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第8話 苦味

 二人は結ばれたままだった。


 大きく脚を広げた天音の上で、途方もない満足感と共に、瞬は包まれている。


 しかし、男としての焦りと反省が浮かんでいた。


『あまりにもあっけなかったよな? オレ、天音にどう思われた?』


 放出の後の男性特有の後悔が漂う。


『もっと上手くやれるはずだったのに』


 満足感の後ろから、喪失感に近いものが生じていた。


 その瞬の背中を恋人の手が撫でてくれる。安らぎとともに、男としての恥を感じてしまう。


「ごめん」

「ううん。なんで? ぜんぜん、大丈夫だよ?」


 見上げる少女の顔には、愛する男性に満足を与えられた嬉しさがある。しかし、普段の瞬であれば、その瞳に不安が存在しているのを気付いたはずだった。


『もっと上手くやれたのでは?』


 瞬だって年頃だ。


 いつか自分だって、と思っていたことがいろいろあった。けれども現実は全く違っていた。終わってみれば、ああすれば、こうしていたらと、そこはかとない悔しさがあった。もちろん「これほどの甘美な感覚があったのか」という満足はある。


 けれども、天音かいささかキョトンとしているように見える。あまりにもあっけなさすぎたと後悔が先に生まれるのが男というものだ。


 そして、次の瞬間「しまった」と思った。


「ごめん! 中で……」


 緊張もあったし、あまりにも甘美で我を忘れてしまったのもある。普段自分が冷静だと思っていたのに、なんたる失敗をしてしまったのか。


 慌てて身体を起こそうとした瞬を、細い腕が必死にしがみついて引き離さない。


「大丈夫だから! しゅん、このままでいて!」

 

 愛する人と、つながっていたい。天音は、こんな気持ちは初めてなのだ。


「でも、オレ! あの、ほら、中で」

「うん。瞬が私の中で満足してくれたんでしょ? 嬉しかった」


 ニヘラと笑う笑顔は、むしろ童女の笑みだ。


「だけど……」


 さすがに、あれを着けなかった。着けることを一瞬たりとも思い出せなかった。その焦りを見抜いたかのように、少女は「大丈夫だからね」と微笑んだ。


「あのね? 中は初めてだけど、私はわりと正確な方なの。たぶん、大丈夫な時期だから」

「そうなんだ」


 ひょっとたら女の子ゆえの優しさで言ってくれたのかもしれない。しかし、言葉だけでもありがたい。


「ね? だから、嫌じゃなかったら、このままでいて?」

「重くないか?」

「ううん、嬉しい感じ」

「そうなんだ」


 ホッとした。同時に、柔らかな身体に身体を重ねる愛おしさに身を浸している。


『よかった。妊娠は大丈夫なんだ。それを知ってて、何も言わなかったのかな。女の子はすごいな。あれ? 待てよ? 今、なんて言った?』


 天音の言葉が頭の中でリフレインする。


『中は初めて…… 中 は ?』


 同時に浮かんだのは別のこと。


「初めての時って女の子は痛がる」という言葉だ。


 みんながみんな出血するわけではないのも知っているが、出血した感じはない。


 温かい場所に包まれたとき、天音が漏らした声はあまりにも甘やかなものであった。それは決して痛みを訴えるものではなかった。


 その時、天音が顔を瞬の首に埋めてギュッとしがみついてきた。


「瞬、やっぱり気にしちゃうよね?」


 天音の声が緊張していた。


 言葉のトーンで、頭に浮かんだ「疑問」は、その瞬間、肯定されたと理解した。


「いや、そんなことはないけど」


 天音のセリフが意味するのは「経験」という言葉だった。


 戸惑いを見抜いたように、抱きついている天音が「嫌いになる?」と聞いてきた。


 解釈を間違えようがない。


 自分はバージンではないが、それでも嫌いにならないか、と聞いてきているのだ。


 バッと顔を上げて、天音の目を覗き込んだ。


「そんなことはない! 嫌いになったりするわけがないよ!」


 断じてない。


「でも、オレ、ヘタだったろ? あっという間だったし」


 むしろ、そっちだ。恋人に軽蔑されるのは男として辛い。


「だって瞬は初めてなんでしょ? 仕方ないよ。それにすごくステキだったよ」


 それが、恋人の優しさゆえの言葉であるのはわかる。だから嬉しさを感じる反面、密かに落ち込むことになる。


 何か技巧を凝らすという余裕なんてなかった。あっという間に過ぎてしまった。


 男にとって、それは恥以外の何ものでもない。


 しかし天音はあくまでも優しい。


「ウソじゃないからね? とっても素敵だったよ。それよりも、私だよ? ねぇ、瞬は気持ち良くなってくれた?」

「ごめん。あっという間だった」

「良かった! 喜んでくれたんだよね?」

「もちろんだよ」

「ね? また、瞬がしたくなったら、いつでもしていいからね」


 嬉しそうな笑みで「瞬とだったら私もしたいんたから」と誘う。


 ゴクリとツバを飲んだ後、思い切って言葉にしてみる。

 

「ひとつ、聞いて良いて良いかな?」

「うん。良いよ」


 そこまで言ったが、その後の言葉が出せない。


 聞きたい、けれども、それを聞いて良いのかどうか。


 相手はいったい誰なんだ?


 そんなことを気にするなんて、あまりにも情けなくないか? 聞くに聞けないヘンなプライドがある。


 天音が先に察してくれた。


「やっぱり気になるよね。あのね、ごめんなさい。今は、まだ、相手を言えないの。いつかちゃんと話すから。それじゃ、ダメ?」

「いや、それは、その」

「でもね! 信じて! その一人だけだから! それに、その人とはもう絶対会わないし、もちろん二度としないわ? もう、瞬だけだもん。それじゃ、ダメかな?」


 過去のことだ。そいつがどんな男なのか、いつだったのかは、男として猛烈に気になるが、天音が正直に告白してくれたことの方が瞬にとっては大切だと思えた。


「過去のことだろ? 今の君が好きだから」

「ありがとう」


 どっちからだっただろうか。恐らくお互いが求めたのだろう。深い深いキス。天音が気にしたのは「自分が下手だったからじゃない」とわかって、安心したのだろう。


 瞬の()()()が、再び力をみなぎらせ始めたのだ。あっという間だった。

 

「え?」


 天音は、受け入れている身体が、再び()()になった気配を察したのだ。


 目を丸くして見上げる恋人に、瞬は自分のガッツキぶりが恥ずかしくなる。


「ごめん」

「ううん。ぜんぜんいいの。ビックリしただけ。むしろ嬉しいからね? すご~い。連続で出来ちゃうんだ~」


 そこにあるのは、九分の喜びと一分の驚きを載せた表情だった。


 天音が密かに心配していた「これでガッカリされる」ことよりも、相手が自分を必要としてくれたという喜びが大きかった。


 そして密かな『こんなに早く回復するんだ?』という驚き。もちろん、こうなった男性が何をしたいのか、よくわかっている。


「ね? よかったら、いっぱいして? 何回でも大丈夫だから。瞬がしたいだけしよ?」


 そんな健気なセリフの裏側に言うに言えない言葉があったことに瞬は気付かない。


 恋人と抱き合いながら、天音が胸にしまった言葉だ。


「こんなに汚れた身体で良かったら」


 幸せいっぱいの瞬が気付くはずもなかった。




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