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義妹と結婚しない10の理由〜策略家の妹にご理解いただいてみた〜

作者: 午後十時

久々に投稿いたします。

性的なものを連想させる要素が多くなっているのでご注意ください。

家族との距離感なんてものは、十人十色だ。


まるで友達のような付き合い方もあれば、赤の他人のような付き合い方。もしかしたら嫌悪みたいな付き合い方もあるのかもしれない。


さらに、父親への接し方、母親への接し方、兄弟姉妹への接し方…性別や年齢でもまたさらに変わってくる。


無数にある考え方で、正解なんてものは多分無いんだと思う。家族に限らず、共に過ごす相手とはもちろん仲良くする方がストレスは無いだろうが。



だけど。




「ルヤくん!!」

バァン!と俺ー阿来流矢(あくるるや)の部屋の扉が来訪者を告げる。


「しこたま私とまぐわってください!!!」


義理とはいえ、妹に迫られる関係は、間違っていると思う。





美しい黒髪の女の子。そんな第一印象だった。



その子は、父さんに連れられて我が家にやってきた。


「亜紗と言います。今日から、お世話になります」

玄関で深々とお辞儀をする、一つ下の中学生の女の子。


「よろしくね、亜紗ちゃん」

「今日から亜紗ちゃんの家だからね、遠慮しなくていいのよ」

「ありがとうございます、お義母さん」



「よろしくお願いします。ルヤお義兄さん」

上目遣いで見てくる、亜紗は年下と思えないほど大人びていて、ドキッとする。


「…あぁ、よろしく」

俺はなんとなく気恥ずかしくて、ぶっきらぼうに答えた。




「叔父さんの遺言だったみたい」

5年前、俺の父親の兄…叔父さんが病気で亡くなったときに、母さんからポツリと聞いた。


「叔父さんが奥さんと離婚して…残した娘が奥さんの元に行かせることだけはなんとしても避けたかったんだって」

過去になにがあったかは私も知らないけど、と言う母さんの顔は無表情だった。


おそらく、知っているけど俺に聞かせるべきことでは無かったのだろう。当時中学生だった俺は、詳しく聞こうともしなかった。


一つある事実は、居候やら同居人ではなく、妹が一人増えたことだけ分かっていればいい。



一人っ子だった俺が、妹と共に過ごす。

斜に構えて、兄の威厳のようなものを見せようとも思ったが、あの優しい母さんが冷たい顔をするほどの経験をしてきた女の子だ。


「お前がしっかりと守ってくれよな。おにいちゃん」そんな軽口を言う父さんも、彼女を引き取ることが決まるまで、いつも電話で誰かと話していたし、一時期かなりやつれていたのを見ている。


今後どうなるかわからないし、俺はしっかりした兄というものを目指してみることにした。




「ルヤ義兄さん、通学路についてですが…」

「あぁ、一緒に行こう。学校の傾向も教えておく」



「すみません義兄さん、授業についてですが…」

「分からない部分があったか?どの教科だ?」



「あっ…」

「…あのケーキ気になるのか?」

「いえ、その…」

「…そういえば母さんが甘いものを食べたいと言っていたな。ケーキ屋に寄るつもりだったんだが、着いてきてくれるか?」

「あ…はい!」



「そんな…義兄さん…誕生日にこんなプレゼント受け取れません…」

「気にするな。あまり遠慮しなくていい。家族だろう?」



「友達はたくさんできたか?」

「はい、皆さん良い人で良かったです」

「楽しそうにしてたからな。良かった」



「義兄さん学校で何か言いました?」

「いや、特に何も?トラブルでもあったか?」

「いえ…なんでもありません。ただ、ありがとうございます」

「なんのお礼か分からないな」



「義兄さん…雷が…その…」

「…安心しろ、すぐ止む。ココアを入れるよ。リビングで話でもするか」

「むぅ…分かりました…」



「卒業おめでとう」

「ありがとうございます。やっと義兄さんと同じ高校に通えます」

「?…良かったな?」



「義兄さんは、クリスマスはどう過ごすんですか?」

「ん?友達と遊ぶつもりだが。亜紗もだろう?」

「いえ、イブの方です」

「…家で過ごすが」

「!…ですよね!」

「ですよね、も失礼だな」

「じゃあ、義兄さん買い物に行きませんか!?」

「別に構わないが…亜紗もいいのか?たくさんの男子に誘われていると母さんに話していなかったか?」

「はい、問題ないです!!義兄さん以上の優先事項もないです!」

「あまり、家族を優先しなくてもいいぞ?」

「いいんですよ!義兄さんのにぶちん!」



「まさか、卒業前にこんなに目立つようなことになるとはな…」

「義兄さん。もう仕方ないですよ。あれだけの人の前で私が大事だ!なんて叫んで…もう公認カップルですよ、私たち」

「そんな言い方してないし、兄妹、な。とりあえず、ストーカー事件もこれで解決だろ」



「じゃあ、亜紗も元気で。荷解きをして、落ち着いたら連絡するよ」

「分かりました。一人暮らし頑張ってくださいね…私も遊びに行きますから」

「あぁ。それじゃあ」

「はい。それでは」





「嫌だ」

義妹の誘いをにべもなく断る。



「そんな!?どうしてですか!?」

亜紗はビックリした表情をしている。


振り返ると、この5年間で本当に色々あったとは思っている。

元々の家族と離れ、一生懸命今の環境に慣れようとした義妹を、できるだけサポートしたつもりだ。



亜紗は贔屓目に見ても、美人になった。

こんな片田舎に、亜紗目当てでモデルのスカウトが来るぐらいには。


俺としても、兄のせいで妹がどうこう言われないよう勉強で俺自身を高め、国立大学にストレートで合格できた。


もしかしたら、亜紗がいなければこんなにも頑張っていなかったかもしれない。そう言った意味でも、とても大切な妹だ。


そんな大切な妹のブレーキが、どうやら壊れたらしい。



「一応確認するが。なんで亜紗と…まぐあわなければならないんだ?」


どうでもいいが、なんでまぐわうという表現を使ったのだろうか。



「理由は二つあります!」

長い黒髪をサラリと翻し、待ってました!と言わんばかりに指を立てる。


「一つは、男性として愛していますから!」

妹から火の玉ストレートが飛んでくる。


「もう一つは、前回ものすごい気持ち良かったので!!」

次には隕石が飛んできた。



「……仮に、アレを前回と定義するのなら、俺が被害届出すレベルだぞ…」

そう言って俺はこめかみを揉む。





俺は一つ致命的過ぎるミスを犯した。



事は一人暮らしを始めてから何度目かの、亜紗が一人で家に来たとき。



『大学生は今後お酒を飲む機会もあるのでしょう?もし何かあったら介抱しますので、一度飲んでみては?』という亜紗の提案から、初めてお酒を飲むことになった。

※この物語はフィクションです。お酒は20歳になってから。



だが、どうやら俺はあまり酒に強いタイプでは無かったらしい。

チューハイ缶一本でいい具合に酔ってしまった。



「義兄さん、もう少し飲んでみますか?」

「んー?いや。大丈夫かなあ。ありがと、亜紗」

大人がなんで酒を飲むのかなんとなく分かった気がする。酔うと、普段より気持ちを表に出すのが楽なんだ。



「でも、大学ではもっと飲まされてしまうのでは?」

「そっかなあ。じゃあもう少し飲んでみようかー。亜紗は賢いなあ」

「ヤバいめっちゃかわいいです義兄さん」

なんで可愛いと言われたのか分からないけど、もう一缶開けてみることにする。


「ストロング…ゼロ?なんこれ?強いやつ?」

「違いますよ義兄さん。ゼロですからあまりアルコールがあまり入っていない筈です。コップに注いであげますね」

「うわー優しいなあ亜紗は。ありがとー」

たしか、一度もしたことが無かったけれど、亜紗の頭を撫でる。

絹のような髪の毛がサラサラでとても触りごごちが良かった。



「……!!」

声にならない声を上げて亜紗は固まった。何かを我慢するようにぷるぷると震えている。



「本当に自慢の妹だよ。いつも頑張っててえらいね。うちに来てくれて本当にありがとう」


ヘラヘラと、ずっと思っていたことを口に出して注がれたお酒をごくりと飲む。余り強くないんならグイッと飲んでも平気だろう。



しかし顔が真っ赤になって…なんだろう?獲物を狙う?みたいな顔しているなあアサは。おつまみでも食べたいのかな?しかしなんだかグワングワンする…





そこで俺の記憶は途絶えた。






翌朝。


(…?俺は今どこにいる?)


覚醒しかけたときに、自分が何処にいるのか分からなかった。



背中はふわりとしているのでベッドにいるのだろう。後は後頭部の痛みと、妙な解放感。そして何かに拘束されているような?


「…!?!?」

拘束されている原因を見て絶句する。

それと同時に真夜中の断片的な記憶が蘇ってきた。



『義兄さん、もう寝ますか?歩けます?』


『支えてあげますから、ベッドまで行きましょうね』


『上手く着替えられますか?……反応が無いので服脱がせてあげますね』

『下着も…替えましょうね…』


『義兄さんが悪いんですよ。あんなことするから…もう私が抑えられないじゃないですか…』


『逃げないでくださいルヤくん…今から…ここに…』







「ノクターン…」

布団の中を確認したくない。観測しなければ物事は確定しないと言われるが、観測したら致命的に何かが終わる。



妙な解放感は、俺が今全裸だと思われるから。

同時に、左半身の拘束具である義妹もまた、全裸だと思われるから。

その現実を受け入れられない。



亜紗を見ていたら、彼女の目がスッと開き、目が合う。



起きてしまった出来事が、すべて夢であったことに賭けて彼女の言葉を待つ。


「ルヤくん…愛しています」


その言葉と共に、彼女は俺をぎゅっと抱きしめてまた目を閉じてしまった。




「ルヤくんずっと気づかないんですもん!私の気持ちに!」

両腕を腰に当てて、亜紗がぷりぷりと怒る。



「気づくわけないだろう。家族として接するのが前提なのだから」



「私は4年も前からずっと好きだったのに!」


「そう言われてもな。兄妹の正しい距離感なんて分からないし」



「バレンタインに告白もしたのに!」


「…ずっと一緒にいましょうっていうのか?嬉しかったけど、家族として馴染んでくれたんだなと思ったんだけど」



「ルヤくん、私で3回も回復したのに!!」


「待ってくれなんの話だ。いや言わなくていい。それは知らないし聞いてないことにする」


家に保管(というか封印)している『数字が書いてある謎の紙箱』の中身がひとつしか入っていない伏線が今回収されてしまった。



「一度してしまったら、もう2回目も3回目も変わらないと思いませんか?」


「なんでそんななし崩し的に。だから、亜紗は家族なんだからすることは無いんだって」



あの夜以来、亜紗は度々家に来ては、お誘いをしてくる。


付き合って欲しい、だとか、恋人にしてくれ、とか、30歳までに子供が二人欲しい、だとか。



その日を境に決して酒を飲まないと決めた俺は、もう同じ過ちを犯さないようにきちんと気持ちに応えられないと断りを入れている。



「絶対に諦めませんからね、私は」というのは亜紗の宣言だけども、俺としても折れるわけにはいかない。



「わかりましたルヤくん。私もイエスとは言われないと思っていましたので。今回はこんなものを用意してきました」


亜紗は百均で売っているような真新しいリングノートを取り出し、部屋の机に置いて本人も床に座る。



「私と結婚できない10の理由、お聞かせください」




「まず、兄妹であるため、結婚ができないから」

俺は、亜紗を納得してもらうために理由を述べていく。


「はい。後9つお願いします」

俺の回答を亜紗はノートに書き込んでいく。



「父さん母さんが賛成しない」


「なるほど、後は?」



「いきなり妹と付き合うとなると、俺のメンタルが追いつかない」


「ふむ、後7つお願いします」



「…あー、友達にどう紹介すればいいかわからない」


「はい、後6つです」



「……妹と致してしまったことで罪悪感を感じたからだな」


「…はい、後5つ」



「……亜紗はまだ、ほかの男子と付き合ってないだろ。俺よりもいい人がいると思う」


「後4つ」



「叔父さんと叔母さんに、どう伝えればいいのか分からん」

といっても、伝える方法は無いのだけれども。


「はい、後3つです。ルヤくん」

亜紗はどんな理由にも深掘りせず、淡々と伝えてくる。



「ずっと一緒にいたのだから、嫌なところも見えているだろう。何かをきっかけにお互いが嫌になったとき、家族がギクシャクしそうで嫌だ」


「後2つですよ」



「………えーと。義妹として愛していた感情が変わるのが怖い」


「……後一つです」



「…………」

言葉に詰まる。無いわけではないのだが、これを口に出していいのかどうか。



「…以上だ」


「ルヤくん。後一つです。無理矢理にでもお断りの言葉を捻り出してください」

事務的に確認をする亜紗。有無を言わさないという口調だ。



「……………俺自身の歯止めが利かなくなりそうだから」

多分、この言葉が本質なんだとは思う。ただ、世間体や理性的に考えれば、これは間違えている。

だから俺は、亜紗と付き合えない。



「はい、ありがとうございますルヤくん」

最後の理由も淡々とノートに書き切った。ただ、最後の理由を書き終えたと思われた後に「愛 好 襲」という文字が走り書きされるのが見えた。



やっちまったか、俺。



ふぅ、と亜紗が胸に手を置き深呼吸をする。彼女の覚悟をしたときの癖だ。


「ルヤくんの結婚できない理由の大枠は身内と世間への説明。それから私のこれからを考えたものと、ルヤくんの気持ちということですね」


徒然と思いついたものだが、概ねそのとおりだ。俺は頷く。



「では、それに基づき、こちらを用意しましたのでご確認ください」

亜紗は持ってきた鞄をゴソゴソとしている。

俺は何か契約か何かをしにきたのか?というような事務的な対応だ。



「こちら、契約書です。内容を見てよろしければサインをしてください」


「いやマジで契約商談かよ!?」

そうツッコミながら、妙に上質な紙に書かれた内容を見てみる。




契約書




甲は、乙の指示命令に対して、一切の訴訟、抗議等を起こさず、可能な限り服従し、奉仕する。

但し、別の女性が係る事項の場合は、この限りでは無い。


甲は、乙以外の男性に対して恋愛感情等を持った場合、速やかに乙に伝えることとする。


契約は月末ごとに更新の確認を行う。乙は甲に対して契約の内容の変更を命令することができ、甲は乙に対して契約の内容変更を提案することができる。なお、その場合の決定権は乙が持つものとする。

また、更新時に、甲が乙以外の男性に恋愛感情を持っていなかった場合、乙は可能な限り甲にスキンシップを取ることとする。


……等々、3枚に渡って「乙のお願いはなんでも必ず応えます!それで乙に対して不利益なんて無いから甲のことを好きにしちゃって!」ということが書かれているおぞましい契約書が丁寧に製本され、最後のページには、甲に阿来亜紗の名前が書かれていた。



そして保証者にー



「待て待て!!なんで父さんと母さんの名前書いてあるんだよ!!?」

思わず叫ぶ。


そこには、自分の父親と母親のフルネームが、それぞれ異なる筆跡で記載されていた。



「一応、偽造じゃない証拠に、お義父さんがサインしている写真がありますが、見ますか?」


「いや、いい!頭が追いつかない!!なんでこんなぶっ飛んだモンを容認してるんだあの人たちは!!」



「ちゃんと二部ありますので、契約の際には二つ署名してくださいね」


「いや知らんわ!」



困惑して叫ぶ俺に対して、亜紗はふふん、と得意げな顔を浮かべる。


「ルヤくんに何度もお付き合いを断られたのでお義母さん達と作戦を立てましたから。契約書の作り方と紙はお義父さんから貰いました」



「自分の娘の奴隷契約を作る両親って大分ヤバイぞ…?」


「私の気持ちを昔から洗いざらいお話していましたから、協力してくれましたよ。18歳になるまで気持ちが変わらなければ、という条件もクリアしましたし」

俺の知らないところで談合が行われたらしい。親子の絆について少し疑いたくなってきた。



「とりあえず、先ほどの問題について、一つずつ回答しますね」

再び、リングノートを開くが、俺の話を聞き取りした反対のページから開いていた。そして、何やら細かく字が書いてあるのが見えた。



「まず、家族の問題ですが、契約書を見ていただいたとおりです。お義父さん達は、私のお陰でルヤくんが立派になってくれたと言ってくださり、結婚も含めて許可をいただいています。私の両親については考えなくて大丈夫、というより阿来家の義理の娘、よりも阿来家の妻の方が色々と都合が良いでしょうし」

ノートをチラチラと見ながら亜紗が話す。多分これも父さんと母さんの入れ知恵のような気がする。契約書を前もって作ってくるぐらいなら想定問ぐらい用意してくるか…



「私は義理の妹ですので、もちろん結婚に問題はありません。常識ですね」

常識なのだろうか、それは。



「友人関係が気になるなら、私が前の姓を名乗れば問題ないかと。そもそも、ルヤくんのお友達に義妹と結婚するからといって離れるような人がいるとは思えませんが」

それは正直その通りだ。良い友人に恵まれていると思っているし、友人に家族構成の話はあまりしたことがない。



「次に私の気持ちを考えてくれたことと、そしてルヤくんの気持ちについてですが、それを解決するのがこの契約書です」

亜紗はピシリと契約書を指す。まるで営業マンのようだ。



「仮に私が他の男性が好きになったらちゃんとルヤくんにお伝えします。ですから、いい人がいればいい人がいる、とちゃんとお伝えしますから。そして、妹に手を出したという罪悪感があったとしてもルヤくんは私を好きにできる権利があります。私を捨てようと、好きに使おうと自由です。まぁ、ルヤくんに女性が寄ってきたときだけは例外ですが」


いや、ここがわからん。好きにできるからといって罪悪感が消えるとは思えないが。



「いや、これは亜紗に何もメリットが無いだろ。ただただ言うことをなんでも聞きますって契約だろう?」


「メリットはあります。そもそも契約を結んだところでルヤくんは別に手を出す必要はないんです。私に対して何もしない、という指示があれば私は従います」



「そのため、今後ルヤくんに関係を強要することは一切しません。妹として振る舞え。以前の関係と変えるな。それで私は元通りです」


なるほど。契約を結んだからといって、俺が手を出さなければ何も変わらないし、亜紗も何かをしてくることは無い、ということか。



「ただ、月末に契約の更新をするとき、私に誰も好きな人ができていなかったら、ルヤくんからいっぱい私に触ってください。それが私にとってのメリットです」


ふむ、本当の意味で元通りというわけではなく、俺からスキンシップを取りにいく必要が出てくる、と。



「そこでもしルヤくんが我慢できなくなって襲ったとしても、私は受け入れますのでご安心ください」

事務的に話しているはずの亜紗の目を見る。何故か亜紗の目の奥にハートマークが見えたような気がした。



「ふーーー……」

長い嘆息をする。冷静に考えてみる。

この契約を結べば、亜紗からの誘惑は無くなり、俺が起こした過ちの夜以前の生活に戻れるのだろう。


条件もスキンシップを取るだけだ。側から見てもちょっと仲の良い兄妹というところだ。




だが、本当にいいのだろうか?


契約とは利害の調整の約束だ。家族と結ぶものじゃない。そんなものを結んだら、それこそただの利害関係者になってしまう。それは家族とはいえない。そんな気がする。


契約を結ばなくても、今までと同じ生活になるだけだ。だが、前のように亜紗が暴走してしまうことも考えられる。




…いや、これは言い訳だ。結婚できない理由を羅列したときに、自分がどういう気持ちになっていたのか。それに気付いてしまった。



とっくに俺もダメになっていたのかもしれない。


だけど、このままずるずると亜紗にイニシアチブを渡しておくのもなんとなくしんどい。



契約書のおかげで、大体の問題は無いことが確認できた。ならば契約を結ぶ前に一度理解していただこう。





歯止めの効かない全力を。





「分かった。亜紗。契約は結ばない」


「…そうですか、では「亜紗」

亜紗の用意していたであろう次の一手の前に話を遮る。


「さっき、なんて言って入ってきた?」



「え?あの…しこたま、まぐわって欲しいと…」

事務モードで話していたせいで最初のテンションが恥ずかしくなったのか、亜紗の顔が少し赤くなる。



俺は立ち上がり、部屋の鍵を閉める。この部屋は鉄筋コンクリートだからお隣さんには迷惑が掛からない…と思いたい。

もう賽は投げられたのだ。




「いいぞ。今から、しこたま、まぐわってやる」




意識無しで4回なら、意識があるならどうなるんだろうな?






ー翌朝。



…の10時。起きてから3時間ぐらいが経過している。


夜は何時に寝たんだろうか?…何回か亜紗が失神していたし、正確には分からない。



俺は、ベッドで体を起こす。


気分は解放感しかない。バッテリーでいうと丁度ゼロになったといったところか。



…と、隣の塊が蠢きはじめた。布団から何かを求めるかのように手を動かしている。


ちなみに、彼女も3時間前から起きている。


「…契約、したいか?」

髪の毛が横に振れる。ノーらしい。



「ごめんなさい…ごしゅじんしゃま…あさがまちがっていました…」

おでこをマットレスにつけて喋る亜紗。綺麗な髪が広がってワカメみたいになってしまっている。


「ご主人様では無いぞ」



「まちがえました…だんなしゃま…」

亜紗は顔を上げる。顔は真っ赤だ。昨日からずっと真っ赤になっている気がする。



「名前で呼んでくれよ、亜紗」

旦那はそもそも早い。まだこれからどうなるのかなんて分からないのだから。



「ルヤ様…」

にじり寄ってきた亜紗に正面からへばりつかれる。様て。


ちなみに、お互いが全裸なのでぬくもりがダイレクトに感じられる。



「もう…契約なんかどうだっていいです。というか、亜紗はルヤ無しで生きていける気がしません」



「そこまでになるもんなのかね」

抱きしめている亜紗の背中をぽんぽんと触る。



「ルヤはケダモノです。ここまでだなんて。これからもずっと好き放題なんてされたら壊れちゃいます。いえ、壊れました。ルヤの事しか考えられません。責任取ってください」

亜紗から肩の辺りに唇を落とされる。



「ルヤのすけべ。むっつり。あんなに誘っても断って涼しい顔してたくせに」

亜紗は抗議をしながら、背中をまさぐってくる。



「この際、恋人でも夫婦でも妹でも友達でも都合の良い女でもなんでもいいです。側に置いてください。他の女の人と結婚さえしなければなんでもしていいです。だから、一緒にいたいです」


こちらの腰を触りながら、亜紗は実質の服従宣言をし始める。



多分、これは夫婦や恋人の距離感でも無い気がするんだけどな。



「…なんというか、正しい恋人との距離感について考えなきゃな」

ポツリと俺は呟く。


「恋人にしてくれるんですか?」

パッと離れ、目を見つめてくる。目の奥に『期待』という言葉が書いてある気がした。



「飽きられないように頑張るよ」

俺は苦笑する。



「くるしっ。ひっつくぞ?」

俺の言葉を聞いて、全力で亜紗に抱きしめられる。


「正しい距離感なんて、なんだっていいんです」

ほっぺをくっつけてきた。お互いの体温が溶け合い、一つになる感覚を感じる。


「距離なんてゼロでいいんです。そしたら、一生一緒になれますから」



「発想が怖いな、それ」

俺は苦笑しながらー



「愛してるぞ、亜紗」

「わん!!」

ーそっと耳元で囁くと、彼女はベッドの隅にまで逃げていった。



距離感は、難しい。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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