手帳が落ちていた
初投稿です。いろいろとびとびですが、生暖かい目で見てください。
道端に手帳が落ちていた。エメラルドグリーンの革製のカバーで覆われたシンプルな手帳。サイズはちょうど手のひらにすっぽりおさまるぐらい。ペラペラとなんとなく中を見ると、なにも書かれていなかった。
ちょうどいいや。
なにか役に立ちそうだったので、私は、バッグの中にしまった。
朝の通学ラッシュ。駅にあふれる大勢の人をかき分け、避け、いつもの電車に乗りこむ。
平凡な女子高生の私はいつもの日常を過ごす。
学校につき、荷物を取り出して、カバンをおく。すると、
「おっはよ~。ねぇねぇ、チハルついに彼氏と別れたってーw」
と、人の不幸をゲラゲラと笑いながら来る友人。彼女は中学からの顔馴染みだが、この性格はどうかと思っている。だが、本人にそのことを言うと、面倒くさいことになるのは誰もがわかる。だから、
「へーそうなんだ」
と、適当に相づちを打つのにかぎる。そうして友人関係をキープする。
昼休みになり、いつもどおり友人と決まった席に行き、昼食を食べる。
友人はまだペラペラと人の不幸話を語っている。私は適当に相づちを打つ。平和な日常だ。なのに、
「ーさん、ちょっといいかな?」
名前を呼ばれ、ピクッとかおを上げると、一人の男子生徒がいた。見たことはあるけど、名前は知らない。顔はまぁまぁととのっている。耳まで真っ赤な顔を見て、一目で告白だとわかった。
校舎裏につれて行かれ、単刀直入に好きです。と言われた。だけど、名前も知らない相手だ。断ろうと口をひらいた。
「ゴッメ〜ン!ちょっといい?」
意外な乱入者。友人だ。その瞳に一瞬、意地悪な光が見えて、嫌な予感がする。
「この子さぁー、彼氏いるんだよね~」
「はぁ!?」
思わぬ言葉に私も、男子生徒も目を丸くする。
「しかも、この間二股がバレてめちゃめちゃ修羅場になってさ〜」
だから、とつづける。
「やめたほうがいいよ。ねっ!」
「あっ、あぁ……」
と、男子生徒は少し狼狽えると、チラリと私を見て、足早に去って行った。すれ違いざま、「ビッチが…」と、ボソッとした声が聞こえた。
「ねぇ、どういうこと…?」
声が震えているのがわかる。
何で、あんなこと、言ったの、?
くるっと振り返った友人の顔は笑っている。いつも人の不幸を語るときの顔。
「だってさ、困ってたじゃん。告白されて。だから、助けてあげたんだよ。ああいうタイプって、付きまとってくるやつだよ。ゼッタイ」
よかったねー。と、バシバシ背中を叩いてきた。痛い。
口が気持ち悪いほどニヤけている。怖い。
キーンコーンカーンコーンと、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
家に帰って、すぐに自室にこもって泣いた。明日の学校の様子を想像して、震える。すでに教室の何人かには白い目で見られていた。もう明日には味方が誰もいないだろう。
友人が楽しそうにまわりの人間に私のことを話す姿が目に浮かぶ。
アイツだ。アイツのせいだ…!アイツがあんなこと言わなければ…!
不安は怒りとなり、怒りは恨みとなる。
ふと、ある考えが浮かんだ。彼女がいつも話していた不幸話は、全て彼女が作り出していたとしたら?彼女が手を加え、人の幸せを壊していたとしたら?
震えが大きくなる。
そのひょうしに、机から、カバンが落ちた。バサバサと何冊かの書物が飛び出る。拾った手帳が目に入った。
もう、ヤケクソだ。
いそいで手帳をひらき、恨みの言葉をつづる。ドンドン、ドンドン溢れ出す言葉を一つもこぼさないように。
そして、最後に彼女の名前を書くと、
『消えろ』
と、一番大きく書いた。
ふぅ、と一息ついて、ペンを置いた。
「何やってんだろう。私」
あとは、ずーっと虚空を見上げていた。
次の日、また人にもまれながら電車に乗り、学校に向かう。教室の前に立ち、大きく深呼吸する。
もう、覚悟するしかない。
ガラリと勢いよくドアを開けた。
しかし、みんなの反応は、意外なものだった。
いつもどおりなのだ。いつもの朝の様子。
一瞬、ポカンとしてしまったが、慌てて机に向かう。
いや、まだだ。まだわからない。
「おっはー」
声がして、ビクッと飛び跳ねる。彼女ではない。もう一人の友人だ。
「ねぇねぇ、昨日さー、マジ親がウザくって…」
いつもと変わらない様子で話している。まだ知らないのか?
「あっあのさ」
「ん?」
思わず聞いてしまう。
「ーから何も聞いてないの?」
キョトンとした顔をすると、「ーって誰?」
と、衝撃的な一言を言った。
「え…」
あたりを見回す。そう言えば、いつも朝は彼女が一番に話しかけてきた。だけど、今日は来ない。そして、そもそも席が、一つ、足りない…!
「ウソ…」
思い当たるのはあの手帳に書いた『消えろ』という文字。急いでカバンから手帳を出して、そのページを開く。だけど、そこにはもう、何も書かれていなかった。まるで、最初からアイツなんて存在しなかったように。
「ア…アハハ。ハハハハハ!」
思わず笑いが飛び出した。いなくなった!やっと解放された!
気味が悪そうに、友人が見ていた。でも、今はそんなことどうでもいい。
とにかく私は幸せだった。なんて都合の良い手帳!!!
罪悪感なんてない。だって、アイツは最初から存在しなかったんだ。つまり私は何もしていない。それに、あんなヤツいないほうが世の中平和だ。いなくて正解なんだ。
その日、私は久しぶりに平穏な学校生活を過ごした。毎日適当に相づちを打って、無理矢理友人関係をキープしていた自分がバカらしかった。
帰りに友人とカラオケに寄り、家に帰る。いつもより遅くなってしまった。
家のドアを開けると、
「ー!いつまで外をウロウロしている!」
と、するどい怒鳴り声が飛んできた。
しまった。今日は父親が帰ってくる日だった。
うちの父親は毎日仕事が忙しいとかで、めったに帰ってこない。帰ってきたと思ったら、やたら厳しくて、いつも家族に怒鳴り散らす。そして、
パシッ
頬が熱くなった。見ると、父親が右手をかまえて睨んでいる。どうやらぶたれたらしい。
カッとなると、すぐに暴力をふるう。
「お前は、いつになったら…!」
バシッと、今度は反対の頬をぶたれた。さすがに痛い。
「あなた、もういいから」
と、母がオロオロとしながら言った。
父親は、鼻息荒く背を向けると、「ビール!」と、また怒鳴った。テーブルを見ると、ビールの缶が4本積まれていた。
自室にこもると、すぐに手帳を取り出し、父親の名を書き込んだ。そして、『消えろ』ととびきりデカく書いてやった。
次の日、起きてリビングヘ行くと、母がスーツを着て、何やらバタバタとしていた。
「どこか行くの?」
「どこって、会社に決まってるでしょう。今日は夕飯、適当に食べてて」
そうか、父親が消えたから、母が働くことになったのか。
そんなことをボンヤリと考えながら、モソモソと朝ごはんを食べた。
学校ヘ行き、昼休み。いつものように、昼食を友人と食べていると、数人の友人に付き添われながら、泣いている女子生徒が目の前を通った。
「あれ、どうしたのかな?」
「ん?あぁ、あの子。バレー部の子でしょ。たぶん、体育教師のヨコミゾにやられたんだよ。アイツ、セクハラひどいらしいよ。特にバレー部に」
マジあんなヤツ消えてほしいわーと、ウンザリとした声で友人が言った。
手帳を取り出し、ヨコミゾの名と、『消えろ』を書いた。
翌日、ヨコミゾは消えていた。
それからも、私はどんどん手帳に書き込んでいった。クラスの問題児、近所の嫌味なおばさん、いつもコンビニで態度の悪い店員。
別に、私得でやっているわけではない。みんなが迷惑している奴らだ。消えても誰も困らない。そもそも、存在したことにならないし。
でも、そのぶん、デメリットもちゃんとあった。
書き込んでいって気付いたのだが、だんだん手帳のページ数が減っているのだ。どうやら、書いた人物が消えると同時に、書いた手帳のページも消えるらしい。
だけど、消したい奴らはまだまだいる。
なぜだろう。手帳に書き込むまでは『消えてほしい』なんて思ったことはないのに、今は、周りの人間が腐って見える。私の平穏を脅かす者がたくさんいる。
イヤだ。イヤだイヤだイヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ
消えろ!
ガバっと、勢いよく起きた。体中、汗がびっしょりだった。
「ハァ、ハァ、ハァハァハァ」
狂っているのかな。私。それとも、この世界
が?
わからない。わからないわからないわからない。
這いずるようにベッドから出ると、机から手帳を取り出す。もう、無我夢中で書いた。
『みんな、消えてしまえ!』
翌日、いつものように駅へと向かう。そういえば、今日は母がいなかったな、なんて考えながら。
朝の通学通勤ラッシュだというのに人がいない。いつもはたくさんの人にもまれるのに。
電車はいくら待てどもこない。
このままでは遅刻するじゃないか。
仕方がないから歩いた。
学校に着いても誰もいない。
今日は休みだったかな、なんてボーっと考えながら、結局、終礼時刻まで机に座っていた。
家へと帰る道を歩き、昨夜のことを思い出す。そっか。みんな消えてしまったか。
フラリと急に目眩がして、体が傾く。パサッと、何かがカバンから落ちた。
たった1ページしかないエメラルドグリーンの手帳。
私はそれを力なく拾うと、その1ページに自分の名を書き、最後にこう書いた。
『消えろ』
手帳が静かに落ちていった。
道端に手帳が落ちていた。エメラルドグリーンの革製のカバーで覆われたシンプルな手帳。サイズはちょうど手のひらにすっぽりおさまるぐらい。ペラペラとなんとなく中を見ると、なにも書かれていなかった。
ちょうどいいや。
なにか役に立ちそうだったので、私は、バッグの中にしまった。