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東京冥宮 ―生贄少女と白髪鬼の現代迷宮紀行―  作者: 冬野ゆな
2章 第一階層:文明ノ廃墟

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10話 僅かな希望の潰えた地下

 ロマンの爪が一閃すると、女の首元から盛大に血が噴き出した。


「おぼっ」


 のけぞった身体が大きく痙攣したあと、血まみれの死体が冥宮に転がった。もう何体目になるかはわからない。だが冥宮にあるは異形のみにあらず。当然、人間の姿もあった。そいつらが二人の姿を見ると――特に深月が女であるとわかると、のこのことやってくるのだ。

 とはいえ、相手が女子供だから非力だろうなんて浅い考えで近づいてくる人間なんてたかが知れていた。自分が女だから気を許すだろうなんて輩も。だからこそ第一階層で塵をあさっているのだろうが。


「このあたりにはまともな人間もいないのか」


 指先を軽く振り、血を振り払う。


「……どうかな。地上だと隠れ住んでる人もいたけど……。そもそも五年前の陥没でどれほどの人が生き残ったのかもよくわからないし」

「そうだったな」

「『太陽の子』もいるから、まったくいないって事はないと思うけどね」


 その点は地上と同じかもしれなかった。

 過去の定義で『まとも』と称される人間は隠れ住み、その中で血気盛んな者は襲ってくる。たったそれだけのことだ。隠れ住んでいるから安全とも限らないが。

 それでも歩みを止めるわけにはいかない。


 しばらくアーケードを進んでいると、深月が店と店の間にある通路を見て言った。


「ここ、なんかの施設だったところじゃない?」


 指さした所には、通路の先に硝子戸があった。


「なんだ、施設って」

「地下街ってデパートに繋がってるところがあるんでしょ?」


 このあたりはいわゆる地下街や地下アーケード、地下鉄といったものが冥宮の『素材』になっていた。とはいえ、突然そのへんから信号機が生えていたりもするのだが。


「……ああ、そういう……。デパートならどうせ行き止まりじゃないか」

「うーん。まあ、矢印もなさそうだし……」


 深月がまじまじと見ているのをロマンはしばらく見ていたが、不意に視線を動かした。深月の首根っこを素早くひっつかみ、もう片方の手で飛んできたものを掴む。


「なんっ」


 ロマンの後ろへ追いやられた深月は、文句を言う暇もなかったらしい。聞いてやる暇もない。黒刃を抜いて眼前で振るうと、甲高い小さな音がいくつか響いた。はじいた矢が地面に落ちる。黒刃の表面をロマンの目線が移動し、矢を打ち落とした勢いのまま、こちらから反撃に出る。

 硝子の向こうで、いくつかの瞳が驚愕に見開かれる。


「なに……!?」


 深月が驚くのより早く、ロマンの目がその姿を捉えた。

 振るわれた黒刃の巨大な風圧と共に、建物の硝子がけたたましい音を立てて崩れていった。ここまで残っていたのが奇蹟のような産物は、たったひとふりによって脆くも崩れ去ったのだ。

 ロマンの足が僅かに一歩前に出ると、たったいま開いた穴めがけて跳んだ。


「うわああああっ!」


 悲鳴が聞こえ、乾いた銃声が響いた。

 だが唐突に突っ込んできたロマンには対応しきれなかったらしく、一人が黒刃で斜めから真っ二つにされて落ちた。壁に新たな赤い色を飛び散らし、身体が崩れる。

 土埃の中で突っ立つ影に、その場にいた全員が息を呑んだ。


「クソッ、ダニーめ!」

「ま、待てっ、こいつダニーじゃないぞ!」

「なんだって?」


 慌てたような声がする。


「待ってくれ! アンタを攻撃したわけじゃないんだ。だから……」


 言いかけた声が止まった。土埃が晴れて現れた姿に絶句したのだ。人々の目は、頭から垂れた長い白髪に、髪をかきわけて生える二本の角に視線が吸い込まれていったのだ。


「こいつっ……、魔物……!」

「し、知ってるぞ……。白髪鬼だ!」


 ロマンはその場にいた人間たちを凝視した。みな、古臭いボディアーマーやタクティカルベストで武装している。人数は今殺した一人を除いて六人。顔つきや肌の色を見るに、少なくともアジア人ではない。コロニーというには小さいが、少なくとも何でもかんでも殺してやろうという集団ではなさそうだ。ただ、ロマンに手を出してしまったのは運の尽きだが。

 黒刃を手に一歩踏み出すロマンに対して、じりじりと下がっていく人々。その中のひとりが、震える手でショットガンを構えたときだった。


「待ってロマン!」


 後ろから深月が叫んだ。

 ロマンが面倒臭そうな目でじろりと一瞥する。


「あなたたちが言ってるダニーって、なんのことなの?」


 あまりに唐突に人間が現れたせいだろうか。コロニーのメンバーは困惑を隠しもしなかった。


「あ、お、お前は……?」

「私たちはこの先に行きたいだけ。なにか知ってるの?」

「と、とにかく、武器を下ろしてくれ」


 黒人の男が言ったが、ロマンはぎろりと睨んだだけだった。

 再び拮抗状態になりかけたそのとき、奥のほうから足音がひとつ、近づいてきた。


「……いや、こちらが武器を下ろすべきだ」

「ジェシカ! だが、こいつは……」

「アンタが手綱を持っててくれるんだろ、お嬢ちゃん」


 出てきたのは金髪の女だった。彼女もやはり迷彩柄のベストに身を包んでいて、素人ではないことを思わせる。

 深月が頷くと、ジェシカと呼ばれた女が手で合図をした。すると、その場にいた全員がおずおずと武器を下ろした。深月はロマンの黒刃を持った腕をギュッと掴んだ。つまらないものを見るような目で見返された。


 ぎこちない空気が流れていた。

 深月とロマンは入り口付近で、そこからやや距離をとってコロニーのメンバーが座った。先に口を開いたのはジェシカだった。


「すまないな。だけど、アンタたちもこの先に行くならダニーと出会うはずだ。あいつはこの階層の奥に陣取ってるからな」

「……あの、そのダニーって誰のことなの?」


 深月が尋ねると、ただでさえ重苦しい空気がいっそう重くなった。


「ダニーはな、俺たちの仲間だよ」


 吐き捨てるように男が言う。


「それにしては結構な歓迎だったが?」


 ロマンが横から口を出すと、男がビクッと肩を跳ねさせた。

 ジェシカが息を吐く。


「仲間……。仲間だった、と言えばいいか?」

「敵対したってこと?」

「そんなようなものさ」

「どんな理由で?」


 深月の問いに少し迷うような仕草を見せる。けれども結局、口を開いた。


「ダニーはヒーラーだったんだ。わかるだろ、……幻想化症候群の一種だよ」


 深月がその言葉に反応して、眉を顰めた。


 冥宮が出現したあと、出現したのは異形だけではない。世界規模で、奇妙な力を扱えるようになった人間も同時に出現した。

 それが、幻想化した人間――『幻想化症候群』と呼ばれる人々だ。


 名前の通り、ヒーラーは治癒能力。他にも、通信機器なしに他者へのテレパシーを使えるテレパス。物体を触れることなく動かすサイコキネシス。いわゆる超能力の類を発現する者たちが出現した。彼らは異形を相手にするうえで重宝され、彼らこそが英雄、人類の希望と目された事もあった。中にはゲームに影響されて「スキル」と呼ぼうなんて輩もいた。だが結局それはなしえなかった。


 なにしろ幻想化した力も不安定なものだったからだ。心の持ち様によって力は左右され、暴走することもままあった。それこそ他者の肉体に必要の無い手足を生やしてしまったり、治癒のはずが攻撃を加えることもあった。

 だが理由はもうひとつある。


「幻想化した人間は、異形と化す可能性がある。つまり、そういうことだ。ダニーはこの世界に耐えきれなかった。……異形になっちまったんだよ」

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