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第17話 合宿 ~天音~

 合宿で使った宿には離れがある。ミーティングやストレッチに使う、広間になった場所だ。


 とっくに消灯した後に来るべき場所ではない。部員達も寝てしまった。修学旅行とは違って、寝られる時間になれば、みんなさっさと寝てしまう。


 キャプテンに預けられたカギを健が悪用した形だが、今の天音にとって問題はそこではない。


『困ったなぁ。どうやってなだめたら良いの?』


 暗い部屋の中でふたりきり。大きな身体に正面から抱きしめられている。


 相手は彼氏ではないのだから普通なら逃げることを考えるだろう。しかし、相手が相手《幼なじみ》だけに全く怖さを感じてない天音だ。


 危険は感じないし、逃げる必要なんて感じない。


 ただひたすらに困っている。


「今さらと思うかも知れないけど好きだ。天音」


『ここで告白するとか、ないよ~ 健ってば、いったいどうしちゃったの?』


「好きなんだ。ずっと好きだった」


 しかし、天音をかき口説く声に必死さがある。これでは振りほどけない。冗談だと誤解するフリもできなかった。


 だから困惑していたのだ。


『こんなはずじゃなかったのになぁ』


 困っている。けれども親密な幼なじみからの告白を受けて、自分の中に嬉しさがあるのは否めない。同時に反省もしている。


『こんなことなら来なきゃ良かったなぁ』


 言い訳はいっぱいある。合宿の最後の夜の解放感。明日は半日練習してバスに乗るだけ。愛する彼氏のアドバイスを取り入れているから調子は上り調子だ。


 心が軽かった。


 それに、なんと言っても相手は幼なじみ。いつもなら、どちらかの部屋で二人きりになって会っている。いつものことだ。何の警戒もなかった。


 もちろん、消灯後の呼び出しに《《告白》》の可能性を全く考えなかったと言えばウソになる。しかし、それを自分で否定したのが天音だった。


『今さら告白なんてありえないよ。しかも合宿中だよ? そんなことするわけがないし。仮に告白されても「瞬がいるから無理」って言えば、それ以上の無茶なんてしないでしょ』


 特別な信頼関係がそう思わせていた。幼なじみとはそういうものなんだろう。信頼はあるし、特別な親しみはあるけれどもそれは恋愛感情とは違うものだ。


 家族のようなものに近い。


 親しみと愛情は全く違うものである以上、正面から抱きしめられて「好きだ」と言われても返す言葉に困るのだ。しかし、相手を傷つけたくないと思うほどに態度は慎重になってしまう。


『あ〜 私が、甘かったか~』


 突き飛ばすのは違う気がする。かと言って応じるわけにもいかない。


 健を孤独に追い込んでしまうのでは、と言うためらいが天音の行動を縛っている。


『でも、ちょっち、まずいのは私の心かもしれないわ』


 健に抱き締められるのは嫌だと思う気持ちが一つもないのだ。


 それも当たり前かもしれない。


 毎晩のように健は部屋にやってくる。中学からの習慣のようなもの。何でも話せるし、スキンシップだっていつものこと。「二人っきりのハグ」だって毎日してることに過ぎないのだ。


 そこに合宿最後の夜という高揚感があるせいか、抱きしめられると安心感すら生まれてしまっている。

 

『でも、こんなの絶対ダメだよね。瞬に悪いもの』

 

 だから天音の頭にあるのは、出来れば穏便に腕から抜け出したいということだけ。けれど、いつもなら、すぐに解放してくれる腕は、決して無理やりではないのに背中をガッチリとホールドして離してくれる感じはゼロだった。


「天音、好きなんだ。どうしようもないくらい好きだ」


 背中を掻き撫でながら、何度も何度も「好きだ」と低い声で囁かれる。なんだか恋愛映画のヒロインになった気分がしてくる。


『健って、こんなに情熱的だったっけ?』


 弟のわたる君が事故死してから、むしろ世の中を斜めに見る感じだった。それが、ここまで真っ直ぐに「好きだ」と言ってくる。いつもと同じハグなのに、いつもと全く違う情熱が込められている。


 相手が嫌いな人間だったら別だろう。しかし、健は違う。特別な信頼関係で結ばれた幼なじみだ。


 その相手から真っ直ぐな感情を正面からぶつけられれば、全く恋愛感情のない天音の胸だってドキドキしてしまうのを止められなくなる。それが自然というものだ。


 たとえ家族のような関係であっても、ドキドキは成立し得るのだと天音は知っていた。


 そして、これが「闇効果」というやつだろうか? 外にある誘蛾灯の青い光がわずかに照らすだけの闇だ。


 いつもの煌々と灯りがついた自室でハグされているのと全く違うときめきがある。


 いろいろな思いが心に浮かんで健を突き飛ばせなかった。いや、むしろ「抱きしめてるけど、身体を求めてはこないだろう」という安心感がある。


 胸に抱かれたまま話を続けてしまったのは天音の失敗だったのかもしれない。


 いや……


 闇をまとった少女にとって、闇の中の囁きが何かを掘り起こそうとしていたのかもしれなかった。



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