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第18話 闇の中 ~天音~


「健? 気持ちは嬉しいけど、わかってるでしょ。私は瞬の彼女だよ」

「瞬と付き合ったままでも良いから」

「それじゃ、彼を裏切ることになっちゃうもん。そんなことできないよ」


 根気強く言い聞かせていこうとした。突き放せない。「健を孤独に追い込んではダメ」と言う声が絶えず頭で響いているせいだ。ここで自分が見放したら、健は闇に飲み込まれてしまうだろう。


 ……自分みたいに。


 だから、絶対に見捨てられない。なんとかして心を動かさなくちゃいけないんだ。


 天音の心は張りつめた。


 Tシャツ一枚越しに、背中を何度も何度も撫で下ろしてくる手の動きを咎めるのはやめておくことにした。そんなことで余計な罪の意識を持って欲しくなかったし、実際、生理的な拒否感はないのだ。


 ただ、女性としての「感覚」が立ち上る気配があって、彼氏への申し訳なさを感じている部分があるだけだ。


 幼なじみが向けてくれた好意を断る話をしているのだから、つまらないことを言うのはやめようと天音は思った。


 手が止まって、キュッと抱きしめてきた。


「じゃあ、オレのコトは嫌いなのか?」

「嫌いとか好きとかじゃなくて、そんなことは考えられないって言ってるの。人としてなら健のことは好きだよ?」

「じゃあ、今、考えてよ。嫌いじゃないなら、オレの気持ちも受け入れてほしいんだ。大竹を裏切ることにはならいからさ」


 そんなバカな話があるわけがない。彼氏がいるのに、他の男からの告白を受け入れたらそれは裏切りに決まっている。


「そんな都合のいい話、あるわけないでしょ」


 健の言い分を認めるわけにはいかないのは当然だ。


 しかし「違うんだ」とまたしてもギュッと抱きしめてきた。


 健の声はいつになく情熱的だ。


「まず、ありがとうって言うよ」


 健の言ってることを断ったのに、唐突に礼を言われた。「何が?」と返すしかなかった。


「だってさ、今、都合が良い話って言ってくれたよね? 天音にとって、瞬を裏切らず、オレの気持ちを受け入れるのは都合が良いってことだ。つまりオレのコトが嫌じゃないってことだろ?」


 再び背中が撫でられている。


「だ、か、ら。健の気持ちを受け入れたら、それって裏切りになっちゃうでしょ?」

「それは違うよ。絶対に違う」


 断言する言葉は、思ってもみないほど冷静で力強い。思わず首をかしげてしまう。


 こうやって断言するときは、必ず、何か理由があるのを天音は知っているのだ。


「天音が好きな相手と…… 彼と別れろなんて言わないし、オレのコトだけを好きになれなんて言わない。裏切らなくて良い。ただ、シェアできないかなってことなんだ」

「シェア?」

「そう。半分ずつ。オレは幼なじみとして特別だろ? でも、大竹の方が先に付き合ったんだから、あっちが彼として優先だ。オレは後回しでいい。天音の中で公平に扱ってくれればオレは満足できるから」

「そんなことできるわけないし、瞬が認めるわけないでしょ」


 彼女をシェアするだなんて、そんな話を聞いたことがない。


「できるさ。それに、大竹とカレカノってのは、もうみんな知ってるじゃん? だから、そこはオレが引く。あくまでも彼氏は大竹だ。オレは影の存在で良い。天音のことが大好きだから」


 引く? なんかヘンな気がすると思ったが、モヤモヤした気持ちが浮かぶだけで、否定の言葉が見つからなかった。そして、チラッと頭に浮かぶのは「健を一人こどくにしなくてもすむかもしれない」という甘い結論だ。


 天音の逡巡ためらいを見て言葉が勢いづく。


「今と同じだろ? 大竹とカレカノ。そして大竹がいないときにオレは天音の特別な存在だ。今と何か変わる点はあるか?」

「えぇ~ 確かに、健は特別だよ? でも~」

「こうして抱きしめさせてくれ。今までと同じだ。こうして抱きしめているときだけ、オレが君を好きだってことを受け入れてくれれば、それでいいんだ」


 キュッと抱きしめてくる腕に力が入ったのを天音は感じた。


「だけど……」

「ごめん。困らせるつもりはないんだ。オレは天音のことが好きなんだからね。ずっと、ずっと好きだった。だから、天音にもっと楽しんで欲しいし、楽しませたい。それだけなんだよ」


 微妙に言っていることが変わったことに、天音は気付かなかった。健を傷つけたくない、一人にしたくないという気持ちが強すぎたのかもしれない。


「でもぉ、なんか変じゃない?」

「もちろん、オレが君を独占できるなら、それがベストだけど、大竹を裏切るのは嫌なんだろ?」

「そりゃ、そうだよ。あんなに大切にしてくれる人を裏切るなんて、絶対にできないよ」


 そんなことは考えるまでもないことだと天音は心底思っている。


 愛しているのは瞬だけ!


 心の底から、言い切れる言葉だ。しかし、健はそこに甘やかな言葉を被せてきた。


「大竹は君を大切にしてくれる。オレも君を大切にする。それもダメなのかい? 今までと同じだ。ただ、大竹の足りない部分をオレが補うだけだ。だから《《シェア》》なんだ」


 大切にしてくれるなら良いことなのかな? 普段の天音であれば、あるいは、他の人間が言っていたとしたら、一笑に付しただろう。


 けれども闇に包まれて囁かれると、冷静さよりもロマンチックな気分が優勢になるものだ。おまけに、相手は特別な信頼を寄せている幼なじみだ。


『私が瞬と幸せになっちゃったら、健が孤独になってしまう』


 カレカノの幸せを自分だけが得てしまう。そうなったら幼なじみを孤独の闇に落としてしまうのだという申し訳なさは、常に天音を苦しめてきたのは事実だったのだ。



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