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第1話 告白してきたのは

 梅雨が明けた。


 夏の日差しが降り注ぐ中、陸上部の次期エース、松永天音(あまね)に呼び出されたのは部室棟の裏だった。


「それで、用件はいったい何なんですか?」


 呼び出されたから来たのに、いっこうに用件を切り出してこない。大竹(しゅん)は苛立ちを覚えている。


 呼び出した側の美少女はさっきからモジモジと地面を見てはため息をつく繰り返し。いつものテキパキとした雰囲気は完全に封印されている。


『これが中学時代なら告白されるんだって思っただろうな』


実際、月に一度は、こんな雰囲気で告白されていた。


『さすがに、今の高校生活で、そうなるわけがないもんな。しかも相手は松永さんだし』

 

 相手は若葉高校の三美人と言われる一角だ。しかも普段の関わりもない。自分の分をわきまえているつもりの瞬は現実を甘く見ていない。


 だから、何の用件なのだと早く言って欲しかった。


「え~っと、さっきから何度も聞いてますけど、何の用でオレは呼び出されたのでしょうか?」

「あ、うん、あの、だからぁ、えっと、あのぉ」


 やっぱり生返事だけ。校則違反のアイプチをした二重を(しき)りにパチパチと瞬く。


『だいたい、話したこともないよね? えっと…… 。陸部の次期エースだってことくらいは知ってるよ? ついでに言うとウチのクラスで一軍陽キャの二階堂(にかいどう)(たける)と付き合っているって話だ。あと、ウチの学校の三大美女の一人ってくらいか』


 意外と知っているなと自分を見直す瞬だが、だからと言って事態が進むわけでもない。


 自分と何の関わりのない美女が、さっきから何かを言いかけては、マツゲを伏せ、また何かを言いかけては眉毛を寄せていることに戸惑っていた。


『いいかげんにしてほしいよな。しかも、ムダに告白っぽい雰囲気を作るんだから、わけわかんないよ』


 男バスのお荷物マネージャー扱いをされている瞬だ。勉強こそ誰にも負けないが、典型的な陰キャの今、大竹と言う名前よりも「キモ竹」って言われることの方が多いのを自覚している。


 自分が若葉高校三大美女の一人に呼び出される理由なんて、これっぽちも思い浮かばない。むしろ、こんなところを誰かに見られたら、後で何を言われるかわかったものではなかった。


「えっと、用件を教えてくれますか? ちなみに、同じクラスとは言え二階堂とは親しいわけでもないんだけど」


 陽キャでクラスの中心だ。しかも二階堂は自分を激しく嫌っている。何かと突っかかってくる分だけ「キモ竹」の印象が強められているのだ。


 陰キャには言いたい放題だと思っているヤツが世の中にはたくさんいるのだと、瞬は高校生になって知った。


「もしも、二階堂に話があるなら直接、本人と話したらどうですか?」

「違う! 違うの。私が二階堂君との噂があるのは知ってるけど、それは違うんだから! ただの幼なじみって言うだけ。付き合ってないからね!」

「あ、う、うん。わかった、わかったから」


 美少女が二十センチの距離に詰め寄ってくると、さすがにビビる。しかも、これは本気の抗議の顔だ。


「ホント?」

「はい。わかったから。で、えっと、それじゃあ、いったい何の用なんですか?」

「あっ、で、でも、二階堂君から、聞いたって言えば、聞いたかな?」


 なんだよ! 二階堂は関係な言っていったじゃん。その名前を聞いてしまうとさすがに「何かあるんじゃ?」と思ってしまうのは、高校に入ってからのアレコレがトラウマレベルで刻まれているからだ。


 とにかく、その名前が出てきて、何かを言ってくるとしたら、悪いことに決まっている。


「いい加減用件を教えてくれませんか?」


 少し冷えた声で返したのをさすがに気にしたのか、少女も少しだけ思いきった表情になった。


「そ、それは…… あの、察してくれてもいいじゃないかと思うんだけど」


 瞬は大きく息を吸って、静かに吐き降ろした。


「察しろと言われても、身分が違いすぎて無理です」

「ね? 同じ学年なのに、なんで、大竹君は敬語なの?」


 ここで、そのネタを突っ込んでくるかな? 半ばあきれる瞬は、それでも「性分なんです。これ以外のしゃべり方を知らないだけですから」と答えてしまう自分の律儀さがちょっと悲しい。


「そうなんだ」

「で、用件はなんですか?」

「だ、か、ら。男の子だったら普通、こういう時に察してくれたりしないの? 告白するのかなとか!」


 ふう~


 決してワザとではなかったが、思わず大きく息を吐き出してしまった。


『なんで、こんな美人にウザ絡みされなくちゃいけないんだよ』


 瞬は、これ以上の話を諦めた。


「じゃ、そういうことで」

 

 両手を挙げて「ご勘弁を」のポーズ。


『話にならない。帰ろう』


「だめ! 帰らないで!」


 一歩踏み出した瞬間、強い声で止められた。


「じゃあ、用件を教えてください」

「必ずOKしてくれる?」

 

 ワザとなのか、天然なのかは不明だが、段ボールに入れられた捨て猫もかくやの上目遣いには破壊力がある。


 ドキッとしつつも「なんで、聞く前にOKしろ、なんだよ!」と思ってしまう。美人ってのは、自分が頼めば男は何でもOKしてくれるもんだって思ってるのではないかと、さらにイラッときた。


 いい加減、腹が立つレベルだ。カウント開始。


 元々は短気だった瞬に小さい頃から母親が言い聞かせてきた約束だ。


「怒り出す前に15秒息を止めなさい」


 どうにもならないとき、この習慣が救ってくれたことが何度もあったのは事実だ。


 ゼロイチ、ゼロニ、ゼロサン……


 息を止めてカウント開始。バスケをしていると頭の中で正確なカウントができる。試合をコンマ一秒で支配するガードとして必須の能力。24秒までなら、ストップウォッチとの誤差はほぼ出ない。


「お願い、OKって返事が欲しいの」


 ゼロナナ、ゼロハチ……


 たいていは8秒カウントまでで冷静になれる。


 瞬が黙ったことで、相手も返事を待つ時間が生まれた。


『こういう自己中タイプは、とにかく言い出したら聞かないからな』


 カウント中断。


『とにかくOKすればいいんだろ』


「わかった。OKです。人を陥れる計画と、金を貸して欲しいって頼み以外ならOKです」


 一瞬、目をクリクリクリっと輝かした顔が「さすがに可愛いんだな」と思ってしまったのは内緒だ。


「じゃ、言うね。私と付き合ってください」


 なんだ、そんなことか。


「わかりました」


 ようやく話が終わった。


 大竹瞬は、やっと力が抜けたのである。



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