるんだけど」


 東京に存在した、巨大な電波塔。下には観光施設を備えたものであり、完成直後から人で賑わっていたものだ。その下には植物のように建物がある。ただでさえ異様な光景の中、そこだけが際だって見えた。


「東京は真っ先に沈んだ、というのが大体の見解だった気がするんだがな」

「……上の階でも、複数の地下街とか、商店街が繋がってたでしょ。つまりそういうことなんだと思う……混ざり合ってるのよ」


 深月はますます困惑したように言った。


「まあ、なんでもいい」


 ロマンは後ろを振り返り、黒刃へと手をかける。


「行くなら早く行ったほうが良さそうだしな」


 闇の中を見つめるロマン。

 久々の餌を見つけて、ひたひたと寄ってくる飢えた異形ども。長い手足を持ち、壁を蜘蛛のように這い回りながらくるものと、地面を這いずりながらやってくる小型のもの。深月が黒刃のぶんだけ後ろへ下がると、ロマンは黒刃を引き抜いて一気に跳んだ。

 ロマンが異形の群れに飛び込んだ瞬間、一斉に上半身が空中に飛び散った。返し刀で壁にいた異形が、声をあげる暇もなくまたぐらから真っ二つになって虫のように地面に落ちる。黒刃が体を断つ音だけが駅の中に響き渡り、やがてロマンの足音だけが戻ってきた。

 黒刃を振って血を振り払うと、二人は駅の外へと歩き出した。そこには暗い闇の砂漠のような荒野がどこまでも続き、突き出たビル群がかつての名残のように突っ立っていた。

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