表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
2章 第一階層:文明ノ廃墟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/113

12話 閑散としたかつての休息地

 階段を降りると、小さな広間があった。


「……誰かが使ったような形跡があるな」


 荒らされてはいるものの、かつてここで人が集っていたような形跡がある。

 たとえば隅で積まれた布団や、どこからか持ってこられたホワイトボード。中身は既に腐ってはいるが、木箱に入った食料品。空っぽになった樽。出店のような枠組みもいくつか作られていて、ここだけ人の気配を感じる。

 他の通路は水浸しで泥だらけのところもあったが、ここだけは綺麗に清掃されたり補修された跡があった。


「第一階層は一番人の手が入ってるから、当時はもう少し整備されていたみたい」

「……整備……?」

「わ、私に言わないでよっ。聞いただけなんだからっ」


 疑わしい目で見てくるロマンに、深月は腰に手を当てて言い返す。それから、ちぎれてぱちぱちと音を立てている電線を指さす。


「ほら、まだ電気が……どういうわけか通ってるでしょ」

「本当に電気かは疑わしいが」

「それはそれよ。とにかくこの第一階層は人の文明が残ってるってこと。だから……」

「気が緩んだのか」

「ええ。そもそも、地上に出てきた異形も……このあたりを占領してたみたいだし。っていっても、最初のうちはどんどん進んでいったって話だけど」


 事態の収拾を目論んだ国家は、日本のことなど二の次で進んでいった。取り残された人間も助け出されたことはあったようだが、異形と間違えて殺してしまっても仕方のないことだと思われていたらしい。

 ただ、その国家のほとんどがいまでは政府が崩壊して世界ごと壊滅状態にあるのだが。

 深月は無造作に置かれたベンチに触れながら言った。


「でも、ここも……誰もいなくなってるね」


 赤黒いシミのないところを選んで、深月はベンチに腰掛ける。


「襲撃だろうな。途中までは便利な休憩所だったんだろうが」


 ロマンはそう形容したが、実際は休憩所どころか貴重な情報交換の場でもあり、コンディションを整えるための重要な拠点だったのだ。おまけに言葉まで通じるとなれば、その点では気も楽だったろう。

 反面、母国語での秘密の話ができない、というストレスはあるだろうが。


「矢印もここで終わってるみたい……。ここは最初の拠点だったみたいね。このへんのものをどかせばまだ使えるかも」

「……どうかな」


 ロマンはやや目を細める。暗闇の中で、何かが潜んでいるような気がする。天井の暗闇を睨んでから視線を戻した。


「しかし、よく知っているな」

「一応ね、聞かされたの」


 深月は周囲を確認しながら言う。


「私は神のもとまで行かないといけない、生贄だったから」


 その声はどこか遠かった。ロマンは何も言葉を返さなかったが、その生贄が神を殺そうとしているとはとんだ反逆だろう。なにがあってそこまで心変わりしたというのか。


 ――あるいは、逆か。


 そこまで深い復讐心とはなんだろうと、一瞬疑問が湧いた。


 ――……いや。


 浮かんだ衝動をむりやり鎮める。


「なら、ヒーラーの異形化についても何か知っているのか」

「あの人たちの話?」

「ああ」


 ロマンは立ったまま頷く。


「知っているというか……大したことは知らないけど。ヒーラーがヒール、つまり治療回復の異能が使える人、っていうのはわかるわよね。傷や欠損を治せるひと」

「ただの基礎知識だな」


 というか話しただろうが、とややあきれた目で深月を見返す。


「じゃあ、ヒーラーが世界で最初に発見された幻想化症候群……つまり異能力の持ち主だってことは?」

「……最初に……?」


 深月は頷く。


「世界で最初のヒーラーとして確認されたのは、当時四歳の男の子だった。冥宮近くで避難生活をしていた男の子。当時の日本は混乱の極地にあったけど、その頃はまだ支援をしようという風潮があったの。それで、避難場所によく来てくれた米軍の兵士と交流していたのね」

「……」

「兵士たちも、住民もうまくやっていたんだと思うの。でもある日、腕を失ってやってきた兵士がいた……」


 ロマンは気付いたように片目を見開いた。


「治したのか、腕を」

「そう」


 腕を失ったことで帰還することになったその兵士は、お別れにやってきた。まだ包帯の巻かれる兵士に再会した彼は、子供ながらの無邪気さと、ほんの少しの残酷さ、それと子供だからこその察しの良さによって、腕をどうしたのか尋ねた。

 苦笑しながらも大丈夫だと答えた兵士の腕の先っぽに、彼はそっと触れた。

 公式の兵士の証言によると、身体の中から何かがこみあげてくるような熱を感じたのだという。包帯が耐えきれずに外れると、その隙間を縫って骨が再生するのが見えた。筋肉があらわれ、失う前とまったく同じ色の皮膚が筋肉を覆い、指先の爪までもが再生した。

 最後に兵士が信じられない目をして指先を握ると、それはもう大騒ぎになった。


 聞かれた少年は得意になってこう言った。


『あのね、腕が治りますようにって魔法をかけたんだよ!』


 まさしく魔法としか考えられなかった。

 とはいえ四歳の、まだ語彙の少ない少年の言うことである。

 最初こそその少年が元から不思議な力を持っていたのではないかと思われた。彼は米軍の保護対象となり、研究対象となった。しかしどんな調査をしても、彼にこれといった異変は無かったのである。

 そのときは、まだ。 


「ともかく、餓鬼に食い千切られて跡形も無くなっていた兵士の腕をもう一度生やした。それが、公式に確認されている最初のヒーラー」


 他人の肉体を癒し、再生する。

 人類の至高の夢にして最後の希望。


「そこからね。回復どころか、超人的な怪力や、自然発火のような能力を持った人間が次々に出現したのは。それこそ魔法のような症状、幻想化症候群、って仮名は、そこから正式な名前になった」


 彼らは希望になった。

 時に迫害を受け、時に新興宗教の教祖となり、時に他者に暴力を与えながらも、冥宮の突破口になると思われた。

 誰にでもできるわけではないが、理由はただひとつ。強い願いを持つこと。


「けれど、残念ながら――幻想化は希望になりえなかった」

「それが能力持ちの異形化か」


 能力持ちは兵士かそうでないかに関係無く、年齢も性別も、人種すら無関係に発現した。一般人が無理矢理兵役につかされることも、反対に望んで冥宮行きを志願することもあった。いずれにせよ人々の羨望と嫉妬を一身に受けた彼らは、弱いものから精神的に疲弊していった。

 そうして引き起こされたのが最初の異形化だった。


 その『最初』がどこだったのか、正確な記録は無いに等しい。


「一説によると、幻想化の実験とか、異形と相対することそのものに耐えきれなくなった、なんて話があるわね。特に強い願いが幻想化を引き起こす反面、心の均衡が崩れて錯乱してしまうと異形化する可能性があった」

「それは……一種の暴走状態なのか?」

「そうとも言えるかも。……ただ事実がどうであれ、一部の人間には衝撃だった。悪魔の兵器ですら適わなかった、本物の悪魔を退けるべく、神が与えたもうた奇蹟の力。そんなチープで、だけど希望のある解釈が一瞬にして粉々になったんだもの」


 ロマンは思わず笑った。


「結局のところ、その力とやらも、この水底からやってきたものってことだ」


 そう言葉を続けると、おもむろに黒刃を抜いた。目にも留まらぬスピードで、黒刃が深月の頭上を切り裂いた。


「……こいつのように」


 深月の頭上から甲高い悲鳴が轟いた。

 一瞬出遅れた瞳が上を向く前に、真っ二つになった長く細い舌のようなものが眼前に落ちた。


「退いてろ、これはでかいぞ」


 言われなくても、というように、深月がベンチから飛び退いてロマンの後ろへ隠れた。途端に天井の暗闇から地面へと巨体が落ち、ベンチを粉砕した。深月が思わずロマンのコートにしがみついた。埃と、つんとしたにおいが鼻をつく。もうもうと湧き上がる土埃の向こうに、細長い胴体が蠢いているのが見える。その煙が次第に晴れると、黒く光沢のある胴体に、女の腕が何本も整列して並んでいるのが見えた。

 甲高い悲鳴をあげながら、途中で切り取られた舌を振り回し、ぎろりと女の黄色く濁った瞳が二人を見据えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ